「北米大陸、それも敵地のど真ん中となれば⋯⋯コンスコン隊の追撃を振り切ったまでは良かったが意地を見せられてしまったな」
サイド7から逃げ出したホワイトベース隊は、ジャブローのある南米大陸に降りる予定が大きく進路を変える事になった。
パオロ中佐の遺志を継いで、艦長代理に就任したブライト士官候補生は自分が立たされた窮地に頭を抱える。
戦力だけは十分にあるのだが、問題なのはパイロット。彼が乗るホワイトベースの正規兵のほとんどは赤い彗星の襲撃で死傷しており、乗員は民間人で賄われている。
正直な話、逃げ切るのは不可能に近い。
ホワイトベースを初めとし、V作戦の情報が露見するのは戦略上、非常に不味い事になるのは若き艦長であるブライトも承知している。公国軍に情報を与えるくらいであれば、自沈して隠蔽してしまう道もある。
実際、追い詰められれば、その選択も取らざる得まい。
しかしシャアにガンダムを一機、奪われてしまった現在、V作戦の情報を此処で爆破してしまうのは悪手である。何故ならば、公国軍にだけ、V作戦の情報が渡る事になってしまう為だ。
ブライトには、ホワイトベースを含めたV作戦の機体をジャブローまで送り届ける使命と義務がある。
地球の命運が自分の双肩に乗せられている事にブライトは、胃が痛くなるのを感じるのである。
行く宛もないまま、とりあえずホワイトベースを隠せる場所がないかとオペレーターの一人に周辺を確認させる。先ずはジャブローと連絡を取る手段を考えないといけない、進むも戻るも、ジャブローの指示を仰いでからだ。
「艦長、二機のモビルスーツが識別信号を放っています」
オペレーターの言葉に、ブライトは動揺に腰を上げる。
「何!? もう嗅ぎ付けられたのか!?」
「いえ、これは味方によるものです。敵ならば、信号なんて出さないのではありませんか?」
「そ、そうか⋯⋯そうだな、すまない。気を張っていたようだ」
それで相手は? とブライトが問うとオペレーターが「映像に出します」とキーボードを操作する。メインモニターに映し出される機影を見て、ブライトは小さく呟く。
「あれは⋯⋯ガンダムか?」
「先行量産型の陸戦型ガンダム。それと、もう一機は軍の情報にはありませんが、同じガンダムタイプのように思えます」
「北米の地に友軍⋯⋯そういえば、聞いた事があるな」
ブライトは、二機のガンダムタイプの誘導に従う事を決断し、艦橋に居る皆に指示を飛ばした。
戦闘の余韻に浸る間もなく、忙しなく動く艦橋とは裏腹に格納庫では幾分か落ち着いた雰囲気を見せる。
大気圏突入前に戦闘した新旧含めた12機のザクを相手に少なからず傷を負ったガンダムの修理に励んでいるのは、ガンダムのパイロットであるアムロ。彼は、ガンダムの開発者であるテム・レイの息子で、初めて乗った機体で赤い彗星を退けている。
勿論、彼一人で、ザクベースのガンダムに乗る赤い彗星を打ち負かす事なんて不可能だ。
彼には、協力者が居た。
それが今、彼に機械修理の仕方を教わりながら修理を手伝っているセイラである。彼女は、軽キャノンに乗り込んで、手に持っていたハンマーを振り回してザク一機を撃破。赤い彗星のガンダムにもハンマーを頭上でブンブンと振り回して威嚇する事で「重力下では、分が悪いな」と公国軍のエースパイロットを追い返す快挙を果たす。
サイド7を脱出した後でも、赤い彗星は一度、ホワイトベースと戦闘をしようと試みたが、しかしビームライフルの威力を見て、今はまだ無理をする場面ではない。自分一人では、二機を相手に母艦を守れる保証はないと交戦も程々に撤退している。
結果、ホワイトベースはルナツーまでは無事に辿り着くことができた。
ルナツーの司令官であるワッケイン少佐の拘束を受けている間に任務を引き継いだコンスコン隊がルナツーまで強行軍で駆け付けている。
しかしヒートホーク以外のザクの武装では、ガンダムに決定打を与える事が出来ず、ビームライフルを装備したガンダムとガンダムハンマーを振り回す軽キャノンを相手に敗北を喫する。
それでもジャブローに直接、ホワイトベースを降ろさせなかったのはコンスコン少将の意地であった。
コンスコンの狙い通り、現在、ホワイトベースは苦境に立たされている。
「だけど、これ、ハンマー以外の武装を取り付ける事は出来ないのかしら?」
ガンダムの応急処置が終わり、軽キャノンの修理を始めるアムロにセイラが愚痴を零す。
「⋯⋯ビームサーベルは使えるけど?」
「遠距離用の武器の事です。あの肩の砲身は何? 飾りなの!?」
「親父は一応、学習すれば使えるようにしてるみたいだけど、今はまだ戦闘データが足りなくて安全装置が機能してるようだね」
「どうして、そんなゲームのような設定にした訳!? 私達は、戦争をしてるのよ!?」
「お、親父に言ってくれよ。僕が作った訳じゃないんだし⋯⋯」
「その親父さんは何処なのよ!?」
「⋯⋯少なくとも、この艦には乗っていないみたいだね」
アムロの少し素っ気ない言葉に「あっ」とセイラは何かを察するように口を噤んだ。
「今はまだ、気にしなくても良いよ。実感がないんだ。あの親父が簡単に死ぬとも思えなくてね」
それに手を動かしてる方が余計な事を考えずに済む、と彼は軽キャノンの修理を続ける。
V作戦の根幹を為す、コアブロックシステム。戦艦のブロック構造から着想を得たものであり、本来の計画ではホワイトベースにも搭載される予定だった機能だ。初期の設計案では、ホワイトベースは胴体部だけでも機能するように図面を引いてあったのだが「素人質問だが、こうする事に意味があるのかね?」と追及したレビル大将を相手に断念した過去がある。
「親父は変身とか、変形とか好きだったからな」とアムロは少なからず、親の浪漫に共感しながら修理に励んでいる。
「⋯⋯重力下でハンマーを使うのは、難しいわよ」
セイラの呟きにアムロは「ハイパーハンマーの安全装置の取り外しを頑張ってみるよ」と返す。
「だから、どうしてハンマーなのよ!」
「仕方無いだろ。専門家じゃないんだ、ビーム兵器の構造なんて分からないよ」
セイラの苦悩は今暫く続くようだ。
◆
なんだか久し振りな感じがする私はメアリー、ゴップ御義父様の愛娘。あと連邦軍の少尉である。
戦艦を隠すのに適した渓谷。ずっと隠れているのは難しいが、少しばかりの時間稼ぎには使えるかと云った感じ。とりあえず一息、入れる事になったので格納庫からホワイトベースに入り、そして艦橋まで足を踏み入れる。
若い、人が多かった。
此処に来るまでも感じていた事だけど、この艦は見せ掛けだけで正規の軍人が少ないようだ。何か事情があったのだろう、私が、敬礼すれば、正規っぽい方々が敬礼を返し、不正規っぽい人達が倣うように頭に手を翳す。
一人だけ、年取ってる人も居るけど、怪我をしてしまっている。
「⋯⋯メアリー先輩?」
艦長席に座る若い男が驚くように私の名を呼んだ。
「貴方は?」
「はッ! ブライト・ノア士官候補生です! 本艦の艦長であるパオロ中佐に任じられて、艦長代理を務めさせて頂いています!!」
「私の言えた義理ではないけど、御苦労様。だけど、あんまり私達には期待しないでね。この艦を維持出来る程の物資はウチにはないんで」
「と、言いますと?」
「ウチはゲリラ部隊なので。物資は基本、現地調達。敵の補給路を襲って調達してるけど、流石に戦艦を賄えるほどの物資はない」
サイド7から引き連れてきた民間人も含めてね、と内心で零す。
「ああ、でも塩なら融通出来るかな」
「塩?」
「ありがてえ!」
ブライトが首を傾げる横でコック長の男が声を上げる。塩に不安がある事は、彼の心の声から聞こえていた。
「でもまあ、不足がない程、とは言えないけどね」
「それでもだ。ありがてえ、こんな状況じゃ何時、補給できるかも分かったもんじゃないからな」
「塩か、そんなに重要なのか?」
「塩は水の次に重要なもんだ。塩があれば、とりあえず食えるものは作れるし、塩分が不足すれば、簡単に全滅しちまうよ」
「そ、そうか⋯⋯この近くで塩が採れる場所は⋯⋯」
「北米の地図情報をアップロードしてあげる。ここのデータベースに入ってるのは、開戦前のものっぽいし。皆が、雑多に情報を書き込んであるから役には立つと思う。私も全てを掌握してる訳ではないけど」
「ありがたい、ありがとう」
「後でモビルスーツからデータを抜いて来るね」
簡単に情報を交換した後、私は、今後のホワイトベースの行く先に付いて問い質してみる。
「⋯⋯このまま南下して、ジャブローを目指そうと考えている」
彼の言葉に私は、眉間に皺を寄せる。
「難しい、かな」
「どうして?」
「サイド3の連中がキューバを占拠し、防衛拠点を築いている。彼処は航空基地と軍港を兼ねているから防空設備も充実しているし、何よりも今、あの基地には、公国軍のイアン中尉が着任してる」
「イアン中尉?」
「モビルスーツで航空機30機、戦闘車輌50機も破壊するスペシャルの一人。これ、彼一人の戦果で、彼の部下には支援攻撃のスペシャリストが揃ってる事も加味しといてね」
「直接、ジャブローに赴くのは難しいという事か⋯⋯」
ぐぬぬ、と眉間に皺を寄せるブライトを余所に「なあ、お姉さん」と軽薄な声を耳にする。横目に見れば、見た目で損してそうな軽薄な男が好奇の色を宿した目で私を見つめている。
「そこの艦長様、ブライトさんが先輩って呼んでたけど、どういう間柄で?」
「士官候補生って言ってたから、士官学校の後輩だったんじゃない? 私が卒業したのも去年だし」
「ほ〜う、という事は片想いって事かな? ブ・ラ・イ・ト・さん?」
「メアリー先輩が士官学校でも有名だったんだ! 私と言わず、先輩の在籍中に学校に通ってた奴は皆知ってるよ!」
ブライトの言葉に「ん〜?」と私が首を傾げると「確かに食わせものには違いねえや」と軽薄な男が楽しげに肩を揺らす。
「彼女は、机上演習だと在籍中、生徒相手に無敗だったんだ。最終年は教官相手にも負けなかったと聞いている」
北米ゲリラの噂も、貴女が率いていたのであれば信じますよ。とブライトは素っ気なく告げる。
「これから先、我々が、この窮地を脱するには、どうすれば良いのか助言を頂けませんでしょうか?」
「高度な柔軟性を以て、臨機応変に対応する?」
戦況なんて、天気のように移ろい変わるものなのだから、大まかな方針だけ決めといて、情報が出揃ってから細部を煮詰めれば良い気がする。
「それは先輩にしか出来ない芸当だと考えるのですが⋯⋯」
士官学校時代の後輩が、じとっとした目で睨み付けてくるので「それじゃあ」と私は代案を口にする。
「ジャブローに帰還する素振りを見せた後、太平洋側から海に出る」
たぶん、これが最も生存率が高い一手だと思います。
◆
ホワイトベースが地球に降下した一週間後、赤い彗星と呼び恐れられたシャア中佐が自分の識別色に塗り直したザクベースの赤いガンダムを携えて地球に降下する。
母艦であるムサイ級ファルメルから切り離したWコムでキャリフォルニアベースに降り立った彼は、北米方面軍の司令官であるガルマと接触し、現状把握に務める。
そして今、彼は今回の任務に同行するとガルマから紹介を受けた三名の女性パイロットの紹介を受けた。
内一人のパイロットの失言により、歓迎ムードから一転して彼は窮地に立たされる。
「えっ? ザビ家への復讐って、え、あれ? 名前が、違⋯⋯あれ?」
初対面、よりにもよってガルマの目の前での事。
アルマ・シュティルナー少尉、彼女の感度は未だビンビンに冴え渡り続けている。