運だけの奴、ミレニアムの受験に受かってしまう。 作:Ringseiran
いつも横になる枕より、ほんの少しだけ固い感覚を後頭部に覚え、重い瞼をどうにか開く。すると視界に広がったのは、病院のような白い天井。
知らない天井というものを、15年間の人生で初めて見た。なんというか、意外と冷静な自分に新鮮さを覚える。そんな感想を抱きながら、身体をゆっくり起こした。
「うっ……」
起こしたつもりだったのだが、上手く力が入らず横になっていたらしいソファに身体が戻る。そして身体が思い出したかのように、遅れて激しい足の痛みがやってきた。
「あ、足がーー……」
寝起きで上手く声が出ないまま、小さな悲鳴が口から漏れる。
「あ、ウタハ先輩ユウカちゃん、カセくん起きましたよー!」
するとソファの反対側から、聞いたことない声が聞こえる。しかしその声が発した名前は、よく知っているものであった。
「カセ!良かった!大丈夫かい!?」
「あれ……白石先輩…………」
視界の上から白石先輩の顔がひょこっと出てくる。
「ウタハ先輩大袈裟、ただ寝てただけじゃない。大怪我してた訳でもないし」
「ユウカ……」
ユウカの顔も視界に入り、改めて首が動く限りで周りを見渡して見れば、ここがセミナーの部室であることが分かった。
「えー、ユウカだってさっきまで心配そうにカセを見ていたじゃないか」
「そ、それは!!」
二人の会話を聞き流しつつ、今度は気合いを入れて体を起こす。倦怠感が凄いが、どうにかソファーに座ることが出来た。
「うっ…………怠い……」
「大丈夫ですか?」
「………………誰?」
ソファーでぐったりしていると、見知らぬ少女に話しかけられた。しかしよくよく見てみれば、彼女が来ている制服はセミナー仕様のものである。そういえば今日の朝セミナーに訪れた時、ちらっと見かけなかった気もしなくもない。
「ユウカの………………同僚?」
「ユウカちゃんの友人の生塩ノアです。セミナーでは書記を担当しています」
「あ…………どうも」
何となくそこはかとない迫力を感じ、礼儀正しくお辞儀をしておく。そんな此方の様子がおかしかったのか、ノアにくすくすと笑われてしまった。あれ、普通に淑やかな子なのかもしれない。
「体調は大丈夫ですか?全然起きないから、皆心配していたんですよ」
「えっと、足はめちゃくちゃ痛いけど、多分大丈夫だと思う。イズナ流忍法を使った後は、いつも疲労で寝ちゃうんだ。それでも……家に帰るくらいはできる筈なんだけど……今日は二回も使ったから……」
「え、えっと……?」
「聞き流していいわよノア、大した話じゃないと思うから」
何か凄く失礼な事を言われている気がするが、あながち間違いでもないから否定はしない。
「あ、でも強いて言うなら……」
「え……!?何か異常があるなら早く言いなさい!!」
「お腹が空いた」
そう言ったのと同時に、俺のお腹からぐ~~と大きな音が鳴る。それを聞いたユウカはどうしてかげっそりとした表情になり、ノアには苦笑いを浮かべられた。しかし、白石先輩はドヤ顔を浮かべる。
「ふふ、カセがそう言うと思ってピザのデリバリーを頼んでおいたよ!そろそろ届く筈さ!!」
「おお!流石白石先輩!!」
「二人は今日初めてあったのよね?」
共に死線をくぐり抜けた俺と白石先輩の間には、半日という短い時間には比例しない絆が芽生えていた。
そんな会話をしていると、ふと寝ていたソファの前の机に、見慣れた銃が置いてあるのに気付く。しかしその姿は知っているものとは随分違い、銃床部分が消失していた。
「あ、あーー!!!!!」
足に力が入らずソファから崩れ落ちながら、見るも無惨な姿になった相棒に駆け寄る。手に持って感触を確かめてみても、しっかり砕け散っていた。
「あ、ばばばばばば……」
そのショックから思わず全身が震える。そういえば、激燃え君に銃剣を突きつけた時、衝撃で折れてしまったのだった。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
ユウカに肩を揺すられるが、しかしそれでも全身の震えは止まることを知らない。
「ま、まままままままま不味い……」
「ああ……分かるよカセ、長年を連れ添った愛銃と別れることになってしまったんだ……さぞ辛いだろう……悲しむのも無理はない…………」
「やばばばばばばばばばば……」
「いやこれ……悲しんでいるというより、何か焦ってるような?」
何度銃床部分を触ろうとしても、非情にも手は空を切り残酷な現実を突き付けられる。
これは不味い。どれくらい不味いかと言えば、ミレニアムを退学になるくらいには不味い。
こんな事を
「ユウカ、ウタハ先輩、ノア、俺は今日から当分身を潜める。どうか探さないで欲しい」
「え?」
プルプルと震え未だ痛む足に鞭を打ち、どうにか部室から出ようと足掻く。しかし尻尾をユウカに捕まれ、ズルズルとソファーまで引き戻される。
「は、離してくれユウカ!今すぐ逃げないと行けないんだ!!こ、このままじゃ俺は……俺は……!!」
「ちょっ……一旦落ち着きなさい。何をそんなに取り乱してるの?」
「説明している暇はない!」
見るも無惨なこの愛銃が、何かの間違いでも例のあの人に見られないように、一秒でも早く身を隠さなければいけない。俺の頭はその思考でいっぱいであり、腕の力を振り絞り必死の匍匐前進を試みる。
「こ、この……!行かせないわよ!!」
「くッ……!!」
しかし流石はユウカ、俺の全力を持ってしても彼女の握力からは逃れられそうにない。このままでは俺かユウカが諦める前に、尻尾の方が抜けそうである。
「ま、まあまあカセくん、とても焦っているのは分かりましたが……ピザを食べてからでもいいんじゃないですか?お腹がいっぱいになれば冷静になるかもしれませんよ……?」
「そんなことをしている暇はないんだああああああ!!むぐっ!?」
必死にノアに訴えていたら、突如口の中にパンのような物が詰め込まれた。いや、このチーズとトマトとオリーブオイルの香りは、紛うことなきマルゲリータピザ。どうやら宅配が届いた様で、俺の目の前に立った白石先輩が、食べやすいように切られたピザをその両手に装備していた。
「ふぁふぃふふんふぇふふぁ!!」(何するんですか!!)
「おっとカセ、口に食べ物が入っている時は喋ってはいけない。喉に詰まってしまうよ?先ずはピザをゆっくり噛んで味わってから飲み込むんだ」
「ふっ……!」(くっ……!)
悔しさを覚えつつ吐き捨てる訳にもいかないから、仕方なくよく噛んでピザを味わう。あれ、このピザ俺の知っている宅配のやつより美味しい。
「モッツァレラもある」
「………………下さい」
「はいどうぞ」
うつ伏せで倒れ込んでいる俺の口に、モッツァレラピザを入れてくれる白石先輩。その視線はなんだか優しい。まるで小動物に向ける目である。
「………美味しいです……タバスコありますか?」
「勿論、チリソースもあるよ」
「なんか餌付けされてる………………ウタハ先輩も手馴れてるし……ホントに今日初めて会ったのよね?」
「捨てられていた仔犬をお世話するように接するのがコツかな」
「ペット感覚じゃない……」
ユウカと白石先輩が何か言っていたが、俺の意識は既にピザのみに集中していて、些細な音は聞こえなかった。
***
「つまり……そのライフルをプレゼントしてくれた
「うん……」
あれからピザを完食した四人は、セミナーの応接用の机を囲みカセの話を聞いていた。
ユウカはカセが説明した話をまとめ、呆れた様子で彼を見る。それに対し、いつもの様に耳を垂らして俯くカセ。しかしユウカがよくよく見てみれば、それだけでなくプルプルと震えているのも分かった。
「お、思ったより重症ね……」
その様子を見て、思わず呟いたユウカ。ノアとウタハは苦笑いを浮かべる。
「だけど……銃剣が無事だったのは良かった……これまで壊れていたら……俺の命が危なかった…………」
「はあ……どんな人なのよ、そのいとこ……」
短刀のようなデザインの銃剣に頬ずりをしながら震えているカセを見て、ユウカはため息を漏らす。すると、そのやり取りを見ていたウタハが指を鳴らした。
「ど、どうしました?」
突然の行動に戸惑うユウカ。それにウタハは「いや、すまない」と一言謝り、一つカセに提案をした。
「まあ、そういうことならどうにでもなるよ、エンジニア部で似たライフルを作り直す事は出来る」
「ほ、ホントですか!?」
「ああ。……けど、ガレージがあんな状態だから、直ぐには作れないかな……」
そう言ってウタハが窓の方に目をやれば、消火されたらしいエンジニア部のガレージが、瓦礫の山となり立ち入り禁止と看板がかけられているのがミレニアムタワーからでもよく見えた。
「それまでは、他の銃で我慢してもらうしかない」
「そうですよね……」
げっそりと、ソファーにもたれかかるカセ。
ウタハは申し訳なさそうに口を開く。
「こんなことになって本当にすまない。他にも私に出来ることがあったら何でも言ってくれ、当分部室は使えそうにないしね」
「い、いえ!元はと言えば俺を慰める為に起動してくれたものですし……立ち向かったのは、俺の意思ですから……」
「まさかこの子が壊れるとは思ってなかったですけどね……」と、また項垂れるカセを見て、ウタハはやはり罪悪感を抱かずにはいられない。
そんな様子を見かねたユウカは、ふと良いことを思い付いた。
「ちょうどいい機会だし、カセ、ウタハ先輩に勉強を教えてもらえばいいじゃない」
「へ?勉強?」
突飛な提案に目を点にするウタハだったが、ユウカは構わず話を続ける。
「この子、運でミレニアムに入ったから、学力が追いついてないのよ」
「ちょっ……!ユウカ……!」
「事実でしょ」
赤面し止めようとしたカセに対して、現実を叩きつけるユウカ。しかし彼は思いついたかのように、
「ほ、ほら、白石先輩はガレージの修理があるでしょう!俺なんかに構ってる暇は……」
「いや、それならロボットがやるわよ?」
「くっ……」
これ以上情けない所を見せたくないカセだったが、ユウカはそんな事を知らないと言うように彼の反論をバッサリ切り捨てる。
「はあ……今更プライドなんてあるの?泣きながら背負われて、泣き疲れて寝ちゃったんでしょ?」
「ちーがーう!!それじゃあ幼児じゃん!!」
「違うの?」
「違う!!!疲れて寝たんだよ!!」
「それでも良くて小学生じゃない……」
「まあ、泣いてはなかったね……」と、ウタハはカセを擁護する。実際、泣いて背負われたのではなく泣き言を言いながら背負われたというのが正しいのだが、話だけ聞いたユウカからすれば、差程変わらない状況である。
それでも、彼からすれば死活問題だ。ただでさえ女子の先輩に背負われて運ばれたなど、高校生のエピソードとしてはそれなりに恥ずかしい話なのだ。その上で脚色までされてしまってはたまったものではない。ちなみに眠ってしまったのは、先輩の背中が心地良かったからである。先輩と後輩の出来事というより、親子のような状況である。
「これでも、一般的な男子高校生程度のプライドは持ち合わせてるんだけど……」
「プライドが行動に合ってないのよ、というか、私には土下座までしてたじゃない」
「いや……それはもう……背伸びするのは諦めているというか……」
「じゃあ、ウタハ先輩への背伸びも諦めなさい」
またもバッサリ切り捨てるユウカ。そこまで言われてしまったら、カセはもう何も言い返せない。
「ウタハ先輩は、それでいい?」
「あ、ああ、構わない。それくらいなら、私にもできるだろう」
「ほら、カセ」
ユウカはカセの背中をポンと叩く。彼はブツブツと文句を垂れるが、これ以上は何を言われるか分からないと悟った。暫くすれば、大人しく観念した様子で顔を上げ、躊躇しながら口篭り、
「よろしくお願いします……」
小さな声でようやく言った。
「ユウカちゃん、まるでカセくんのお姉ちゃんですね」
「勘弁して……ノア」
キヴォトスに名古屋めしがあるなら!!チリソースだってあるだろ!!!