運だけの奴、ミレニアムの受験に受かってしまう。   作:Ringseiran

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受験、それは、人生のターニングポイント

 

 

ミレニアムサイエンススクール、それはキヴォトスの中でもキヴォトス三大学園と呼ばれる学園の一つであり、この学園都市で特に秀でた科学力を有する学園である。

 

そんな学園の受験というのは、無論とんでもなく難易度が高い。

入学試験の難易度はさることながら、目を見張るのはその倍率。ゼロが一個多いのではないかと見紛ってしまうそれは、この学園の魅力がどれだけ科学の道を歩む生徒から渇望されているか、一目でよく理解出来る数字である。

 

そんな学園の入学試験当日。

 

俺、雲摩カセは、ミレニアムサイエンススクール入試会場の一室、その最後方で、問題用紙が配られるのを待っていた。

 

想像していた高等学校の教室と言うよりも、どこかのドラマで見たことがあるような、大学の講義室を彷彿とさせるこの一室からは、受験生達のピリピリとした空気感が伝わってくる。

 

キヴォトス屈指の科学技術を持つこの学園の入試が、アナログで行われるというのは何とも違和感を感じるものだが、とある筋からの話によると、これはカンニング行為防止の措置だそうだ。

 

何年か前に一度デジタル方式の試験に変えたことがあったそうだが、何人かの受験生が事前にカンニング用のハッキングプログラムを組み、試験開始と同時に解答生成AIを侵入させようとしたことがあったらしい。その試みは残念ながら、ミレニアムのハッカーが集うヴェリタスという非公認部活によって阻止されたそうだが、そんなカンニング行為を実行できるなら、普通に問題が解けるのではないだろうか。

 

それとも、そんなカンニング方法を実現可能な生徒であっても、この学園の入試は手に余るのだろうか。

 

何はともあれ、そんな事情からアナログで試験が行われるミレニアムであるが、その他にもカンニング防止策は凄まじい。

 

文房具は全て学園側から配布され、入室前に電子機器は預かられて、何度も金属探知機にかけられる。そして入試会場には試験官だけでなく、常にカンニングを見張るドローンが飛んでいる。一見するとそんなに見張られていては集中出来ないように思えるが、そこは流石のミレニアム、浮遊するドローンからは一切機械音が聞こえない。これなら答案に目を向けている限り、受験の障害になることはない。とはいえ、ここまでのカンニング対策が、本当に必要なのかと疑問に思ってしまう。

 

まあ、そこまでしないと何か小道具に超小型の電子機器を忍ばせ、カンニングをするものが現れるかもしれないからなのだろう。そして、俺のように()()の中に隠しものが出来る生徒を、見張る必要もあるのだろう。きっと、そういう受験生が過去に何人もいた果てに完成したシステムなのだ。運営側の涙ぐましい努力には、本当に頭が下がる。

 

そんな事を考えていると、自分の前にも問題用紙と解答用のマーク紙が配られた。最後方の自分に配られたということは、まもなく試験が始まる。

 

そして数分後、試験官の『開始』という合図と共に、受験生達が一斉に問題用紙を開く音が聞こえる。

 

ペリ、という音を聞き流し、自分も問題に目を移す。

 

その問題に目を移しせば、思わず笑みが零れた。

 

成程、これは不確定条件の想定と力学的エネルギーの解析した融合問題か⋯⋯

 

なに、心の中で言ってみたかっただけである。

 

そしてもう一度、問題用紙に目を向ける。

 

「⋯⋯⋯⋯ふぅ」

 

ため息が、一つ漏れた━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━想定通り、何も分からない。

 

いっそ清々しいほどに、この問題用紙に書かれた文書も、その数式も、全く理解出来ない。あえて理解出来るものを挙げるならば、接続詞くらいだろうか。

 

だが、まだ慌てるような時間じゃない。この時の為に、俺は筆を走らせる音で数字や文字、ひいては記号を読み解ける技術を習得してきたのだ。

そして俺は、会場に耳を済ませる。

 

試験会場から聞こえるのは、多種多様なスピードで鉛筆を走るせる音。その全てを、同時に聞き取ることが俺には出来る。

 

そう、出来るのだ。ただ、一つ見誤っていた事があるとするならば、入試要項を見落としていた所があるとするならば、

 

これ、マーク方式じゃん⋯⋯。

 

俺の耳には、ひたすらに円を塗る音しか、入って来なかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

早瀬ユウカがその男を初めて目にしたのは、正確には彼を意識して視界に入れたのは、ミレニアムサイエンススクールの入試が全科目終了し、教室を出ようと席を立ったその時であった。

 

ガタンッ!と隣から、何か机に落ちたかのような、鈍い音が聞こえた。思わず肩を震わせて其方に目を向けると、隣の黒い()()の受験生が、机に顔を預け虚ろな目で何かブツブツと呟いている。

 

一目見れば、絶対に良い結果ではなかったのだと伝わってくるその様子。

 

その表情と様子を見て、思わず後ずさったユウカだが、それでも少し可哀想に思えたのは、この娘の優しい性格故だろう。

 

この試験会場に来られているのだから、記念受験でもない限り、それ相応の努力があり、中等学校ではそれなりに奮った成績だったのかもしれない。それは、その狐耳の男子が取り乱している様子からよく分かった。

 

実際はそんなことなく、小細工で入学しようとしていたこの狐ではあるのだが、そんなこと知りもしないユウカは、その狐耳の男子に少しだけ同情していた。

 

だがしかし、所詮はライバルであり、受験とは実力が全て。

ユウカに才能はあれど、この日の為にそれなりに努力してきているし、この狐耳の男子が良い結果でなかったのは、所詮この人の努力不足である。そう遠くない未来に「冷酷な算術使い」と揶揄されるだけの事はあり、彼女はそう内心で思った。

 

ユウカにはその狐耳の男子を慰めてやる義理もなければ、理由もないのだ。

 

故に、いつもの彼女なら、それで立ち去っていたのだろう。

だが、ユウカが去ろうと歩き出したその時、その狐耳の男子と目が合った。合ってしまった。

 

そこに、光はなかった。どこまでも、吸い込まれそうなほどの深淵である。

 

そしてその深淵から、あろうことか、水が溢れ出したのである。

 

そう、その狐耳の男子は、泣き出したのだ。

 

(えぇー⋯⋯⋯⋯!?)

 

ユウカは内心困惑する。幾らこの狐耳の男子の入試が奮わない手応えだったとしても、まだ受験結果は分からない。泣くのは少しばかり、早いのではないだろうか。いやまあ、結果が分かる分からない以前の手応えならば、泣いても不思議ではないのだが。

 

それよりも、目が合った瞬間に泣き出されてしまっては、何だか自分が悪いような錯覚を受ける。

 

そしてこの時の彼女は、一旦受験に一段落が着いたことで少し心に余裕を持っていた。

 

だからだろう。普段なら話しかけなかったであろうその狐耳の男子に、声をかけてしまったのは。

 

ユウカは覗き込むようにして、彼に話しかけた。

 

「だ、大丈夫?」

「⋯⋯うっ、うっ⋯⋯うっ、うっ⋯⋯うっ、うっ⋯⋯」

 

目は合っているものの、壊れた機械のように一定間隔で音を出しながら、カタカタと震えている狐耳の男子。

見ているだけでなんとも情けないその様子ではあるが、ユウカにとっては初対面ということもあり、さすがに心配が勝つ。

 

「も、もしもーし」

「⋯⋯うっ、うっ⋯⋯」

 

肩を震わせてみても、その反応に変わりはない。

これはもう駄目だろうかと思い始め、そろそろ諦めようと思ったその時、少しだけ狐耳の男子にハイライトが戻り、ユウカと本当の意味で目が合った。そして、彼の口がゆっくりと動き出した。

 

「あんたは⋯⋯、この教室で一番初めに解き終わっていた⋯⋯」

「え⋯⋯⋯⋯?」

 

掠れた声で呟くようにして発されたその言葉を、しかしユウカは確かに聞き取った。

その言葉を咀嚼し、理解する。そして、その内容を理解した途端、自然と疑いの言葉が彼女の口から漏れ出た。

 

「なんでそんなこと、貴方まさか⋯⋯カンニングでも!」

 

先程までの狐耳の男子を心配した表情から一変し、睨むように彼を見るユウカ。その疑いは、遠からずといったもので、ある意味間違ってはいなかった。

 

だけども、やっているかやっていないかと言われれば、どちらかと言えばやってはいない。というか、出来なかったが正しいのだが。それでも、やっていないのだから、そんな目で見られるのは、彼にとって心外であった。というより、やりたかったけれど出来なかった事を疑われて、少しムカついた。まさに逆ギレと言える。

 

「やってない!!断じてやってなーい!!」

 

さき程までの様子が嘘のように、立ち上がって自身の無実を主張する狐耳の男子。その目からは未だ涙が流れており、いまいち迫力はなかった。

 

そのある意味必死な様子を見て、ユウカは一歩後ずさる。なんというか、さっきは心配が勝ったがやはり見ていて情けない。来年には高校生にもなるという男が、人目をはばからず駄々をこねるように泣いているのだから、そう思っても仕方なかった。

 

そう感じて、話しかけたのは間違いだったと、ユウカはこの時やっと気付いた。

 

だから、恐る恐るゆっくりと彼から距離をとって、この場から退散することを試みたのだが、

 

「俺は、俺は⋯⋯努力したんだああああああああぁぁぁ!!!」

「キャッ!」

 

そう叫んだ狐耳の男子は、あろうことかユウカの両肩を掴みながら、全力で揺らし始めたのである。

 

揺らされるユウカの脳。飛び散ってきそうなこの男の涙と鼻水。注がれる未だ教室に残っている受験生の視線。

 

さしもの早瀬ユウカにも、それらは耐えられなかった。というか、耐えられる方がおかしい状況である。

 

「や、止めなさい!!」

 

そしてユウカは、男に平手打ちをした。

入口で銃火器を預けなければいけないルールだったのは、ユウカにとっても狐耳の男子にとっても、不幸中の幸いだったかもしれない。

 

そうでなければ、この場で発砲して受験結果に関係なく、不合格となっていたかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「呆れた、そんなの自業自得じゃない」

「グスッ⋯⋯うるさい⋯⋯」

 

受験終了から数十分後、俺は早瀬ユウカという名前らしい女子に、会場で取り乱してしまった謝罪を兼ねて、自販機でジュースを奢っていた。

 

そして今、近くのベンチに腰をかけながら、どうしてあんな風になってしまったのか、経緯を説明したのだ。

 

だが、俺の話を聞いた早瀬ユウカは、何か心底汚らしい者を見たかのような目で、此方を見てくる。

 

「そ、そんな目で見るな、ど、努力は努力だ⋯⋯それに、人の解答を音で聞き取ってはいけないなんてルール⋯⋯受験要覧には⋯⋯書いてな⋯⋯かった⋯⋯⋯⋯」

 

あまりの酷い目線に言い訳が口をついて出たが、あまりの睨みように、だんだんと言葉が萎んでしまった。

その様子が、早瀬ユウカの目にはあまりに情けなく映ったのだろうか、彼女は大きなため息をついて、こめかみを押さえた。

 

「そんな努力をするくらいなら、少しは勉強すれば良かったんじゃないの?」

「うぐっ⋯⋯」

 

ぐうの音も出ない正論である。だがしかし、その選択肢を取らなかった理由は勿論ある。

 

「⋯⋯元々は、地元の百鬼夜行に入学する予定だったんだ⋯⋯それなら十分学力は足りてるし、だけど、ギリギリでミレニアムに進路を変更したから⋯⋯」

「したから?」

「俺の学力じゃ到底勉強は間に合わないって分かってたから、仕方なく⋯⋯」

「仕方なくでやることじゃないわね⋯⋯」

 

というかよくできたわね、と呆れるように言う早瀬ユウカ。

 

「地元に忍者を目指してる友達がいて、その子に何かいい方法が無いかと相談したら、この方法を教えてもらった」

「何よその世界観⋯⋯百鬼夜行ってそんな感じなの?」

 

その子が少し特殊なだけだよ、と一応地元の擁護はしておく。

しかし、あの友人から教えてもらった技術は、結局何の役にも立たなかった。それどころか、無駄に絶望を与えられた。

 

「はぁ、行けると思ったんだけどなぁ⋯⋯」

 

今度は俺の口から、ため息がもれる。

すると早瀬ユウカが、俺に一つ質問をしてきた。

 

「そんな小細工してまで、どうしてミレニアムに入りたかったの?」

「あー、それは⋯⋯」

 

至極真っ当な質問である。

キヴォトスにおいては人生を左右するとさえ言えるであろう高校受験において、土壇場で小細工に出た理由。俺的には、小細工でも何でもなく、自分なりの全力を尽くす正々堂々の受験であったつもりなのだが、本当に正々堂々と受験した彼女にとっては、俺の行為は小賢しいのだろう。

ジト目で此方を見ている早瀬ユウカの瞳には、少しだけ好奇心が見て取れた。

 

「いや、別に、大した理由はないんだけど⋯⋯」

「ないんだけど?」

「えーと⋯⋯その⋯⋯」

「もう!早く教えなさい!!」

 

言い淀む俺に、ずいっと顔を寄せて詰めてくる早瀬ユウカ。

あまり言いたくはないのだが、この娘には今日散々迷惑をかけている。

それに今日の受験、結局マークはテキトウに埋めたのだからどうせ合格出来ないだろう。この娘との関係も今日限りだろうし、別に教えてもいいかもしれない。

 

「そ、それは⋯⋯」

「それは?」

「あ⋯⋯」

「あ?」

「憧れの人が⋯⋯このミレニアムの生徒なんだ!!」

「は?」

 

恥ずかしさに耐えながら、何とか口にした言葉。

その代償として、つま先から耳の先っぽまで熱を帯びているのを全身で感じる。

もしかしたら、尻尾からは蒸気がでているのかもしれない。

恥ずかしさに耐えかねて、尻尾で顔を隠した。

恐る恐る尻尾の毛の間から、早瀬ユウカを覗く。すると彼女は何だかぷるぷると震えている。

 

「は、早瀬ユウカ?」

「お⋯⋯」

「お?」

「乙女か!!!!!!!!!!」

 

その日早瀬ユウカは、今まででの人生で、一番大きな声のツッコミをしたそうだ。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

受験日から数日後、俺は自宅のパソコンの前で、ミレニアムサイエンススクールの入試結果が発表されるのを待っていた。

 

受験結果は現地にも張り出されるものの、落ちることがほぼ確実に分かっていて、見に行く奴などいるのだろうか。いる訳が無い。少なくとも俺には、そんな勇気はなかった。

 

それに、早瀬ユウカの件もある。

もしもなにか運命のイタズラで、鉢合わせてしまったら何を言われるかわからない。

 

それに色々と恥ずかしい気持ちもあるから、顔を合わせる気にもなれない。

それなのに受験結果が気になるからと、モモトークを交換させられたのは、俺が彼女に迷惑をかけた事への仕返しだろうか。

 

どうせ落ちる奴の結果など、気になる訳がないだろうに。

 

そんな事を考えながら、ホームページの更新ボタンを押していると、遂にその時間になったのだろう。受験番号がずらりと並ぶページに飛んだ。

 

ミレニアムの合格発表が自分の結果だけを移すものでなくて良かった。少しづつページを動かしていけば、心の準備も整うというものである。

 

自分の受験番号は0314、まだまだ先であることはわかっているものの、ゆっくりページをスライドする。

 

0300、0304、0310、ちょっ、飛ばないで欲しい。

 

0311、0314、0325、0332、⋯⋯⋯⋯、

 

0311、0314、0314、0314?、

 

0 3 1 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

以下、早瀬ユウカと雲摩カセのモモトークから引用

 

 

『Yyyyyyyuka』

 

『ちょ、ちょっと、落ち着いて』

 

『YABAI』

 

『分かったから、こんな風に報告させた私も悪かったから、一旦落ち着いてからまた連絡して、ね?』

 

『Ukkata』

 

『え?』

 

『受かった』

『ミレニアム、受かっちゃった』

 

『通話 1:55:46』

 

 

 




うわあ、急に落ち着くな!
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