北米大陸が大変な事になっている頃、金髪の青年が場末のバーで酒に酔い痴れる。
彼はガルマを失った悲しみから脱却する事が出来ず、頼んだ酒をチマチマと飲んでいる。これで酒の味を楽しんでいるのであればまだしも、今日は酔いたい気分だからと度数が高い酒を頼んで、アルコールの強さに飲むに飲めないだけだった。何処までも情けない男である。
赤い彗星の面影はなく、自嘲するように笑い声を零す。
特に意味もなく、サボテンが花を付けている。と呟く程度に病んでいる。
今日まで特に使い道のない金銭で昼間から風俗街を彷徨い歩いて、特に意味もなく女を買っては、性欲を発散するわけでも母性を求めてバブみ散らした後、どの面下げてか場末のバーで悲壮感に暮れる。
風俗の相手は、褐色肌で年下の少女である。
金払いが矢鱈と良く、その割に性的なサービスを求めず、朝から晩まで一緒に居るだけで済むので新人にしては破格の資金を得ることが出来ており、悪い気はしていなかった。
ただまあ、同じ指名ばかりを繰り返すのは、当人の奥手な性格が理由だったりする。
一念発起して風俗街に繰り出したのは良いものも、他の子を指名するのは気後れし、なんとなく続け様に同じ子の指名を繰り返している。それは褐色の彼女自身がまだ人気がなく、下手に他の客を取るよりも彼を待っていた方が実入りが良いので指名を避けている事もある。
事実、風俗店のオーナーが他の子の紹介をしようとしたが「そうか」と彼は一言呟いて、風俗嬢の顔写真を前に思い悩んだ後「いや良い」と帰ってしまった事もあり、オーナーも特例として客を取らない事を許すようになった。
それだけ、彼の金払いが良かったのである。
おかげで毎日のように指名を取ることが出来た。
手を出さない事に関しては、サングラスの彼が初日、緊張で勃起しなかった事にあり、その後もなんとなく手を出していないだけである。
彼は、情けない男である。
「あのくらいが可愛いじゃないですか」
とは褐色肌の娘の弁。嬢仲間の間でも意見の別れるところである。
さておいて、場末のバーで飲んだくれる事も出来ない彼にキシリア機関の人間が「失礼」とザビ家の封蝋がされた、封筒を差し出す。
宛名は、唯一無二の親友シャア・アズナブル。
サングラスの男は苦笑する。彼は、そういう書く奴だった。聞かずとも分かる、これは遺書である。
男は酔いに任せて、封筒を開ける。
他愛のない話が数行、気障で着飾った言葉も今となっては愛おしい。封筒を見直す、まだ新しい。最近、書き直したもののようだ。読み進めていると、最後の最後に、あの親友は、自分に背負わせて来た。
それはザビ家とも、世界とも、スペースノイドとも関係のない、ただ一人の人間としての望みである。
“僕には、まだ産まれたばかりの姪がいる。ドズル兄さんの娘だ。長兄と姉は、色恋沙汰に疎く特定の相手が居ないので現状、唯一となるザビ家の跡継ぎになる。ドズル兄さんは政治に疎い、このままだと長兄と姉に政治の道具にされてしまう事になると思っている。考えたくはないが、姪を巡って内戦にまで発展する可能性もある。だから、もし君が、場末のバーで、君の事だから、まともに酔い潰れることも満足に出来ていないだろうけど、酒を呷っているのであれば、姪に気を掛けてやって欲しい。ザビ家の為ではなく、僕の家族として守って欲しいんだ。そして彼女が望まない限り、政治の世界からも守ってやって欲しい。〜何時までも独り身の君へ。”
シャアは、笑った。ガルマが死んでから初めて笑って、目頭を抑える。
「この私に、ザビ家の娘を守れだと?」
小首を傾げる機関の者を傍目にシャアは、短く零す。
「謀ったな、ガルマ」
◇
短い休暇を終えたシャアは、地上を離れて宇宙要塞ソロモンへと赴く。
復讐云々は一先ず置いておく事にし、ガルマの遺志に沿う為にミネバの顔を一目見ておこうと考えた為である。しかしドズルは家族に会いたいというシャアを拒絶した。
彼は妻を信じていたが、学生時代にガルマと二人で士官学校の女性達の視線を集めていた経歴があるし、妻自身も学友のシャアの事を悪く考えていなかった。
むしろ高く評価してるので、好んで会わせたいとは思わなかった。
加えて、シャアは溺愛する弟を守れなかった恨みがある。
これが逆恨みだと分かっていたが、まだ心の整理が出来ていなかった。言い訳としても、妻と娘に良い顔しておこうという政治的な理由から関わり合いを持ちたい者が多いというのがある。
なのでドズルは「独り身の貴様に、妻と会わせてしまっては良からぬ噂が立つかも知れん」と門前払いをしたのである。
「ならば、私に家内が居れば良いのだな?」
シャアの思い付きからの行動は早かった、常人の三倍の速度で行動する。
何時までも独り身と書き遺したガルマへの当て付けの意味もある。
一方、地球では褐色肌の少女が、ある日、忽然と居なくなった金髪にサングラスの男の事を思い返す。
彼のおかげで今日まで誰にも抱かれずに生きて来たが、しかし、流石に彼を理由に仕事を休み続けるのも限界が来ている。
身売りをした時に一度は諦めたものなので別に構わないと云えば、構わないのだが、しかし憂鬱と言わざる得なかった。
そんな折に彼女はオーナーに呼ばれる。
オーナーは金塊の入ったトランクケースを机の上に「こんな金にモノを言わせたやり方をされるのは好きじゃないんだが、俺も同じことをしてる身だから強いことは言えんわな」と少女に解雇を言い渡す。同時に与えられた封筒には、少なくない金銭と宇宙行きのチケット。そして私の行くべき場所が記載されていた。
なんとなく金髪の青年の差し金だと分かった。
逃げる事も出来たのだろうけど、なんとなく放っておけない人だったので彼の指示に従って、初めて宇宙へと飛び出した。
「待っていた」
月のグラナダの港で金髪の男は待ち構えていた。彼は少女を見つけると駆け寄り、挨拶も程々に手を引いて車に乗り込んだ。
「何処に向かわれるのですか?」
少女は車の助手席で困惑気味に問い掛ける。
「役所だ」
「役所、ですか? またどうして?」
「結婚するには書類を提出する必要があるだろう?」
「結婚!?」
「ああ、そうだ。その為に、金塊を送ったのだよ」
心を見透かすことの出来る少女も、流石に彼の突発的で衝動的過ぎる行動には付いて行けなかった。
しかし、あのまま誰とも知らない相手と身体を重ね続けるよりかは、と考え直し、目の前の人も意外と純粋で心根の悪い人ではない事は見抜いていた。
何よりも何処か吹っ切れたような様子に、少女は驚くよりも先に安堵してしまった。
「では、式の段取りは如何しましょう?」
「……式は必要なのか?」
「はい、必要です。あと初めては、新婚旅行の時に」
「新婚旅行……希望はあるか?」
「地球が良いです、地球の海が綺麗な場所に行ってみたいです」
「……まあ、戦争が終わってからだな」
よろしくお願いします。と褐色肌の少女、ララァは強かに微笑んでみせる。
心を見透かす事の出来る彼女には、別の目的を達成する為に自分と結婚する選択をしたのは見抜いていた。悪くない相手だと思う、むしろ娼婦に堕ちた自分には勿体ない程の相手だ。
しかし乙女の純情を弄ぶ所業に、少しくらいは我儘を言ってもバチは当たらないだろう。
そしてシャアは結婚し、改めてドズルの娘を見る為に足を運んだ。
ドズルは驚愕するよりも先に、ドン引きした。
流石のドズルの妻であるゼナも、まだ17歳の少女が結婚相手だとは思わなかった。
「絶対に年上好きだと思ったのに!」
この時のゼナの言葉が、ミネバのベビーシッターを務める女性から面白おかしく語られて、又聞きされる度に曲解される。
そして気付いた時にはシャアは、立派なロリコンとして知られるようになった。
流石のドズルも同情した。
「ええい! ドズルの方が余程、ロリコンではないか!!」
年齢差を考えると御尤もだが、彼の場合はロリコンというよりも年下好きである。
ハマーン「冗談ではない!」