NT劇薬娘。   作:にゃあたいぷ。

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頑張れるだけ、頑張った。
今後、更新速度が遅くなるかもですが、
まあ、うん、高評価を入れてくれた方々の為に頑張ります。


8.モビルスーツ運用法

 3月末、キリー・ギャレット中佐は療養の為にサイド3に帰還する。

 オデッサ基地の司令官、及び地球方面軍の指揮権を握るマ・クベ少将は、貴重なエースパイロットの戦線離脱に対し、頭を抱える思いで目を伏せる。地球降下作戦の後、講和会議を挟んで彼は不眠不休の毎日を続けている。というのも地球降下作戦の直後、戦局は5分刻みで状況が変化をしていたし、講和会議に参加する為の準備に明け暮れて、連邦政府の平和ボケをした老害共と弁論を交わした後、地球連邦軍とジオン公国の思惑通りの結末に着地させる。

 講和会議の最中、一時の休戦の時でも彼は地球の調査を優先させており、会議を終えて帰還した後の報告書で地球の想像以上の想定外な劣悪な環境に頭を抱える。そして、その時は、まだブリティッシュ作戦の影響で地球に異常気象が起きていた時の情報だったので、地球の天候が落ち着いた頃にまた調査が必要になるという二度手間を彼は経験する。

 コロニーを落とした結果、当然と云えば当然の話だが、民衆の反ジオン思想は根強く、現地の協力を得ることが出来なかった。

 

 北米方面軍を任されるガルマ坊ちゃんも懐柔に苦しんでいるだろうと思えば、彼は持ち前の社交力で北米の社交界に取り入り少なからず協力を得ているのだから驚きである。蜥蜴の尻尾切りにならないように保身の為に得た人材だが、思わぬ拾い物だったのかも知れない。ガルマ准将は、報連相もしてくれるので身勝手で大雑把な連中と比較して、随分と良心的に思えた。例え、相談する事はなくても直属の上司に報告と連絡はするものなのだ。今、何を目的にして、どういう行動を取っているのか教えてくれるだけでも動きやすくなる。

 

 ガルマ坊ちゃんは、まだ坊ちゃんである。

 一軍を率いる者としてはまだ能力が追い付いていない事は紛れもない事実だ。しかし好き勝手に行動し、勝てばよいのだと「来た、見た、勝った」と事後報告しか能がない(それも内容が雑で結果だけしか分からない、戦果を上げたと結果もよく分からないものもある)連中と比較すれば、きちんと事前通達と経過報告、仮に事後報告があったとしても即日で報告を入れるガルマは公国軍の良心である。事後報告は、想定外の事に対して行うものなのだ。確信的にするものではないのだ。

 世の中には、実力主義の事を結果を出せば、出世すると勘違いする者もいるが、過程を省いて実力を隠蔽する者をどう評価すれば良いというのか。多少、能力が劣っていても、よく分からない者よりも実力が明確に分かる者を重宝するのが人間の心情という事が何故わからん。

 マ・クベ准将は、今日で三徹目である。

 自分が三徹してるからと云って、配下の者達に自分と同じ事をしろとは言わない。

 彼は、宇宙産のインスタント珈琲を啜り、不味いな。と一言零す。

 カフェインを摂取する為の風情も糞もない軍の支給品である。

 

 現在、公国軍は苦境に立たされている。

 地球の環境は劣悪で、地上と比べると宇宙は揺り籠と評したくなるほど快適である。

 宇宙の民が思っていた程、地球の環境は理想と呼べる物ではなくなっていた。

 厭戦感情が蔓延し、軍の侵攻は滞り始めている。

 

 地球の不規則な環境変化は、将兵の感情以外にも影響を与えている。

 公国軍の気象分析官は、地球の天候を予測し切れない。予報は当てにならず、その日になってみなければ天候が分からない状況が続いている。整備がされていない地表を走るには、公国で製造する自動車では力不足。荒地を踏破する能力が根本的に足りていない事に加えて、雨が降って泥濘でもすれば、タイヤが泥に嵌って身動きが取れなくなる。泥に塗れて、必死に押して、漸く、走り出したかと思えば、また泥に嵌って動けなくなる。

 移動するだけも一苦労であり、前線では、戦闘に使うはずのモビルスーツが輸送を担っている事もある程でパイロットもまた疲弊してしまっている。

 軍の士気が保てない所まで来ている。

 せめて、主要な輸送路だけでも道路で整備しようとするも雨が降っては全てが台無しで、仮に道路を敷設しても、まだ続くコロニー落としの余波の地震で罅割れた。緩んだ地盤を固めるのにモビルスーツで踏み鳴らせば良いと気付くまで、随分と時間が掛かってしまった。

 結局、鹵獲した連邦軍のトラックを流用し、なんとか兵站を保っているが、それでも数が足りず、今は攻勢限界点を少し超えてしまった所で防衛線を敷いている。撤退するのが一番良いと分かっていたが、命を張って奪った領土である。将兵の感情が、無条件で手放す事を許さなかった。

 

 そんな中でキラー・ハーピーと呼ばれる中佐の存在は、地球方面軍の華である。

 見栄えの良さは武器である。事実、彼女の活躍は公国軍の中でも知れ渡っており、英雄とはまた違ったアイドル的な人気を博していた。そんな彼女の人気に目を付けたマ少将が、彼女を士気高揚のプロバガンダとしての下地作りに奔走していたのが先週までの話。今回、キリー中佐の離脱は、戦力以上の損失を地球方面軍に与えている。

 地球には娯楽がない、娼婦を現地調達するにも公国軍の悪評が邪魔をする。

 ただでさえも公国軍の人間は粗野な者が多いのに、悪評まで付き纏っては、まともな娼婦を宛がう事も難しく、なにかしらの事情を抱えた者しか集める事が出来なかった。普段、娼館を利用する事がないマ少将でさえも、質が悪いと思えてしまう程である。どんな病気を貰うのか分からないと考えたマ少将は、集まった娼婦達に食料を渡し、あからさまに幼い子に対しては、パンの包みに僅かな金銭を握らせて解散させる。

 歴史上で使い古されてきた手口は、略奪を除いて他に効果的な手段がなかった。

 

「略奪を許可しろと? これ以上、公国軍の悪評を増やして、どうやってこの難局を乗り越えろというのだ」

 

 副官の提案を、睡眠不足で頭痛がする彼が一蹴する。

 何か他に打てる手がないものか、悩める少将にコンコンと司令官室の扉を叩く音が鳴る。

「入れ」とマ少将が促せば「失礼します」と一人の男が足を踏み入れる。

 

 金髪の優男、目元に大きな隈を携えた彼の名はギニアス大佐である。

 かつてはサイド3で栄華を誇ったサハリン家の御曹司。今は没落し、滅亡寸前の御家を再興する為に公国軍へ入隊したという話を聞いている。正式に彼は大佐の階級を承っているが、それは政治的な意味合いが強く、実際には地球用のモビルスーツを開発する技術士官というのがマ・クベの認識である。事実、彼の配下として所属する人間の大半が技術士官で固められており、戦力と呼べる者は、彼の御家に仕えるノリス・パッカード中佐くらいなものである。

 彼の主な任務は新型機の開発、もしくは本国で引かれた新型機の設計図の評価を現地で行う事で現在、彼はサイド3から送られてくる劣悪な設計図を相手に三日三晩を寝ずに働き続けている。しっかりと睡眠を取った方が良いと思うのだが、言っても聞かないのでマ少将は無視する事にしている。

 水陸両用モビルスーツの雑多な設計図にキレ散らかしている姿が、散見されている。

 

「本国から送られて来た水陸両用モビルスーツの図面を、我が軍の現状に照らして引き直して参りました」

 

 彼は、そう告げると無遠慮に少将お気に入りのアンティークな机に図面を広げる。

 その態度にマ・クベは眉間に皺を寄せながらも設計図を覗き込んだ。水陸両用モビルスーツのようだ。現在、水陸両用の機体は、ツイマット社が開発するゴッグの開発が終わり、量産の目途を立てている状態で、次世代機として、MIP社のズゴックとジオニック社の社員が独立し、開発したスウィネン社のアッガイの開発が決定している。

 開いた図面は、アッガイのものによく似ている。

 アッガイは、戦闘用というというよりも偵察も出来る重機としての意味合いが強い。前線の沿岸地に資材を運んで拠点を組み立てるのに優れており、本来、アイアンネイルと呼ばれる爪を装備する場所に資材を固定する為のアームを装備する事が出来る。これはガルマ准将の提案で、沿岸部の拠点作りに活用したいと言ったのが始まりである。

 しかし、今、マ少将が見せつけられている図面は、アッガイとは少し違っていた。

 

「アッガイとは、少し違うようだな?」

 

 パッと見て分かるアッガイとの明確な違いは、クマの耳が付いている事である。

 

「ガルマ准将の計画を拝聴し、アッガイを工作用重機として図面を引き直したものになります。前線では、力不足になった旧ザクを後方支援に回す際に専用の改修を施したのと同じものだと思っていただければ良いかと思います」

「大佐」

「はッ! 具体的な違いとしましては、戦闘に必要な装備と出力を制限しているので通常のアッガイよりもコストを削減出来る事。水陸両用である為、水圧に耐える為に装甲が厚くなっていますが、奇襲を受けた際、作業に出ていた将兵を守る盾になる役目を考えています。また味方の増援が来るまで戦線を支える瞬間火力に特化した武装で考えており、具体的に云えば、装弾数を削り、連射力に特化した108mmバルカン砲です。また爪の部分には、鉱山採掘用の特別な装備、あと鉄骨などを支えるアームの開発を検討していまして……」

「大佐、そこではない」

「はッ! 旧ザクとの違いは、耐久性と馬力の違い。旧ザクはモビルスーツにしては繊細な作業を得意とし、小回りが利きますが、アッガイは一度に多くの資材を搬送する事が出来て、活動するのに環境を問いません。十分に差別化が可能であり、公国軍の今後の戦略を広げる事にも繋がるかと思います」

「違うのだ、大佐。話を聞き給え」

 

 マ少将は図面に引かれたクマの耳を人差し指で叩きながら告げる。

 

「これは、なんなのだ?」

「センサーです」

「センサー?」

「前線で活用するには、レーダーを始めとしたセンサーの機能は諸刃の剣です。公国軍の戦術教義的にもミノフスキー粒子を散布する事が前提にありますので、戦場では無用の長物と成り果てます。しかし、それは前線での話。後方で工作任務に従事する際に関しては、センサーの使用に制限を掛ける必要がない。即ち、洞窟の中、海の中、山脈地帯で地形を正確に把握する事に使用できます。無論、支配下の安全な場所での使用に限定する。という条件が付きますが、オデッサ周辺の鉱脈を採掘する時にも役立てるかと考えています」

「なるほど、分かった。意味がある事は理解した」

 

 マ・クベは睡眠不足で痛む頭にこめかみを抑えながら、彼と同じく目に隈をこさえたギニアスを睨み付ける。

 

「何故、クマの風貌をしているのだ」

「少将、私は最初に言いました。我が軍の現状に照らして、図面を引き直したと」

「続け給え」

「はッ! 我が軍は現在、勝利を重ねているにも関わらず、終わりの見えない戦争に疲れ切っております」

「ふむ、それがどうしてこのような滑稽な外観に繋がるというのだ」

「我が軍は、癒しを求めております」

「癒しだと?」

「癒しでございます」

 

 ギニアス大佐は貴族然とした態度で、懐から悠然とクマの姿をしたモビルスーツの模型を取り出す。

 

「型式番号MSM-04K(仮)ベアッガイです」

「ベアッガイ?」

「ベアッガイです。型式番号のKは、モビルスーツの生産設備の整えられたキャリフォルニアベースでの生産と開発を考えていますので、そこから取りました」

「なるほど」

「クマのKではないので、あしからず」

「そこはどうでも良い。まだ大佐からクマの外見である必要性を聞いていないが?」

「はッ! 将兵が常に戦場で疲弊をする大きな理由は、常に戦場に居続ける事に対するストレスに起因します。何時、誰に襲われるかも分からない。何時、終わるかも分からない。戦場で戦うだけであれば、屈強な公国軍の将兵が音を上げる事もありません。しかし、何時まで頑張れば良いのか分からないというのは、必要以上に将兵の精神を削り、作戦行動に支障を来す結果にもなります」

「そこは私も承知している。しかし改善する手立てがない」

「手立てはあります」

 

 ギニアスはクマのモビルスーツの模型を更に二体も取り出し、机の上に並べる。

 

「人は、生き甲斐を失えば、活力を失わせる。英国紳士は戦場の生き甲斐を求めて、戦車に紅茶を淹れる機能を取り付けました。イタリア人は、水分を失うリスクを呑み込んでも砂漠でパスタを茹でました。嘗ての大国、アメリカ合衆国は戦艦にアイスクリーム製造機を取り付けました。厭戦感情を緩和するには、食の改善が最も手っ取り早い手段であると愚考します」

「しかし我々にあるのは、これだけだ」とマ少将は不味いインスタント珈琲を掲げる。

「ドイツ人は、破竹の快進撃と規律を重んじる民族性で保てていたのでしょう。厭戦感情を押さえつける手段としては、監視を付けて、戦線から逃げ出す味方を背中から撃ち殺す手段もありますが、あれは畑から人が取れる国家にだけ許された手法なので我々に同じことは出来ないでしょう」

「で、大佐は、いかにしてこの、珍妙な、ベアッガイ? このモビルスーツが問題解決に繋がると考えたのだ」

 

 ギニアスは更に一体の美少女のフィギュアを取り出して、三体のクマを模したモビルスーツの中心に立たせる。

 

「少将、重要なのは、心の安息。戦場を忘れる一時が大切なのです」

「続け給え」

「はッ! コロニーでの食事は人工物が多いので味に飽きますが一定以上の品質は確保されていた事が先ず一点。地球で配給される不味い食事は、戦場を彷彿とさせるもので心の安らぎには繋がりません。また我々は兎も角、民衆の知るコロニーの料理は、故郷の味と呼び難く、謂わば、ファミレスで食べる食事のような感覚になります」

「ふむ?」

「我々、宇宙の民には文化的な民族料理がないのです。缶詰とか、ペーストとか、他の食材も全て機械で作ってしまいますので、まあ、ある所にはあるでしょうが、少なくともサイド3には魂に刻み込まれた風土料理というものがありません」

 

 マ少将は、嘗て、東洋の民が米で暴動を起こしていた事をマ少将は思い出す。

 

「食の改善は使えない」

「娼婦も手っ取り早くて効果的ですが、心証の悪い相手に身体を売るほど娼婦も心を売っている訳ではありません。余程の事情を抱えている者しか集まらないでしょう。マ少将は、今日までの傾向からして略奪も好まれない。比較的、文化的に侵略を続けておられる」

「手段を選べる内は、選んでいるだけだ」

「穏便かつ文化的な手法として私が三日三晩の徹夜続きの頭で考え抜いたのが、ベアッガイをマスコットに据えた公国プロデュースのアイドル計画であります」

「待て、大佐」

「はッ! 説明致します。アイドル計画は、別にふざけている訳ではありません」

「ふざけていると見られる自覚はあるのだな」

「まあ、はい。自覚はあります。しかし理論的かつ合理的な思考を経た結論でもあります。先ず最初に公国軍の将兵を慰撫する目的があります。後方勤務の人間に必要以上に戦争を意識させない意図があり、サイド3の他サイドに与える印象を少しでも緩和する効果も期待しております」

「……意外と考えているようだな」

「モビルスーツの本領を、私は、人型の汎用大型重機という点にあると考えています。従事する任務を特化されるのであれば、人型である事に意味はありません。しかし、大型の建造物を建てる時、資源惑星などの未知の土地を開拓する時、繊細で緻密な活動を求められる時、モビルスーツは本領を発揮するのです。戦災の救助、デブリの撤去などもその一環。何千年と人間が積み重ねて来た発明の歴史、人間が扱う為の道具のアイデアを流用出来るのも大きな利点です」

 

 戦闘用としての活躍は、モビルスーツの一側面に過ぎないのだとギニアス大佐は細い声量で声高に告げる。

 

「戦闘用には、戦闘用の、それこそ今、開発されているモビルアーマーにでも任せれば良いのです。モビルスーツは、戦後も民間用として広く売り出される。戦後復興の要になると私は信じております。かつて、地球の主要産業に自動車があったように、モビルスーツが宇宙の自動車に成り替わる日が来るのです。その時、モビルスーツ産業の中心には、サイド3が居なくてはなりません。モビルスーツは戦争の道具ではなく、ただの道具であると今の内から広く喧伝する必要があるのです!」

 

 ギニアスの拳を机に叩きつける程の熱い想いにマ・クベの心も僅かに揺り動かされる。半分程度は、大事なアンティークの机を傷付けられた事に対してだが、ギニアスは言っている事は、確かに大事な事ではあったのだ。

 資源に乏しいとされる国は、技術力で伸し上がる必要がある。

 隙間的な産業では、ガラパゴス化が進むばかりで技術が陳腐化した時に淘汰されてしまう事になるのだ。連邦という強大な敵、戦後も続く国家同士の争いを彼は見据えていた。

 少々気が早い気もするが、しかし彼の開発が今の戦争に役立つ事も彼は示している。

 

 断る理由はない、と彼は机の中に仕舞われた判子を取り出し、彼の持ち込んだ書類を手渡すように伝える。書類を受け取り、判子を押した後で彼は、まだ解決されていない疑問を口から零す。

 

「⋯⋯どうしてクマなのか?」

「それは先程、説明した通り」

「いや、マスコットという意味であれば、イヌやネコでも良い。なんならタヌキでも、何故、クマなのだ?」

「既に開発中の機体から大きくフォルムを変える必要がないのが一点」

 

 彼は、書類を受け取り、代わりに懐から写真を取り出す。写真には、幼い少女が映っており、可愛らしいクマのぬいぐるみを抱き締めていた。

 

「私の妹であるアイナが、クマが好きだからであります」

「⋯⋯なるほど」と納得しかけたマ少将は「待て」と写真と模型を回収しようとする彼を呼び止める。今、彼が大切に握るアイドルを模した美少女は、写真に写る少女の面影が見える。

「ギニアス大佐、貴様の妹は軍に所属しているのではなかったか?」

「今年で二十歳になります」

「何故、幼い頃の写真を持ち歩いているのだね」

 

 ギニアスは、ふっと笑みを浮かべて、マ・クベを見つめ返す。

 

「可愛いでしょう?」

「それは認めよう」

「それが理由です」

 

 彼は、それだけを告げると深々と頭を下げてから部屋を後にした。

 睡眠不足で頭痛がする。マ・クベは何かまだ忘れているような気がしたが、少し寝た方が良いかと最早、寝室となっている仮眠室で暫し眠る事を副官に告げてから横になる。

 二人は三徹目であった。

 後日、ギニアスの妹であるアイナ准尉が死んだ瞳でクマを模した衣装に袖を通す事になるのは、また別の話になる。

 

 

 一方、ジャブローにある地球連邦軍総司令部の一室。

 司令室と銘打たれた部屋の中には、所狭しと詰め込まれた連邦士官。じんわりとした嫌な汗を流す彼等の前には一人の高官、ゴップ大将が無言で書類に判子を押している。

 言い訳は通用しない。

 彼等はジャブローと連絡を取れない事を良い事に階級を笠に着て、威張り散らしていた事を既にマチルダ中尉から話を聞いている。マチルダ中尉を弾劾する事もかんがえたが、彼の愛娘であるメアリー少尉の報告書も受け取っているので、マチルダ中尉の言い分を否定するにはメアリー少尉も同時に非難しなくてはならないという詰みの状態に陥っていた。

 しかし、彼等も一端の連邦士官である。

 処世術だけは公国軍が足元にも及ばぬ程に長けている。

 ⋯⋯今は、沈黙が正解ッ!

 口を開けば、顰蹙を買うだけである。故に押し黙る、固唾を飲んでゴップの出方を窺うのが正解である。

 一同が正座をしたまま、小一時間が経過する。もう足の痺れも限界に近い状態、額に汗が滲む中、ゴップが重い口を開く。

 

「⋯⋯言い分があれば、聞いてやる。言ってみなさい」

 

 判子を押しながらなんでもないかのように告げる。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 しかし沈黙、下唇を噛んで押し黙る。

 沈黙は金、雄弁は銀。しかし今に限り、雄弁は罠である。沈黙、沈黙だけが、彼等の命を繋ぎ止める。耐え忍ぶ事が正解なのだ。

 ゴップは大きく溜息を零し、蔑む瞳で一同を一瞥する。

 

「⋯⋯まあ、今更、メアリーに帰って来なさい、と言える訳でもあるまい。少尉には、報告書で温情を与えるように言われているからな。君達には、北米大陸に残して来た彼等の分まで尽力する事を願っている」

 

 ゴップが書類を片手に、そう告げた事で僅かに連邦士官達の緊張が緩んだ。しかし態度には出さず、神妙な心持ちで部屋を後にする。

 扉を閉め切って、ホッと旨を撫で下ろす士官達の姿をゴップが脳裏に浮かべていると「よろしいので?」と彼の副官が問い掛ける。

 

「何時もの貴方であれば、見限っていると思ったのですが」

 

 ゴップは気怠げに書類に目を落として、「私はもう彼等の事を切り捨てているよ」と抑揚のない声で告げる。

 

「私には、必要がないが、義娘には、必要になるかも知れない。もう私が、彼等を昇進をさせる事はないがね。連邦軍に籍を残したければ、奮起してくれる事を祈っているよ」

 

 彼の手元にある報告書と称したプリント用紙は、白紙だった。

 

 

 両軍の体勢が整った3月以降の話。

 連邦軍は、徹底的な遅滞戦術を敷くも公国軍のモビルスーツという圧倒的な力を前に苦戦を強いられる。士気は意外にも連邦軍の方が高く、戦勝を積み重ねる公国軍は、何時までも続く戦争に厭戦感情を募らせる。

 そして拡大する戦線に兵站が途切れる事もあり、次第に公国軍の侵攻が鈍化し、5月にも入れば、完全に膠着する。

 

 一方で北米大陸、ガルマ准将が率いる北米方面軍は、未だに北米を掌握する事が出来ずに居る。

 主要な都市は、手中に収める事が出来ているが、しかし、ニューヤークとキャリフォルニアの両拠点から離れたアメリカ中央、及びアメリカ南部まで手を伸ばそうとすれば、あのゲリラの連中が邪魔をしに来るのである。

 占拠するだけなら、問題はない。

 しかし占拠した後で伸びた補給路を狙って襲撃を仕掛けてくるのだ。結果的に維持コストの方が高く付いて、放棄した拠点も幾つかある。

 

 3月以降、粗悪なモビルスーツを手にしてからゲリラの活動は活発化しており、幾つかのモビルスーツ部隊も壊滅させられている。

 連邦の新型と呼ぶには、余りにもお粗末なモビルスーツ、ザニーの性能は既に割れている。

 ザクのエンジンを積み込んで、ザクのOSを模倣し、再現し切れなかった三本指のマニュピレーター。ジャブロー方面で北米ゲリラが使用する機体と同じ姿をしたモビルスーツが発見された時、公国軍に緊張が走った。

 北米大陸で劇的な活躍を見せる連邦のモビルスーツ、種が割れてしまえば、なんてことはない。技術不足を鹵獲したザクの部品で賄っただけの機体である。

 しかし、それ故に露見する北米ゲリラのやべえ奴。ザク以下の性能のモビルスーツで、既に幾つかのMS小隊を壊滅状態にまで追い込んでいるのだ。

 

 キリー中佐が休養の為、本国に帰ったのが痛かった。今にして思えば、北米ゲリラは、キリー中佐が戦線を離れた後に活発化し始めたように思える。

 

 ガルマ准将は、姉であるキシリア少将と兄であるドズル中将に泣きつく事を決意する。ザビ家の兄弟仲は悪い、しかし、事ガルマに限って云えば、三人が三人共にガルマに甘い。ギレンに至っては、ガルマの死にプロパガンダも関係なく、国葬してしまいそうな勢いである。

 

 故にドズルとキシリアは、可愛い弟に頼られては、と自身も人材不足に喘いでおきながら、ない袖振って援軍を送り込むのであった。

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