ソロモン要塞の幕僚室は慌ただしかった。
広い室内を参謀たちが行ったり来たり。損害はどうだ、補給はどうだ。
戦争というのは官僚組織を強く試すものである。戦闘を行うために必要な大量の物資、兵たちの日用品。兵に死傷者が出れば計上して部隊を再編しなくてはならないし、兵器に損害がでれば修理と補填が必要になる。
AGIのように人間にとってかわる知生体が現れなかった以上、どれだけコンピューター技術が発展しようとも、戦争という膨大な数字を処理する最後の端末は人間なのだ。
わたくしの入室に、室内の参謀たちにピリリとした空気が走る。親衛隊の記章付けてるから当たり前だけど。
ギレンの要請でソロモンに寄港したわたくしは、参謀の一人から戦争経過を教えてもらう。ブリティッシュ作戦はコロニーを地球重力圏に突入させることには成功したものの、ジャブローの破壊には失敗したと。ふむ、予想通りな結果だな。
「会議室はどちらかしら?」
「こちらです。まもなくドズル中将もいらっしゃいます」
会議室の上座にわたくしは優雅に座る。本会議のわたくしの肩書は親衛隊、つまりギレンの名代としての出席だから。
ギレン本人の弟にして中将であるドズルよりも親衛隊が優先されるのがこの国の理屈である。
わたくしは時が過ぎるのゆっくりと楽しみ、紅茶を啜る。幕僚部の茶葉ガチうめェ……。
◆
会議時間をまもなくして、ソロモンの高官が続々と会議室に入ってくる。
ジオン宇宙攻撃軍を統括するドズル・ザビ中将はもちろん、ソロモン付艦隊の提督であるエギーユ・デラーズ少将、第1次降下作戦を控えた突撃機動軍マ・クベ大佐……その他各部署はMS乗りから技術部まで、上は将官、下は尉官と大混雑。
会議だっちゅーのに、なんでこんな階級も所属もバラバラな連中が集まるのかって思うでしょ?
でもいいんです。今から始まるのは実際には会議ではなくただの上意下達なので(笑)
「ええと……よろしいですわ。では会議を始めます。ギレン総帥名代、特務大尉エウティミア・クルルですの。これより総帥のご領導をお伝えします――」
わたくしはこれから始まる軍事作戦――サイド5『ルウム』への侵攻および、それに伴う連邦主力艦隊迎撃の作戦要項を読み上げる。会議メンバーはそのありがーたいお言葉を清聴するばかり。
なんでこんなバカみたいな演説集会をしてるのか説明するには、ジオン公国の統治制度……すなわちギレン・ザビによる一党独裁の論理についてお話しなければならないだろう。
まずわたくしはギレン直属の親衛隊の所属である。と同時にジオン軍所属のMS乗りでもある。
親衛隊と聞くと、それだけで眉を顰める人もいるだろう。なぜなら親衛隊というのは権力者が正規の軍権の掌握に失敗したときに生まれるものだからだ。
正規軍が組織として整いすぎていると、権力者の介入の余地がなくなる。だから自由に動かせる軍隊として親衛隊が現れる。ちなみにこれの行政版が秘密警察ね。
こうして既存の権力と法規を蔑ろにした特権的組織は、その特権性のためにたちまち膨張し腐敗する。それは歴史の必然であり、それが親衛隊というものが嫌われる理由だ。
だがジオンの親衛隊はそのあたりが少し違う。ジオン親衛隊は正規軍に対抗するための準軍事組織ではなく、ギレン・ザビがコロニー国家というヒュドラを押さえつけ領導するために嵌めた首輪というほうが正確だ。
まず親衛隊には母体がない。親衛隊と呼ばれる組織があるわけでもなく、親衛隊内での横のつながりもなければ指揮系統なんて存在しない。あくまである組織内に親衛隊と呼ばれる役職だけがある。その職能に付いた人間はギレンから直接の命令を受け、また組織内のことをギレンに報告する。
言ってしまえば、これは古代中国における按察官、ペルシア帝国における王の目だ。あるいはギレンが各省庁のあらゆる政策過程に干渉するためのメカニズムとして理解するほうが馴染むかもしれない。そして「誰が見張りを見張るのか?」という警句に対しては、彼は「たった一人の天才が、無際限の努力でもってすべてを監督する」という答えをだしているわけだ。
そろそろご理解いただけましたでしょうか。ジオン公国という国家はギレン一人の膨大なマイクロマネジメントによって回っています(爆笑)近代国家の姿か? これが……。
「――であるからして、ルウム侵攻は以下のような作戦目標に基づくべし――」
そんなギレンの上意を下達するのがこの会議なわけである。
ではなぜ会議参加者が階級も所属もバラバラかというと、彼らは所属の代表者というよりは派閥の代表者だからです(大爆笑)
たとえばドズル。彼はわかりやすい。そのまま宇宙攻撃軍の主流派、ドズル閥の首領だ。
マ・クベ大佐。彼はキシリアの側近で名代。キシリア閥の代表者。
こんなふうにザビ家内だけでもジオン軍の派閥はバラバラなんですが、そこで終わらないのが我が軍のすごいとこね。というのもジオン軍にはその前身が複数あるからである。
まずサイド3駐留連邦宇宙軍を母体としている派閥。デラーズ少将なんかは元々連邦宇宙軍所属のベテラン軍人で、サイド3がジオンとして独立した際にジオン軍として再編されたわけだ。
もう一つはサイド3の宇宙港警備隊。こちらは独立前のサイド政府がひーこら頑張って組織していた準軍事組織。今は本国にいるからこの会議にはいないが、コンスコン少将なんかがこの出身。あとはわたくしの下でパイロットをやっているユジン少尉なんかもこれ。
さらには民間からリクルートされてきた人材も多い。急速な軍拡で高級将校がまったく足りていなかったジオンは、学士号持ち以上の技術者などを中心に大量の民間人を士官として受け入れている。デュバル大尉なんかがこれ。
あとは技術部とか兵站部とか、つまり部署ごとの派閥もあって、ちゃんと権限争いのせいで仲が悪い。
「――以上が総帥からのご領導です。意見のあるものは? なければよし。解散とします」
政治・出身・部署ごとに派閥が入り乱れ、横断し、大混乱の渦のまま、ギレンがすべてを(親衛隊を通して)マネジメントして押さえつけてるのがジオンです。わたくしにはもうなにがなんだかわからねぇ。
なんで勢力が乱立しながら、そのどれもが派閥として成り立つほどに影響力を持てるのか?って思うでしょ。それは通信も不安定な広い宇宙で、各々が独自の裁量で動けるようにするためのスペースノイド特有の指揮統制文化があるんですよ~みたいな話になるんだけど、長くなるのでまた今度。
あ、この会議が終わったあとにも、派閥ごとのコンセンサス形成と意見調整の会議が複数待ってまーす。終わりやね。
◆
会議会議また会議。そしてその合間にソロモンの要職の皆々様に行脚行脚また行脚。わたくしの勤務時間のほとんどは社内政治で溶けている。今日の行脚のお相手はデラーズ閣下だ。
本来わたくしがやらないといけない書類仕事やら報告書やらもあるのだが、そこは暇そうにしているパイロット約二名に丸投げである。がんば。
「シェービング中ですまんな。老骨の数少ない楽しみなのだ。許せ」
デラーズの居場所を聞いて追っかけたところ、なんと美容サロンにいたようなので訪ねている。なんでも床屋巡りが趣味らしい。そういう初回荒らしの妖怪?
「貴公の活躍はワシの耳にも届いている。モビルスーツによる哨戒艦隊の殲滅。昇進も近いな」
「光栄ですわ、デラーズ閣下。ですけれど、わたくしは元々総帥との親交のために無理やり特務大尉にまでねじ込まれていますから……しばらく昇進とは縁遠い身でしょうね」
「フフフ、総帥付きの親衛隊でなければ、ワシの艦隊に引き込んでいたのだがな。連邦との大規模会戦が確実視されている今日に、有能な部下はいくらいても足りんわ」
デラーズが剃髪を受けている横で、わたくしはヘアーエステを受けることに。絵面エグいて。
ソロモンは現在こそ要塞化され軍事工場としての色も強いが、元は採掘基地。その人口は30万を優に超えており、その経済規模は数ある小惑星基地でも五指に入るほど。民間区域はもはや一つの都市の大きさである。
迎えの車内。人の目がなくなるとデラーズは息を吐き出す。
「――ギレン総帥は遠大な理想をお持ちだ。コロニー潰しにコロニー落とし。これで、ジオンが勝たねば戦後がどうなるか……」
その言葉にわたくしは訝しむ。
「……ふむ? 閣下は総帥の支持者であられると記憶していましたが」
「当然だ。ワシは総帥の戦争指導を信じておる。だがワシはコントリズムの支持者であり、ジオンの愛国者であるわ。それに対し、総帥は地球圏全体のことを考えておられるようだからな」
……おお、怖い怖い。やはりデラーズに目を付けたのは正解か。
「真に戦争に勝つ気ならば、艦隊を使い潰してでも複数基のコロニーを地球に落とすべきだったのだ。ワシはルウム侵攻に際し、第2次ブリティッシュ作戦を起草し総帥に上奏したが、議題にすら取り上げられんかった……だがワシは、やはりコロニーはさらに落とさねばならないと考えておる」
アッハイ……。
エギーユ・デラーズ。この男は過激な主義者でありながら、政治を解する数少ない人間だ。ジオン軍内の派閥は誰も彼もナイーヴが過ぎて、政治下手なくせに派閥争いはいっちょ前にする連中ばっかりだからな。自分は大義に殉じられるのに、社内政治はわたくしと同レベルでやるし、主義の相いれない相手にも鷹揚なところがある。だからガトーみたいな男を扱いきれるんだろう。
親衛隊であるわたくしに直接こういう話をこぼしてくるのはまさしく政治屋らしいやり方だ。あえて彼がその主義主張を開陳したのは、自分の立場を明確にするためだろう。
◆
その後の会議で、わたくしはデラーズと舌戦を戦わせる。
「よってからに、ワシは第二次ブリティッシュ作戦を主張する。モビルスーツによる我が方の優位性はすでに示された以上、会戦は問題にならない! ルウムのコロニーを地球に落とすべきであろう!」
「強く非難いたします。一将がそのような戦略目標を主張するのは、総帥の統帥権を軽視した冒険主義と考えますの。またわたくし個人の見解として、これ以上の民間人の虐殺は倫理的に到底容認できませんわ。コロニー落としは、人類史に残る非道です」
根回し済みの予定調和の会議。書記の人はちょっと困惑しながらわたくしたちの発言を記録する。こういうのは議事を残してもらうことこそ肝要だからね。
こうしてわたくしとデラーズは、対立者としてその立場を確かなものにする。ふさわしい場所で主義主張を口にすれば、自然と支持者と対立者が生まれ、そこには派閥ができあがる。言うなればわたくしたちは共犯関係だ。
マジでこういう人がいてくれるとやりやすいですわね~~~~~。もういっそ全人類デラーズになってくんないかな。
全人類がデラーズになった街並みを想像して、わたくしは一人で失笑する。ユジン少尉になんで急に笑ってんだこの人って目で見られた。ぐすん。
連邦のモビルスーツ開発事情に悩み中。序盤はオリジン要素強めだったのでノリでガンタンク出したりしてましたけど、ガンキャノンとかは一応まだ開発されてないってことにしたし。
ルウム戦役が終わってからV作戦の間までの話を書くにあたって、連邦側にもモビルスーツがいてくれたほうがやりやすいなぁとは思うんですよね。なんかもう開発事情を全捏造して79年の2月、3月あたりに急造されたガンキャノン初期型(オリジン風味)でも出そうかな……?