テム・レイ技術大尉が素晴らしいのは、ハード面よりもソフト面にある。
コアブロックシステムを可能とする変形機構は、ソフト面による補佐が必要不可欠であるし、有視界戦闘下における画像解析プログラムもまた彼の発案である。流石に当時の技術では、ビームライフルの火器管制システムは独立して運用する必要があったのだが、その欠点も教育型コンピューターの発明により、将来、解決する見込みでプログラムを強化している。
ガンダムの開発は、試作型の試作型。プロトガンダムが開発されてからが本番であった。
事実、ペイルライダー計画が現在、行き詰まっているのもソフト面の問題がある為だ。段階的にクリアしていく課題がある。
プロトライダーはハード面の強化、ソフト面はまだ、これからである。
陸戦型ガンダムの先行量産型にビームライフルが搭載出来なかったのは、モビルスーツ戦用に組み直した火器管制システムがまだ開発出来ていなかった為、そしてガンダム・ピクシーが未だ開発途中にあるのも同様の理由。
結局、ジムの初期型の標準装備がビームスプレーガンなのも火器管制システムがまだ未熟である為である。
正史におけるアムロの功績は、ビームライフルの異常なまでの射撃精度を教育型コンピューターに学習させた事にある。
ボールが開発されたのは、ビームライフルの開発が遅れた時の保険の意味合いがあるし、ビームライフルの開発が遅れた時、ビームライフルに代わる火力として、低反動キャノンをジムの肩に搭載する計画がある。この時、ジムはガンダムではなく、ガンキャノンがベースになる。
いずれにせよ、MS開発史において言える事は有視界戦闘における携帯型ビーム兵器の開発は困難を極めるという事。
しかし逆に云えば、実弾兵器を積む事自体は、難しい話ではない。
ガンダムピクシーは、サブマシンガンを握り締める。薄紫色の魔女部隊、三機に一機を加えた四人のエース格を相手にメアリー少尉は弾幕をばら撒いた。
同じニュータイプであるアムロとメアリーの決定的な違いは、射撃精度の差にある。メアリーが今日まで活躍出来たのは、ソフト面による補佐が大きい。彼女は、自分の肉体を扱う事が苦手だ。それ故に士官学校時代、彼女は、実技で大きく成績を落としている。頭の中のイメージに身体が、付いていかないからである。
しかし彼女は、モビルスーツというある程度、動作に補正を掛けてくれる鉄の身体を得る。
彼女には、アムロよりも明確に優れている能力がある。
高機動型ザクを陸戦仕様に改修した機体。薄紫色の識別色、その本来の持ち主であるキリー中佐がヒートホークを片手に悪戯妖精へと切り込んだ。
キリー中佐にニュータイプ能力はない。
しかし、それでも今回、初めて駆るピクシーがあのザクのパイロットだと解するのはアルマの能力があってのもの、一度、刃を交えればエースパイロットとしての直感が宿敵との再会を確信する。
「合わせますッ!」とアルマのヅダが、キリーの反対側からピクシーを追い詰める。
それを、メアリーは一睨みした。
瞬間、アルマは自身に襲い来るピクシーの数秒先の未来を予見し、思わず飛び退いた。
「ぐっ!? ⋯⋯えっ!?」
が、しかし、ピクシーは微動だにせず、アルマに合わせるつもりだったキリーの機体が無防備に晒される。
メアリーが叩き付けたのは、思念。
強烈なイメージに感受性の高いアルマは幻を見た。メアリーの駆るピクシーは右腕のサブマシンガンでアルマのヅダに銃口を向けたまま、左腕でビームダガーを逆手に握り締める。まだ何が起きたのか分からず、されども致命的な失敗をした事だけは理解する。
キリーも何故、アルマが急に飛び退いたのか理解出来ず、一瞬、反応が遅れる。
不用意に踏み込んだ高機動型ザクに、メアリーは一切の躊躇なくビームダガーの切っ先を振り落とそうとする。
「させるかよッ!!」
しかし状況は一対四、側面から放たれる狙撃型のザクによる遠距離射撃。メアリーは超直感で危機を察知し、ヘレナに一瞥もせず、大きく飛び退いて凶弾を回避する。
「まだですッ!!」
キャノン砲による追撃、着地地点を狙い澄ました一撃をメアリーは一目も暮れず、無造作に左手のビームダガーを振り上げるだけで砲弾を切り払った。
「なんとッ!?」
この曲芸染みた芸当には、流石のミアも驚愕を禁じ得ない。
しかしヘレナとミアも幾度と修羅場を潜り抜けた歴戦の猛者、交戦中に足を止めた者から死んで行く事は理解している。次弾装填、装填時間の計算。次に備えて、照準を定めるなんて事は意識せずとも身体が勝手に動いてくれる。
だが、遠距離支援が煩わしいと感じたメアリーは二人に向けて、指向性のある思念を飛ばす。
ミアとヘレナにニュータイプと呼べる程の超直感は備わっていない。しかし全ての人類にニュータイプの素質が備わっており、中でも突出にした能力を持っている者がニュータイプと呼ばれる事実がある。正史におけるホワイトベース隊がそうだった。
故に、まだ純粋で未成熟な感性を持っているミアとヘレナは、メアリーから放たれた強烈な思念を感じ取る。
気配と呼ばれる概念がある。ミアとヘレナが感じ取ったのは、正しくそれで意図的に肥大化した凶悪な気配でミアとヘレナの両者を縛った。
「う⋯⋯あ⋯⋯っ!?」
「何です⋯⋯これ?」
無意識の緊張、硬直。無防備な二人の精神に重圧が二人に伸し掛かる。
「こんな見掛け倒しッ!!」
ニュータイプの適正を持ったアルマは、強靭な精神力で重圧を弾き返し、
「今度は、二人がッ!?」
適正がなく、既に成人し、成熟した精神を持っているキリーには、メアリーの思念を感じ取る事が出来なかった。
メアリーは舌打ちを零し、結婚適齢期も間近のババアが、と心の内で罵る。
「私はまだ、24歳よッ!!」
何故か伝わった、女の勘である。
経験豊富と見られる事の多い彼女は、学生時代から高嶺の華として見られており、男と遊んでいると思われているのに、安い男には靡かないと勝手に周囲から思い込まれていた過去がある。
彼女には、幼い時から慕っている幼馴染が居た。
事実、両想いの関係ではあったのだが、しかし、相手の方が告白をする前に勝手に諦めて別の女とくっ付いてしまった苦い過去がある。
私の方が先に好きだったのに、の経験者で未だ、その事を引き摺っている。
「えっ!? キリー中佐って、経験なかったんですかッ!?」
戦闘中であるにも関わらず、漏れた思念を感じ取ったアルマが反応した。
「そんな事で回線を開くなッ! 記録に残るッ!!」
「あっ! ごめんなさいっ!!」
キリーはアルマを叱責する、残当である。
そんな茶番を挟んでいる間にもメアリーは、着実に追い詰められる。数的不利の現状、ピクシーの機動力を以てしても戦闘力だけならば、公国軍の中でも指折りのエースパイロット二機を振り切る事は難しかった。
少しでも足を止めれば、後方二機の狙撃が飛んでくる。射線を通せば、攻守に渡っての支援攻撃。ビームライフルを初めとした遠距離に対する攻撃手段がないのも痛い。
メアリーは遠方からの射撃を躱す為に、ビルを壁代わりにした三角飛び。側転と同じ回転で身体を回し、跳躍の頂点、丁度、ピクシーの機体が逆さまになった所で、薄紫色のザクとヅダの頭上を取る。
メアリーのアポジモーターだけで姿勢を制御する超絶技巧にピクシーの機動力を加える事で可能になる変態技。アルマは初めて見る三次元の機動に、対処が遅れる。
「宇宙のパイロットを舐めるなッ!!」
地上の二機を捕らえるサブマシンガンの銃口、引き金を引く前にキリーの高機動型ザクは右手に握り締めたヒートホークをピクシー目掛けて投擲する。
「チィッ!」
メアリーは回避を優先せざる得ず、それでもなお間に合わなったのでヒートホークをサブマシンガンで撃つ事でなんとか軌道を逸らす。
奇を衒っても、あの薄紫色のザクには通用しない。
ピクシーが地面に着地すふ瞬間を狙って、アルマのヅダが地面を滑らせるようにヒートサーベルの熱刃を振るった。
「その脚、貰いましたッ!」
「クソッ!」
メアリーは、咄嗟にブースターを吹かして着地するタイミングをズラす。
空振りする熱刃、メアリーは反撃に転ずる事が出来なかった。動きを止めた一瞬の隙でキャノン砲の砲弾が飛んで来る。「敵意が素直過ぎるッ!」と左腕のビームダガーで切り払った、次の瞬間、ピクシーの機体が大きく弾かれる。
分かっていた、だけど躱し切れなかった。
狙撃型ザクによる狙撃は、ピクシーの左肩を捉えて体勢を大きく崩す。メアリーの姿勢制御は御手の物、ビームダガーは落としたが、攻撃を受けた反動を利用し、ビルの影へと一旦、退避する。
流石に、流石に四機を相手にするのは厳し過ぎるッ!
メアリーは歯噛みをする。
未だに撃墜を免れているのは、自分の実力故ではない。何故だか分からないけど、四機は自分を捕らえようとしている事は分かる。
撃破するだけならば、もっとバックパックやコックピットを狙えば良いのだ。
それをしないのは、ピクシーの鹵獲を狙っているのか、もしくは、私の身柄の方か。メアリーは十秒にも満たない時間で思考を巡らせる。
分かっているのは、ただ一点、相手は私を殺したくない。
「⋯⋯あのパイロットが邪魔だ」
メアリーは呟いて、どうせ、このままでは逃げ切れない。と博打に打って出る。
「あのザクのパイロットッ!!」
キリー中佐の駆る高機動型ザクが自分で投げたヒートホークを拾い上げながらガンダムタイプが逃げ込んだビルの裏に突っ込んだ。
角で相手が待ち構えている事は十分に警戒している。
すぐ反撃に移れるように様々な可能性を考慮し、しかし後続の可愛い部下達の代わりに危険を承知で前に出る。
「⋯⋯えっ?」
しかし、これは予想していなかった。
ガンダムタイプのコックピットが開いており、連邦軍の士官服を着た女性が開いたハッチの上で無防備に立っている。年齢は、二十歳程度か。少し小柄な彼女が、焦げ茶色の長い髪を風に靡かせる姿に、キリー中佐の思考は完全に止まった。
「キリーさんッ!」と後方から叫ばれる可愛い部下の声も今のキリーには届かない。何故、どうして、とエラーを起こし続ける思考を読み取り、メアリーは戦場には似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべる。
その姿は、正しく聖女と呼ぶものに相応しかった。
「貴方が、邪魔だった」
既にプログラムは打ち込んである。
不意にキリーを襲ったサブマシンガンの弾幕、無防備を晒す高機動型ザク弾丸が撃ち抜く。装甲は剥がれて、撃ち抜かれて、大きく後方に弾かれた。
通信、ロスト。思念も、途絶える。
「北米のジャンヌ・ダルクッ!!」
連邦の魔女は、アルマの思念を感じて嘲笑った。
髪を搔き上げて悠々と操縦席に戻る。メアリーの天敵は、何時だってキラー・ハーピー。アルマではない、アルマ達が相手なら勝てずとも逃げ切れる自信がある。
メアリーもまた戦争が生んだ英雄、ただ一人の才覚で、北米を支え続けた連邦のトップエースである。