北米方面軍の総指揮官であるガルマ少将が戦死した事で、キャリフォルニアベースは一時的に機能を停止する。
その間隙を縫ってホワイトベース隊は碌な抵抗もなく太平洋に飛び出す事に成功する。巨大な艦艇のペガサス級強襲揚陸艦は注目を浴び過ぎた。体勢を立て直した北米方面軍が本艦艇を追跡するのは至極真っ当な作戦であり、敵を引き連れたままのホワイトベースをジャブローに収容する事は出来ない。敵を振り切るには、もう一戦。今度は少数の精鋭ではなく、雑多な大軍を相手にする事になる。
ブライトは苦渋の決断で、アジア方面に舵を切る。
そしてもうひとつ、ホワイトベース隊にとっては不幸な報告がある。
連邦軍が誇るモビルスーツパイロットの双璧、メアリー少尉とクロエ少尉の戦線離脱である。というのもメアリーがガウ級を撃墜し、収容した時に高熱を発してしまったのだ。ホワイトベースにある備品では、十分な治療を施す事が出来ず、二人は先にジャブローへと帰還する事になる。
カイは文句を言ったが、クロエは正規の軍人ではなく、本来、彼女に戦闘の義務はない。北米大陸に居る間、見て見ぬふりも出来たのに、最前線で戦い続けて来た相手でもあり、歳も15と若かったので大きな反発を生むことはなかった。
帰還に用いる機体はコア・ブースター。陸戦型ガンダムとピクシーは、餞別としてホワイトベースに残される。何故かクロエは陸戦型ガンダムを置いて行く事に反対したが、互換性のある脚部パーツを用いて、白いガンダムを修理するという話を聞いて、渋々と引き下がった。回収後、頑なにパイロットスーツを脱がず、自分で洗っていた事もあり、メカニックの何名かは「ああ、うん」と察したが何も言わなかった。
白いガンダムとピクシーのシステムには、互換性がある。白いガンダムに蓄積される教育型コンピューターのデータを抜き出し、ピクシーのOSに読み込ませる事で、これまでと同じ感覚でピクシーを操れる事をメアリーはアムロに伝える。
セイラは、余った席である白いガンダムを所望した。しかし北米大陸で潜り抜けた戦闘の数々で蓄積されたデータが、軽キャノンに取り付けられたビーム兵器を解禁する。というよりも白いガンダムのデータを読み込ませたら普通に使えるようになった。カイ・シデンが、お姫様がいらないならと率先してコックピットに乗り込もうとし、「おっ、良い匂いがするね」と鼻の下を伸ばす。「俗物めッ!」と張り手が鳴らす小気味良い音が格納庫に響き渡る。結果的にセイラの愛機は継続して軽キャノンとなり、ビームサーベルの代わりにハンマーを振り回し続ける事になる。
ホワイトベースに関しては、この程度で切り上げて話をジャブローに移す。
メアリーの高熱は一時的なものであった。コア・ブースターに揺られている間に熱も引いて、一日の休息を言い渡される。翌日、メアリーは朝一番で今の自分の保護者であるゴップの元へと足を運ぶ事になる。
◆
「メアリー・スー少尉、ただいま戻りました」
総司令官室と銘打たれた部屋に私、メアリーは部屋に敬礼を以て入室する。半年以上も顔を合わせていなかった御義父様は、開戦以前と比較して幾分か窶れているように見える。大凡、健康的ではない痩せ方に少し心配に思う。
「今は人払いをしている、畏まる必要はない」
義父は私を一瞥し、手に持っていた書類の束を机の上に放り投げる。そして、もっと近付くようにと手招きした。
怒られるだろうか。
恐る恐ると年季の入った執務机に近寄れば、もっと、と彼は自分の隣を指差したので私は困惑しながらも執務机の向こう側まで足を運んだ。
「父親としては、先ず叱るべきなんだろうね」
だが、と彼は私の頭に手を伸ばし、ポンポンと優しく叩く。
「私達の間に母は居ない、だから私は心置きなく気持ちを伝えるよ。よく帰ったね」
微笑む義父の姿に、私は思わず目元が熱くなる。
記憶を取り戻した私は、本当の父親の存在を知っているし、両親の愛を受けていた事も思い出している。
だからといって、義父と関係が失われる訳ではない。
私と義父の間で築いた絆もまた本物である。
「積もる話もあるだろうが、先ずは公務から済ませたい」
メアリー大佐、と義父が告げたので私も反射的に姿勢を正す。そして首を傾げた。
「……大佐?」
「サイド3の侵略で多くの士官が亡くなったからね。侵略後の半年間で、戦果を上げ続ける事が出来たのは君の部隊だけだった事もあり、空いた席と功績の兼ね合いで大佐までの昇進が確定している」
「確定? というと、まだ上が検討されてたり?」
「連邦軍は今、英雄を求めている。君を指揮官として、前線に立たせる事で士気高揚を期待しているのだろうね」
北米のジャンヌ・ダルク。と付け加えられた言葉に、気恥ずかしく感じる。そして、私は少し思い悩んでから、遅かれ早かれだと考えて義父にロサンゼルスで上げた新しい功績を伝える事にする。
「……えっと、サイド3の北米方面軍司令官であり、ザビ家の四男。ガルマ・ザビを撃墜しました」
「……なんだって?」
「それと北米勤務で記憶を取り戻しました。私は地球連邦政府の初代首相リカルド・マーセナスの娘、メアリー・マーセナス。恐らく、義父は知った上で私を養子に取ってくれたのだと考えています」
「少し待ってくれるかね」
義父は手元の紅茶を啜り、そして大きく溜息を零す。
「……そうか、思い出したのだね。それ自体は喜ばしい事だ、君が愛されていた事も知っている」
「御義父様が私利私欲ではなく、私の事を想って隠してくれていた事は分かっています」
「君は、私には、勿体ないほど出来た娘だよ」
「御義父様の方こそです」
私は口元を緩めれば、義父もまた口角を上げる。
「しかし、ガルマを撃墜してしまったか。私の力では、止められないかも知れないな」
「何がです?」
「先の話の続きだよ、君を准将に引き上げて北米攻略の旗頭にする案が出ている。体の良い神輿だね」
苦々しい顔で考え込む義父に「その話を決める前に一つ、聞きたい事があるのです」と私は切り出す。「なにかな?」と小首を傾げる彼に私は意を決して口を開く。
「どうして宇宙の民には、地球連邦政府の議員を決める為の参政権が与えられていないのでしょうか?」
「どういう意味かな?」
「私のパパ……リカルド・マーセナスが、ラプラスを宇宙に打ち上げたのは、自分自身が宇宙の民として生きる覚悟の証であり、地球主権の時代から地球圏と呼ばれる地球とコロニーを包括した新しい政治の形を生み出す為の政策でもあります」
私は、あの時は、確かに刻まれていた石碑の文言を復唱する。
「宇宙世紀憲章。第七章、未来。第十五条。地球連邦は大きな期待と希望を込めて、人類の未来のため、以下の項目を準備するものとする」
1つ目は余り重要ではない。
「2.将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者達を優先的に政治運営に参画させることと」
固まる義父に私は更に言葉を重ねる。
「宇宙に適応した新人類、それは全ての人類に適応される。されてなければならない、はずでした。だって、旧人類とは、地球主権の旧政体に依存し続ける人類の事を差すのですから」
私は、小さく息を吸い込んで、そして、当時の事を振り返る。
「あの時は、そう、爆発音を覚えています。強い衝撃に私は重傷を負って、急場を凌ぐ為に冷凍睡眠装置に押し込まれました」
此処まで来れば、もう止まることは出来ない。私は、義父に問い掛ける。
「あの日、あの時、ラプラスで何が起きたのか、教えてくれませんでしょうか?」
義父は、顎を撫でながら何か考え込むような素振りを見せて、そして、独り言を呟くように零す。
「ラプラスの箱、なるほど、そうか、そういう事だったのか。それならば確かに辻褄が合う、裏取りは必要だがね」
義父は私を一瞥し、そして申し訳なさそうに口を開いた。
「メアリー、申し訳ないが私がラプラスについて知っている事は、歴史の教科書に書かれている事だけだ。だが、心当たりはある」
義父は一度、紅茶を啜る。そして久しく見なかった軍政家としての鋭い瞳で私を見据える。
「君が、地球連邦で何か事を成す覚悟があるのであれば、私は微力を尽くす事を約束する。差し当たってはそうだな」
彼は、自分の首元にある階級章を指先で叩く。
「幸い、とは言えないが、今は戦時中。出世の為の功績を上げるのには事欠かない。手始めに君を大将に、これは、今直ぐではないが、私の後継に君を指定する事で達成できる。そして、今はまだ席が空いている元帥の座に据えることを約束する」
「御義父様は、如何なされるおつもりで?」
「連邦議会の議長の席でも頂いてみようか」
「義理とはいえ、仮にも親子で軍と議会を掌握しては反発が起きるのでは?」
「連中の弱味なら事欠かないのだよ」
改めて、彼は問う。
「メアリー・マーセナス。君は、世界を相手にする覚悟はあるかな?」
私は、首肯する。今の世界は、私があの時にパパと一緒に思い描いた未来の形とは懸け離れている。
誰が今の世界を築いたのか明らかにする必要があった。