NT劇薬娘。   作:にゃあたいぷ。

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30.何処までも愚かな弟よ。

 此処は、何処だ?

 警報が鳴り響く艦橋は半壊して見る影もなく、外から吹き込む風にガルマは気絶する前にパッと強い光がガウ級攻撃空母を貫いた事を思い出す。

 何者かによる攻撃を受けた、直前の通信内容から察するに恐らく地上からの狙撃だ。

 ガルマは小さく咳き込んで、右手で口元を抑えようとし、しかし、本艦と同様の自分の惨状を顧みて自嘲する。

 どうやら此処が死に場所のようだ。

 

 どれだけ気絶していたか分からないが、しかし時間はもう残されていないはずだ。

 遺書は残してある。戦場に居るのだ、何時、死んでしまうかも分からなかったので覚悟を決める意味でも書き残しておいた。

 心残りはある。

 だが、しかし、こうなっては、もう、どうしようもない。自分には、軍服が似合ってない事は分かっていた。北米の情勢が落ち着いた後は、軍を抜けて、政治家として友を支える道も考えていた。

 心残りはある。あの危なかっしい友人に、せめて一言、残せれば良いのだが。そう考えた時、ザザッという音が聞こえる。雑音混じりで何を言っているのか分からなかったのだが、直前まで繋げていた通信で、相手が、誰なのかは察しが付く。

 ガルマは、手元に転がっていた受話器を左手で握り、どうにか伝わってくれないものかと祈りながら言葉を重ねる。

 

「シャア、僕はもう駄目だ。右腕と右脚がない、逃げようにも逃げる為の脚がないんだ……恐らく、時間もない。だから、聞いてくれ」

 

 雑音が激しくなる。恐らく、相手は、自分の名前を呼んでいるのだと思った。おいおい、こんな調子では友人が残す最後の言葉を聞き逃してしまうぞ。と苦笑する。

 

「シャア、これから先を生きる君への手向けとして聞いてくれ。もし僕の死を引き摺るようであれば、君には復讐の道なんて向いてないからやめておけ、自分も周りも不幸にするだけだ。君と語り合った事も忘れてくれても構わない。君は君だ、私は、君の事を、……血筋ではなく、シャア・アズナブル個人として、良き友人であったと思っている」

 

 ガルマが友人に託す言葉は、ただ一言。少し重いかも知れないが、放っておけば、何処に行くかも分からない友人には、枷の一つや二つ、付けておくのが丁度良い。

 

「生きろよ、親友。精一杯、生きてから此方に来い」

 

 通信機から声が聞こえなくなった。数秒の沈黙、後に通信機の声が驚くほど鮮明に聞こえた、気がした。

 

「……もっと背負わせれば良いのだ。だから貴様は坊ちゃんなのだよ」

 

 ガルマは笑って、最後の一言を、友人に遺す。

 

「ならば、私への手向けは君の土産話を所望する」

 

 数秒後、ガウは墜ちた。

 シャアのニュータイプとしての直感が、親友が、向こう側へと言ってしまった事を悟らせる。

 ガルマは死んだ、何故だ。坊やだからだよ。

 

 

 シャアは握り締めた拳を振り落とし、計器の一部を破壊する。

 そしてメインモニターに映る憎き仇の姿、悪戯妖精の名を冠するモビルスーツに向けて一歩、歩み出そうとし、身を仰け反らせる。数秒前まで頭部があったその場所に、棘付き鉄球が投げ込まれる。

「アルテイシアか」とシャアの意識が一瞬、妹に奪われる。

 

「……しかし、今はッ!」

 

 だがシャアは己の激情を抑える事は出来ず、ピクシーに向けて一歩、踏み込んだ。

 

「赤い彗星ともあろう人物が、なんと若い事よ」

 

 そんなシャアの、赤いガンダムの肩を掴んだのは青い巨星のグフ。ランバ・ラル大佐である。

 

「此処は撤退だ、シャア・アズナブル……!」

「……離してはくれないだろうか?」

 

 シャアは、彼の手を振り払って体勢を整える敵機に一人で突撃しようとするも、しかし肩を掴まれる手が離される事はなかった。

 

「いいや、撤退だ。ガルマ少将が指揮を執る事が出来なくなった以上、指揮権は自動的に、北米方面軍の最高階級であるワシに引き継がれる。ありがたくない事にな」

 

 ランバ・ラルが深く溜息を零す。

 彼自身にも思う所はある。立場が許せば、自分の方が感情に任せて、突撃をしていたかも知れない。しかしラル大佐は年長者である。若者の無茶無謀を諌めるのは、年長者の役目。命を投げ売って戦うなんて事は、35歳以上の特権である。34歳未満の未成年者は、過去よりと未来を見据えて生きないといかんのだ。

 それに悪戯妖精が乗るガンダムタイプは、赤いガンダムが動き出そうとした瞬間、半壊し、地面に転がるヅダにビームライフルの砲口を向けていた。軽キャノンは、白いガンダムを庇う立ち位置に移動しており、ハンマーを握り締めている。

 ラル大佐は、妖精部隊の事を知っている。

 故に、今現在を以ての仇討ちに彼女を犠牲にする程の価値がないと判断する。そしてシャアもまたアルマを犠牲にする事が出来なかった。

 彼は、若さ故に感情を御する事が出来ず、しかし若さ故に見捨てる事が出来なかった。

 

 そんな赤いガンダムの葛藤を前にしたメアリーは、シャアよりもラル大佐を信じて、ヅダから銃口を外す。

 何時でも動けるように警戒は解かず、セイラにアムロが乗るガンダムを回収するように首肯するだけで指示を出す。アムロは膝上に失った下半身をパージして、上半身だけを軽キャノンに背負わせる。

 メアリーとクロエ、シャアとランバ・ラル。四者が互いを睨み付ける中、ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースがすがたを見せる。

 ガウ級が墜ちたのを確認し、モビルスーツ隊の援護も含めて表に出て来たのだ。

 

 既に戦闘が終わっている事を確認したブライト艦長代理は、砲手に攻撃を禁じるように指示を出し、モビルスーツの回収を急がせる。

 順番的には、先ずセイラとアムロ。何時の間にか木馬の近くまで距離を詰めていたガンキャノンとガンタンクに守られながら格納庫に回収し、続いてメアリーとクロエが赤い彗星と青い巨星に背を向ける。

 その間、ランバ・ラル大佐は残った妖精部隊にヅダの回収を急がせる。

 

 シャアは、敵機が少しでも不穏な動きを見せた時に何時でも動きだせるように警戒を続ける。

 しかし何も起きなかった。

 相手は、速やかにガンキャノンとガンタンクを回収し、そして、そのまま何も告げず、粛々と此処、ロサンゼルスを離れてしまった。木馬の巨影が、地平線の先まで姿を消した時、反対側から後詰の大隊が姿を現す。

 ランバ・ラル大佐は、顎を撫でながら独り言と零す。

 

「完敗だな、責は私が持つとしよう。なあに元から亡霊のようなものだったのだ」

 

 今更、あの坊ちゃん以外の下で働く気にはなれんよ。とランバ・ラルは呟いた。

 

 

 後に歴史の分岐点とも称されるロサンゼルス決戦。

 公国軍の死傷者、ニムバス・シュターゼン大尉とマルコシアス隊二名の戦死。キリー・ギャレット中佐が、右腕と右脚の膝下の欠損の為に戦線離脱。アルマ少尉は奇跡的に無傷での生還。そしてガウ級攻撃空母に乗艦するガルマ少将を含めた大多数の戦死。

 総指揮官であるガルマ少将の戦死を伴って、北米方面軍の戦意は大きく削がれる事になる。

 

 弟の悲報を聞いたドズルは、感情のままに拳で机を叩き潰した。姉のキシリアは馬鹿な弟だと小さく呟き、その日、公務を休んだ。父のデギンはベッドで横になり、そして兄のギレンは人払いをした後、部屋で一人、秘蔵のワインを空ける。

 

「愚弟にも程がある」

 

 幼い頃の約束、ガルマはもう覚えていない遠い日の約束である。

 まだ幼かったガルマは、ワインを舐めて苦々しい想いをした事がある。子供のお前にはまだ早い、と笑うデギンに諌められる横で「すぐおいしくのめるようになってみせます!」とガルマは反抗するように宣言した。微笑ましい日常の1ページ。その時は一緒に飲み交わそう、とドズルが高笑いを上げる。キシリアが半ば呆れるように溜息を零す横で「ドズルに任せれば、度数ばかりが高い酒を用意するからな、私が見繕ってやる」と微笑を浮かべたギレンが告げる。

 初心者にも飲み易く、悪酔いしないように配慮した酒。ギレンの好みの味ではない、しかし、ボトルの酒は一晩で半分以上が飲み干される。

 翌日、彼は午前の公務を休んだ。

 

 葬儀は盛大に行うと決めている。

 何故ならば、あの愚弟はああ見えて人を集めるのが好きなのだ。

 大々的に行わなくては愚弟の手向けに相応しくない。

 

「本当に、何処までも愚かな弟よ。死は美徳ではないと、習わなかったのか」

 

 空になったボトル。午前の公務を休んだ彼は、開戦後で初めて定時で仕事を切り上げる。

 

 

 

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