地球上、南米大陸。地球防衛軍総司令部、ジャブローの一室にて。
ゴップ大将は、高品質の紅茶を啜り深い溜息を零す。そして人払いをした部屋の隅で、自らの分に紅茶を注ぐのはペイルライダー計画の共謀者であるワイアット中将。彼もまた深い溜息を零し、カップの縁に口を付ける。「お互いに、御転婆な娘を持つと難儀をするね」と零すゴップに「全くだよ」と普段、ストレートを好んでいるワイアットが紅茶に角砂糖を足す。
開戦直後から敵の勢力下で暴れ続ける義娘を持つゴップと、戦災孤児を保護する形でテストパイロットとして勤務させた結果、「私が一番、ペイルライダーを扱えるんだから!」と盗んだモビルスーツで北米の荒野を駆け抜けて、現在、北米ゲリラの主力として活躍する娘の保護者であるワイアット。二人の境遇は現在、似通っており、派閥を超えた縁を紡ぎつつある。
日に一度、ワイアットが弱味を見せられる相手として、ゴップの部屋に押しかけているのが良い証拠である。
しかし、今回、苦悩する二人の還暦前後のおっさんの中にまた一人、苦悩するおっさんが足を運んだ。
男は人払いをする副官を制し、数度のノック音を響かせる。そして「良いかね?」と中の二人に声を掛ける。連邦軍の人間であれば、誰もが聞き慣れた声。部屋の主であるゴップは「入り給え」と声を掛ければ、クリスマスには人気がありそうな白髭のおっさんが扉の向こう側から姿を現す。
連邦軍の指揮を執る実質的な総司令官、ヨハン・イブラヒム・レビル大将である。
彼もまた深い溜息を零し、部屋に置かれたソファーに腰を下ろす。そんな彼にワイアットは無言で紅茶を淹れる。ストレートティーを一杯、口に含んだ後、彼は何か言いたげに数秒、紅茶を眺める。微妙な間を感じ取り、ワイアットは角砂糖入りの容器を彼の前に添える。
以心伝心である。二人の絆は、ニュータイプが紡ぐ絆よりも強固に築かれていた。
「レビル閣下。貴方も、子育ての悩みで?」
「子育て? なんの事だ?」
「此処はパパ友の会でね、日頃の悩みを言い合う場所なんだよ」
「それにしては物騒な話をしているように思えるのだがね」
例えば、とレビルは続ける。
「北米ゲリラの件は兎も角、モビルスーツを窃盗したという話が?」
「ははは、何を仰いますか将軍。性能比較用に取り寄せたとは言っても貴重な戦力、用を済ませた後は前線に送らなければ勿体ないではありませんか。北米ゲリラの存在は、今やジャブローの防衛戦略上、捨て置く事の出来ない存在ですからね」
「……不確定要素の強い存在を、あまり当てにはしたくないのだがね」
まあ、私も人の事は言えんがね。とレビルは再び溜息を零す。
何時もに増して、肩を落とす武闘派の男に流石のゴップも異変に気付く。
そもそもの話として、レビルが自分に会いに来る事が異常事態である。
「サイド7の話かね?」
AE社製の新型機が一機、サイド3の手に渡った話はゴップも知っている。
結果的にペイルライダー計画の情報は渡っていない為、優位性を大きく損なってもまだ全てを知られた訳ではない。今回の件に強い責任を感じているレビルは、北米の重要度の低い土地にあるオーガスタ研究所に投資を行っている。この事はゴップも書面の数字から見抜いており、しかし見て見ぬふりで自由にさせており、逆に連邦政府高官に対する隠蔽工作に手を貸していたりもする。
連邦政府の中には、サイド3のシンパが少なからず存在している。
そうでなくても我が身の可愛さとか、戦後の利権という甘い汁を吸う為に情報を流す者が存在するのだ。
ゴップは、サイド3に情報を流されない為に情報を絞って報告をしている。
地球連邦軍が政府の意向を無視するかのように実権を握るのには、相応の理由がある。
しかし、今回の本題はここではない。
「実は、あの日、大尉には改めてプレゼンをして貰っていたのだ」
「プレゼンというと、ガンダムのか?」
「ワイアット、それではない。地球の居る時に経過報告から聞いているからな」
私が聞いたのは、と彼は椅子に深く座り直し、厳かに告げる。
「彼がサイド7でガンダムの余剰パーツを再利用して作ったというライトタイプ・ガンキャノンの事だよ」
「ライトタイプ? 軽量化したガンキャノンという事かね?」
「ゴップ、本来の意味は軽武装化したガンキャノンという意味のようだ。中距離支援型としての役割を取っ払った上で、単騎でも戦えるように作り変えたようだ。私が最初に聞かされたコンセプトは、
「ガンダムは確か、全環境対応型だったかな? 差別化は、出来ているようではないか」
ゴップは、基本的に技術屋の言う事には口出しをしないようにしている。
代わりに設計段階での提出を求めるようにしており、その後も頻繁に報告書を提出するように指示を出していた。ゴップは数字に強いので、研究者程度の浅知恵では予算を誤魔化そうとしても騙し切れないのも彼の方針を支えている。
しかしレビルは書面の数字を見るだけで、金銭と物流を掌握できる程、数字に強い訳ではなかった。
故にテム・レイの暴走を止める事が適わなかったのである。
「ライトタイプ・ガンキャノン。通称、軽キャノン。本体の性能だけで云えば、少し高価な点を除けば素晴らしい出来だと思う。少数生産で希望するエースパイロットに配備する事は私も考えた。V作戦の製造ラインを流用できるからね」
言葉とは裏腹に頭を抱えるレビルに対し、ワイアットは小首を傾げる。
「それの何が問題なのかね?」
「武装だよ」
「武装?」
「急場の現地改修故、時間が足りなかった、と。論理的に言ってありません。と彼は言い放った」
顔を俯ける彼は、サイド3が地球にコロニーを落とした時と同等、それ以上の怒りを露にして続ける。
「鉄球だ」
「鉄球?」とゴップが小首を傾げる。
「理系の男にしては、イカすチョイスではないか」とワイアットが続ける。
「彼はガンダムハンマーと言っていたがね」
「で、他は?」
ワイアットの問いにレビルは小さく息を零し、首を横に振る。
「まだ開発中のハイパーハンマー……」
「また鉄球か、鉄球以外には?」
「ドリルハンマー、そしてマグネハンマー。超新技術のマグネットコーティングの技術を応用したものらしい」
「いや、ハンマー以外の武器は?」
「他の武装は時間と予算が足らず、開発を中断し、V作戦の余剰予算をハンマーに全ツッパしたとの事だ」
「何故、あえてハンマーに?」
エネルギーゲインはガンダムと同様にザクの5倍らしいぞ、とレビルは付け加える。
「エネルギーの貯蓄量を増やしてもビーム兵器を使わないのであれば意味がないのでは?」
「ワイアット、君が言っている事は尤もだと思う。責任追及をしようとした時、敵の襲撃が起きた」
「えっ? つまりは?」
「ダメそうだけど、使ってみました……」
項垂れるレビル将軍を前にゴップは、とりあえずAE社に苦情を入れる事を決意した。
被験者、もといパイロットには、民間人の女性が乗せられているのだとか、なんだとか。その後でガンダムと軽キャノンのコンビは、ザク12機を擁するコンスコン艦隊を退ける戦果を上げたので文句を言いたくても言えなくなったりした。
なお現状、軽キャノンの片側だけ残された砲身は、調整が済んでいないのでただの飾りである。
所変わって北米大陸の何処か。
公国軍の支配が強くなり、連邦軍お抱えのマチルダ便も数を減らす。
そんな中でも命を賭して北米ゲリラと接触を続けるのは、連邦軍の未来に北米ゲリラの存在が大きく関わっている為である。
今回、マチルダ中尉が輸送したのは、プロトライダーの代わりとなるモビルスーツ。ガンダムの開発を終えて、実験データを取るだけになった後、テム・レイが地球で新しく開発を続けていた新型機。設計図を引いた後、彼は再び宇宙に上がったので機体は未完成とされている。それが北米ゲリラの手に委ねられるのは、この新型機もまた実験機である為だ。テム・レイが更に発展させた高性能モビルスーツを開発する為の足掛かりであり、彼が初めて実戦向けに設計した機体でもある。
型式番号RX-78XX。まだジャブローの研究者では、テム・レイが設計したビームライフルを搭載する構造を理解出来ていなかったので結果的に近接戦特化の機体になる。
ペイルライダー計画に関する機体ではなかったので、クロエ少尉は一目見て興味を失くす。
もう一人の北米ゲリラのエースである彼女は、ザクとも、ザニーとも、プロトライダーとも違う新しい機体を静かに見上げる。
機体名は、ピクシー。彼女の公国軍での通り名と、奇しくも同じ名前であった。