連邦の魔女が、公国の魔女部隊と交戦している時。妖精の片翼と青い巨星が二機のガンダムと接触した時。
二振りのヒートソードを握り締めるグフは、状況に置いて行かれていた。
闇夜、頭上には星の見えない曇り空。赫々と輝く熱刃を両手にニムバス・シュターゼン大尉は、ただ佇んでいる。ミノフスキー粒子が散布された戦場、青い巨星ことランバ・ラル大佐が、妖精の片翼と交戦したまま、視界の外へ消えたので何処に行ったのか分からなくなってしまっていた。
機体の集音装置には、二方向からの戦闘音。右手か、左手か、ニムバスは、ある意味で人生の岐路に立たされる。
事前の作戦通りに遂行するのであれば、青い巨星を追い掛けるのが正解である。
しかし、敢えてニムバスは片翼の妖精を狙わず、近場まで迫る大きな破壊音をする方角へと歩を進める。即ち右手、誰かが自分の助けを必要としている予感がしたので彼は己の直感を信じた。
一方で、ザクⅡを駆る一兵。ヴィンセント・グライスナー曹長は、恐怖する。
風を切り裂くハンマー捌き、頭上で振り回した棘付きの鉄球を頭上から振り落としては地面を砕き、横に振っては建物が倒壊する。真っ直ぐに突き放たれた鉄塊がザクの超硬スチール合金の装甲を、まるで軽石の如く砕いて、大きく吹き飛ばされる。
僚機のザクが相手のハンマーをまともに受けてコックピットが完全に潰れた姿を横目にし、中の惨状を想像して、こんなの人間の死に方ではない。と身を震わせる。
ハンマーを振り回す軽キャノンのパイロット、セイラ・マスにはニュータイプの素養がある。
ダイクンの遺児である彼女は、人目を憚り目立つ事を良しとはせず、本来であれば、そのまま腐らせておくはずだった才能。しかし彼女はホワイトベースの数少ない戦力として、生き残る為に戦わざる得なかった。
そして武器は、ハンマーである。
追い詰められた状況が、彼女のニュータイプとしての覚醒を促す。鎖に繋がれた棘付き鉄球、機体の指先に掛かる力の負荷を本能的に読み取り、自在にハンマーを操ってのける。
今回、ヴィンセントが招集を受けたのは、腕の良いパイロットが条件だったからである。
しかし戦艦を落とした経験のある彼もモビルスーツは今回が初めて、ましてやハンマーを振り回す狂人なんて話に聞いた事もない。
連邦のモビルスーツは化け物か、と性能以外の面で彼は呟く。
二機の僚機が大破し、残り一機。ヴィンセントは化け物の視線が自分に向いたのを感じ取り、舌打ちを零して覚悟を決める。
「此処で死ぬつもりはない!」
一直線に放たれたハンマーをヴィンセントは持ち前のセンスで、機体を横に逸らして躱し、相手が放った鉄球を手元に手繰り寄せる前に接近する。
「一直線に突っ込むッ!」
一撃で相手を撃破する為にヒートホークを振り被る。
相手は放った鉄塊を思い切り引き込んでいた。この距離で、まだハンマーに拘るとは甘い奴だ。完全に殺った、とヒートホークを振り抜く──次の瞬間、強い衝撃が機体を揺らす。
メインモニターに映る闇夜の曇り空、何が起きたのかヴィンセントは理解が出来なかった。
軽キャノン、セイラはハンマーを引き寄せた時の反動を利用し、大きく前に踏み込んでいた。
ハンマー以外に武器がない彼女は、咄嗟に放った飛び蹴りで敵機を突き飛ばす。その蹴り技は、兄がサイド7で見せた蹴り姿と酷似していた。
ヴィンセントも自ら突っ込んでいた反動もあり、敢え無く転倒。仰向けに無様な隙を晒す。
そして無情にも、軽キャノンの後方に一度、引き寄せられた棘付きの鉄球が雲に覆われた夜空に大きく弧を画いて振り下ろされる。
ヴィンセントは時速120キロ超えのダンプカーに軽自動車で真正面から衝突する光景を幻視した。
だが、しかし、ヴィンセントには、悪運がある。
来る筈の衝撃が来ない。思わず、ギュッと閉じた目を恐る恐ると開いてみれば、メインモニターに青い機体が映り混んだ。
「我が名はニムバス・シュターゼンッ! 故はないが、助太刀致すッ!!」
ニムバスは、二振りのヒートソードで受け止めていたハンマーを弾き返す。なんで熱刃で受け止めたのにハンマーが斬れないのか疑問に思いもしたが、武人特有の単純化した思考で、ハンマーとは、そういうものだと彼は認識する。
軽キャノンは、弾かれたハンマーを手繰り、そして頭上で振り回し始める。
鉄球の風を切る音がする。吹き荒れる風に交じるジャラリと鳴る鎖の擦れる音、暴風雨とも呼べる台風の目に向けて、ニムバスはグフを滲み寄る。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
グフと軽キャノンが睨み合う、ニムバスとセイラは機体越しに心を通じ合わせていた。
難敵との遭遇、じりじりと間合いを詰めるグフ相手に、セイラが拳一歩分、鎖を緩める。瞬間、グフは滲み寄る距離を一歩から半歩に減らし、鉄球の棘が青い装甲の薄皮一枚を削り取った。
達人の間合いである。
セイラは、鎖を手繰り寄せる。鎖を短く持つことで円運動の周期を速めて、相手に間合いを悟られないように心構えをした。
対して、ニムバスは、ヒートソードを握り締めた両手を大きく広げて、少しずつ相手の制空権を侵略する。
息の詰まる攻防、張り詰めた空気にヴィンセントは息を飲んだ。
先に仕掛けたのは、セイラである。
鎖を開放すると同時に横薙ぎの鉄球が唸りを上げて青い機体の胴体を目掛けて飛来する。しかし騎士魂を備えたニムバスは、機体越しに相手の呼吸を読んで極端なまでの前傾姿勢で鉄球の下を潜り抜けた。棘が赤い肩の装甲を弾き飛ばしたが、ニムバスは躊躇せずブースターを全開まで吹かす。
軽キャノンが勝負を仕掛けるまで、滲み寄った距離はニムバスの間合いである。
躱したハンマーが再び放たれるまで算出し、ハンマーが使用できない距離まで接近出来るギリギリの境界線。指先一つが掛かる距離までニムバスは耐え切った。
取った、という思いと同時に、まだ、と呼び止める声が聞こえた気がした。
「ぬうっ!?」
踏み込んだ一歩でニムバスは悟る。間合いが一歩分、遠のいている。セイラは嘲笑する。初撃のハンマーは釣り、放つと同時に一歩分、後方に跳んでいた。
「あはっ、勝ったと思ったかしら? ざ〜んねん、誘い込まれたのは貴方の方♪ 己の若い過ちを認めて、泣いて喚いた惨めな死に様を晒してあそばせ!」
確信した勝利、ハンマーの画く放物線は勝利への架け橋。セイラは操縦桿から片手を放して、オーホッホッホッと悪役令嬢も同然の笑い声を上げる。
後にセイラは供述する。
初めてハンマーでモビルスーツをスクラップにした時、なんというかこうスカッドしました。
ハンマーの汚染に精神はもう、深刻なまでに手遅れだ。ハンマーひとつで戦場に立たなければならない状況にセイラは、吹っ切れた。何時でもアイラブユー、君にテイクキスミーと歌の一つでも歌わなきゃやってられない精神状態の果てに彼女の精神年齢はお茶目に激減する。
「誘い込まれた? 違うなっ!!」
ニムバスは眼前に迫り来る鉄球を睨み付け、そして軽キャノンの遥か間合いの外で地面を踏み締めて、二振りのヒートソードを大きく振り上げたッ!!
「何度でも言おう! 我が名は、ニムバス・シュターゼンッ!! 己が騎士道を切り拓く者也ッ!!」
ヴィンセントは、咆哮する二刀流のグフの騎士の背中を見る。
騎士には、騎士足る三つの条件がある。一つ、騎士の生き様は背中に込めるッ! 二つ、今が騎士の生き様を見せる時であるッ! 三つ、俺は騎士であるッ!!
故に、ニムバス・シュターゼンッ!!!
騎士が騎士の生き様を見せたならば、断てぬモノなどあんまりないッ!
「オオオオオオオオオオッ!!」
振り下ろされる二振りの熱刃、崇高に生きようとし、逆に歪んでしまった騎士の誇り。彼が解釈するノブリス・オブリージュは、騎士の責務、騎士には、男に、生き様を刻んだ背中で、先導する義務があるッ! 故にグフは、先陣を切るッ!!
何故ならば、ニムバス・シュターゼンは、騎士である為だ!
騎士とは何か、胸に己の
一刀両断、とはならず! 先に振り下ろした右腕のヒートソードが鉄球に弾かれるッ!!
否、弾いたのだッ!
騎士には、断てぬ三つの「P」が存在する。それは
故に騎士には、切れぬ。切れない事は分かっていたッ!
「我が名は、ニムバス・シュターゼンッ!!!」
弾いた鉄塊は、グフの右脇腹の装甲を抉る。砕かれた装甲板が飛散する中、左手に握り締められた己の魂。
気合があれば、根性があれば、そんな精神論で運命は変えられない。
だがッ! それは一朝一夕での話、窮地に立たされた時だけ、神に祈る訳ではない。毎日、決まった時間に祈りを捧げる事には、確かな意味があるッ!!
己が定めた騎士道に邁進し、道を踏み外す事なく今日まで突き進んだ彼の努力は無駄ではない。
彼の幸運は、ガルマと出会えた事。そしてランバ・ラルという男の下で戦う事が出来た事。
そして、何よりも今、彼は、一人の少女の為に戦っているッ!
己の道を曲げる事なく、日々、己を磨く事に注力した彼に戦う理由が与えられたッ! 気合いである、根性であるッ!! 精神論であるッ!!!
だが、それは日夜、積み重ねたものであるッ!!
振り下ろされる左腕の熱刃が、軽キャノンと鉄球を繋ぐ鎖を断ち切ったッ!
しかし、そこが機体の限界。
グフが体勢を崩す、その横を一機のザクが駆ける。男には、男に惚れる時がある。それは、男の背中を見た時だ。ニムバスの示した生き様がヴィンセントを突き動かすッ!
男二人の熱い絆、顔も知らない相手。だが感じた、心が動かされた。ならば、それを絆と呼ばず、なんとするッ!!
戦場の絆が、軽キャノンに襲い掛かるッ!
「させるかよッ!」
それまで物陰に隠れていた赤い機体、ガンキャノンが上半身だけを出した姿勢で両肩のキャノン砲を撃ち込んだ。
完全に不意を突かれた一撃に、ヴィンセントは頭の中が真っ白になる。
分かるのは死の直感、ヴィンセントが己の最後を悟ったその時、機体の肩を掴まれる。ニムバスである、彼は、ザクを後方に引き倒して、迫る砲弾の前に佇んだ。
満身創痍である。抉られた脇腹、露出した機械類が火花を散らす。
「これも戦場の作法、卑怯とは言わんッ!」
だが、彼は右手に握り締めたヒートソードで砲弾を断ち切るッ!
仲間を守り、笑みを浮かべる彼の瞳に、また別の砲弾が映り込んだ。二発の砲弾が、的確にニムバスの機体を目掛けて飛来する。近場まで来ていたガンタンクの援護射撃である。
ニムバスは全てを悟り、そして呟く。
「男が男を守ったのだ、悔いはないよ」
だが、心残りがあるとすれば、それは、一人の少女。
「マリオン、すまない」
男が戦場で女の名前を呼ぶ時は、最期の瞬間。彼は、爆発する機体と共に戦場に散った。爆発に巻き込まれて、ザクの巨体が大きく吹き飛ばされる。
軽い脳震盪、なんとか意識を保ってメインモニターを確認する。
倒れ伏すザクの前には、飛散する金属片に交じる青色の装甲。そして一振りのヒートソードが地面に、突き刺さっていた。
「お⋯⋯おお⋯⋯おおおおおおおおッ!」
男は吼えた、己のミスが招いた結末を前に感情を抑えることが出来なかった。
だが、今はまだ、泣く時ではない。此処は戦場である。戦場で紡がれた絆は、一人の男を立ち上がらせる。地面に突き刺さったヒートソードを握り締めて、三機のモビルスーツと対峙する。
「俺はヴィンセント⋯⋯」
男は呟く。
「俺は、マルコシアス隊のヴィンセント・グライスナーだッ!」
名乗らずには、いられなかった。
◆
地上から夜空に向けて放たれる発信されるレーザー通信。
雲に覆われた夜空の先には、公国軍北米方面軍の母艦でもある攻撃空母ガウが地上の様子を観察しながら旋回する。
艦橋には、ガルマ少将の姿。彼は送られる通信内容に歯噛みする。
「⋯⋯キリー中佐とニムバス大尉が、敗れただと?」
マルコシアス隊の二機が撃破された事も含めて、ガルマは当初の作戦目的を達成できない事を悟る。
木馬、彼が想像する以上に戦力を蓄えていた。
ミノフスキー粒子が齎した新環境は、戦場の英雄を生み出す。個の武勇が戦況を変える。ガルマは坊ちゃんである、目の前で起きている惨状を受け入れる事が出来ない。しかし今の彼は、スーパー坊ちゃんである。受け入れられずとも飲み込まなきゃいけないことは理解していた。
彼は信頼する二人のエースパイロットの敗北に、完全勝利を諦める。
「⋯⋯本艦は、これより敵の木馬を攻撃する。帰る場所もなくなれば、海に逃げる事も、戦い続ける事も出来まい。南部に配置した大隊の物量で押し潰すッ!!」
彼は、北米方面軍の指揮官である。
木馬の居場所は既に割れている。雲を切り裂いて、ガウが降下する。
ガルマの勘が今、木馬を潰さないと取り返しが付かなくなるかも知れないと訴えた。