運だけの奴、ミレニアムの受験に受かってしまう。 作:Ringseiran
ミレニアムサイエンススクール入学日。
俺は初日から早々、絶賛孤立中であった。
「何故、こうなった……?」
たった一人しかいない教室で、思わず呟く。
だが、その言葉を拾ってくれる生徒は、この空間にはいなかった。
というか誰もいなかった。
何故こんなことになっているのか、というより、目の前で何が起こったのか、それをどうにか受け入れる為、さっきまでの出来事を思い返す。
入学式が終わり教室に戻れば、オートマタの職員から学習用BDが配られた。そこから単位などの説明をざっくりと聞かされ、それも終わると、職員はさっさと教室から去ってしまう。まあ、ここまではキヴォトスではよく見かける入学式の光景であるのだが、予想外だったのはその後であった。
教員の説明が終わったと分かった瞬間、クラスメイトの大半は、続々と教室を去り始めた。
クラスで自己紹介をする流れになったりとか、グループが形成され始めたりとか、そんな雰囲気になることなく。まるで今日が学園生活初日ではないかのように、大半の生徒が当たり前のように教室から消えていった。
普通は近くに座るクラスメイトに話しかけて、学園の散策に誘ったり、友人を作ろうとしたりするものではないのだろうか。
そんな疑問を浮かべながらも、迷いなく教室から去るクラスメイトに話しかけていいのかと逡巡していたら、残っていた少ない生徒達も気付けばどこかへ消えていった。
そして田舎狐が一人、教室に取り残されたとさ。
いや、百鬼夜行は田舎じゃない筈なのだが、ミレニアムのサイバーパンク的な景観を見ていると、記憶の中の地元がなんだか小さく思えてくる。
こうなればもう仕方がないから、一人で学園を回ることにしよう。
とりあえず何か行動していれば、出会いの一つくらいあるかもしれない。というか、あって欲しい。
いや、出会いといえば、たった一人だけ既に出会っている生徒がいないこともなかった。
そう、受験会場で衝撃的な邂逅をして、共に合格の喜びを分かちあった女子生徒、早瀬ユウカである。
実の所、あの娘とはあれからも定期的に連絡を取り合っている。
というか、こっちから定期的に助けを求めている。入学前の必需品を聞いたりミレニアム自治区について質問したり、それ以外にも大なり小なり色々訊いている。行き当たりばったりで合格してしまった俺には、事前情報が枯渇していたのだ。
そんなどうしようもない奴から送られる数々の無知過ぎる連絡に、逐一返信してくれた彼女には、本当にめちゃくちゃ感謝している。
その都度それくらい自分で調べなさいと怒られた事さえ、最早優しさに思えるレベルだ。早瀬ユウカ、一見厳しい性格をしているようでその実とても面倒見のいい娘であった。
だから、ここでまた早瀬ユウカにモモトークを送り、一緒に学園を見て回ってくれないかと頼む選択肢もあるにはある。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
彼女には出会ったその瞬間から現在に至るまで、とことん迷惑をかけてきている。
そしてそれ以上に、情けない姿を晒しているのだ。
不肖、雲摩カセ。これでもれっきとしたキヴォトス男児。
これから同級生となる女子に情けない所ばかり見せていては、男が廃るというものである。
ミレニアムは五桁の生徒数を誇るマンモス校。友達の一人や二人作れなくてはこれからの学園生活はやっていけない。
ここはひとついち早く友人を作り、学園に馴染めているところを早瀬ユウカに見せつけよう。いい加減、情けない姿とはおさらばである。
そうと決めれば善は急げだ。
スクールバッグと銃を手に取り俺は教室を出ようとする。だが、すんでのところで一つの疑問が頭をよぎった。
そういえば、他の生徒は一体何処へ行ったのだろう。
教員の話が終わった途端に、一応のクラスメイト達は教室の外へと消えていった。友達を作ることよりも余程大事なことがあるのだろうが、それがどんなことかは自力で確認する術がない。だって、もう他の生徒はこの教室にいないのだから。
もしかしたら、他の生徒にとってその行動は周知の事実であり、俺もその行動を取らなければ何か問題が起きるかもしれない。
入学早々問題を起こして処分を下されるなど、そんなの絶対に御免である。どうにかして、クラスメイト達が何の目的で教室を出ていったのか調べなければいけない。
となれば、今ここで取れる行動とは…………。
「あ、もしもし早瀬ユウカ?聞きたいことがあるんだけど……」
***
どうやらミレニアムの生徒の大半は、部活動や委員会に所属するそうだ。
ミレニアムには三桁を超える部活動が存在し、その殆どがミレニアムプライスというこの学園最大級のコンテストに向けて、日々様々な研鑽を積んでいるらしい。
とういかそもそもこの学園の校風的には、しっかり勉強をしてテストでいい点を取るというより、各々の専門分野において研究や開発を進め、創意と革新を目指すのが模範的なミレニアムの生徒となるようである。
つまるところ、教室を去っていったクラスメイト達が向かった場所とは、それぞれが希望する部活動や委員会の活動場所なのだ。
故に、一年の始まりに編成されるクラスというのはあくまでも形式的なものであり、出席の管理だとか試験時に集まる教室を指定する時にしか特に使われないようである。つまり、クラスメイトとかそういう概念は、殆ど無いと言っても過言ではない。全く不思議な学園だ。
クラスメイトとの交流が深められないのは残念ではあるが、まず一つ大きな疑問を解消する事ができた。
そして同時に、今自分がやるべき事も判明した。そうと分かれば後は行動あるのみ、俺の入部を待ちわびている部活動を探しに行かない手はない。
そしてあわよくば、憧れのあの人が所属する部活動を探し出し、花の学園生活を送るのだ。
そう胸に誓い、今度こそ教室を飛び出した。
******
早瀬ユウカは戦慄していた。
原因はそう。今日から同級生となり、早速先程自分に電話をかけてきた雲摩カセという男子生徒だ。彼女はカセからの質問を耳にし、呆れを通り越し、驚きも吹っ飛び、もはや恐怖を覚えていた。
一体どこの世界に入学する学園の校風をまったく知らない奴がいるのだろうか。
ユウカにとって、カセから訊かれるミレニアムについての質問はこれが初めてのことではない。
それでも今まで彼に投げかけられた疑問は、慣れない土地での新生活を送ることになった高校一年生から送られたと思えば、別におかしくはないものではあった。いや、これから三年間住むことになる学生寮の場所くらいは、流石に知っておいて欲しかった気持ちはあるのだが。まあそれでも、常識の範囲内の質問である。
だがしかし、今回ばかりは異常だ。
何故彼には、受験することにした学校、ひいては合格し入学することになった学校について、そこまで知識がないのだろうか。
まがいなりにも、筆音だけで文字を読み取るという謎技術を習得してまで合格しようとした学校だろう。試験のカンニング対策については何かと詳しい一方で、何故かマーク式だということに気付いていなかったり、憧れの人とかいうのがミレニアムの生徒だと知っているのに、肝心な学園についての知識は殆どなかったり。どうしてか重要な項目を見落としている。
出会ったときの第一印象通り、雲摩カセという少年はやはり変だ。
それとも、これが俗にいう恋は盲目というやつなのだろうか。
カセが語ったミレニアムへの志望動機。それは、憧れの人がこのミレニアムの生徒だということらしい。漫画やドラマくらいでしか聞いたことがないそんな動機を、自分の隣で受験している奴が抱えているとは、流石にユウカの計算にもない。
だが、それが恋というものなら、随分と恐ろしいものである。
一人の人間の進路を左右させ、目的達成の為にはどんな手段も取ろうとさせる。
それでもって目標に目が行くばかりで、冷静に現状を見ることも、適切な判断をすることもできない。
自分は未だ恋というものに落ちたことはないが、もし自分が恋に落ちてもあんな風にはなりたくない。いや、ならないとは思うのだが。
やはり、どう考えてもユウカにとって、雲摩カセという少年はおかしな人物であった。
しかしそんな奴でも、一応はミレニアムで初めてできた友達なのだから、泣きつかれてしまっては見捨てる訳にもいかない。
なんだかんだと言いながら、最後には質問に答えてしまう自分にも、ユウカは呆れてため息が出た。
とは言え、ユウカにはユウカのやらなければならないことがあり、いつまでもカセの面倒を見ているわけにもいかない。というかずっとこのままでは、彼自身の成長にも繋がらないだろう。
先程教えた情報を生かし何らかの部活にでも所属して、少しでも早くミレニアムに馴染んでほしいものである。
「いや、それは私も同じね」
彼と通話をすると忘れそうになるが、自分も一応は新入生だった。
いや、自分は彼と違って入学後の計画をしっかりと立てているから、何の問題も無いのだけれど。というか、立てていない方がおかしいのだ。
「そう思うと、やっぱり心配かも…………」
杞憂であることを願うばかりだが、今日の放課後に一応モモトークを送っておこう。その内ふと学園の何処かで彼を見かけた時、一人ぼっちで泣いてでもしていたら目も当てられない。
「はあ……」
ユウカはミレニアムタワーの廊下を歩きながら、カセの情けない泣き顔を思い出し、また溜息を吐いた。
******
「これが……ミレニアムサイエンススクール……」
ミレニアム売店前のとあるベンチにて、俺はキヴォトス三大学園の規模というものを、様々な部活見学をもって思い知らされていた。
俺は甘く見ていたのだ、三桁の数を超える部活動を見て回るということが、どれだけ大変なのか。
「部活の種類、多すぎんだろ……」
地元の百鬼夜行もそれなりの規模ではあったものの、所詮俺が通っていたのはその自治区内にある中学校。もしそのまま百鬼夜行連合学院へ進学していたら、同じ体験をしてもあるいは違う反応だったのかもしれない。しかし、俺が入学したのはミレニアムであり、この近未来を行く学園が、俺の新しい学び舎だ。
「んっーーーーー」
腕を伸ばして背伸びをする。そしてそのまま、ベンチの背もたれに頭を預けるようにして天を仰いだ。
視界を埋め尽くした青空は、百鬼夜行の空と変わらない。しかし、首を戻して視界に広がるのは、ガラス張りの高層ビルと太陽光パネルに覆われた未知の校舎、用途は分からないがよく動いている謎の機械、学園の敷地を走っているとは思えないほど速いモノレール。それらはやはり、自分には見慣れない景観である。
いつか何処かで、カルチャーショックという言葉を聞いたことがある。
昨日までの俺には、その言葉の感覚はよく分からなかった。今までに百鬼夜行以外の自治区に出かけた時ショックを受けたことはなかったし、受験でミレニアムを訪れた日にも特段驚くようなことは無かった。
多分あの時は何処か他人事で、受験日にさえもしかしたら心の何処かで、本当に入学出来ると思っていなかったのかもしれない。試験が終わった後なんてその手ごたえのなさから、心の底から不合格だと思っていた。しかし結果はまさかの合格。嬉しさこそ凄まじかったが、引っ越しと入学の手続きでいつまでも現を抜かしている暇はなかった。
だけど、いざ今までの環境から離れて新しい場所にやってきて、これからここで学園生活を送ると実感したら、その言葉の意味も理解できた。
売店で買ったエスプレッソコーヒーも、地元のものより少しだけ苦いような気さえする。
そして何より、自分がナイーブになった要因は、
「本当に皆、同じ高校生…………?」
ミレニアム生徒のレベルの高さに他ならない。主に、頭が良いという意味である。
それは、偏差値であるのか、知識量であるのか、単純に元から脳みその作りが違うのか、あるいはその全てなのだろう。
いや、分かっていたことではある。そもそも、試験を正々堂々と受けようとしていない時点で、自分が入学できる学園だとは思っていない。普通に受験したら落ちるから、あんな方法を取ったのだ。
だが、まさかここまでとは知らなかった。研究?開発?発明?普通の子供らしくキヴォトスで暮らしていれば、とても十年とそこらで身に付く知識と技術ではない。
そもそも、普通が分からなくなってきた。今日様々な部活動で活動内容の説明を聞いたが、何となく聞いたことのあるような単語が耳の中から入っては出て、理解できた話は一つもなかった。しかし、他に見学に来ていた同級生は、専門用語交じりの質問を返したりと、先輩方と同じ土俵に立っている。取り残されているのは俺だけだ。
そんな俺を可哀そうだと思ったのか、訪れた部活の先輩の中には、理解できるまで熱心に色々と教えてくれた人もいた。しかし、一度に大量の難しい単語を理解できるわけもなく。最後に訊かれるのは、君どうやって入学してきたの?という問いである。
まさか、テキトウにマークを埋めたら受かったなんて言える訳がない。テキトウに解いたら適当だったとか、何の冗談だろうか。
それにそんなやり取りが何度も続けば、さすがにネガティブな感情が出てくるもので。
「俺、入る学校間違えたかな…………」
こんな言葉も、自然と漏れた。
「なによそれ、まだ入学したばっかりじゃない」
「うわっ!!」
嘆きと共にもう一度空を仰いでいたら、視界に広がっていた見慣れた青空が、見覚えのある顔に突如変わった。
突然の出来事に驚いて、思わずベンチから転げ落ちる。コーヒーを飲み終わっていなければ、危うく全身にかかっていた。火傷を負わずに済んだことに胸を撫で下ろしつつ、取り敢えず顔をあげてみると、そこにあったのは予想通りの見たことのある顔であった。
「は、早瀬ユウカか」
「何その反応、失礼じゃない?」
幽霊でも見たかのような反応をした俺が気に食わなかったのか、ジト目で此方を見てくる早瀬ユウカ。
通話やモモトークばかりで受験の日から今の今まで顔を合わせていなかった彼女だが、その散々向けられたジト目を見ると、どうしてか少し安心した。おそらく俺の中で早瀬ユウカの表情と言えば、このジト目という印象になっているのだろう。だけど、そんなことよりも一番に口をついたのは、
「な、何でここに」
という、至ってシンプルな疑問であった。
「普通に帰宅していただけだけど、偶々見たことのあるシルエットが視界に入って、その何とも言えない情けなく曲がってるもふさふさな耳、貴方ぐらいしかいないし……というか、杞憂じゃなかった……」
俺の疑問に、頭上を見つめながらそう返した早瀬ユウカ。言われて耳を撫でてみれば、いつもはピンと立っている自慢の三角形が、ネガティブな心境の影響か、ものの見事にペタッと折れていた。
別に心境を装っていたつもりはないが、それを自覚するとなんだか頬が熱くなる。
「い、いつもは立派な耳なんだ!」
「そ、そう。でも、あの時もそんな感じだったわよ?」
「えっ」
あの時というと、ミレニアムの受験の時だろう。まあ、あの時は今以上に落ち込んでいたから、そりゃあ耳が垂れていても不思議ではない。というか、情けないとか微妙に言いづらそうなことを、この娘どんどん言ってくれるな。
「てーいーうーか、さっきの独り言は何?」
「へ?」
そう言われ、先程の言葉を聞かれていたことに気付く。どうやら俺は、またもや早瀬ユウカに情けない姿を見せてしまったらしい。その事実にまた頬が熱くなることを自覚して、それを振り払うために、立ち上がって制服に付いた砂ぼこりを払う。そして言い訳をしようと口を開き、
「べ、別に大した話じゃないよ……その、何と言うか、な、何と言うか……ね?」
「ね?じゃないわよ」
結局何も出てこなかった。
だって仕方がないだろう。あれは心の底から漏れてしまった言葉であり、自覚して放ったものではない。言い訳をひねり出そうとしても、直ぐには思いつかないのだ。
「まったく……憧れの人はどうなったの?」
「うっ」
訊かれたことは、出来るだけ考えないようにしていたことだった。また誤魔化そうかとも迷ったが、ここで口を閉ざしたら余計面倒なことになりそうなので、大人しく白状することにした。
「見つかってない……」
「え?」
「見つかってないんだよ!滅茶苦茶部活回ったけど一向に見つからないんだよ!ていうか部活の数が多過ぎる!なんであんなにあるの!?というか皆頭良すぎだろ!本当に高校生か!?俺は異世界にでも迷いこんだのか!?」
一度白状してしまうと、あれよあれよと舌が回る。そして、最後に出る言葉は、
「それに…………」
「……それに?」
「友達……出来ない…………」
結局はこれに尽きるのだ。
新しい学園に全く馴染めそうにない校風、だけどそれでも気が置けない友人さえできれば、後は何とでもなる気がする。しかし結局それが一番難しそうであり、そんな不安を拭えないから、もしあの憧れの人を見つけたとしても、多分今の俺じゃあどうすることもできない。
「え?私は?」
それなのに目の前に立つ少女は、当たり前の様に自分を指さした。
「私達、友達じゃないの?」
一瞬思考停止して、それでもすぐにその言葉の意味は理解できた。
「は……へ………?」
どうしようもなく嬉しいのに、思わず間抜けな声が漏れる。
だけど直ぐに、我慢していたものが決壊して、
「ゆ、ゆ、ユウカああああああーーーーー!!!」
「えっ、ちょっ、止めなさい!」
泣き顔でハグをしようとしたら、ご自慢のサブマシンガンでものの見事にハチの巣にされた。
ユウカは同級生にこういうこと言う