光刃で焼き切られた右腕が宙を舞う光景を見て、赤いガンダムのパイロットであるシャアは歯を食い縛る。
「チィッ! 地球を知らない訳ではないのだが此処までとは⋯⋯!」
シャアの反応が遅れたのには、理由がある。
キリー中佐が悪戯妖精に敗北した時と同様、彼もまた地球の重力に慣れていなかった。同じ1Gの重力であったとしても壁に押し付けられるのと地球に引き寄せられるのでは話が違った。人一人が地面に立つ分には違和感も少ないかも知れないが、10m半ばにも及ぶ高さを誇るモビルスーツではまた話が変わってくる。
なんというか地面に足が縛られているような錯覚に陥るのだ。
戦場に出た以上は、言い訳に過ぎないとシャアは宙を舞った右腕を左手で掴み取り、満身創痍の友軍に指示を飛ばす。
「悔しいが、撤退だ。これでは捕縛どころの話ではない!」
アルマを庇う為に前に出ていたザクハーフキャノンは遠方のガンキャノンとガンタンクに対して雑に砲撃した後、頭部が半壊し、左腕を失った陸戦高機動型ザクを立たせる。
相手が撤退する空気を嗅ぎ取ったクロエは追撃を仕掛ける為、一歩、踏み込もうとした。しかし陸戦型ガンダムの足元を狙ったシュツルム・クラフトにクロエは踏み込む前に後退。爆煙で視界が妨げられる。
「⋯⋯撃破までは、出来なかった」
陸戦型ガンダムのMAXモードには時間制限がある。
本来、陸戦型ガンダムは本家ガンダムの規格落ちした部品で少数生産されたモビルスーツ、部品の品質にはバラつきがある。陸戦型ガンダムに施されたリミッターは性能の均一化を図る目的であり、飛躍的に能力を向上させるものではない。
そして品質にバラつきがあるという事は、高品質の部品が発揮する性能に低品質の部品が追い付けないという事。掛かる負荷は、向上する性能を加味しても割に合うものではなかった。
ギリギリまでMAXモードを使用したので、機体のパワーが全体的に落ち込んでしまっている。
相手は、窮鼠。手負いの獣、追撃は、危険だった。
「クロエ・クローチェ少尉、帰還します」
敵の撤退に合わせて、クロエもまた撤退を決断。甘いものを求めてホワイトベースに帰還を果たす。
◆
キャリフォルニアベースにて。
親友の帰還を待ち侘びていたガルマ少将は、北米方面軍が誇るエース部隊の惨状を見て唖然とする。
シャアは右腕を失った赤いガンダムと左腕と頭部を失った陸戦高機動型ザクを見上げて「切断された腕を回収出来た事だけは不幸中の幸いだった」と苦笑する他になかった。
兎にも角にも、ガルマはパイロット達が無事だった事を讃えて、そして一日の休養を命じる。
報告は、食事を摂り、入浴を終えたシャアから受けた。
ガルマが今、宿舎代わりに使っているホテルの一室。社交パーティーを開く為の広間を貸し切る目的で接収した場所である。
普段は、誰も部屋に入れる事がないプライベートな空間。仮面を脱いだ赤い彗星がバスローブ姿でソファに腰を下ろす。
「今回、悪戯妖精の捕獲どころではなかったな」
ポツリとワイングラスを片手にシャアが零す。
今回、彼自身が赴いたのは、木馬との因縁が理由ではない。アルマ少尉から齎された情報の真偽を確かめる、その為には、悪戯妖精の捕らえる事が最も手っ取り早い手段であったからだ。
宇宙世紀憲章の話が仮に本当だとすれば、アースノイド主義とも呼べる現体制を破壊する武器にもなる。
しかし、使い方を誤れば、人類は以後、何百年もの間、戦乱の中で生き続けることにも成りかねない。
だから、先ずは情報を確定させたかった。
あの悪戯妖精が、リカルド・マーセナスの直子という話も随分とぶっ飛んだ話ではあるのだが、ビスト財団では、少し前に冷凍睡眠装置を開発したという話があり、有り得ない話とも言い切れない。
そして、仮にアルマの言っている事が全て正しかった時、ガルマは、三人の兄姉と対立する覚悟を決めなくてはならなかった。
ガルマにはまだ、己が目指すべき未来が分からない。
しかしギレンがもし地球世紀憲章の第十五条の存在を知れば、スペースノイドを優良種と設定し、アースノイドとスペースノイドは分かり合う事なく更に戦火が激しくなる恐れがある。既にフラナガン機関を運営するキシリアが知れば、戦争の舞台はアースノイドとスペースノイドの争いから旧人類と新人類による戦いの構図となり、新しい戦火が生まれるかも知れない。
考え過ぎかも知れないが、どちらの手に渡っても碌でもない未来が待ち受けている可能性が高く思える。
ならば、ドズルならどうか?
これも駄目だ、ドズルは己の立ち位置を軍人と見定めており、面倒な話は兄と姉に委ねている。彼の父であるデギンもまた、既に未来は自分の手から離れていると感じており、ギレンに全てを打ち明かす可能性があった。
少なくともガルマの求める未来は、ギレンとキシリアの目指す未来の先にはないものだ。
地球に降り立って正義を見失ってなお秘めるガルマの大義は、スペースノイドの地位向上。地球の民が宇宙の民を一方的に虐げる構図の廃止にある。
その為にガルマが考えたのが、地球連邦政府が本来の役割に立ち返り、全ての民を宇宙に送り出す事である。
地球は、全ての人類の故郷とし、人類が宇宙で暮らすのに必要最低限の資源の採取だけを目的として環境の保全に務める。
理想論である。理想論だが、理想を語れない為政者に価値などないのだ。
政治とは、何かを為すための道具ではない。国家をより豊かにする為に未来を見据えて、邁進する国家の運営が政治である。
政治の世界などという言葉は欺瞞である。
政策を通す為に、利権と賄賂を操作する事は決して政治ではない。政治を食い物にする商売人の発想、それも己の懐を痛めない商売なのでむしろ転売屋ですらある。
民草を己の資産として数えるのは、中世時代の発想である。
ガルマは坊ちゃんである、青二才でもある。綺麗事で世の中が回らない事は彼自身も理解している。だが、それでも、と叫び続けられる者が世の中を変えるのだ。世の中を回すのではなく、変えるのである。
「木馬にはまだ、ガンダムとハンマーが残っている」
ガルマが呟く、二人の敵は北米ゲリラだけではない。コンスコン艦隊の新旧合わせたザクが12機も撃墜されている。
「中途半端な戦力では、二の舞を演じるだけだな」とシャアが返す。
ガルマは前髪を弄り、暫し思考に耽る。彼は、博打を好まない。賭け事は嫌いではないが、得意でもない事はガルマ自身も理解している。
「⋯⋯ここが勝負時か」
しかし、ガルマはやる時はやる男でもあった。
「戦力の逐次投入は愚の骨頂、北米の余剰戦力を全て継ぎ込むぞ」
「しかし、ガルマ。悪戯妖精は、アルマと同じく相手の思念が読み取れるのではなかったか?」
「追い込み漁だよ。軍勢で相手の進路を操作し、少数精鋭で一気に叩く。エースは全て結集する」
彼を大勝負に引っ張り出す最後の後押しは、リカルド・マーセナスの直子。悪戯妖精ことメアリー・スーの存在にある。
リターンがリスクを上回ったのだ、オールイン。彼は一世一代の大勝負へと踏み切る。