騎士王転生の天之河光輝、異世界に降り立つ。(元 天之河光輝成り代わり物) 作:ゼロさん
エリセンから西北西に約三百キロメートル。
そこが、かつてミレディ・ライセンから聞いた七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】の存在する場所だ。
だが、ミレディから聞いたときは時間がなかったため、後は〝月〟と〝グリューエンの証〟に従えとしか教えられず、詳しい場所はわかっていなかった。
そんなわけで、ハジメ達は取り敢えず方角と距離だけを頼りに大海原を進んできたのだが、昼間のうちにポイントまで到着し海底を探索したものの特に何も見つけることは出来なかった。海底遺跡というくらいだからそれらしき痕跡が何かしらあるのではないかと考えたのだが、甘かったらしい。
ただ、周囲百キロメートルの水深に比べるとポイント周辺の水深が幾分浅いように感じたので、場所自体は間違えていない……と思いたいハジメだった。
仕方なく、探索を切り上げてミレディの教えに従い月が出る夜を待つことにした。今は、ちょうど日没の頃。地平線の彼方に真っ赤に燃える太陽が半分だけ顔を覗かせ、今日最後の輝きで世界を照らしている。空も海も赤とオレンジに染まり、太陽が海に反射して水平線の彼方へと輝く一本道を作り出していた。
どこの世界でも、自然が作り出す光景は美しい。ハジメは、停泊させた潜水艇の甲板で、沈む太陽を何となしに見つめながら、ふと、このまま太陽へと続く光の道を進んだならば、日本に帰れはしないだろうかと、そんな有り得ない事を思った。そして、何を考えているんだかと苦笑いをこぼす。
「どうしたの?」
そんなハジメの様子に気がついて声を掛けてきたのは香織だった。
先程まで船内でシャワーを浴びていたはずで、その証拠に髪が湿っている。いや、香織だけではない。いつの間にかユエやシア、ティオ。ついでにラフな夏服仕様の服を着た光輝までも甲板に出てきていた。光輝以外の皆、ハジメ自慢の船内シャワーを一緒に浴びてきたようで、頬は上気し、湿った髪が頬や首筋に張り付いていて実に艶かしい姿だ。備え付けのシャワールームは、天井から直接温水が降ってくる仕様なので、女子組全員で入っても問題ない。
ちなみに、ハジメが甲板で黄昏れているのは、下手をすればシャワールームに連れ込まれていた可能性があったからだ。
彼女達が、シャワーを浴びようとした時、ティオ達が光輝を誘ったのだが、それに対して「その手があったか!」といったようにハジメを誘おうと、香織もシアもユエも賛同し、断ったハジメに全員でにじり寄ってきたのである。ユエ以外の女を抱くつもりがないハジメは、他の女と裸の付き合いをするつもりはないとはっきり伝えた。
しかし、そんなハジメの言葉を笑顔でスルーした香織達は、頬を染めてイヤンイヤンしているユエを尻目に、香織と半笑いの光輝でハジメを抑えに掛かり、シアが背後からドリュッケンで意識を飛ばそうとしたのだ。流石に身の危険を感じたハジメは、割かし本気で逃げ出し、甲板に出て来たわけだが……据え膳食わぬは、やはり男の恥なのだろうか?*1
ハジメは、何となく重婚OKの法律が気に入らないのだ。*2まぁそれはそれとして、香織の質問に答えた。
「ちょっと、日本を思い出していたんだよ。こういう自然の光景は、変わらねぇなって」
「……そっか。うん、そうだね。向こうの海で見た夕日とそっくり……なんだかすごく懐かしい気がするよ。まだ半年も経っていないのにね」
「こっちでの日々が濃すぎるんだよ」
ハジメの隣に座った香織が、どこか遠い目をしながらハジメの言葉に同意する。きっと、日本で過ごしてきた日々を懐かしんでいるのだろう。
二人と、日本に対する懐かしみとか0であろうカスにしか通じない話題に寂しさを感じたのか、ユエは、火照った体でトコトコとハジメに歩み寄ると、その膝の上に腰をおろし、暑いだろうに背中をハジメの胸元にもたれかけさせ、真下から上目遣いで見つめ始めた。
その瞳は明らかに、自分も話に入れて欲しいと物語っている。寂しさと同時に、ハジメ達の故郷のことを聞きたいという気持ちがあるようだ。ユエの可愛らしさに内心ノックアウトされながら、ハジメは、隣の香織が般若を出しそうになったので、そのほっぺをプニプニして諌める。
それだけで、途端に機嫌が良くなるのだから、ハジメとしては複雑だ。受け入れてくれない相手に、どうしてそこまで……と、思ってしまう。もっとも、思うだけで口にはしない。それは、余りに彼女の気持ちに対して失礼だから。
香織の頬をプニっていると、今度は、反対側にシアが寄り添い、その目をキラキラさせる。明らかに構って欲しいという合図だ。空いている手で、ウサミミをモフる。「えへへ~」と頬を緩めるシア。
背中には、光輝がもたれかかった(!?)。特に何を要求するでもなく、静かに背中合わせになっている。海に投げ落としてくるとかはするであろうと思ってたハジメとしては少々意外だった。しかし追加で光輝の上に恵里と清水とティオがのしかかり、無言でもみくちゃになりながら海に落ちていった。
恵里達にお説教をした後、広大な海の上で小さくキャンピングテーブルを囲むハジメ達。夜天に月が輝き出すまで、ちょくちょく話しをしたりお菓子を摘んだりして過ごしていた。
そろそろ頃合かと、ハジメは懐から【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントを取り出した。サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて、穴あきになっている。
エリセンに滞在している時にも、このペンダントを取り出して月にかざしてみたり、魔力を流してみたりしたのだが、特に何の変化もなかった。
月とペンダントでどうしろと言うんだ? と、内心首を捻りながら、ハジメは、取り敢えずペンダントを月にかざしてみた。ちょうどランタンの部分から月が顔を覗かせている。
しばらく眺めていたが、特に変化はない。やはりわけ分からんと、ハジメは溜息を吐きながら他の方法を試そうとした。
と、その時、ペンダントに変化が現れた。
「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」
「ホント……不思議ね。穴が空いているのに……」
シアが感嘆の声を上げ、香織が同調するように瞳を輝かせる。
彼女達の言葉通り、ペンダントのランタンは、少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めていた。それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。ユエとティオも、興味深げに、ハジメがかざすペンダントを見つめた。
「昨夜も、試してみたんだがな……」
「ふむ、ハジメ殿よ。おそらく、この場所でなければならなかったのではないかの?」
おそらく、ティオの推測が正解なのだろう。やがて、ランタンに光を溜めきったペンダントは全体に光を帯びると、その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。
「……なかなか粋な演出。ミレディとは大違い」
「全くだ。すんごいファンタジーっぽくて、俺、ちょっと感動してるわ」
〝月の光に導かれて〟という何ともロマン溢れる道標に、ハジメだけでなくユエ達も「おぉ~」と感嘆の声を上げた。特に、ミレディの【ライセン大迷宮】の入口を知っているシアは、ハジメやユエ同様、感動が深い。
ペンダントのランタンが何時まで光を放出しているのか分からなかったので、ハジメ達は、早速、導きに従って潜水艇を航行させた。
夜の海は暗い。というよりも黒いと表現したほうがしっくりくるだろうか。海上は月明かりでまだ明るかったが、導きに従って潜行すれば、あっという間に闇の中だ。潜水艇のライトとペンダントの放つ光だけが闇を切り裂いている。
ちなみに、ペンダントの光は、潜水艇のフロントガラスならぬフロント水晶(透明な鉱石ですこぶる頑丈)越しに海底の一点を示している。
その場所は、海底の岩壁地帯だった。無数の歪な岩壁が山脈のように連なっている。昼間にも探索した場所で、その時には何もなかったのだが……潜水艇が近寄りペンダントの光が海底の岩石の一点に当たると、ゴゴゴゴッ! と音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。
その音と震動は、岩壁が動き出したことが原因だ。岩壁の一部が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出したのである。その奥には冥界に誘うかのような暗い道が続いていた。
「なるほど……道理でいくら探しても見つからないわけだ。あわよくば運良く見つかるかもなんてアホなこと考えるんじゃなかったよ」
「個人的には素潜りは楽しかったよ。」
「……暇だったし、楽しかった」
「そうだよ。異世界で海底遊覧なんて、貴重な体験だと思うよ?」
昼間の探索が徒労だったとわかり、ガックリと肩を落としたハジメだったが、ユエと香織は結構楽しんでいたようだ。光輝は正直見つからないと知りながらやっていたので言葉とは裏腹に虚しい気持ちで泳いでいた。
ハジメは潜水艇を操作して海底の割れ目へと侵入していく。ペンダントのランタンは、まだ半分ほど光を溜めた状態だが、既に光の放出を止めており、暗い海底を照らすのは潜水艇のライトだけだ。
「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、この〝せんすいてい〟? がなければ、まず、平凡な輩では、迷宮に入ることも出来なさそうじゃな」
「……強力な結界が使えないとダメ」
「他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメだな」
「でも、ここにくるのに【グリューエン大火山】攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」
「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」
道なりに深く潜行しながら、ハジメ達は潜水艇がない場合の攻略方法について考察してみた。確かに、ファンタジックな入口に感動はしたのだが、普通に考えれば、超一流レベルの魔法の使い手が幾人もいなければ、侵入すら出来ないという時点で、他の大迷宮と同じく厄介なことこの上ない。
ハジメ達は、気を引き締め直し、フロント水晶越しに見える海底の様子に更に注意を払った。
と、その時、
ゴォウン!!
「うおっ!?」
「ふむ…」*3
「成る程ね?」*4
「ヒィッ!?」*5
「んっ!」
「わわっ!」
「きゃっ!」
「何じゃっ!?」
突如、横殴りの衝撃が船体を襲い、一気に一定方向へ流され始めた。マグマの激流に流された時のように、船体がぐるんぐるんと回るが、そこは既に対策済みだ。組み込んだ船底の重力石が一気に重みを増し船体を安定させる。
「うっ、このぐるぐる感はもう味わいたくなかったですぅ~」
シアが、【グリューエン大火山】の地下で流されたときの事を思い出し、顔を青くしてイヤイヤと頭を振った。
「直ぐに立て直しただろ? もう、大丈夫だって。それより、この激流がどこに続いているかだな……」
そんなシアに苦笑いを浮かべつつ、ハジメは、フロント水晶から外の様子を観察する。緑光石の明かりが洞窟内の暗闇を払拭し、その全体像をあらわにしている。見た感じ、どうやら巨大な円形状の洞窟内を流れる奔流に捕まっているようだ。
船体を制御しながら、取り敢えず流されるまま進むハジメ達。しばらくそうしていると、船尾に組み込まれている〝遠透石〟が赤黒く光る無数の物体を捉えた。
「なんか近づいてきてるな……まぁ、赤黒い魔力を纏っている時点で魔物だろうが」
「……殺る?」
「殺るべきだよ。」
ハジメがそう呟くと、隣の座席に座るユエが手に魔力に集めながら可愛い顔でギャングのような事をさらりと口にする。
光輝も聖剣チャキチャキしていた。*6
「いや、武装を使おう。有効打になるか確認しておきたいし」
ハジメが、潜水艇の後部にあるギミックを作動させる。すると、アンカジのオアシスを真っ赤に染めたペットボトルくらいの大きさの魚雷が無数に発射された。ご丁寧に悪戯っぽい笑みを浮かべるサメの絵がペイントされている。
激流の中なので、推進力と流れがある程度拮抗し、結果、機雷のようにばら撒かれる状態となった。
潜水艇が先に進み、やがて、赤黒い魔力を纏って追いかけてくる魔物――トビウオのような姿をした無数の魚型の魔物達が、魚雷群に突っ込んだ。
ドォゴォオオオオ!!!
背後で盛大な爆発が連続して発生し、大量の気泡がトビウオモドキの群れを包み込む。そして、衝撃で体を引きちぎられバラバラにされたトビウオモドキの残骸が、赤い血肉と共に泡の中から飛び出し、文字通り海の藻屑となって激流に流されていった。
「うん、前より威力が上がっているな。改良は成功だ」
「うわぁ~、ハジメさん。今、窓の外を死んだ魚のような目をした物が流れて行きましたよ」
「シアよ、それは紛う事無き死んだ魚じゃ」
「改めて思ったのだけど、ハジメくんの作るアーティファクトって反則だよね。」
「(まぁロンゴミニアド作ったオスカーとか強い奴はホント強いんだよね。この類の物作り系。)」
それから度々、トビウオモドキに遭遇するハジメ達だったが容易く蹴散らし先へ進む。
どれくらいそうやって進んだのか。
代わり映えのない景色に違和感を覚え始めた頃、ハジメ達は周囲の壁がやたら破壊された場所に出くわした。よく見れば、岩壁の隙間にトビウオモドキのちぎれた頭部が挟まっており、虚ろな目を海中に向けている。
「あっ、ハジメくん。あれ!」
「アレはメルジーヌの紋章……」
「ペンダントの光が⋯」
洞窟に、五十センチくらいの大きさのメルジーネの紋章が洞窟に刻まれているのである。
「まぁ、五芒星の紋章に、光を残したペンダントとくれば……」
そう呟きながら、ハジメは首から下げたペンダントを取り出し、フロント水晶越しにかざしてみた。すると、案の定ペンダントが反応し、ランタンから光が一直線に伸びる。そして、その光が紋章に当たると、紋章が一気に輝きだした。
「これ、魔法でこの場に来る人達は大変だね……直ぐに気が付けないと魔力が持たないよ」
香織の言う通り、このようなRPG風の仕掛けを魔法で何とか生命維持している者達にさせるのは相当酷だろう。【グリューエン大火山】とは別の意味で限界ギリギリを狙っているのかもしれない。
ハジメが、ペンダントをかざし紋章に光を注ぐと、円環の洞窟から先に進む道が開かれた。ゴゴゴゴッ! と轟音を響かせて、洞窟の壁が縦真っ二つに別れる。
特に何事もなく奥へ進むと、真下へと通じる水路があった。潜水艇を進めるハジメ。すると、突然、船体が浮遊感に包まれ一気に落下した。
「おぉ?」
「タマヒュン感…(ジェットコースターみたいだな。)」*7
「わっグッ!?」*8
「おアッ!?」*9
「んっ」
「ひゃっ!?」
「ぬおっ」
「はうぅ!」
それぞれ、八者八様の悲鳴を上げる。ハジメは、股間のフワッと感に耐える。直後、ズシンッ!と轟音を響かせながら潜水艇が硬い地面に叩きつけられた。激しい衝撃が船内に伝わり、特に体が丈夫なわけではない香織と恵里と清水が呻き声を上げる。
「っ……香織、お前等も…無事か」
「うぅ、だ、大丈夫。それより、ここは?」
香織が顔をしかめながらもフロント水晶から外を見ると、先程までと異なり、外は海中ではなく空洞になっているようだった。取り敢えず、周囲に魔物の気配があるわけでもなかったので、船外に出るハジメ達。
潜水艇の外は大きな半球状の空間だった。頭上を見上げれば大きな穴があり、どういう原理なのか水面がたゆたっている。水滴一つ落ちることなくユラユラと波打っており、ハジメ達はそこから落ちてきたようだ。
「どうやら、ここからが本番みたいだな。海底遺跡っていうより洞窟だが」
ハジメは、潜水艇を〝宝物庫〟に戻しながら、洞窟の奥に見える通路に進もうとユエ達を促す……寸前でユエに呼びかけた。
「ユエ」
「ん」
それだけで、ユエは即座に障壁を展開した。
刹那、頭上からレーザーの如き水流が流星さながらに襲いかかる。圧縮された水のレーザーは、直撃すれば、容易く人体に穴を穿つだろう。
しかし、ユエの障壁は、例え光輝の
光輝は油断しまくってたから気づかなかったらしい。まぁ水のレーザーとか今の光輝だとちょっと勢い強めの水シャワーみたいなものだし⋯(言い訳)
だが、香織はそうはいかなかった。
「きゃあ!?」
余りに突然かつ激しい攻撃に、思わず悲鳴を上げながらよろめく。傍にいたハジメが、咄嗟に、腰に腕を回して支えた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、気にするな」
あっさり離れたハジメをチラ見しながら、普通なら赤面の一つでもしそうなのだが、香織の表情は優れない。抱き止められたことよりも、自分だけが醜態を晒したことに少し落ち込んでいるようだ。
「どうした?」
「えっ? あ、ううん。何でもないよ」
「……そうか」
香織は咄嗟に誤魔化し、無理やり笑顔を浮かべる。ハジメは、そんな香織の様子に少し目を細めるが、特に何も言わなかった。
そのことに、香織が少しの寂しさと安堵を感じていると、未だに続いている死の豪雨を防いでいるユエがジッと自分を見ていることに気がついた。その瞳が、まるで香織の内心を見透かそうとしているようで、香織は、咄嗟に眼に力を込めて睨むような眼差しを返す。
いつかのように、自分の気持ちを嗤わせるわけにはいかない。そんな事になれば、ハジメの愛情を一身に受ける目の前の美貌の少女は、香織を戦うべき相手とすら認識しなくなるだろう。
それだけは……我慢ならない。
その後、進んでいくうちに、異変が起こった。
「っ……何だ?」
ハジメ達が、その空間に入った途端、半透明でゼリー状の何かが通路へ続く入口を一瞬で塞いだのだ。
「私がやります! うりゃあ!!」
咄嗟に、最後尾にいたシアは、その壁を壊そうとドリュッケンを振るった、が、表面が飛び散っただけで、ゼリー状の壁自体は壊れなかった。そして、その飛沫がシアの胸元に付着する。
「ひゃわ! 何ですか、これ!」
シアが、困惑と驚愕の混じった声を張り上げた。ハジメ達が視線を向ければ、何と、シアの胸元の衣服が溶け出している。衣服と下着に包まれた、シアの豊満な双丘がドンドンさらけ出されていく。
「シア、動くでない!」
咄嗟に、ティオが、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くした。少し、皮膚にもついてしまったようでシアの胸元が赤く腫れている。どうやら、出入り口を塞いだゼリーは強力な溶解作用があるようだ。皮膚が赤くなっただけ程度とは⋯流石だぁ⋯
「っ! また来るぞ!」
警戒して、ゼリーの壁から離れた直後、今度は頭上から、無数の触手が襲いかかった。先端が槍のように鋭く尖っているが、見た目は出入り口を塞いだゼリーと同じである。だとすれば、同じように強力な溶解作用があるかもしれないと、再び、ユエが障壁を張る…が、
「───束ねるは星の息吹、この灯りは星の希望、地を照らす生命の証。輝ける命の奔流。受けるが良い!ーーー
それなりに洞窟が崩れないように手加減した光の奔流は、ゼリーを飲み込みそのまま前方のゼリーを消し飛ばした。
「やっぱ光輝だけ火力がおかし過ぎる。3%であれだろ?…もう戦闘はアイツ一人で良いんじゃないか?」
魔物の肉片を食べる前の召喚直後から頭おかしい火力してたのが、最近もっと火力が上がっている実事に、ハジメがそう呟くのも仕方ない。それを余裕と見たのか、シアがハジメの傍にそろりそろりと近寄り、露になった胸の谷間を殊更強調して、実にあざとい感じで頬を染めながら上目遣いでおねだりを始めた。
「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ」
「……光輝にやって貰えば?」
「いや……こういう細かなところでアピールしないと、香織さんの参戦で影が薄くなりそうですし……」
シアが、胸のちょうど谷間あたりに出来た火傷の幾つかをハジメに見せつけながら、そんなことをのたまった。
すると、
「聖浄と癒しをここに〝天恵〟」
いい笑顔の香織がすかさずシアの負傷を治してしまった。「あぁ~、お胸を触ってもらうチャンスがぁ!」と嘆くシアに、光輝以外の全員が冷たい視線を送る。
「………(原作で知ってたけど)やっぱりか…ハジメ。このゼリーは洞窟吹っ飛ばさない程度の威力じゃ倒しきれないし…どうやら魔力を食べる…いや、吸収するらしい。」
光輝の言葉が正しければ、中々に強力で厄介な能力だ。まさに、大迷宮の魔物に相応しい。
そんなハジメの内心が聞こえたわけではないだろうが、遂に、ゼリーを操っているであろう魔物が姿を現した。
天井の僅かな亀裂から染み出すように現れたそれは、空中に留まり形を形成していく。半透明で人型、ただし手足はヒレのようで、全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ち、頭部には触覚のようなものが二本生えている。まるで、宙を泳ぐようにヒレの手足をゆらりゆらりと動かすその姿は、クリオネのようだ。もっとも、全長十メートルのクリオネはただの化け物だが。
その巨大クリオネは、何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのようにゼリーの飛沫を飛び散らせた。
「ユエも攻撃して! 防御は私が! 〝聖絶〟!」
香織は、派生技能〝遅延発動〟で、あらかじめ唱えておいた〝聖絶〟を発動する。それにコクリと頷いたユエはティオと一緒に巨大クリオネに向けて火炎を繰り出した。シアも、ドリュッケンを砲撃モードに切り替えて焼夷弾を撃ち放つ。
全ての攻撃は巨大クリオネに直撃し、その体を爆発四散させた。いっちょ上がり!とばかりに満足気な表情をするユエ達だったが、それにハジメが警告の声を上げる。
「まだだ!光輝でも倒しきれなかったんだ…やっぱり反応が消えてない。香織は、障壁を維持しろ……なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に……」
ハジメの感知系能力は部屋全体に魔物の反応を捉えていた。しかも、魔眼石で見える視界は赤黒い色一色で染まっており、まるで、部屋そのものが魔物であるかのようだった。未だかつて遭遇したことのない事態に、自然、ハジメの眼が鋭さを帯びる。
すると、その懸念は当たっていたようで、四散したはずのクリオネが瞬く間に再生してしまった。しかも、よく見ればその腹の中に、先程まで散発的に倒していたヒトデモドキや海蛇がおり、ジュワーと音を立てながら溶かされていた。
「ふむ、どうやら弱いと思っておった魔物は本当にただの魔物で、こやつの食料だったみたいじゃな…… ハジメ殿よ。無限に再生されてはかなわん。魔石はどこじゃ?」
「そういえば、透明の癖に魔石が見当たりませんね?」
ティオの推測に頷きつつ、シアがハジメを見るが、ハジメは巨大クリオネを凝視し魔石の場所を探しつつも困惑したような表情をしている。
「……ハジメ?」
ユエが呼びかけると、ハジメは、頭をガリガリと掻きながら見たままを報告した。
「……ない。あいつには、魔石がない」
その言葉に全員が目を丸くする。
「ハ、ハジメくん? 魔石がないって……じゃあ、あれは魔物じゃないってこと?」
「わからん。だが、強いて言うなら、あのゼリー状の体、その全てが魔石だ。俺の魔眼石には、あいつの体全てが赤黒い色一色に染まって見える。あと、部屋全体も同じ色だから注意しろ。あるいは、ここは既に奴の腹の中だ!」
ハジメが驚愕の事実を話すと同時に、再び、巨大クリオネが攻撃を開始した。今度は、触手とゼリーの豪雨だけでなく、足元の海水を伝って魚雷のように体の一部を飛ばしてきてもいる。
「
光輝は詠唱無しで
しかし、燃やしても燃やしても壁の隙間や割れ目から際限なく出現し、遂には足元からも湧き出した。いつの間にか光輝が
ユエ達も攻撃に参加し本体への攻撃も激しさを増してゆく中、クリオネもいよいよ本気になってきたのか、壁全体から凄まじい勢いで湧き出してきた。しかも、いつの間にか水位まで上がってきており、最初は膝辺りまでだったのが、今や腰辺りまで増水してきている。
ユエ達は何度も巨大クリオネを倒しているのだが、直ぐにゼリーが集まり、終わりが見えない。
殲滅は
故に、ここは一度離脱するべきだとハジメは決断した。しかし、全ての出入口はゼリーで埋まっている。ハジメは周囲を見渡す。そして、地面にある亀裂から渦巻きが発生しているのを発見した。
「一度、態勢を立て直すぞ。地面の下に空間がある。どこに繋がってるかわからない。光輝!お前の影の中に入れてくれ!その後聖剣で床を!」
「了解!みんな、僕の影に入ってくれ…
全員を影に取り込んだのち、渦巻く亀裂に向かって
ドォゴオオオオン!!!
水中にくぐもった轟音が振動と共に伝播する。
次の瞬間、貫通した縦穴へ途轍もない勢いで水が流れ込んでいき、腰元くらいまで上がってきていた海水がいきなり勢いよく流れ始めた。
光輝は、激流の中をその『身体能力』で無理やり地下の空間へと泳ぎ進めていった。
時間無い…上手く脳内を言葉に出来ない…