広い宇宙。まったくの闇。すべてを飲み込む深淵。わたくしは静かに息をする。
SFS(サブフライトシステム)に乗り込んでヅダ3機で編隊を組むわたくしたちを、グワジンから発射されたミサイルが大きな弧を描いて追い抜いていく。
「デュバル大尉。ユジン*1少尉。わたくしたちは先鋒、その主目的は速度を活かした攪乱ですわ! 後続のザク二個小隊が敵艦隊に侵入する穴をあけるのです」
『はっ!』
前方、距離800。総数24隻の連邦の艦隊が悠然と宇宙を漂っている。
艦隊の中央には巨大な主砲を構えた最新鋭の戦艦、マゼラン2隻。同じく主砲の火力に優れた巡洋艦サラミス8隻。さらにそれを取り囲むように、直掩を担うフリゲートの補助艦が並ぶ。
ミノフスキー粒子によってその対空火器の大半が封じられるとはいえ、この数に並ばれるとさすがに寒気が走るな。
『……連邦が我が物顔でこの宇宙を航行している、それだけで胸糞が悪くなる。その船を作るための鉄も、部品も、積んでる飯も……すべてスペースノイドが辺境小惑星でバタバタと死にながらひりだした資源だというのに……!』
『ユジン少尉、軍人に私的な感情は無用だぞ』
『……大尉はずいぶん落ち着かれたようで。ヅダが制式採用されれば、ジオニックとの怨恨もお忘れになったと?』
『それは――』
「そこまで! 距離500です。ミサイルの第一波が30秒後に目標に到達しますわ。速度、上げ!」
部下の軽口にも付き合ってあげたいところだが、実戦ですものね。操作ペダルを踏みこめば、ヅダの土星エンジンは激しく稼働してスラスターが最大出力をたたき出す。
連邦艦も、モビルスーツの接近にこそ気づくことはなくとも、ミサイルの機影はすでにとらえているはずだ。だが、気が付いたところでもう遅い。
ミサイル群があちらを射程圏内に捉えた時点で、勝負はついているといってもいいのだから。
わたくしの機体のメインカメラが連邦艦隊の姿をとらえる。
その上部に積まれた対空機銃が重苦しく旋回し、グワジンからのミサイルを迎撃するために火を噴いた。
百を超える機銃斉射の姿はまるでハリネズミ。その砲火は見事にミサイルを迎撃してみせる。
だが――。
ミサイルの誘爆とともに、ミノフスキー粒子拡散弾頭が炸裂する……宙域の通信が急速に失われていく。この機を逃すわけにはいかない。 わたくしはさらにヅダを加速させる!
「……距離150! SFSを乗り捨てなさいッ! 突っ込みますわよッ!」
『クルル大尉!? これ以上速度を出すとミサイルの第二波に巻き込まれます!』
「敵艦のレーダーが潰れても光学探知はあります! 第二波の爆発に紛れねば、マゼランの主砲をかいくぐれないッッ!」
ユジン少尉が叫んだ通り、迎撃されたミサイルの爆風がわたくしたちの機体を舐める。肩部装甲が焦げ、アブソーバー越しにコクピットに衝撃が伝わる。機体温度に問題はなし。
爆風を突き抜ける。わたくしたちの編隊もミノフスキー環境下に突っ込むと、いよいよデュバルやユジンとの通信も失われる。
『ははは! これが――ヅダの優位性――我々は――!』
最後に途切れて聞こえた通信はデュバルの笑い声。やれやれ、変わらんな。
わたくしはバーニアを吹かし、アンバックの計算式通りに強引に腕を振り回す。急制動を絡めて、わたくしのヅダはちょうど敵戦艦の真ん前で翻る。
「――捉えました」
わたくしは回避機動のまま、艦隊の内部にするりと機体を滑らせ――再び360°ターンをして制動する。とりついたのは、艦隊中央、旗艦であろうマゼラン。
「ああ――ああ! ごきげんよう、連邦の皆々様。そしてさようなら」
対空機銃の弾幕をすり抜けながら、わたくしの重マシンガンが艦橋を、船体を、そしてそのエンジンを焼き尽くしていく。
さあ、せめて華々しくわたくしの初戦を着飾ってくれ。
盛大な爆炎が宇宙の闇に跳ねた。
◆
視界の端を掠める黄金色の機体。
ヅダに配属されたパイロットの一人、イ・ユジン少尉は息をのむ。
(金色のヅダ……成金趣味かと思ったが、馬鹿にできんな。さすがにモビルスーツの生き字引か)
ユジンは重苦しいレバーを引き、乱数回避に移る。力覚フィードバックが搭載されたモビルスーツの操作系は、機体が受けている加速度や負荷に応じてその操縦桿も重くなる。その操作感は、ユジンが若いころ乗っていた採掘用重機と比べるべくもない。
(こちらのほうが……生きているという感じがする。モビルスーツとは、そういうマシーンなのか)
ユジンはどうにか弾幕をかいくぐり、バズーカを撃ちこむ。おぼつかない自分の操作にはどうにも笑いがこみあげてくるが、それでも連邦の戦艦はこの機体を落とすこともかなわないのだ。
弾薬庫への被弾を確認。サラミスが大破していく。ユジンはこの戦争で初めての戦果を噛みしめたい気持ちを抑える。
見れば、自分がえっちらおっちらとサラミスを落としている間にエウティミアの機体はマゼラン二隻を撃沈していた。
(後続のザク到着まであと20もある……モビルスーツのたった三機が、ここまで戦艦を落としうるか。なるほど、戦争を変えるとお偉方がしきりに言っていたわけだ)
歴史のターニングポイントに自分が立っているという離人感を覚えながらも、ユジンは自分を引き締める。慢心して撃墜など、お笑い種だ。
ジオン宇宙軍所属、グワジン配属パイロットであるイ・ユジン少尉は典型的な辺境小惑星出身のスペースノイドである。
サイド3近郊に漫然と浮かぶ無数にある小惑星の一つ、小惑星『ケプン』。その人口は500人にも満たず、ア・バオア・クーやソロモンの経済規模には到底及ばない。
ケプンの主な産出資源は鉄やニッケル。スペースコロニー時代にはどこに行っても必要とされるが、どこにでもある、あまりに廉価な資源。人口の大半は空気税が払えず島流しになったコロニー住民。その貧しさは自明のものだった。
ユジンの父と母はともにスペースノイド三世で、採掘エンジニアだった。正確に言うならば、このような小惑星の人口はおよそ9割がエンジニアである。
コロニー公社に鉄資源を買いたたかれ、そのわずかな外貨と連邦からの補助金でなんとか運営される小惑星群は、必然的に食料や消費財の生産を小惑星内で完結させることを強いられる。輸入品は常に高級で、少ない人口で経済を成り立たせるためには専業的な職能というのは薄れていく。
父は採掘作業の傍ら学校で教師をし、家ではアクアポニックスの運営をして水産物と青果を作っていた。母はエンジニア兼医者だが、自宅では縫物――本当にこまごまとした、タオルやハンカチ、衣服などの消費財の工場主のようなものをやっていた。小惑星の生活を維持するために、彼らはほとんど余暇も残らず毎日12時間以上を労働に費やさなければいけなかった。
幼いユジンもまたそのような両親の背中を追った。幼い妹と弟の世話をしながら、採掘用重機の操縦を覚えた。父は子供たちを小惑星外の割のいい仕事に就かせてやりたいと思っていたらしく、ユジンに高等な工学知識を教えてくれた。
娯楽の少ない小惑星での常ではあるが、ユジンはインターネットにのめりこんだ。狭く閉塞的な岩石のなかでも、インターネット網につながれば広い宇宙に飛び出せる。労働の間に許されたわずかな時間、多感な思春期をSNS的な消費に費やし、ユジンは俗人的な見識を深めていった。
SNSで繋がった友人たちは、その多くがコロニー育ちだった。彼らはナイーブに地球連邦政府と特権的なアースノイドを憎み、自分たちの生まれを嘆いていた。その一方で彼らは小惑星生まれのユジンを冗談まじりに『田舎者』と嘲笑った。
ネットニュースで専門家たちが真剣な顔つきで地球圏の問題について論じているのをユジンはぼんやりとみていた。彼らは地球とスペースノイドの対立を嘆き、その構造を批判していた。連邦とコロニー公社は宇宙移民事業を存続させるために空気税を引き上げた。その目的は税収そのものというよりも、空気税が払えなくなった市民を実質的な債務奴隷として小惑星送りにして、労働力を確保することにあるのだという。この悪辣な政策は痛烈に批判されていたが、批判者たちは小惑星の生活や経済的苦境そのものを議論の遡上にあげることはついぞなかった。
15歳になったユジンはコロニー公社の作業員の職を得て、小惑星を出た。その頃はサイド5と6の建設事業の真っ最中で、ユジンのようなエンジニアは引く手あまただった。実際として優秀だった彼女は社員賞を贈られるほどには目覚ましい働きぶりを示した。そうして得たボーナスを貯め、彼女はサイド3の工科大学で学士号を得て、キャリアを積み上げて世情を広く知るようになっていった。
輸送業の船員や建設現場の管理職などを渡り、ユジンはサイド3の宇宙港警備部という高給取りにまで出世する。そしてムンゾ宇宙軍――現在のジオン宇宙軍、それも新兵器のパイロットの席が用意されたとき、ユジンは諸手を上げてその席に座った。
(宇宙世紀、宇宙世紀、宇宙世紀……ああ、まったくギレン総帥は偉大であらせられるな。なにもかも、灰燼に帰してしまえばいい)
ユジンという女性は、その聡明さにも関わらず、自己洞察というものをできるだけ避けて生きてきた。自分の生まれ、この世界の仕組みの深さ、貧しさ、生活の苦しさ……『憎悪』とか『ルサンチマン』とかの言葉でひとくくりにされてしまえば、なにかが取りこぼされる気がしたから。
彼女は自分の思想や直観的な判断、その論理的な建て付けを作ることを極端に嫌っている。はたしていかなる政治的な正しさや、あるいはエビデンスに基づいた政策が、つまりいかなる論理的に筋道だった理屈が、彼女のような小惑星出身のスペースノイドの苦境を救うというのか? そうした建前はむしろ、ユジンのような人間をかぎりなく不可視にし、搾取し、虐げてきたのだから。
彼女は紛れもなくジオニズムの熱狂的な信奉者であり、この戦争の熱烈な支持者であろう。
(クルル大尉は……信頼できる上官だ。少なくとも部下を生かし、勝利をもたらしてくれるという一点で。にしたって、あの機体制御はバケモノじみているが……あの速度で戦艦を落とすのは意味が分からんな)
視界の端でまた金色の機体が明滅する。後続のザク二個小隊もようやく到着したらしい。
ユジンはバズーカを撃ち切って、また戦果を積み重ねていく。敵戦列はもはや崩壊している。本来戦艦にぴったりとくっついていなければいけない補助艦たちは、恐慌を起こして各々が戦域を離れようとすらしていた。
連邦軍の練度も嘆かわしいものだと、ユジンはため息をつく。戦闘はもはや追撃戦に移行する――。
◆
「大っ、戦っ、果っ! 大戦果っ! ですわー!! おーーーっほっほっほっほー!!」
損失ゼロっ! 損失ゼロっ! 三度目に言う、連邦の哨戒艦隊を殲滅するにあたって、当方のモビルスーツの損失はゼロである。いや、サブフライトシステムは使い捨ててぶっ壊れたし、装甲破損やら武装やら、当然失ったものもありますけどね?
いやー大勝ちしましたわ。これもね、現場兵士のみなさん、エンジニアのみなさん、後方支援を担うみなさんのおかげですよ。モビルスーツなんてただでさえ宇宙を飛ばしただけでぽこじゃか壊れる精密兵器ですからね。きちんと戦場に出て、整備不良も起こすことなく、みんなで帰れた。これは大変えらいことですよ。るんるん♪
現在は戦闘活動を終了し、グワジンは撃墜した連邦艦の兵士たちの救助活動中である。連邦のガバガバな戦時法に海難救助の義務はないが、それでも船舶法とかの慣習的には遭難者の救助はほぼ義務なのでね。良識ある公民としては当然の行動です。
「……やるせないですね」
「どうしたのだ? ユジン少尉。間違いなく歴史に名を刻む一戦だったろう。少数のモビルスーツが――我らがヅダが損害もなく艦隊を殲滅しきった! 教科書に載るぞ! ハハハ!」
「思わないのですか、デュバル大尉は――」
ヅダ組のパイロット三名は、リクリエーションルームで休憩中である。まあ出撃の報告書とかも書かないといかんからね。
わたくしの存在に気兼ねしたのか、言葉をつまらせたユジンを促してやる。
「構いませんわよ? お続けになって」
「はい。つまり連邦軍の兵卒の比率の話です。連邦艦隊と言っても、その乗組員のほとんどはスペースノイド出身者でしょう。それも元から連邦艦に乗ってるようなのは、コロニー住民の徴兵逃れのために三文いくらで軍に入ったコロニー市民権も持ってない貧民ですよ。結局貧民同士が殺しあっているだけではないのですか。こうした勝利を積み重ねることに意味があるのですか」
なるほど。いい得て妙ではある。むしろ本質的ですらあるな。ユジン少尉は辺境小惑星出身だったろうか。
「ユジン少尉。君は少し悲観的がすぎるな。目の前の戦果を見ろ、少数戦力による艦隊の殲滅だ! もはやジオンの勝利は疑いがない。勝利こそがそうした社会の歪みを正すとは思わないのか?」
「だとよいですが。クルル閣下は……どうお考えなので?」
む。こちらに鉢が回ってきたか。この二人は今後も部下としてがっつり捕まえておくつもりだし、少し考えを開陳してもいいかもしれないが。わたくしは少しだけ考えて口を開く。
「今後の戦況に楽観的でいられないという点では――ユジン少尉に同意いたしますわね。今回のような艦隊殲滅は、次はかなわないでしょうから」
「……お聞きします」
「ええと、ですわね……まずもって、今回の勝利は我が方の技術的優位性からくる奇襲によるものです。いくら連邦軍の腐敗が著しいといえど、あれは体力が無尽蔵にある官僚組織。敗戦から戦訓を引き出し、適応するだけの予算と人材を持っています。あと数度、大規模な会戦でもやれば連邦軍は艦隊保全に走るでしょう」
デュバル大尉がはたとひらめいたのか、嘯く。
「それは……モビルスーツは艦隊戦こそできても、宇宙要塞や重力圏を攻略する力はない、と?」
「察しがよろしいですわね。ルナツーとジャブローを落とせぬかぎり、連邦の艦隊は無尽蔵に湧いてくる。こればかりは……ギレン総帥の戦争指導に期待する、とでも述べておきましょうか。ふふ」
お嬢様然として優雅に(←ここ重要ね)紅茶を啜るわたくしを前に、ユジンとデュバルは難しそうな顔で思考に沈んでいく。
そんな気兼ねなさんなや。どうにかなるって(適当)。
「失礼します、クルル閣下」
リクリエーションルームの扉が開き、兵が入ってくる。
「いかがなさいました? ああ、救助は順調かしら?」
「救助のほうはほぼ完了したとのことです。30分後に宙域を離脱予定とのことです……いえ、それより……本国からの通信です。平文でこれだけ送られてきました」
兵士はこう口にした。
『イ島墜落セリ』
――それはブリティッシュ作戦終了の意、すなわちコロニー落としの符号である。
ここまでお嬢様のキャラの濃さで突っ走ってきた本作ですが、宇宙世紀をこれ以上深く書いていこうとするともっとオリキャラいるよな~~~となったのでオリキャラ投入。
艦長とか兵士とか、ちょっとずつネームドのオリキャラを出してこうかなと……Z中盤のカミーユくらいガツガツした若者が欲しいです。オリ主の卑怯なとことか不誠実なところに噛みついてくれる子を出したい……一年戦争を爆速で書いてグリプス戦役編に突入すればカミーユ本人出せるだろって? たぶんその前に本作はエタるぜ!