ルビコンIIIの天敵 作:匿名A(C)
『ハンドラー・ウォルター……
その猟犬は、やめておけ………───』
そのACは目の前で完全に沈黙する。撃破を確認した、ウォルターと呼ばれた男からの通信が入る。
『よくやった、621。…奴の言っていた事は気にするな。施設内部へ侵入し、奥のデバイスを破壊しろ』
ウォルターからの指示の更新を確認し、破壊目標のあるウォッチポイント第三区画のゲートにアクセスする。ACのシステムによるハッキングはつつがなく完遂され、入り口は放たれる。
施設内に突入した時に補給シェルバが手配される。ウォルターの計らいに拠るものだろう。遠慮なく要請し、弾倉の補充と機体損傷の修復を終わらせ、ウォッチポイントのその更に奥へと進んだ。
高さにして数百メートル。人が落ちれば即死は免れ得ない高さの施設も、ACとその脚部の
『それだ、中央にあるデバイスを壊せ』
眼前にあるのは、数多の制御装置に囲われて鎮座する、センシングデバイス。それにアサルトライフルを向け、トリガーを引く。数発の弾丸と共に、それは容易く破壊される。
『仕事は終わりだ、帰って休め』
ウォルターからの通達が成され、機体制御はオートパイロットモードに移行される。後は合流地点まで帰るだけ───
『───待て。退避しろ、621!』
その咄嗟の言葉に、油断していた傭兵は反応すらままならず、深紅の奔流に呑み込まれていった。
「お前は……?
第4世代、旧型の強化人間……」
意識が朦朧とする中、ウォルターに621と呼ばれていた傭兵は、ただその
「お前には、俺の“交信”が届いているのか」
何も感じられず、ただ声だけが届く暗闇の中、621はこくりと頷いた。男の声は、面白そうに声の端々を歪めながら言った。
「俺はオールドキング。
さあ、起きろ。コーラルの流れに…
お前の意識が散逸する、その前に」
意識が徐々に覚醒し、オートパイロットが解除された時、621が立っていたのはウォッチポイント第三区画の上層部。
その眼前を、一機の飛翔体が飛んでいた。
「気を付けろ。あれは封鎖機構の無人兵器、バルテウス。ACでは厳しい相手だろうな。だが…」
機体制御を完全に取り戻した621は、ウォッチポイントに発生した異常を精査し、その原因を排除すべく派遣されたバルテウスを然と見据える。
オールドキングの曰く“ACの敵う相手では無い”。
だが、621が生きて帰るために、全ての武装が正常に動作するのを確認した彼がやる事は、ターゲットの破壊。
即ち、バルテウスの撃破だ。
「なら見せてみろ。お前といれば楽しめるのか、否かを。そのためにも、俺が“交信”で支援してやる」
──621には、自己表現の手段と呼べるものがほとんど存在しない。例えば発声する事はできないし、食事は流動食をチューブを通して摂取する。身振り手振りは身体組織を痛めるために戦闘時以外は行えない。
だからこそ、強化人間の住む世界は戦場だった。
オールドキングの言葉に、621はライフルを向けて応えた。
彼の容姿は何も明らかになっていないが、そこから続く声色そのものが喜色を帯びていた事は想像に難くない。
「面白い」
621のAC、LOADER 4が冷却装置を剥き出しにしながらブースターの推力を最大まで上昇させる。殺人的な加速を体現するACの高速機動は、左右への切り返しのみならず、前方への急加速についても遺憾無くその性能を発揮させた。
バルテウスが多量のミサイルを発射する。その数は10か20か30か、あるいは。
一瞬では数える事すら不可能な濃度の弾幕を展開するバルテウスに対し、621が取った手段は回避ではなかった。ミサイルの加害範囲であるはずの敵の懐へと深く潜り込むべく、機体速度の一切を落とさない。
「お前はそう出るか。熱源反応、来るぞ」
オールドキングのオペレートに次いで、機体のアラート音がコクピットをけたたましく揺らす。わかっているとばかりの動きでミサイルを回避し、左腕部ブレードを起動してパルスの刃を発振させる。
バルテウスの全容は、巨大かつ高出力のパルス
そんなパルスアーマーにも弱点と呼べるものが存在し、それが同系統の技術となるパルス兵装とぶつかる事で相殺されるというものだ。
621はそれを知識として知っており、経験として理解していた。だからこそ実弾兵装のアサルトライフル、爆発兵装の4連装ミサイルのどれでもなく、非常にリスキーな近接兵装であるパルスブレードを選択した。
「いいぞ、もう一押しでアーマーが破れる」
オールドキングの言葉通り、バルテウスを覆うパルスアーマー、その被膜の一部が消失しかけている。敵機からの攻勢が和らぐことは無いものの、それを維持するための後ろ盾は消えつつあった。
その後も射撃の応酬は続いていく。621の万全な機体は、不意を討つように放たれるショットガンこそかすりもするが、射線のハッキリしているガトリングガン、軌道の読みやすいミサイル群、警告音が響くバズーカ等、当たれば損傷の免れない攻撃は確実に回避している。
一方巨体でもあるバルテウスは、その巨躯全体をパルスアーマーでカバーする必要があり、その分回避挙動など取る余裕が無いと言い換えることができる。
豊富な正面火力こそが、その要諦を表してもいた。やられる前にやれ、というコンセプトがあけすけである。
だが、621はこの惑星ルビコン3に来てすぐに、特殊兵器の破壊、敵部隊の壊滅、防御陣地の突破など難度の高い任務を複数熟しており、その腕は誰が見ても疑う余地の無いものだった。
アサルトライフルの高初速弾頭、そして4基の小型ミサイルがバルテウスへ殺到する。果てなき撃ち合いは、終を迎えた。
「パルスアーマー、消失だ」
コンデンサ内のエネルギーを使い切っていたジェネレータに鞭打ち、パルスブレードを発振させ、近接戦闘用の推進剤を点火して高速接近する。
狙いをつけた相手に対してまるで糸を手繰り寄せるかのような直線を描いて肉薄し、予め定められた軌道の通り、ブレードが一閃する。
発振するパルス刃がバルテウスを構成するリングユニットに直撃する。パルスアーマーが消え去ったバルテウスは、リング状のミサイルユニットを攻撃の為ではなく防御の為に展開した。しかしそれは付け焼き刃でしかない。
身を守るために展開したユニットには大きな裂け目が生まれ、その代わりにブレードの一撃目を防いだ。
だが、パルスブレードからの動作制御信号を受け取ったACが織り成す、機体制動システムにプログラムされた挙動には、切り返す二撃目があった。
まるで最初からそう防がれる事を分かっていたかのように振り抜かれた返しの斬撃を受けてなお反撃する手立ては、バルテウスにはもう無い。
高周波振動により発振されたパルスを備える、エネルギー性のブレードの威力は、防御手段のないバルテウス、その制御MTを真っ二つに切り裂くには十二分な威力を誇っていた。
機体の切り口からは行き場を失い逆流したエネルギーが、連爆しながら漏れ出ている。青い光が、621の機体を薄白く照らしている。
「いいぜ、お前……気に入った」
彼の頭の中を、男の声が渦巻く。621は不思議と、自身を褒めそやしたその声が嫌いではなかった。その理由は分からない。
◇◇◇
ハンドラーとしての仕事をする傍らで、俺は必要な
621が俺の与えた仕事を終わらせ、ウォッチポイント・デルタからのコーラル群の大規模な移動が始まってから、もう数日ほどが経っている。
企業がコーラルとその利権争いに暮れるルビコンに於いて、非常に奇異な事ではあるのだが、ベリウス北東部に位置する港湾地域がコーラルの局所爆発によって吹き飛んだ以外に勢力図が塗り替えられるような大規模戦闘などは無かった。
無論各地における侵略・防衛戦など、小競り合いにおいてはその限りではないが。
だが、調べ物があって暫し席を外していた時のことだ。
若干の暇を縫い、封鎖機構無人兵器バルテウスと一戦交えていたらしい621の機体、LOADER 4の戦闘ログを確認していたところ、奇妙な事実が記されていた。
621には、会話という手段が存在しない。正確には、その手段を取る事ができないと言った方がよい。
そのはずなのだが、621のログには確かに『何者かと交信していた記録』が残されていた。
奇妙な現象。
621には、俺が見えない誰かが見えている。それはあいつにとって、良い結果を招くものなのだろうか。今の俺には、判別しかねた。
調査ドローンが輸送ヘリ後部ハッチに収容された。
待ちかねたデータを精査する傍ら、やはり件の見えない交信相手の事が気になった俺は、621へ通信する。
数度の呼びかけの後、応じた621との通信回線がクリアになった。応答する意思はあるようだった。
「先日言っていた──幻聴が聞こえる、という話だったが」
621には会話の手段は無いが、意思疎通の手段はある。質問内容にいくつかの答えを明示してやれば、それを自ら選ぶ事ができる。これは強化人間が戦闘行動を行うために残された人間としての自我である。
「お前の身体機能に異常は無いか。例えば、酷い頭痛に襲われるといった症状だ」
621の示す答えは。
『………No.』
短いビープ音と共に、コンピュータパネルに返答が表示される。その旨は異常無しということを示している。
「そうか…」
ほっと一息つくのと同時に、幻聴が聞こえるという症例についても思い至る。昔読み漁った強化人間の合併症に、酷い耳鳴りや幻聴幻覚というものがある。
621に苦しんでいる様子はなく、それが害を及ぼすものなのかも想像がつかないが、仕事を進めていく為に、後顧の憂いは断っておきたい。特にそれが現状もっとも高度な戦闘技術を持っている621の身体の事なれば。
「幻聴については、何かあれば俺に言え。その手の症状は旧世代型の強化人間にはよくある事だ。酷いようならこちらで調整する」
621は、旧世代型…失敗の多い第4世代型における失敗作だった。だが、その世代は妙に腕の良いACパイロットが多いのも事実で、俺が限りある財源を旧型強化人間に割り当てているのも、その側面が大きい。
621は世間的には失敗作かもしれない。だが俺にとっては、話せないだけの人間だ。尊厳を無視して酷使し続けるのは大いにはばかられ、しかし621に頼らざるを得ない現状がもどかしくてたまらない。
『………Yes.』
621からの返答が、遅れてやってくる。
その答えに僅かに安堵の息が漏れた。安心して席を立とうとし、続く返信に気付いてモニターに目を向けた。
『……And thank you Walter.』
その文面を見て、感情が無いだのと揶揄される彼らにも、人の事を想うだけの感覚はあるのだと改めて実感させられる。
「気にするな。俺の…役目でもある」
それを最後に、621との通信を切る。
彼ら旧世代型強化人間の殆どは、コーラルの影響によって脳に深刻な焼き付けを起こしている。会話出来るタイプの強化人間と、出来ないタイプの強化人間が市場に散在している現状において、621は前者だ。
それは人生を失っているに近しい。事実強化手術を受けた彼らは、皆人生を買い戻すことを望んでいる。
俺は、それに選択肢を与えているに過ぎない。
それはとても、残酷な選択肢だった。
◇◇◇
「随分と楽しげじゃないか、相棒」
あれから621とオールドキングは、互いの意思疎通がかなり円滑である事を理解してからというもの、雑談でもするかのような気軽さで、小遣い稼ぎとでもいうべき小さな依頼を何度も受けていた。その中でも、特に敵を倒して完了する類の、いわゆる殲滅任務を多く受諾・完遂していた。
敵を倒すことに強い関心を持つオールドキングと、より強力な武装や外装パーツを得たい621の利害は全て一致しており、前者はACによる殺戮の惨状を、後者は自身の機体が強化されていく様を、それぞれ楽しんでいた。
身体機能の殆どが奪われ、また視覚的、あるいはその他五感に訴える娯楽が少ないルビコンに置いて、621の楽しみとはそのまま自らの役割である戦闘に直結していた。
オールドキングとの利害一致というものはその一点に集約しており、作戦に従事することが621の今の楽しみであり、その甲斐あってか彼が所持する“レイヴン”という名のアカウントに紐付けられた傭兵ライセンスの購買可能パーツのリストは、全て購入済で埋まっていた。
つまり、今こうして621が戦場に赴いている理由としては、金を稼ぐことよりも、自身の稼いだ資金で得たパーツ群を実戦で試してみたいという好奇心に起因するものであった。
オールドキングもまた、彼の戦いぶりを楽しげに、そして興味深く眺めている事だろう。621には彼が感覚器官の類を持っているのかは判別できなかったのだが。
「…敵影、消失したな。今回の仕事もこれで終わりだ」
621の神経が強く動作する。彼の言葉に何かを以て返答しているのだろう。オールドキングは、自身の言葉を以てして作戦の終了を告げた。仕事に対する関心の無さは、621の
「で、随分と気に入っているようだな、そのパーツ」
『………Yes.』
621が喜色…当の本人やオールドキング以外には微細な差も見抜けないほどに小さなものだが…を浮かべて答える。621のACのログには、何も無い空白の時間に対する返答が返される事となるのだが、621にはそれを知る由も無い。
621が駆っていたACには“DF-GA-08 HU-BEN”、いわゆるガトリングガンが握られていた。近距離ではACの装甲を貫通するほどの弾丸を高速で、かつ低精度で乱射する。
連続射撃時には低くなる射撃正確性を活かした弾幕運用が前提となるが、砲身の回転を小刻みに止め、また弾丸を小出しにすれば、反動制御は容易であり、ばら撒かれることなく狙った位置に正確な弾道を描けた。
オールドキングと初めて出会ったウォッチポイント・デルタの襲撃後に得た金で621が購入した武装がこれであり、以降ずっと愛用していると言えた。
それ以外はパルス・ブレードに四連装ミサイルランチャー、パルス・シールドと、標準的な全作戦対応型の万能機という印象が濃い。ガトリングガンを採用した関係でやや近距離寄り、ブレードで一気に両断する戦法から近〜中距離での戦闘が多めだったが、オールドキングにはそれが好ましく映るらしい。
「よし。じゃあ帰投するぞ。ウォルターに合流地点を送信した、そこまで巡航していけ」
ACコクピット内のモニタにレーダーマップが表示され、その一点に重要地点を示す赤いマーカーが設定される。それから少しして、ウォルターからの通信回線が開かれた。
『621、作戦はもう終わったのか。早いな』
そこから一拍置いて、ウォルターは続けた。
『俺はこれから野暮用でしばらく外す。俺たちの仕事にも関わる、重要な事だ。その間、お前には待機していてもらうが、構わないな』
「………Yes.」
了承の旨を示すと、ウォルターはそれを聞き届けて通信を終了した。オールドキングとは、帰投する間ずっとパーツの使用感や敵と撃ち合う時の距離感やコツ、そういった戦闘に関連する会話ばかりが弾んでいた。
◇◇◇
数日に渡る暇は、遂に終結を迎えた。楽しげにACテストに付き合っていたオールドキングが、更に笑みを深めたような声色で話しかけてきたのだ。
「なあ、最近暇じゃあないか。相棒?」
「………Yes.」
「だろう。そう言うと思ってお前にはひとつ、仕事がある。こいつはベイラムからの依頼だな。確認してみろ」
オールドキングがそう告げると、621の眼前に配置されている端末のメールボックスに、一件の映像が転送される。彼はベイラムからのものと言っていたが、差出人そのものはウォルターだ。
この依頼は届いてこそいたものの、ウォルターによって621の元へ渡らないよう差し止めされていたと考えるのが妥当であろう。
621は無論、テストだけではない機体の動作確認や、諸々の調整を行いたい意図もあって、その依頼の概要を再生した。
内容はごく単純で、ウォルターがベイラム・インダストリーに対して持ちかけた、べリウス地方より海ひとつ隔てた大陸、中央氷原におけるコーラル集積状況。
その確認のために、621に対して先行調査を依頼したいという内容だった。
しかしながら、普通の方法では中央氷原に辿り着く事はできない。ACでは着地点の無い長距離航行は不可能であるためだ。その唯一にして最大の理由が、中央氷原とべリウス地方とを隔絶させたる広大なアーレア海である。
「だが、海を越える手段はある。そう言えば、お前は乗るか?」
オールドキングからの言葉。それは621にこの仕事を受けさせるのに十分な言葉だった。
「グリッド086と呼ばれる区画がある。そこの封鎖エリアには、大陸間の物資輸送に使われていたカーゴランチャーが存在している。まだ動作するはずだ」
映像が映し出され、グリッド086のものと思われる人口構造物の様相が見て取れる。ただ、そこには歪な形のMTが多数介在しており、単純なBAWS二脚MTよりも豊富な武装を備えた敵が多く潜んでいると思われた。
「グリッドにはドーザーという、コーラルを向精神薬として服用する中毒者がうじゃうじゃいる。まともな対話は期待できないだろうが、行くか?」
無論、621の答えは。
「………Yes.」
「…そうこなくっちゃあな。相棒」
LOADER 4のカメラ・アイは橙色に、そして鈍く輝いた。