陸戦型ガンダムは先ず、バズーカを発射。弾頭は地面に着弾し、砂煙を舞い上げる。
相手の視界を塞いで距離を詰める。搦め手の発想は相方の戦法を真似しての事、クロエスペシャルは此処から始まる。敵機を覆い隠す砂煙を前に距離を取ったのは、ザクⅡ[狙撃型]。ザクⅡ用に調整が施される狙撃銃を構えて、何時、何処から敵が来ても良い用に準備を整える。退いた狙撃型ザクと他二機の間を取り持つのは、ザクハーフキャノン。一歩も引かず、最前列で迎え討つ構えを見せるのは陸戦高機動型ザクと赤いガンダムの二機。全機が神経を張り巡らせる中、敵機は、砂煙を上げてから10秒にも満たない時間で姿を現す。
それは盾だった。
陸戦高機動型ザクに乗るアルマ少尉は直感で罠だと察した、赤いガンダムを駆るシャア中佐は経験から敵機が姿を見せるのは有り得ないと結論付ける。何故ならば、自分が乗る赤いガンダムで届くかどうかのギリギリの距離、ガンダムが完成する以前に先行量産されている敵機に自分が乗るガンダムと同じ機動性があるとは思えなかった為だ。
故にシャアは盾から視線を外し、脇からの攻撃を警戒する。
必然、投擲された盾を反応したのは後方待機をする二機の内一機、ヘレナは狙撃銃で盾を撃ち抜いて、前を往く二人の戦闘の邪魔にならないように排除しようと試みる。
着弾した弾丸は、金属を蹴破るようなけたたましい音と一緒に弾かれた。
支えのない筈の盾が一方的に狙撃銃の弾を弾く、盾の影から片足を大きく前に突き出した角付きの敵影。陸戦型ガンダムは、盾の背面を蹴った衝撃をそのままに、盾を上方高くに蹴り上げた。
陸戦型ガンダムには、MAXモードと呼ばれるリミッターを一時的に解除する機能がある。性能を向上させるというよりも、本来、機体が持っている性能をフルで活用する為のものだ。
劇的な変化はない。しかし、縮めた時間は数秒程度、その数秒がシャアの憶測を外し、反応を鈍らせる。
ズザッと土煙を上げながら着地する陸戦型ガンダムを前に、真っ先に反応したのはアルマだった。
彼女は、手に持っていたマシンガンを地面に落とし、腰に着けていたヒートソードを右手に振り抜こうと試みた、だが、アルマの一撃は、振り抜く前に止められる。
伸ばされた陸戦型ガンダムの左手、相手の右手首を掴んでいた。
開いた懐にクロエの機体が右手に握るマシンガンの銃口をザクの胴体に押し付ける。
「させるかっ!」
一拍、遅れて動き出したのは赤いガンダム。ビームサーベルを片手に振り被り、相手に踏み出したその時、「中佐ッ!」と呼ぶアルマの声に次なる一歩を踏み留まる。
ザクッと赤いガンダムの頭上より、鼻先掠める位置に、先程、陸戦型ガンダムが蹴り上げた盾が落下する。
突然の事に流石のシャアも一瞬、思考が止まった。
その一瞬の隙でクロエは陸戦高機動型ザクを突き飛ばし、その反動すらも利用して後ろ回し蹴りの要領で盾ごと赤いガンダムを蹴り飛ばした。
ガンダリウム合金を相手にマシンガンの弾は効果が薄い。
故にクロエは、煌めく感性に従って距離を取った陸戦高機動型ザクに向けてマシンガンを斉射する。
シャアは仰向けに倒れた機体を起こす為、苦境に立たされたアルマを助ける為にも前屈み気味に片膝を付いて立ち上がろうとした。
そのメインモニターに見慣れた影が頭上より落ちる。
それは陸戦高機動型ザクを突き飛ばした時に腰からくすねた代物、赤いガンダムを蹴り飛ばし、マシンガンでは効果が薄いと察して放り投げられたものでもある。
ザク乗りであれば、誰も一度は世話になった事がある特殊兵装。
「ハンド⋯⋯グレネードだとっ!?」
それは赤いガンダムの眼前で爆発した。
何度でも繰り返す、クロエは天才である。
輝ける感性、惜しみなく放たれる彼女の才覚を素直に示したその姿、アルマは晒される銃弾の雨の先に眩いばかりの光を幻視する。アルマは自分が特別だと思った事は一度もない。それでも特別な能力を持たない敵機のパイロットが示す溢れんばかりの可能性に己の矮小さを思い知る。
アルマは部隊の隊長になり、少なからずの戦果を挙げる。
それで何者かになれた気になっていた。違うのだ、自分は特別な能力を振り翳していただけに過ぎない。ただ一人、未来へと踏み出し続ける可能性の顕現にアルマは本能的に身が竦んでしまった。クロエは天才肌の感覚派、本能で身体が動き出す、合理性なんて後から付いて来る。根拠なんてものは踏み出した後の足跡から拾い上げれば良い。自分が持つセンスを在りのままに開放する彼女は、思念を読み取るアルマの天敵でもあった。
そのアルマを助ける為に彼女と同じ部隊に所属する仲間達が動き出す。
「アルマ!!」
「今、助けます!!」
連携の取れた二人の素早い行動、連携が取れているからクロエは相手が動くよりも早く行動する。
読んだ訳ではない、考えた訳でもない。だけど知っていた、分かっていた。
クロエは通信回路を開いて、もうすぐ出撃してるはずの友軍に連絡を入れる。
「エマージェンシー、エマージェンシー! 砲撃支援要請、レッツファミリア!!」
晴れる砂煙の先、四つの砲塔から放たれる砲撃。
「アムロばかりに格好良い所を持ってかれちゃ敵わないんだよ!」
「僕だって! アムロとセイラさんばかりに負担を掛けている事を良しを思っている訳じゃない!」
ガンキャノンとガンタンクの支援砲撃、ホワイトベースクルーのカイとハヤトが相手を目掛けて乱雑にキャノン砲を撃ち出す。衝撃と振動、爆煙に狙撃型ザクとハーフキャノンザクは仲間の援護に回らず、身を守らざる得なかった。しかし、彼女達もまたエースパイロットに片脚を突っ込んでいる古強者。舐めるな、と僅かな間隙を縫ってヘレナが狙撃銃を構える。よりも早く青空を駆ける戦闘機の影、コア・ファイターに乗ったホワイトベースの数少ない正規兵リュウ・ホセイが突貫にも似た動きで狙撃型ザクに急接近する。
「こうも頑張られちゃあ正規の軍人としては根性を見せない訳にはいかないんだよッ!!」
二発のミサイルを撃ち込んだ。一発は外れる、しかし躱し切れなかった一発のミサイルが思わず、身構えた狙撃銃に着弾。狙撃型ザクの上半身が爆発に巻き込まれて、もくもくと黒煙を上げる。
「ヘレナ!?」
原型は留めている、しかし継戦は不可能。静かに倒れる仲間の姿を見て、アルマの脳の中にある何かが弾けた。
一瞬の間、急に心が冷めていくのが分かる。マシンガンによる銃弾の雨に晒されて、コックピットに反響する金属音。世界の広がりを感じる。卵の殻に罅が入る、内向的な性格が押し留めていた可能性の獣。彼女の覚醒は、まだ始まっていた訳ではない。解放されただけだ、彼女の中に元からあった潜在能力が、あのザクのパイロットとの出会いで花開いた。それだけである、まだ始まっただけだ。彼女の成長には、まだ先がある。
可能性が鼓動する、パリン、パリンと卵が孵る。
操縦桿を握り締めるアルマの軌跡が火花を散らす、ガスバーナーのように激しく吹き出す蒼炎の根本にバチンと弾ける白い炎。白心と呼ばれる輝度の最も強い炎は揺るがない。バチンと視界が弾ける、バチンと脳が弾ける。バチバチと電子信号が弾けて、心は、こんなにも落ち着いているのに溢れる衝動が収まらない。アルマの覚醒は今、此処から始まったのだ。
銃弾の雨の中、陸戦高機動型ザクが一歩、踏み出した。
クロエにニュータイプのような超直感はない。
引き金を限界まで絞ったマシンガンによる斉射は、砂煙により、陸戦高軌道型ザクの姿を覆い隠してしまった。やばっと思ったのも束の間、半身になってブースターを吹かした敵機が煙を吹き飛ばして眼前まで迫る。辛うじて繋がっているだけの左腕、アルマは左腕を盾代わりに限界まで間合いを詰める。
しかし、それで良かった。それで十分だった。
アルマは右手に握り締めたヒートソードを振り被る、この切っ先が届く距離まで間合いを詰める事が出来れば良かったのだ。
「はああああああああああっ!!」
咆哮を上げるアルマの渾身の一振りは、横から叩き付けられた強い衝撃に阻まれる。
「…………なん……で?」
相手はビームサーベルを抜いていなかった。
絶対に届かない間合いの外からの攻撃、アルマが敵機に対して一方的に嬲れる距離の筈だった。メインモニターに映るのは、逆さになったマシンガンの砲身を両手で握り締める陸戦型ガンダムの姿、相手は埋められない間合いをマシンガンを鈍器代わりに使用する事で埋めたのだ。
相手の頭部を打ち抜いて砲身が折れるマシンガン、投げ捨てクロエは一歩、大きく距離を詰める。
「……まだッ!!」
クロエは大きく踏み込んだ、まだ相手はヒートソードを握り締めている。
マシンガンを叩き付けた一撃が決定打にならない事を分かっていた、しかし脚部からビームサーベルを取り出していては、既に振り被っている相手のヒートソードが先に振り下ろされる。故にクロエは素手で相手の懐に潜り込んだ。クロエに武術の心得はない、しかし彼女はメアリーのモビルスーツの動きを間近で見て来た。
何度でも繰り返す、クロエは天才である。
「真っすぐいって、ぶっ飛ばす。右ストレートで……」
踏み込んだ左足、地面を蹴り出し、全身に捻りを加えて連動し、全体重を乗せた右拳は、
「ぶっ飛ばすッ!!」
陸戦高軌道型ザクの頭部を打ち抜いた!
クロエスペシャルである! クロエスペシャルとは、その場で思いついた独創的な技とか策の事だ!
即ち、そう、ノリと勢いであるッ!!
「舐めるなッ!」
仰向けに倒れるザクに思わず、右拳を掲げそうになるクロエに襲い掛かる敵影。至近距離からの爆破の衝撃から復帰した赤いガンダムがビームサーベルを振り被る。
「見えてるッ!」
間合い外、何かを投げる陸戦型ザクの投擲物にシャアは常識を超えた超反応で切り払った。
「腕ッ!?」
先程、千切れそうになっていた陸戦高機動型ザクの左腕だ。
一瞬の間、僅かな隙。妨げられた視界、脚部ビームサーベルを引き抜いた陸戦型ガンダムが直ぐ傍まで駆け寄って来ていた。既に振り被られている。先に切り込むは不可、しかし受け止める事は出来る。
シャアは舌打ちを立てながら振り抜かれる光刃を受け止めるべく、ビームサーベルを縦に構えた。
「クロエスペシャル」
衝撃はなかった。
光刃は交差する瞬間、クロエはビームサーベルの電源を切り、そして赤いガンダムの横をすり抜ける。
受け止めるつもりで縦に構えた光刃、不意を突かれて大きな隙が晒される。
赤いガンダムの背後を取った陸戦型ガンダムは悠々とビームサーベルの電源を入れ直す。
敵機の光刃に、シャアはゾッとした。
「私、御褒美は甘いのが良いッ!」
迷いがないというのは、それだけで強味になる。
振り抜かれた光刃は、確かに赤いガンダムの装甲を切り裂いた。
クロエ・クローチェ。彼女の自己肯定感は未だ、有頂天である。