騎士王転生の天之河光輝、異世界に降り立つ。(元 天之河光輝成り代わり物) 作:ゼロさん
カラン、カラン
そんな音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開いた。入ってきたのは7人の人影、ここ数日ですっかり有名人となったハジメ、ユエ、シア。そして『貫き(意味深)の騎士』御一行である。ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、ハジメ達の姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいる。男は相変わらずユエとシア、そして何故か一人増えた黒い装備の少女達に見蕩れ、ついでハジメに羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこに陰湿なものはない。そして光輝にそんな目を向ける物は全員槍か鉛弾によって既に大事な所を貫かれているので此処には居ない。
ブルックに滞在して一週間、その間にユエかシアを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。光輝達に絡んで来る者は全員貫かれているが、運良く光輝では無く外堀を埋めるようにハジメから攻略してやろうという輩がそれなりにいたのである。
もちろん、ハジメがそんな面倒事をまともに受けるわけがない。最終的には、決闘しろ! というセリフの〝け〟の部分で既に発砲、非致死性のゴム弾が哀れな挑戦者の頭部に炸裂し三回転ひねりを披露して地面とキスするというのが常だった。*1
そんなわけで、この町では、〝貫きの騎士〟たる光輝と、美少女達が心底惚れており、決闘が始まる前に相手を瞬殺する〝決闘スマッシャー〟たるハジメのコンビは有名であり一目置かれる存在なのである。ギルドでパーティー名の申請等していないのに〝ディック・ブレイカー*2〟というパーティー名が浸透しており、自分の二つ名と共にそれを知ったハジメがしばらく遠い目をしていたのは記憶に新しい。そのまま光輝がそれに怒りギルドを吹き飛ばそうとして、それをハジメが全力で止めようと苦労した結果ハジメの胃と目は死んだ。
「おや、今日は一人多いのかい?」
ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通り、キャサリンがおり、先に声をかけた。キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来た際、ニンジャCは影に潜ったままだったからだ。
「ああ。こいつあんま外出ないんだ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」
世話になったというのは、ハジメがギルドの一室を無償で借りていたことだ。せっかくの重力魔法なので生成魔法と組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。
なお、ユエとシアと光輝は郊外での重力魔法の鍛錬である。
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝王子さま〟とか連呼しながら光輝をストーキングする変態どもといい、…決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町は、光輝は宿屋の変態とストーキングする女の変態共に手を出すし…」
苦々しい表情のハジメが愚痴をこぼすように語った内容は全て事実だ。ソーナは言わずもがな、クリスタベルは会う度にハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたかわからない。そして光輝は目に付く女に全員手を出していた。手を出した女が宿屋に突撃して来る度にハジメの胃はキリキリと痛んだ。
また、ブルックの町には四大派閥が出来ており、日々しのぎを削っている。一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」、もう一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」、更に「エイ、ビイ、シイちゃん達を侍らせ隊」最後が「光輝さまの奴隷になり隊」である。それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。そして勿論奴隷になり隊の一強である。
あまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団にドン引きのハジメ達。町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」とか絶叫するのだ。もはや恐怖である。シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。亜人族は被差別種族じゃなかったのかとか、お前らが奴隷になってどうするとかツッコミどころは満載だが、深く考えるのが嫌だったので出会えば即刻排除している。*3最後は女性のみで結成された集団で、光輝に付き纏っている。一度は、「光輝様を殺して私も死ぬ!!!」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。*4
そのまま光輝が即座にその少女を裸にひん剥いた後、
そんな出来事を思い出し顔をしかめるハジメに、キャサリンは苦笑いだ。
「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」
「クソみたいな活気だな」
「私は楽しかったよ。」
「『テメェは』な?」
「で、何処に行くんだい?」
「ハァ…フューレンだ」
そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。
フューレンとは、中立商業都市のことだ。ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地だ。
「う~ん、済まないけど何も無いね…」
「(あっ…そうか1週間早いからあのハジメ脅したカス商人居ないんだ!………後で探して殺しておこう。)」
「そうか。まぁ急がないでもいいk「ハジメ。」…なんだよ」
「やりたい事がある。」
「Foooooー!!!」
「「「あああああああああああ!!!!!」」」
「光輝ィ!!!テメェ巫山戯んな止まれお前!」
「アハハハ!!断るぅ!!ウェッハァwwwwww!!」
「断らないで欲しいですぅぅぅ!?ユエさんがガックリしてててて…ウオェェ…」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」
説明しよう!光輝は
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ごっ゛ごう゛ぎお前おぼえてオロロロ」
「し…死ぬ…未来見てないのに私が死ぬ未来が見えますぅ………」
「ア゛…ア゛ア゛…」
「皆グロッキーで草www」
「ハア…ハア…おm…オエッ…お前いつか殺す…」
「ごめんね?でも僕は楽しかったよ。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中立商業都市フューレン
高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言えるだろう。
その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。メインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、言い換えれば闇市的な店が多い。その分、時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。
「というのが私の配下が調べた情報だよ。」
「ふむ、そうか…それなら中央の宿屋に泊まるか。お前ら要望あるか?」
「……お風呂があればいい、但し混浴、貸切が必須」
「えっと、大きなベッドがいいです」
「私は…ハッ!?*5」
光輝は気持ち悪い視線を感じた。
光輝がチラリと直感で視線の先を辿ると……ブタがいた。体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。そのブタ男がユエとシアを欲望に濁った瞳で凝視していた。
ハジメが、「面倒な」と思うと同時に、そのブタ男は重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら真っ直ぐハジメ達の方へ近寄ってくる。どうやら逃げる暇もないようだ。ハジメが逃げる事などないだろうが。
ブタ男は、ハジメ達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかったハジメと光輝に、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。
「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来「シャアッ!!!」ブヒェ!?」
パアン
ドモリ気味のきぃきぃ声でそう告げて、ブタ男はユエに触れようとする。彼の中では既にユエは自分のものになっているようだ。その瞬間、豚の豚足に光輝の銃弾が、そして豚本人にはハジメの殺気が降り注いだ。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始めた。
ならば、直接その殺気を受けたブタ男はというと……「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。
ハジメが本気の殺気をぶつければ、おそらく瞬時に意識を刈り取っただろうが、それでは意味がないので十分に手加減している。
勿論光輝も殺すのをしっかり我慢している。
「ユエ、シア、行くぞ。場所を変えよう。光輝、何処が良い?」
「そうだな…」
汚い液体が漏れ出しているので、ハジメはユエとシアに声をかけて席を立つ。本当は、即射殺したかったのだが、流石に声を掛けただけで殺されたとあっては、ハジメの方が加害者だ。殺人犯を放置するほど都市の警備は甘くないだろう。基本的に、正当防衛という言い訳が通りそうにない限り、都市内においては半殺し程度を限度にしようとハジメは考えていた。光輝も本当にギリッギリ堪えていた。だがコレがニンジャか恵理にされたら人目を気にせず殺していた。
席を立つハジメ達。ちなみに、周囲にまで〝威圧〟の効果が出ているのはわざとである。周囲の連中もそれなりに鬱陶しい視線を向けていたので、序でに理解させておいたのだ。〝手を出すなよ?〟と。周囲の男連中の青ざめた表情から判断するに、これ以上ないほど伝わったようだ。
だが、〝威圧〟を解きギルドを出ようとした直後、大男がハジメ達の進路を塞ぐような位置取りに移動し仁王立ちした。ブタ男とは違う意味で百キロはありそうな巨体である。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。
その巨体が目に入ったのか、ブタ男が再びキィキィ声で喚きだした。
「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」
「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」
「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」
「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」
「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」
どうやら、レガニドと呼ばれた巨漢は、ブタ男の雇われ護衛らしい。ハジメから目を逸らさずにブタ男と話、報酬の約束をするとニンマリと笑った。珍しい事にユエやシアは眼中にないらしい。見向きもせずに貰える報酬にニヤついているようだ。
「おう、坊主。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」
レガニドはそう言うと、拳を構えた。長剣の方は、流石に場所が場所だけに使わないようだ。周囲がレガニドの名を聞いてざわめく。
「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」
「〝暴風〟のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」
「金払じゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」
周囲のヒソヒソ声で大体目の前の男の素性を察したハジメ。天職持ちなのかどうかは分からないが冒険者ランクが〝黒〟ということは、上から三番目のランクということであり、相当な実力者ということだ。
レガニドから闘気が噴き上がる。ハジメが、これなら正当防衛を理由に半殺しにしても問題ないだろうと、拳を振るおうとした瞬間、意外な場所から制止の声がかかった。
「……ハジメ、待って」
「? どうしたユエ?」
ユエは、隣のシアを引っ張ると、ハジメの疑問に答える前に、ハジメとレガニドの間に割って入った。訝しそうなハジメとレガニドに、ユエは背を向けたまま答える。
「……私達が相手をする」
「えっ? ユエさん、私もですか?」
シアの質問はさらり無視するユエ。ユエの言葉に、ハジメが返答するよりも、レガニドが爆笑する方が早かった。
「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって? 中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ? 夜の相手でもして許してもらおうって『……黙れ、ゴミクズ』ッ!?」
下品な言葉を口走ろうとしたレガニドに、辛辣な言葉と共に、神速の風刃が襲い掛かりその頬を切り裂いた。プシュと小さな音を立てて、血がだらだらと滴り落ちる。かなり深く切れたようだ。レガニドは、ユエの言葉通り黙り込む。ユエの魔法が速すぎて、全く反応できなかったのだ。心中では「いつ詠唱した? 陣はどこだ?」と冷や汗を掻きながら必死に分析している。
ユエは何事もなかったように、ハジメと、未だ、ユエの意図が分かっていないシアに向けて話を続ける。
「……私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる」
「ああ、なるほど。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね」
「……そう。せっかくだから、これを利用する」
そう言ってユエは、先程とは異なり厳しい目を向けているレガニドを指差した。
「まぁ、言いたいことはわかった。確かに、お姫様を手に入れたと思ったら実は猛獣でしたなんて洒落にならんしな。幸い、目撃者も多いし……うん、いいんじゃないか?光輝もいいか?」
「……猛獣はひどい」
「私は私で考えがあるからいいよ。」
ハジメはユエの言葉に納得して、苦笑いしながら一歩後ろに下がった。ユエは、ハジメが下がったのを確認すると、隣のシアに先にいけと目で合図を送る。それを読み取ったシアは、背中に取り付けていたドリュッケンに手を伸ばすと、まるで重さを感じさせずに一回転さて、その手に収めた。光輝はサンドイッチを食べている。何食ってんだカス。
「おいおい、兎人族の嬢ちゃんに何が出来るってんだ?そこの鎧を纏った騎士ならともかく… 雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」
ユエから目を離さずにレガニドは、そうシアに告げる。しかし、シアはレガニドの言葉を無視するように、逆に忠告をした。
「腰の長剣。抜かなくていいんですか? 手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」
「ハッ、兎ちゃんが大きく出たな。坊ちゃん! わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」
レガニドは、シアは大して気にせずユエに気を配りながら、未だ近くでへたり込んでいるブタ男に一言断りを入れる。流石に、ユエ相手に無傷で無力化は難しいと判断したようだ。だが、レガニドは気が付くべきだった。常識的に考えて、愛玩奴隷という認識が強い兎人族が戦鎚を持っていることの違和感に、相応の実力が垣間見えるハジメとユエの二人が初手を任せたという意味に。
既に言葉はないと、シアはドリュッケンを腰だめに構え……一気に踏み込んだ。そして、次の瞬間にはレガニドの眼前に出現する。
「ッ!?」
「やぁ!!」
可愛らしい声音に反して豪風と共に振るわれた超重量の大槌が、表情を驚愕に染めるレガニドの胸部に迫る。直撃の寸前、レガニドは、辛うじて両腕を十字にクロスさせて防御を試みるが……
(重すぎるだろっ!?)
踏ん張ることなど微塵もかなわず、咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がそうとするも、スイングが速すぎてほとんど意味はなさない。結果、
グシャ!
そんな生々しい音を響かせながら、レガニドは勢いよく吹き飛びギルドの壁に背中から激突した。轟音を響かせながら、肺の中の空気を余さず吐き出したレガニドは、揺れる視界の中に、拍子抜けしたようなシアの姿を見る。どうやら、もう少し抵抗があると思っていたらしい。
冒険者ランク〝黒〟にまで上り詰めた自分が、まさか兎人族の少女に手加減までされて、なお、拍子抜けされたという事実に、レガニドはもはや笑うしかない。痛みのせいでしかめたようにしか見えない笑みを浮かべ、立ち上がろうと手をつき、激痛と共にそのまま倒れこむ。激痛の原因に視線を向ければ、ひしゃげたように潰れた自分の腕が見えた。
幸い、潰されたのは片腕だけだったようで、痛みを堪えながらもう片方の腕で何とか立ち上がる。視界がグラグラ揺れるが、何とか床を踏みしめることが出来た。ほとんど意味は無かったと言えど、咄嗟に、後ろに飛ばなければ、立ち上がることは出来なかったかもしれない。
しかし、立ち上がった事は果たしていい事だったのか。半ば意地で立ち上がったレガニドだったが、ユエが氷の如き冷めた目で右手を突き出している姿を見て、内心で盛大に愚痴る。
(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなさすぎだ……)
直後、レガニドは生涯で初めて、〝空中で踊る〟という貴重で最悪の体験をすることになった。
「舞い散る花よ 風に抱かれて砕け散れ 〝風花〟」
ユエ、オリジナル魔法第二弾〝風爆〟という風の砲弾を飛ばす魔法と重力魔法の複合魔法だ。複数の風の砲弾を自在に操りつつ、その砲弾に込められた重力場が常に目標の周囲を旋回することで全方位に〝落とし続け〟空中に磔にする。そして、打ち上げられたが最後、そのまま空中でサンドバックになるというえげつない魔法だ。ちなみに、例の如く、詠唱は適当である。
空中での一方的なリードによるダンスを終えると、レガニドは、そのままグシャと嫌な音を立てて床に落ち、ピクリとも動かなくなった。実は、最初の数撃で既に意識を失っていたのだが、知ってか知らずか、ユエは、その後も容赦なく連撃をかまし、特に股間を集中的に狙い撃って周囲の男連中の股間をも竦み上がらせた。苛烈にして凶悪な攻撃に、後ろで様子を伺っていたハジメをして「おぅ」と悲痛な震え声を上げさせたほどだ。
あり得べからざる光景の二連発。そして容赦のなさにギルド内が静寂に包まれる。誰も彼もが身動き一つせず、ハジメ達を凝視していた。よく見れば、ギルド職員らしき者達が、争いを止めようとしたのか、カフェに来る途中でハジメ達の方へ手を伸ばしたまま硬直している。様々な冒険者達を見てきた彼等にとっても衝撃の光景だったようだ。
誰もが硬直していると、おもむろに静寂が破られた。ハジメが、ツカツカと歩き出したのだ。ギルド内にいる全員の視線がハジメに集まる。ハジメの行き先は……ブタ男のもとだった。
「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」
「……コッチは
ハジメは、ブタ男に盛大に顔をしかめると、尻餅を付いたままのブタ男の顔面を勢いよく踏みつけた。
「プギャ!?」
文字通り豚のような悲鳴を上げて顔面を靴底と床にサンドイッチされたプームはミシミシとなる自身の頭蓋骨に恐怖し悲鳴を上げた。すると、その声がうるさいとでも言うように、鳴けば鳴くほど圧力が増していく。顔は醜く潰れ、目や鼻が頬の肉で隠れてしまっている。やがて、声を上げるほど痛みが増す事に気が付いたのか、大人しくなり始めた。単に体力が尽きただけかもしれないが。
「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな……次はない」
「この『レバニラ』?だったかは治しておくよ。」
プームはハジメの靴底に押しつぶされながらも、必死に頷こうとしているのか小刻みに震える。既に、虚勢を張る力も残っていないようだ。完全に心が折れている。しかし、その程度で、あっさり許すほどハジメは甘くはない。〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟というように、一時的な恐怖だけでは全然足りない。殺しの選択が得策でない以上、代わりに、その恐怖を忘れないように刻まねばならない。
なので、少し足を浮かせると、ハジメは錬成により靴底からスパイクを出し、再度勢いよく踏みつけた。
「ぎゃぁああああああ!!」
スパイクが、プームの顔面に突き刺さり無数の穴を開ける。更に、片目にも突き刺ささったようで大量の血を流し始めた。プーム本人は、痛みで直ぐに気を失う。ハジメが足をどけると見るも無残な……いや、元々無残な顔だったので、あまり変わらないが、取り敢えず血まみれのプームの顔が晒された。
ハジメは、どこか清々しい表情でユエ達の方へ歩み寄る。ユエとシアも、微笑みでハジメを迎えた。
「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」
そうハジメに告げた男性職員の他、三人の職員がハジメ達を囲むように近寄った。もっとも、全員腰が引けていたが。もう数人は、プームとレガニドの容態を見に行っている。
「そうは言ってもな、あのブタが俺の連れを奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけだ。それ以上、説明する事がない。その辺の男連中も証人になるぞ。特に、近くのテーブルにいた奴等は随分と聞き耳を立てていたようだしな?」
ハジメがそう言いながら、周囲の男連中を睥睨すると、目があった彼等はこぞって首がもげるのでは? と言いたくなるほど激しく何度も頷いた。
「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので……規則ですから冒険者なら従って頂かないと……」
「当事者双方……ね」
ハジメはチラリとプームとレガニドの二人を見る。光輝の鞘で治されたレガニドはともかく…プームは当分目を覚ましそうになかった。ギルド職員が治癒師を手配しているようだが、おそらく二、三日は目を覚まさないのではないだろうか。
「あれが目を覚ますまで、ずっと待機してろって? 被害者の俺達が? ……光輝、いっそ都市外に拉致って殺っちまうか?」
「遅かれ早かれ後で殺るから別にいいよ。」
ハジメが非難がましい視線をギルド職員に向ける。典型的なクレーマーのような物言いにギルド職員の男性が、「そんな目で睨むなよぉ、仕事なんだから仕方ないだろぉ」という自棄糞気味な表情になった。そして、ぼそりと呟かれたハジメの最後のセリフが耳に入り、慌てて止めに入る。光輝の声は聞こえなかったらしい。
ハジメが、仕方なく、プームとレガニドの二人に対して激痛を以て強制的に意識を取り戻させるかと歩み寄ろうとし、それを職員が止めようと押し問答していると、突如、凛とした声が掛けられた。
「何をしているのです? これは一体、何事ですか?」
そちらを見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目でハジメ達を見ていた。
「ドット秘書長! いいところに! これはですね……」
職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。ドットは、職員達から話を聞き終わると、ハジメ達に鋭い視線を向けた。
どうやら、まだまだ解放はされないようだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ドット秘書長と呼ばれた男は、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音でハジメに話しかけた。
「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょうね?」
言外に、これ以上譲歩はしませんよ? と伝えるドット秘書長にハジメは肩を竦めて答えた。
「ああ、構わない。そっちのブタがまだ文句を言うようなら、むしろ連絡して欲しいくらいだしな。今度はもっと丁寧な説得を心掛けるよ」
ハジメはそんな事をいい、ドットに呆れ顔をさせながらステータスプレートを光輝と共に差し出す。
「ふむ、いいでしょう……〝青〟ですか。向こうで伸びている彼は〝黒〟なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」
ハジメと光輝のステータスプレートに表示されている冒険者ランクが最低の〝青〟であることに僅かな驚きの表情を見せるドット。しかし、二人の女性の方がレガニドを倒したと聞いていたので、彼女達の方が強いのかとユエとシアのステータスプレートの提出を求める。
「いや、ユエもシアもステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」
さらりと嘘をつくハジメ。二人の異常とも言える強さを見せた後では意味がないかもしれないが、それでもはっきりと詳細を把握されるのは出来れば避けたい。
「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」
ドットの口ぶりから、どうしても身元証明は必要らしい。しかし、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄に確実に二人の固有魔法が表示されるだろう。それどころか今や、神代魔法も表示されるはずだ。大騒ぎになることは間違いない。騒ぎになったところでハジメ達を害そうとするのなら全部なぎ倒せばいいとも思えるが、それでは、もうまともに滞在はできないだろう。何だか色々面倒になってきたハジメ。その思考を読んだようにユエがハジメに話しかけた。
「……ハジメ、手紙」
「? ああ。あの手紙か……」
ユエの言葉で、ハジメはブルックの町を出るときに、ブルック支部のキャサリンから手紙を貰ったことを思い出す。ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれないと言って渡された得体の知れない手紙だ。
ダメで元々、場合によってはさっさと都市から出ていこうと考え、ハジメは懐から手紙を取り出しドットに手渡した。キャサリンの言葉は話半分で聞いていたので、内容は知らない。ハジメは、こんなことなら内容を見ておけばよかったと若干後悔する
「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」
「? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」
ハジメ達の服装の質から、それほど金に困っているように思えなかったので、ステータスプレート再発行を拒むような態度に疑問を覚えるドットだったが、代わりにと渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。
そして、ハジメ達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
ドットの予想以上の反応に、「マジでキャサリンって何者なんだ」と引き気味のハジメ達。
「まぁ、それくらいなら構わないな。わかった。待たせてもらうよ」
「職員に案内させます。では、後ほど」
ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。
ハジメ達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、ユエ君、シア君、光輝君……でいいかな?エイ、ビイ、シイという人物が居ないが。」
「ああ…彼女らは…出ておいで。」
「「「ドーモ、イルワ=サン。ニンジャです。」」」
「!?……………まぁいいや。*6」
簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。ハジメも握手を返しながら返事をする。
「ああ、構わない。名前は、手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質……ね。確かにブルックじゃあトラブル続きだったな。まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。随分と信用がある。キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。ハジメの隣に座っているシアは、キャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに訪ねた。
「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」
「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」
「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」
聞かされたキャサリンの正体に感心するハジメ達。想像していたよりずっと大物だったらしい。もっとも、ハジメは若干、時間の残酷さに遠い目をしていたが。
「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行っていいよな?」
元々、身分証明のためだけに来たわけなので、用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。しかし、イルワは、瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」とハジメ達を留まらせる。何となく嫌な予感がするハジメ。
イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書をハジメ達の前に差し出した。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「断る」
イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとする。ユエとシアも続こうとするが、続くイルワの言葉に思わず足を止めた。
「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
「……」
「チッ」
「舌打ちしてもどうにもならないよ、光輝君。」
「チッッ!!!」
それは言外に、話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ? ということだ。周囲の人間による証言で、ハジメ達がプーム達にしたことに関し罪に問われることはないだろうが、いささか過剰防衛の傾向はあるので、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。結果は、ハジメ達に非がないということになるだろうが、逆に言えば、結果のわかりきった手続きをバカみたいに時間をかけて行わなければならないということだ。そして、この手続きから逃げると、めでたくブラックリストに乗るということだろう。今後、町でギルドを利用するのに面倒なことこの上ないことになるのだ。
ハジメは、しばらくイルワを睨んでいたが、〝依頼を引き受ければ〟ではなく〝話を聞けば〟と言っていることから話くらいで面倒事を回避できるならいいかと思い直し、座席に座り直した。
「聞いてくれるようだね。ありがとう」
「……流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ」
「君も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は〝青〟ランクだぞ?」
ハジメは、言外に、そこまでの実力はないと伝えるもイルワはまるで取り合わない。
「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」
ハジメ達がライセン大峡谷を探索していた話は誰にもしていない。イルワがそれを知っているのは手紙に書かれていたという事以外には有り得ない。しかし、ならば何故キャサリンは、それを知っていたのかという疑問が出る。ハジメが頭を捻っていると、おずおずとシアが手を上げた。
ハジメが、シアに胡乱な眼差しを向ける。
「何だ、シア?」
「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」
「……後でお仕置きな」
「!? ユ、ユエさんもいました!」
「……シア、裏切り者」
「二人共お仕置きな」
どうやら、原因はユエとシアのようだ。ハジメのお仕置き宣言に、二人共、平静を装いつつ冷や汗を掻いている。そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは話を続けた。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
懇願するようなイルワの態度には、単にギルドが引き受けた依頼という以上の感情が込められているようだ。伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。個人的にも、安否を憂いているのだろう。
「そう言われてもな、俺達も旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう」
ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいので躊躇いなく断りを入れた。しかし、それを見越していたのか、ハジメが席を立つより早くイルワが報酬の提案をする。
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」
「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」
ハジメの言葉に、イルワが初めて表情を崩す。後悔を多分に含んだ表情だ。
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
ハジメはイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。すまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。
ハジメとしても、町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。なにせ、聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、いつ、異端のそしりを受けるかわからない。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。
なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。ウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、仮に生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。
「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」
「条件?」
「ああ、そんなに難しいことじゃない。ユエとシアにステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」
「それはあまりに……」
「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう」
席を立とうとするハジメに、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては、実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。
「何を要求する気かな?」
「そんなに気負わないでくれ。無茶な要求はしないぞ? ただ俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うが、その時、伝手があった方が便利だなっとそう思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」
「まぁ要するに伝手が欲しいだけだから。ハジメ、余計な事言わないで良いよ。」
「指名手配されるのが確実なのかい? ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」
流石、大都市のギルド支部長。頭の回転は早い。イルワは、しばらく考え込んだあと、意を決したようにハジメに視線を合わせた。
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「まぁ、そんなところだろうな……それでいい。あと報酬は依頼が達成されてからでいい。お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」
ハジメとしては、ユエとシア、ついでにニンジャのステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。
問題は、最初にステータスプレートを作成した者に騒がれないようにするにはどうすればいいかという事だったのだが、イルワの存在がその問題を解決した。ただ、条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはある。いずれ、ハジメ達の特異性はばれるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。なので、ハジメは、ステータスプレートの作成を依頼完了後にした。どんな形であれ、心を苛む出来事に答えをもたらしたハジメを、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。
イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
そんなイルワの様子を見て、ハジメ達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。
「あいよ」
「……ん」
「はいっ」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、ハジメ達は部屋を出て行った。バタンと扉が締まる。その扉をしばらく見つめていたイルワは、「ふぅ~」と大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが気づかわしげにイルワに声をかける。
「支部長……よかったのですか? あのような報酬を……」
「……ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密……」
「ステータスプレートに表示される〝不都合〟ですか……」
「ふむ、ドット君。知っているかい? ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ?」
ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。
「! 支部長は、彼が召喚された者…〝神の使徒〟の一人であると? しかし、彼はまるで教会と敵対するような口ぶりでしたし、勇者一行は聖教教会が管理しているでしょう?」
「ああ、その通りだよ。でもね……およそ四ヶ月前、その内の一人*7がオルクスで亡くなったらしいんだよ。奈落の底に魔物と一緒に落ちたってね」
「……まさか、その者が生きていたと? 四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて……」
ドットは信じられないと首を振りながら、イルワの推測を否定する。しかし、イルワはどこか面白そうな表情で再びハジメ達が出て行った扉を見つめた。
「そうだね。でも、もし、そうなら……なぜ、彼は仲間と合流せず、旅なんてしているのだろうね? 彼は一体、闇の底で何を見て、何を得たのだろうね?」
「何を……ですか……」
「ああ、何であれ、きっとそれは、教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ」
「世界と……」
「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼が教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」
「支部長……どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」
「もちろんだとも」
スケールの大きな話に、目眩を起こしそうになりながら、それでもイルワの秘書長として忠告は忘れないドット。しかし、イルワは、何かを深く考え込みドットの忠告にも、半ば上の空で返すのだった。
「(さっさと恵理に会いたい…)」
天之河恵里…光輝に会えるとウッキウキ。
清水…「光輝ィィィ!!!!!天国で見ていてくれよォー!?」
魔族…何こいつテンション高っ…コワッ…
光輝…「恵里…恵里…」