ブリティッシュ作戦前夜、チベ級高速重巡洋艦パープルウィドウにて。
ザビ家の三本柱が一人、突撃機動軍総司令官キシリア・ザビがサイド2のコロニー1基の外壁に核パルスエンジンを装着する様子を眺める。椅子に座る彼女の隣に立つのは、彼女が最も信頼する配下の一人であるマ・クベ大佐。軍人気質の強い公国軍の中において、謀略に長けた男である。同じく謀略を弄する者として、彼女はマ大佐を厚遇する。
マ・クベの真意はさておいて、キシリアが胸の内を明かせる数少ない相手である。
「大佐、円満な戦争の終結を望んでおられるのは御父上だけである」
「……でありましょうな」
キシリアの言葉にマ・クベは目を伏せて首肯する。
「地球連邦政府、ひいては地球連邦軍の完全敗北。宇宙世紀が始まって以来、猛威を振るい続けた地球連邦政府の権威を失墜させない事には、アースノイドとスペースノイドの力関係が変わる事はない。宇宙の辺境にあるサイド3で逆らい続けたとしても、いずれ討伐されるのが関の山。地球にある東方の島国でも似たような事例があったはずだ」
「タカモリ・サイゴー、日本の西南戦争でございますな」
「ああそうだ、そうだった。流石はジオン一の地球通だな」
「地球史に名前も上がらない戦役の事を知られているキシリア様も十二分に精通しておられますよ」
「私のは、ただの教養だ」
兎も角、とキシリアは話を続ける。
地球連邦政府との和平交渉で独立を勝ち取ったとしても地球と宇宙では、資源と工業力に差が大き過ぎる。総人口はスペースノイドの方が多くとも地球連邦政府は増税を繰り返す事でスペースノイドを貧困に貶める事が出来た。政治への参加意識を削ぎ落し、永遠に搾取を続けて力を地球に集め続ける。地球圏に居る限り、その影響力から逃れる事は出来ない。
必要なのは、地球連邦政府の国力を削ぎ落す事。資源は兎も角、工業力と軍事力を同等以上に持っていかなければ、いずれ、地球連邦政府は、サイド3を潰す為の策を講じて来るはずだ。
故にコロニー落とし、地球連邦軍の心臓部であるジャブロー基地を根こそぎ破壊し尽くす必要がある。
「キシリア様、ブリティッシュ作戦が成功する前提で皆、話されておりますが失敗した時の話はされておられないのでしょうか?」
マ・クベの言葉にキシリアは鋭い目を向ける。
「作戦の失敗はジオン公国、ひいてはザビ家の滅亡だ。考える必要はない」
「いいえ、キシリア様。私のしている話は、次善の策の話です」
ほう、とキシリアの目に好奇の色が宿ったのを見て、マ・クベは話を進める。
「作戦は成功するでしょう。レビル大将が率いる主力艦隊を壊滅した今、コロニーを阻止するには絶対的な火力が足りない。ブリティッシュ作戦を阻止する事は不可能です」
しかし、と彼は人差し指を立てる。
「軌道は、変えられるかも知れない」
「コロニーの護衛として、モビルスーツを配備していると聞いているが?」
「艦隊を率いるのは、名将ティアンムです。彼は艦隊運用の達人、現場に限れば、レビル将軍をも上回る新鋭です」
戦場に有利不利の差がなく、戦力が一緒であれば、彼に敵う者は地球圏に存在しません。と彼は続ける。
「盤上遊戯が強そうだな」
「噂では、むしろ、苦手という話です。まあ遊戯だと一手で二度差しは出来ませんしな」
「……兄上は、チェスが得意だったな」
で、だ。とキシリアは仕切り直す。
「大佐、何が言いたい?」
「ブリティッシュ作戦が半ば失敗に終わった時、要するにジャブローから軌道が外れた時ですな。貴女の兄上様は、必ずや戦争の継続を望まれる。コロニーを地球に落とすという謂わば、民間人に対する無差別の殺戮に対して地球連邦政府も黙っている訳にはいかないでしょう。少なくとも、戦力に余力がある間は戦争を継続される。敗北必至の状況でも、国家がテロリズムに屈する訳にはいかんのですよ」
「私達をテロというのか?」
「違いますか? 少なくともコロニーの人間を毒ガスで全滅させているようでは、公国に大義があるように思えませんな」
「……武闘派筆頭のレビルは捕えている」
「地球にはまだワイアット中将がおりますし、ティアンム中将も戦争継続に賛成するでしょう。更に連邦軍の保守筆頭は日和見のゴップです。彼は、根っからの職業軍人でありますから、自分から舵取りを行う事はしません。そして地球政府は平和ボケをした老害共です。裏工作はない、と考えた時、継戦は既定路線となります」
「つまりは?」
「ブリティッシュ作戦の軌道がジャブローから逸れたのを確認次第、連邦の主要拠点を速やかに制圧する事を提案します」
ふむ、とキシリアは視線を落として考え込む仕草を見せた。
キシリア様、とマ・クベが飄々とした態度から一変し、真剣な声色で告げる。
「公国に所属する者は全員、共犯者なのです。戦争に負ければ、仮に生き残ったとしても、主犯格の全員が処刑されます。今後、少しでも不利な状況に陥れば、少なくとも将官級の人間の首は要求されますでしょうな。ジオン公国における将官は、連邦軍の将官とは意味が違いますので」
私の首も危うい、と伝える彼にキシリアは暫し、黙り込んだ。
「もう勝つしかないんですよ」
「……そうか、そうだな。大佐の言う通りだ」
兄上を出し抜くには、丁度良い。と彼女は、覚悟を決めた。
ブリティッシュ作戦の実行時、突撃機動軍はドズル中将が率いる宇宙攻撃軍の援護に努める。ドズルは、戦功を焦らない妹に少し違和感を覚えたが、相対するはティアンム中将が率いる連邦軍最強の精鋭艦隊。余所見をしていては勝てないと目の前の戦闘に意識を集中させる。突撃機動軍は、宇宙攻撃軍の攻勢を邪魔せず、あくまでも支援に努めたので宇宙攻撃軍の被害は想定よりも低くなる。
しかし地球連邦軍の決死の防衛により、数基の核パルスエンジンが破壊される。
コロニーへの被害も尋常ではなく、中折れになって重心が傾いたサイド2第8番バンチ「アイランド・イフィッシュ」はジャブローへの降下コースから大きく逸れる事になる。これを見たドズルは、だが、まあ、地球に与える被害は尋常ではないと楽観視する。少なくとも講和の道は切り開いた。そう考えるのは、ドズルが想定するゴール地点は、ジオン公国の独立までだったからだ。
だがキシリアは違う。
ギレンも違ったが、彼は己の実力とモビルスーツの戦力を過信していた。
キシリアは、謀略家と呼ぶにはロマンティックが過ぎたが、しかし、事、戦争においては現実的な視点を持っていた。嘗て、欧州のとある独裁国は戦車を中心に据えた陸空の緻密な連携による電撃戦で他国を蹂躙した。だが、数年も経たない内に戦車の優位は失われて、独裁国は劣勢に立たされる。
人類の進歩は目まぐるしい、勝てる時に勝ち切らなくては負けるのだ。
事、大国との戦争に関しては尚の事、宇宙世紀の時代でも語られる最強の戦術家ハンニバル・バルカですらも勝ち切れなかった。
コロニーの破片が全て地球に着弾した頃合いを見計らって、突撃機動軍は地球降下作戦を強行する。
ドズルは戦功欲しさに暴走したキシリアの愚行だと考えた。
公王デギンも憤慨し、同じ部屋で報告を聞いたギレンに怒りのまま言葉をぶつける。
「キシリアを連れ戻せ!」
「お言葉ですが父上、今はまだ戦時中ですよ」
報告書を眺めるギレンは、むしろ妹の決断に感心する。
講和が結ばれた後であれば、問題だ。しかし今はまだ講和会議の日程の段取りすら決めていない状況、図らずとも奇襲となったブリティッシュ作戦の戦果を最大限に広げようとするキシリアの決断は正しいと言わざる得なかった。西暦時代、アメリカ合衆国が無限に戦い続けられる理由は何か。国土を侵された事が一度もないからである。他国の地で戦い続けている限り、戦争は続ける事が出来るのだ。
しかし頭の血管が破裂して、今にも脳梗塞を起こしそうな父上を気遣ってギレンが心持ち穏やかに話しかける。
「既に攻撃を仕掛けた以上、相手の心証を気にしていても仕方あるまい。地球の重要拠点を抑えているという事実は講和会議にとって優位に働くでしょう、占領した領土の返還を条件に組み込めるんですからな。なあに講和が成った後で返せばよいのです」
ギレン、人の心が分からぬ男である。
◆
飛散するコロニーの破片の一部がニューヤークの軍事基地に直撃する。
基地を統率する司令官は戦死し、指揮系統が一時的に麻痺を起こす。コロニー落下の衝撃の後、気絶から目を覚ました一人の士官がジャブローとの回線を繋ぐ。しかしジャブローもまた混乱の最中、錯乱状態にある男が懸命にニューヤークの状況を伝えようとする。そして指示を仰ごうとしたその時、回線に雑音が混じった。
ミノフスキー粒子が散布される。
既に半壊状態にあるニューヤークに鉄の巨人が降り立った。
この世の地獄が、此処にはあった。