ズムシティ、公王庁。まるで秘密結社が悪事を企てるような異様な雰囲気を漂わせる建造物にて、皆の弟であるガルマの死にザビ家が一堂に会する。
ジオン公国の公王デギンは、可愛がっていた末の息子の死に随分の消沈した様子。自前で用意したワインを悠々と呷るのは長兄のギレンであり、彼の不快な態度に苛立ちを募らせるのはキシリア。そして拳を震わせるのは、今となっては、最年少となってしまった三男のドズルである。次男は開戦前に亡くなっている。
苛立ちを隠せない様子のドズルに「落ち着け」とギレンは自分の分とは別に用意したワイングラスをドズルの前に添えるように置く。
「地球の社交パーティーで宇宙の酒を振る舞いたいとガルマが要求して来た酒だ」
もう送り先がないのでな、とギレンはワインを注ぎ入れる。しかしドズルはワインを入れる前にグラスの拳で叩き潰してしまった。ギレンは勿論、キシリアの太々しい態度にも彼は苛立ちを募らせる。
ドズルは、長兄のワインボトルを奪い取り、一息に呷る。
三男の暴力的な振る舞いにギレンは、静かに死を悼む事も出来んのかと溜息を零す。ギレンは、ガルマの趣味嗜好を掌握出来ている訳ではない。しかし、ガルマの為人は知っているつもりだ。若くして死んだ、あの愚弟が、他人に振る舞う酒に、自分が好む酒を用意する事は容易に想像出来る。
ドンと机に叩き付けられるワインボトルのラベルを見て「流行り物ですか」とキシリアは呟く。何処か蔑むような視線。末弟の死を悼むつもりがあるのであれば、もっと良い酒を手向けにすれば良いものを、とキシリアは毒吐いた。
「あの愚弟にお似合いの酒だよ」と酒を呷るギレンに、デギンもまた、ガルマの趣味ではない酒を持って来たギレンを不快に思った。
ドズルは、別に酒の格に関しては気にしてはいない。というのもガルマの趣味嗜好はコロコロと変わる為だ、流行りものが好きで数ヶ月もしない内にマイブームが切り替わる。そんな男であった。
そんな事よりもワインボトルに入っていた酒の量が少ない事の方が気になった。どうせ酔うのであれば、もっとガッツリと飲んで酔いたかった。
愚弟が最後に好きだった酒を飲み干したギレンは、愚弟と酒を飲み交わす約束をした日に摘んでいたチーズを齧りながら何食わぬ顔で口を開く。
「ガルマの葬儀は、国葬として大々的に執り行う予定だ」
さも当然のように告げられた言葉に反感を抱いたのは、二名。デギンは家族の死すら利用する血も心もない決断に、キシリアはまるで自分が家長であるかのような振る舞いに。ドズルは、葬儀に関してはどうでも良かった。個人としての別れは、個別に済ませるつもりであったからだ。
「……ガルマの葬儀は、内々で静かに済ませることはできないか?」
それは長兄の中にあるはずの人の心を期待しての言葉だった。
「ありえません」
ギレンは一蹴する。溺愛する息子を政治利用せず、内々で事を済ませたい気持ちは理解する。だがしかし、ガルマは既にザビ家だけで事を済ませられるほど小さな存在ではない。ガルマの死を多くの公国民が悲しんでいる。ならば、彼等にもガルマと別れる機会は与えられて然るべきだ。
愚弟の人気は、愚弟の人徳があってのものであり、それは愚弟の能力の証左でもある。これまで愚弟が続けて来た事をギレンは一定の評価をしている、故に愚弟の築き上げたものを活かす為にも国葬は執り行うべきである。
愚弟の葬儀を内々で済ませる事は、結局の所、ギレンとしては、
「ガルマという存在は既に我々だけのものではなくなっているのです」
「……どういう意味だ?」
「エゴですよ、父上のそれは」
長兄の言葉に、デギンは露骨に顔を顰める。ギレンからすれば、国葬とは別に家族だけで愚弟の死を悼む場を用意すれば良いだけの話。今日は、そのつもりで公務を切り上げてまで足を運んだというのに、ギレンは、形式ばかりに囚われる家族に辟易する。
「貴様は、家族を政治に利用しようとしているではないか!」
「それはそれ、ですよ。公費で執り行うのです。我々はサイド3の自治権を公約に掲げて、政権を奪取したのです。公費は公約に添う形で、国益になる事に利用しなければ、公国民に示しが付かないと思いますが?」
「詭弁ではないか!」
父上の怒鳴り声に、ギレンは肩を竦める。
己の欲を満たしたければ、政治家になどならねば良いのだ。国民に支持されるから政治家である。
しかしギレンの合理的な思考は、デギンには理解出来なかった。何故、此処まで人の心を持たずに生まれ育ったのかデギンには理解が出来ない。
それもそのはずである。
ギレンは他人の心が理解出来ないだけで、家族の情は持ち合わせている。話が通じない家族にギレンは新しいワインボトルを空ける。家族の分も用意していたのだが、この調子では受け取ってくれそうにない。意外にも空気は読めるのである。
「ガルマもザビ家の男です。ザビ家、引いては公国の力になれるとあれば、喜びこそすれ怒ることはないかと思います」
本心からの言葉である、愚弟から自分は慕われていると本気で考える純な瞳で父上を見据える。
「ああ、アレは優しい男だからな」
この理解出来ない男の純な瞳は、父親にして何を考えているのか分からず恐怖すら覚えた。
「話は以上ですな、私は先に部屋に戻らせて頂く。ああ、酒は置いて行きますよ」
ギレンとしては、此処がガルマを悼む場でない以上は長居する理由がない。そんな事をしている暇があれば、場末のバーで静かに酒を呷ってる方が有意義というものである。
そうでなくても、こんな時でさえも家族と喧嘩をする事になり、嫌気すら感じていた。ただ己が満足する為に形式に囚われるとは、父上も老いたものである。
「話は決まったな、俺も帰らせて貰う」
ドズルもまた家族喧嘩を見せられて不快感を示す。誰もガルマを悼む様子がない事に苛立ちすら覚える。こういう日は酒を飲むに限る。ギレンが用意したワインボトルを一本、奪い取り、部屋を後にする。残された二人は、ザビ家の愚かな男共に溜息を零す。
「我が兄弟は、乱暴者ばかりですね」
それは、ザビ家の家長としての振る舞いを見せる長兄に対する恨み節が含まれる。長兄を諌めず、受け入れているドズルに対する苛立ちも感じている。
「ああ、そうだな。キシリア、お前だけがアレを止められる」
娘の言葉を、デギンは自分に対する気遣いとして受け取った。