NT劇薬娘。   作:にゃあたいぷ。

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宇宙世紀?の映画公開記念。


1.おはようございます

 とても、悲しい事件が起きた事だけは覚えている。

 朝に目を醒ますと何時も一筋の涙が頬を伝っている。断片的な映像は夢で見ている気がするけど、目覚めるとまるで蜃気楼のように記憶が抜け落ちる。

 自室として与えられた部屋の中を見渡す、アンティークな調度品。何故か、人間大の巨大なテディベア。宇宙世紀には、そぐわない品々は箪笥ひとつを取っても数百万を超える値打ちがある。たぶん、今の時代は、もっと価値が高い。ルネサンス期における至高の芸術家、ミケランジェロは言いました。「全ての大理石の塊の中には、予め像が内包されている。彫刻家の仕事とは、それを見つけ出す事なのだ」機械加工は再現性が求められるが故に木材や石材を始めとした自然物の加工を苦手とする。欧州にある美術館に展示される芸術品の数々は、文化的価値だけではなく、やはり芸術的価値があるから展示され続けている。職人と呼ばれる方々の肌感覚は時に、宇宙世紀が誇るスーパーコンピューターの弾き出す計算結果をも上回る。

 だけど、その職人と呼ばれる方々も機械化の流れには抗えず、徐々に数を減らしている。

 

 此処は本来、親しい間柄の客人にだけ、開放される客間。もっと安く仕入れる事も出来るはずなのに、高い金額を支払って手作業の手芸品を購入する。

 民衆の中には、機能性に優れた工業品を使わない事は、金持ちの見栄だと言う人も多い。

 価値ある商品に相応の値段を付ける事が資本家と呼ばれる方々の役目。この屋敷の主で地球連邦軍の大将を務めるゴップ。政財界にも強い影響力を持つ彼は、そのふくよかな見た目から軍部の狸だと揶揄される事もあるけども、価値ある何かを残す為に金の糸目を付けない人間でもある。

 

 私の名前は、メアリー。メアリー・スーです。スーは、ゴップの親戚筋に当たる家名で、今は血筋が途絶えた家系でもある。背景としましては、もう既に途絶えたと思っていた親戚の家の娘が見つかったので保護したとの事。少し調べると簡単に嘘だと分かる内容。おかげで大衆は「あしながおじさんにでもなるつもりか」とゴップにロリコンのレッテルを貼って嘲笑する。

 だけどゴップは素知らぬ顔で軍務に励んでいる。

 週に一度か二度、彼は定時に退社し、夕食の時間を合わせている。狸と揶揄されるのも分かる豊満な体型をした彼は「君を受け入れて良かったと思う事のひとつは、定時退社する理由に使える事だな」と喉を鳴らすようにくつくつと笑った。

 

「メアリー、そろそろ君も進学の時期だ。何処に行くのかは決めているのかね?」

 

 天然の魚を用いた洋風の魚料理を口にしながら、世間話でもするかのような気軽さで彼は問い掛ける。私は、少し身形を正してお義父さまを見据える。

 

「地球連邦軍の士官学校への入学を考えています」

 

 ゴップは少しの間、目を伏せて、ゆっくりと口を開く。

 

「子が、親に合わせる必要はないと私は思うんだがね」

「子は、親の背中を見て育つものだと思います」

「まだ三年しか経っていないではないか」

「もう三年も経ったんです」

 

 他にやりたい事もないので、と私が肩を竦めてみせる。

 

「前線に出る事だけは許さん。私が、権力を行使してでも阻止をする」

「お義父さまと一緒の司令本部付きにしてください」

「君は、コネを使う事に忌避感はないのかね?」

「使えるものは親でも使えとは、お義父さまの教えです」

「そんな事を教えた覚えはないのだがね」

「でも、言いますでしょ?」

「⋯⋯親の背中を見て育ったというのは本当のようだ」

 

 分かった、とゴップは自分の膝を叩いた。

 

「士官学校に受験する事は認めよう。しかし私の心情としては反対だ、入試は自分の力でやり遂げなさい」

 

 分かりました、と私は一礼し、そして団欒の一時を過ごす。自然が淘汰されて人工物が増え続ける現代社会、味が改良されているので人工肉も悪くないのだけど、味が統一化されているから毎日食べるには飽きる。コスト度外視だけど、毎日食べる分には天然物が一番だ。

 

 

 ゴップ邸の地下は、表沙汰に出来ない資料の保管庫になっている。

 レビル少将とティアンム准将を中心に派閥を広げる武闘派とは別に地球各地に点在する勢力との調整を図る古来からの保守派が存在する。武闘派の中で伸し上がるには、実力を見せれば良いが、保守派の中で伸し上がるには、相応の立ち回りが必要になる。

 ゴップは、政財界でも名の知れた資本家の家の生まれ。兄が家を引き継ぐのを理由に次男坊である自分は、軍人を志す。しかしゴップは身体能力に恵まれておらず、実技の成績は下から数えた方が早い。周りからバカにされてもヘラヘラと笑って、上官に対しては低い腰で接する事で取り入った。

 ゴップは生来、処世術に長けていた。

 誰かの懐に入るのが得意で、誰かから不快に思われないように立ち回り、諍いからは自然と距離を取る。騒動に巻き込まれてしまった時は、次もまた同じ事が起きないように事前に手を打った。

 常に笑顔を浮かべている事から士官学校時代の彼の渾名は、仏のゴップ。

 気付いた時には、世代の中心に彼は存在していた。

 

 保守派閥に所属したのは、なんとなく。上手いこと立ち回っている内に派閥の中に組み込まれており、政財界にも顔が利く事から上官に重宝される。

 政財界と軍人の顔を繋ぐ役目も担っていたので表沙汰には出来ない事案が、次から次に耳に入る。

 それでいて、ゴップは見返りを求めなかった。持ち前の処世術で分け前を受け取らず、自分は顔を繋いだだけですので、と身を引いた。おかげで彼の上官が気付いた時には、自分が行って来た不正のほとんどをゴップに握られてしまっていた。

 ゴップを暗殺する話も出た。

 しかし政財界との繋がりは、ゴップが紡いだ縁である。上官達は、ゴップを共犯者にする事しか道が残されていなかった。

 ゴップは出世がしたくて軍人になった訳ではない。最初は一人暮らしをする為、勉学のついでに給金も出るので彼は軍人を志した。それだけだ、ゴップには野心がない。故にゴップには不正に手を出す理由がなかったのだ。

 見返りを強制する上官達にゴップは深い溜息と一緒に、軍人になって初めて、彼は周囲の人間に要求する。

 

「貴方方が引退した後、私が大将になれる様に便宜を図って頂きたい」

 

 分かりやすく野心を見せる事で彼は、ともすれば殺されるかも知れなかった危機をやり過ごしたのである。

 実際には、何も考えておらず、ただ空気を読んだだけだったりする。

 

 彼の事なかれ主義とも呼べる性根は、レビルを始めとした武闘派の新鋭達にはウケが悪い。アースノイドの人口をスペースノイドが上回って以来、地球の求心力が失われつつある今、権力を持っているにも関わらず、現状維持に務める彼の姿は、日和見を拗らせているようにしか見えなかった為だ。事実、ゴップ自身、世界を変えるといった野心は持ち合わせていなかった。

 軍人は軍人らしく、連邦議会の決定を受けて動き出す事だけを考えている。

 勿論、彼自身、レビルを始めとした情熱溢れる者達を好意的に捉えており、暴走しないか見張ると同時に援助と支援を欠かさず行っている。ゴップは自分が公僕と云う名の寄生虫である事を自覚している。故に彼の精神性は、常に第三者で在り続ける事が出来た。

 

 そんな彼にも転機が訪れる。

 地球連邦政府の印が刻印された箱が宇宙に漂っていたのを部下の一人が発見する。それだけであれば、ゴップも重い腰を上げる事はない。ワイアット少将が土産に持って来た紅茶を啜り、執務机に広げた書類の束に目を通しながら部下の報告に気のない返事を返す。

 動かざること山の如しと椅子を軋ませる豊満な身体が驚愕に震えたのは、次の一報を聞いた時である。

 

「製造時期は西暦、掠れた文字でエルエーピーエル⋯⋯ラプラス。機能は、冷凍睡眠装置。箱の中には、少女が入っています」

 

 判子を押す手を止めたゴップは、無言で続く言葉を待った。

 

「所有者、リカルド・マーセナス」

 

 特大の劇薬にゴップの目が見開かれた。

 ゴップは、秘密裏に箱を自分の屋敷まで運び入れる。人一人分が入れる少し古びた鉄の箱、まるで棺のようにも見える冷凍睡眠装置の中では、確かに少女が収められている。

「目覚めさせますか?」と問う配下の一人に対して、ゴップは首肯する。

 この決断にゴップは、壮大な陰謀を始めとした大層な事なんて欠片も考えていない。彼の頭の中には、このまま眠らせ続けるのも可哀想だ。という思いだけである。七十年以上もの間、孤独に宇宙を漂い続けて、運良く人の手に流れ着いたのである。

「これも運命だな」と呟く彼は、少女の面倒を見る算段を頭の中で組み立てる。

 

 ⋯⋯現実問題、メアリーと名乗る彼女がマーセナス家の血筋と関係があるかどうかはまだ分からない。少なくともゴップに彼女の身元を明かす考えはなかった。

 仮に彼女がリカルド・マーセナスの実子であったとして、本人が望んでも居ないのに自分から政治の道具になる必要もない。

 ゴップには、野心がない。

 故にゴップには子供を利用してまで何かを成し遂げたいという想いはなく、必要性の有無で物事を考える癖を持っていた。

 

 少女の解凍処置が進む中、ゴップは老後に娘一人の生活を想像し、くつくつと肩を揺らす。

 ゴップは未婚者である。

 実家の資産には興味がなく、後継者も兄の子供がなると分かっていたので無理に結婚する必要を感じていなかった。良い縁があれば、と考えている内に婚期を逃してしまったのがゴップという男である。

 

 そうだ、女の子にはクマのぬいぐるみだな。と彼は、気が早く携帯端末に手を伸ばす。

 そんな意味深く笑ったり、「ああ、私だ」と誰かと連絡を取る彼の姿に、周囲の人間は、世の中には知らなくても良い事があるのだと恐怖するのである。

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