アルマの爆弾発言の後、長官室は重い沈黙に包まれている。
幸にもシャアと羽目を外していた事もあり、ガルマは人払いをしていたので被害者は少ない。部屋の中に居る者は、ガルマ少将、ダロタ中尉、シャア中佐、キリー中佐、アルマ少尉、ミア技術少尉、ヘレナ曹長の七名。アルマの言葉に、その場にいる全員が言葉を失った。
「その宇宙なんたら勲章ってなんだ?」
否、一人だけ、別の意味で思考が止まっていた。
アルマは、一般家庭の出身。避けられはしても学校に通って授業を受ける事は出来ている。他の面々は言わずもがな、エリートと呼ばれる人種の出身で唯一、ヘレナだけがまともな教育を受けられていない。
ミアは苦笑し、「勲章ではなく、憲章です。宇宙世紀憲章」と間違いを正す。
宇宙世紀憲章。首相官邸ラプラスで開催される改暦式典で公開される予定だった石碑に刻まれた条文の事だ。
地球連邦政府の初代首相リカルド・マーセナスが考えたものであり、そのレプリカが現在、地球連邦政府の首都に置かれている。地球の文化は、マ・クべ少将の指示で出来る限り保全されている。石碑に刻まれた地球連邦政府による中央集権を決定付けた内容からリカルドはスペースノイドより忌み嫌われている。
スペースノイドにとっては祈りからは程遠い呪いの産物だ。
「⋯⋯どう思う、シャア?」
アルマの言葉を一通り聞いたガルマが、まだまとまらない頭で問い掛ける。
「小娘の戯言、で済ませる事が出来れば良かったのだかな⋯⋯」
シャアもまた天を仰ぐ、先程の騒動から簡単に否定する事が出来ず、押し黙る他にない。
ダイクンの遺児である彼にはアルマの語る第七章第十五条の意味が嫌というほど理解できる。要するに、爆弾なのだ。本来、祈りであるはずの言葉は、ダイクンの提唱したニュータイプ論によって意味を変えてしまった。何よりもアルマの存在が、ダイクンの発した欺瞞であるはずの言葉に真実味を与える。
キリー中佐も理解する、この言葉が呼び寄せる災厄が何か。
「これがアースノイドとスペースノイドの戦禍の種になるのであればまだましです。良くはありませんが、今と大して状況は変わらない」
此処で問題になるのがニュータイプの存在。既に本国では研究が進められており、能力の証明から解明の段階に入っている。
「行き着く先は旧人類と新人類の全面戦争かな?」とガルマが乾いた笑い声を零す。
「そうなればもうアースノイドとスペースノイドという枠には収まらなくなる。既存の勢力が当てにならなくなる」
「戦争とは言ったが、戦いになればまだ良い方だな。虐殺が起きるぞ、シャア。かつてはユダヤ人、そして魔女狩りの再来だ」
しかし、とシャアが言葉を返す。
「幸いなのは、存在を証明できない事だな。言っては悪いが高々小娘一人の言葉、戯言として片付けられるのが関の山だ」
「いや、そうとも限らないぞ。社交界で聞いた話だが、ラプラスには遺物が存在する。都市伝説にも似た話だが、ラプラスの箱という名で知れ渡っており、世界を変える力があるという話だ」
「なんだその何処ぞの埋蔵金のような話は⋯⋯いや、そうも言ってられんのだろうな」
「その内容が、先の石碑のオリジナルだとすれば、与太話とも言ってはいられなくなる」
陰謀論染みた話ではあるが、とガルマは付け加える。
「⋯⋯ところで、ひとつ気になったのですが」
ガルマの副官、ダロタ中尉が二人の討論に言葉を挟む。
「なんだ?」
「はっ、仮に彼女の言っている事が本当だとして、彼女は何処でその話を知ったのでしょうか?」
全員の視線が一斉にアルマに集まる。
アルマは、あわあわしながらも懸命に答えた。
「い、悪戯妖精です!」
「悪戯妖精?」とガルマが問い返す。
「はい、彼女と交戦した時に、その、ぶわっとキラキラ世界に入りまして、なんだかよく分かんないけど、なんか分かりました!」
「もっと要点を掻い摘んで話してくれ」
シャアの半ば呆れた声に「はい!」とアルマが姿勢を正す。
「我が軍では、ピクシーと読んでいるパイロットは、リカルド・マーセナスの実子であります!!」
シャアとガルマは、互いを見つめ合った後、ひとしきり笑って大きく溜息を零した。
「シャア、どう思う?」
「⋯⋯もういっそ小娘の戯言で片付けるのが一番ではないか?」
「僕もそう思う、思うが、しかし、彼女は能力を証明した、してしまった」
「ニュータイプとは厄介な存在だな」
魔女狩りが起きた理由を、二人はなんとなく察する。
「歴史の生き証人、与太話が急に現実味を帯びてしまうじゃないか」
項垂れるガルマを、シャアとキリーは無言で見つめる他になかった。
◆
「へっくしょん! ⋯⋯まもの」
「なんなの、その変な語尾」
「なんでもないよ、魔除けみたいなもの」
最近、影が薄くなりつつあるのを感じるけども、誰かが噂をしてくれているようでほんのり胸を撫で下ろす私はメアリー少尉です。
今はクロエと一緒にホワイトベースの格納庫で休息を取っている。
北米大陸を南下する道中、なんとなく同行していると公国軍の襲撃を立て続けに受ける事になって済し崩し的に離れられなくなってしまった。何度も襲撃してくる癖に、最初の一戦以外は嫌がらせに近いもので無理せず直ぐに撤退する。
まるでゲリラ戦の様な削り方、相手の戦力を削る事も儘ならず、一方的に疲弊させられている。
少し前まではバカの一つ覚えみたいにモビルスーツで迎撃を⋯⋯そういえば、守備側に守るのは開戦以後、初めての経験かも知れない。なんだか自分のやって来た事を、そのまま真似されているようで嫌になるな。
数的に圧倒的優位を保持してる側が弱者の戦い方をしてんじゃないっての、ったく。
兎も角、厄介なのは公国軍の航空部隊。
主力戦闘機のドップと爆撃機のドダイYSを併せた二種編成が厄介で、着実にホワイトベースにダメージを蓄積させている。日に何度も来る襲撃は、完全にランダムな時間帯で1時間に二度、三度と襲撃をする事もあれば、半日近くも襲撃を仕掛けて来ない事もある。
パイロットの私はまだ良い。パイロットの数も機体も足りているので当番制で対応する事が出来る。
だけどブリッジクルー、特に艦長代理のブライトには代わりが居なかった。彼は断続的で、連続的で、継続的な襲撃に心身共に削られている。倒れるのも時間の問題。一応、私も指揮程度なら出来ると思うのだけど、パイロットとしても貴重な戦力なので休息を取って欲しいとブライトから直々に言われている。
何処かで現状を打破する一手が必要だ。
だけど防戦一方の現状、耐えるしかない我慢比べでもある。
何時か必ず来る、だけど何時来るか分からない本命の為に私達は備え続けないといけなかった。
格納庫に隣接するパイロット用の休憩室。
急に内線が入ったので受話器を取ってみれば「メアリーさん、いらっしゃいますか!? 艦橋まで来てください!」と民間人の女性に慌てた様子で言われたので、クロエに後を任せて艦橋に向かった。
ドアを開けば、「大丈夫だ、少し転寝してただけだ!」という後輩の怒鳴る声が耳に入る。
「少しの間、メアリーさんに頼んで休んだ方が良いですって!」
「先輩はホワイトベースを守る貴重な戦力なんだぞ!? 実質、本艦のエースだ! 必ず来る本命の時に備えて、先輩には、万全の体調で居続けて貰わなくてはならない!!」
「だからって貴方が倒れたら誰が、この艦を指揮するのよ!」
「そ、それは⋯⋯そうだ、ミライ君。君が⋯⋯」
「バカ言わないで!」
うーん、本格的に限界が近いようだ。
こうなってくると負傷してるからとゲリラ部隊で預かったリード大尉を回収したのが少し悔やまれる。不和を起こしてしまってるから問題が起きる前にと思ったのだけど、判断を誤ったかも知れない。
幸い後輩の配慮で、私は精神的にも体力的にも余裕がある。
少しくらいなら指揮を代わっても良いのだけど、私、当然だけど艦を指揮した経験がなかった。なんとかなるとは思うのだけど、この断続的で、連続的で、継続的な襲撃が青い巨星を後方まで呼び寄せるまでの繋ぎだと考えれば、私には対処できる自信がなかった。
私が、考え得る選択肢を思案していると艦橋に警報が鳴り響く。
「敵機確認! モニターに映し出します!」
オペレーターは正規兵なのか迅速な操作、映し出される映像には四機の敵影。薄紫色の3機のザク。北米ゲリラ部隊の間では、魔女部隊を称される彼女達を先導する一機の新しい赤色の機体。ガンダムタイプ、ブライトから聞いている。赤い彗星にガンダムが一機、盗まれてしまった、と。
『こちら、クロエ・クローチェ少尉。陸戦型ガンダム、出撃準備良し! 早く、ハッチを開けて!!』
待って、と私が告げる前に素人と通信手が「あ、はい!」と指示を出してしまった。
カタパルトから射出される白い機体を見て、私は踵を返し、急いで格納庫へと向かった。
直感に頼るまでもない、肌感覚で分かる。
あの公国の赤いヤツ、私なんかよりも、クロエよりも、ずっとヤバい相手だ。
早くなる動悸に、扉のボタンを押す手が震える。
明確に恐怖を感じるのは初めてだった。
◆
陸戦型ガンダムのコックピットの中、クロエ少尉は強気の笑みを浮かべる。
戦災孤児になった後、彼女はワイアット中将に拾われて、変則的ながらモビルスーツのテストパイロットとして連邦軍に所属する。持ち前のセンスで軽々と機体を操り、研究者の提示する課題を次から次にクリアして行った事から周りから持て囃されて見事、彼女は自己肯定感を取り戻し、満面で自信たっぷりの笑顔を浮かべるようになった。北米ゲリラ部隊を率いる凄いと噂のパイロットも、大した奴だったけども自分程ではない。
彼女の自己肯定感は留まる事を知らず、有頂天。策を立てるのは、メアリーの方が得意だけど、モビルスーツの腕前ならば、連邦一を自負しており、タイマンであればジオンの誰にも負けない自信がある。
そして、そう自負するに足る実力が彼女には、備わっていた。
「飛び出して行け、宇宙の彼方♪」
口遊むのは何時か聞いた音楽の歌詞、所々が曖昧だけど、彼女は何処までも飛んでいけそうなこの歌が好きだった。メインモニターに映る四機の敵影、厳しいかな。大丈夫、なんて事はない。私なら出来る。
クロエ少尉は、天才肌である。
ニュータイプ特有の超感覚染みた能力は持ち合わせていなかったが、彼女は勘に優れている。握り締める操縦桿、天性の感覚派である彼女は、なんとなく、出来そうだからで暴走する想像力を現実に落とし込んだ。理屈はなく、明確な論理もない。しかし合理性は、彼女を味方する。
彼女は才能に愛されていた。
肌に感じる、声が聞こえる。本来の彼女は、内向的な傾向がある。しかし、プロトライダーのコックピットに乗り込んだ時、落ち込んだ色彩が全て色付いて見えたのだ。キラキラが見えた、彼女が見た星空はコックピットの計度器等の光。薄暗い世界に映し出される映像、操縦桿を握り締めた時、一歩、二歩と歩み出した時、彼女は、肌感覚で瞬く間にモビルスーツを操縦するコツを掴み取った。
プロトライダーの発する声が聞こえる、自分の意思に応えてくれる。
操縦の良し悪しはパイロットに一任される。プロトライダーは裏切らない、もし仮に思い通りに動いてくれないのだとすれば、それは自分の操縦の仕方が誤ったという事。電子パルスの粒子が操縦桿を伝って、直接、身体に響かせる。
キラリ、キラキラリと閃く感性、センスが青空を吹き抜けた。
「私達を妨げる目の前の障壁は、所構わずぶち抜け陸ガンちゃんッ!」
盾を地面に突き刺して、180mmキャノン砲の砲身を乗せる。
誤差なく狙撃する為に編み出したクロエスペシャル、キラキラと輝く感性を乗せた構えは名付けて伝説の輝き撃ちだ。クロエは自覚している、モビルスーツのパイロットは自分にとっての天職であると。引いた引き金、白煙を上げて発砲される弾頭は、戦闘を駆ける赤い機体へと吸い込まれるように飛んで行った。
しかし赤い機体は半歩分、横に身を逸らして回避。を読んだ先にもう一発の弾頭を叩き込んだ。
クロエ・クローチェは正真正銘の天才である。
だが赤い彗星もまた天才、彼は引き抜いたビームサーベルで回避し切れない弾頭を叩き切った。
クロエは一瞬、驚愕に目を見開いて、しかし直ぐ強気の笑みを浮かべる。
キャノン砲を投げ捨て、代わりにマシンガンとバズーカを両手に構えて、スラスターを吹かせる。
エース級四機を相手にクロエは真っ向勝負を臨んだ。
当番ではなかったアムロとセイラは今、ベッドから起きた所である。
メアリーもまだ格納庫にすら辿り着いていない。
背後のホワイトベースを航行不能にまで追い込まれたら敗北。
クロエは数的不利の中、誰一人、背後に通す事も許されない必敗とも呼べる戦況に身を投じた。
キラキラと輝く彼女の感性は、窮地にあってなお止まらない。