NT劇薬娘。   作:にゃあたいぷ。

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2.日常よ、さようなら

 ジオン・ズム・ダイクンの死後、スペースノイドのアースノイドに対する反抗心は加速度的に膨れ上がる。

 地球連邦政府の遺憾の意を無視して軍拡を推し進めるサイド3に対し、地球連邦軍は陳腐化した装備の新調と兵士の数の確保が求められる。というのも宇宙世紀以後、地球連邦軍は戦争と呼べる程の戦争を経験した事がなく、精々暴徒の鎮圧。もしくは宇宙海賊の討伐しかした事がなく、治安維持以上の戦力を必要としていなかったのだ。

 数は、想定以上に集まっている。

 というのも砂漠化が加速する地球では、難民が多く存在しており、勉学に励んで生活費も頂けるのは、神の如し制度であった。訓練は厳しいが、ゴミを漁っていた時期を思えば、日々肥大化する筋肉に充実感すら覚えるというものだ。

 何故、今の時期に入学者数を増やしたかに関して、考える者は少ない。というよりも明日を考える余裕が彼らにはない。

 数年後の戦火よりも直近の飢饉、今死ぬよりも明日の死を選ぶ者達が軍学校に集められる。

 

 宇宙世紀以後、連邦議会の決定で軍縮が繰り返される地球連邦軍だが、士官の数は一定数、維持がされ続けている。故に士官学校の入学試験の難易度があからさまに下がるという事はなかった。

 しかし合格基準は大きく下げられる。

 今日の食事に不自由せず、明日を見る者達が目に見える戦火に士官学校への道を断念する。

 

 U.C.0076。

 本年度の士官学校へ入学する者に、財政界に関する家の子は少なかった。その代わりとして地球に市民権も持っており、一戸建ての家庭に産まれた中流階級の子が数多く入学する。

 入学する前から派閥を構成する所謂、上級市民様は民度の低下に辟易するも士官学校の教官達はむしろ、例年よりも教育が楽そうで歓迎したとかしないとか。兎も角、入学式で代表スピーチをしたのは私、メアリー・スー。入学前からゴップ大将の親戚筋である事を知られている私が首席を守り通したのは、上級市民様の溜飲を下げる意味でも教官達は安心したとか、しないとか。十年も前の話、ウォルフガング・ワッケインが首席合格を果たした時は、それはもう酷かったのだと云う。今の彼は立派なレビル派閥の人間である。

 学園内における私の評判は、良くも悪くも、と言った感じである。

 ゴップ大将の親戚筋で被保護者。ゴップに子供がおらず、同じ軍人としての道を選んだ事で彼の後継者と見られる事が多々ある。おかげで中流階級の相手からは、上級市民と同様に、お高く止まった奴と見られる事は少なくないし、上級市民様からは所詮は軍人上がりの男の娘と侮られる事が多々ある。念の為だけど、私は女である。

 学生内での派閥争いに興味がなかったので私は、親代わりのゴップと同じく日和見主義に徹する。何処の派閥にも所属しない私の事をゴップの愛人と罵られる事が多々あったけど、あの人を御する事が出来れば、それはそれで快挙だよなあ。と漠然と思いながら顔も覚えていない相手の話を聞き流す。

 特に目立った事も起きず、良き出会いに恵まれる訳でもなく、平素な日々を送る。

 

 私は特別、実技に優れている訳ではなかったのだけど、ボクシングは得意だった。

 なんとなく相手の目を見ていると数秒先の相手が取る行動が見えてくる。相手が動く方向にパンチを置いておくだけなので、ポイントを取るだけならば、私は無傷の女帝様である。

 ただまあ被弾覚悟で突っ込んで来る奴も中には居るもので、そういった相手に懐に潜り込まれるともう駄目だった。

 たった一発の腹に受けたパンチでリングに倒れた時は、流石にもう少し鍛えようと思った。

 

 学校生活は、特に目新しく思う事もなく、平穏な日々を送る。

 その間にサイド3では、コロニーに隕石が衝突する事件が発生したり、暴動で死者が出たり、サイド3にある連邦軍の駐屯基地が学徒兵に攻め落とされたり、おかげで夏季休暇と年末年始で屋敷に帰った時、ゴップの溜息が何時も以上に多くなったりもした。

 卒業間際、地球と宇宙の緊張は、限界まで張り詰めており、戦争までは時間の問題になっている。

 士官学校の生徒達は、スペースノイド。ひいてはサイド3の横暴な態度に怒りを顕にしているし、軍需と関わりのある上級市民様は卑しい笑みを隠し切れずにいる。

 世界が来たるべき戦争の気配に身構えつつある中、日和見な私は、どうにか戦争を回避する手段はないのかなと考えを巡らせる。

 こういった事は、お義父様に任せておくのが一番なのだけど、それでも回避出来るのであれば、回避したいと考えるのが日和見主義の真骨頂。とはいえだ、難しい政治の話は、お義父様に任せて、私は、卒業後の事に頭を巡らせる。

 座学は首席でも、実技は並以下。最終成績は、学年で三位の成績になる。

 

 卒業後、司令本部に所属する為には先ず、現場を経験する必要がある事は話に聞いていた。

 戦争までのカウントダウンが刻まれる今の時期、お義父様が裏で手を回し、指令本部のあるジャブローから比較的近い距離にあるニューヤークの配属になる。

 北アメリカ大陸はジャブローにある司令本部における守りの要、地球上で最も防衛戦力が高い場所でもある。もし仮にサイド3が奇襲を仕掛けて来たとしても簡単には落とせまい、という親心込みからの配置だ。

 

 U.C.0079。1月10日。

 ニューヤークでの勤務にも慣れ始めた時の事、新しく搬入した備品をデータ化していると急に空気が震え始めた。まるで世界を揺らす振動に、思わず、窓から空を見上げれば、遠い遠方の地で都市部に巨大な建造物が降って落ちる光景が脳裏に過る。

 まるで神話の一節にでも刻まれてそうな惨劇に、私は、ただ呆然としていることしか出来なかった。空を、翔け抜ける流星群がまるで人の魂のように思えた、コロニーで亡くなった人々の怨嗟の声が聞こえるようだ。そして塔が、コロニーがシドニーに突き刺さる。

 地面が揺れる、地球が震えた。世界の崩壊が始まる。

 

 神は七日で世界を作り変えたと云うが、果たして人類は、世界再興に、どれだけの時間を費やす事になるのであろうか?

 

 

 学生時代のメアリー閣下ですか⋯⋯そうですね。彼女は、世間で知られるような品行方正で人畜無害な人物ではなく、どちらかといえば、問題児であったと記憶しています。

 ええ、はい。彼女は、温厚な性格である事は間違いありません。大抵の事は笑って流してくれますし、優等生という言葉に間違いはありません。しかし温厚な人ほど、怒らせてはいけないと言いますか、彼女、いえ、閣下は、箍が外れると容赦がないんです。

 閣下が、本気で怒った事が学生時代に一度だけあります。

 給食の時、閣下の事を良く思わない者が給食に虫の死骸を入れたのです。最初は、自分の派閥に入らない事が気に入らなくて始まった虐めのような、イビリとでも言いますか、兎も角、普段から閣下の事を強く罵る方ではあったのですが、普段、温厚な彼女が何の反応も見せなかった事で反撃をしない人形とでも思ったのでしょうか。その日はカレーでした、閣下の好物でもありました。

 この時、閣下は、何も口にせず、笑みを浮かべたまま、無言で食堂を立ち去りました。

 暫くの時が過ぎ去って夏期休暇明けの初日、閣下を虐めていた方は真っ青な顔色で登校して来ます。彼女の親は、軍需産業の事業家でした。軍を相手に便宜を図る事で利権を得て来たのですが、その親の会社が夏季休暇中、軍関連の受注が一斉に止まって倒産の危機に陥りました。

 彼女の両親は、何が起きたのか分からず狼狽するばかり、ただ一人、青褪めた顔をする娘の姿を見て、事情を問い質し、直接、ゴップ邸まで家族一同で頭を下げに向かったのが事の全貌。閣下は、親子共々虐めに関しては一切触れず、実は新しい事業をお願いしたいのだが、と、前よりも実入りの良い仕事を一方的に押し付けました。

 そのあまりの慈悲深さに感極まって涙を流したとか、してないとか。

 兎も角、彼女の仕返しには、常識がありませんでした。

 

 今にして思えば、ゴップ元閣下のパフォーマンス的な意味合いもあったのでしょう。愛娘の為ならば、手段を選ばない子煩悩。子煩悩と呼ばれている時の元閣下は、罵られてるはずなのに、目尻を下げるのが印象深かったですね。

 

 ええ、そうですね。メアリー閣下の話ですね。

 実技はよく見積もっても並程度、射撃の腕前は下手で実戦訓練では、上手に相手の裏を取るのに持ち前の射撃センスで奇襲を決めてからの返り討ちが鉄板でした。不思議な事に格闘センスはあったのですが、彼女は、訓練生の中でも華奢な肉体でして、ボクシングで同じ女性が相手の時にも綺麗にカウンターを決めるのに、相手を止められずにロープを背負っている事が多かったのです。

 彼女のセンスに、彼女の肉体が付いて行けなかった。

 そして彼女は参謀として生きる事を決めていたので落第にならない程度にしか身体を鍛えなかったのです。

 実技の訓練結果を見て、後方勤務が私の道なんだと苦笑交じりに言っていたのを覚えています。

 

 だけど、あの時期、肉体的資質は、然程、問題にはならなかった。

 少なくとも民間人以上には鍛えており、最低限の身体を作っていたんです。前線で銃器を手に戦場を駆けずり回るのでなければ、問題はありませんでした。

 戦場で生き残る彼女の最大の特技は、雨風を凌げれば、どんな劣悪な環境でも熟睡出来た事にあるでしょう。3時間も寝てしまえば、彼女は、1時間の休憩を挟んで、8時間、働き続ける事が出来ました。

 神経が図太いんですよ、閣下は。

 一生分、既に寝て来ましたから、とも仰られていましたね。

 

 え? そんな軽口を叩いても大丈夫かって?

 閣下ならきっと、笑って流してくださいますよ。義理の親子とは思えないほど、二人はよく似ている。

 と、言っておけば、元閣下の方がフォローしてくださいます。

 

 あ、最後の一文はオフレコで。

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