己の音色を響かせて 作:匿名
目の前の光景が信じられなかった。
「…は?」
俺達は全国を目指してここまで練習してきた。三年間ずっと吹奏楽に身を打ち込んできた。楽しい事ばかりでは無かったしトラブルだってあった。入部時から技量が上がり続けるとんでもなく上手い奴が同じパート内に居たり個性の強い奴らに悩まされたりした、頭の中にある理想と程遠い自分に悪態をつきながらやってきたんだ。いつしかそれが実を結び俺達が全国へ、そう、思っていた。
なのに、
『市立南中学校 銀賞』
(…俺達が……銀賞………)
思わず目を疑った。張り出された結果を何度も目でなぞった。そんな馬鹿な、あれだけやって、結果がこれ?なんかの間違いだろと心の片隅でそう思っていた。けど、
「え……」
「嘘でしょ…まだ府大会だよ…」
次へ進める切符を勝ち取り舞い上がる者、夢破れ顔を覆い涙を流す者、そんな二つの声が会場を埋め尽くしていた。そんな歓声の中から落胆する仲間の声が、すすり泣きが、やけにはっきりと耳に届いた。ここで終わり?全国はおろか関西大会ですらないんだぞ、俺達は演奏でベストを尽くした、なのに何故?そんな思いが頭の中を駆け回っていた。悔しさとラストチャンスを逃した絶望感が織り交ざって気が狂いそうだった。でも、不思議な事に涙は出てこなかった。
すっかり暗くなった夜道をバスが駆けて行く。バスの中の空気は重苦しかった。全国を掲げていたのに府大会で今年の挑戦は終わってしまった。俺はバスの屋根をぼんやりと眺めながら今回のコンクールについて考えていた。俺達に足りなかった物は何なんだろう、練習量?技術?表現力?雰囲気?どれが足りなかった、何が欠けていたと思考を巡らせていた。そんな時に悔し気に、だが決意を秘めた声が聞こえてきた。
「みぞれ…高校に入ったら、金取ろうね……」
「…うん……」
チラ、と顔を向けてみると傘木と鎧塚が話しているようだった。傘木希美、吹奏楽部の部長でフルートを担当している。整った容姿と優しさを合わせ持った彼女は持ち前の明るさとリーダーシップを発揮し部員を纏め上げてきた彼女は涙を流すまいと我慢している。
もう一方が鎧塚みぞれ、オーボエを担当している。綺麗な顔立ちだが基本的に無表情な彼女は傘木にべったりで、オーボエを選んだ理由も傘木に勧められたからオーボエを選んだと聞いた時は思わず正気を疑ったがしっかり熱意はあるようで、日に日に上達していく彼女は今では中学生と思えないレベルになっておりこの部の主戦力の一人だ。そんな彼女は相変わらず表情の分からない面をしている。二人の世界を作ってんなぁと眺めていると傘木がこちらに気付いた。
「あ…ごめんね、起こしちゃった?」
「別に、だいぶ悔しいなって思ってたんだ。でもそうか…」
「?どうしたの?」
「いや、高校でリベンジするって発想無かったから、その手があったかとな」
「うん。私たちは来年こそ金を取る…今年はもう挑めないからさ」
「凄えな、もうそこまで考えてんのか」
「うん、祐樹はどうするの?」
「考え中でな、これから本腰を入れて考えようと思ってる。」
「そっか、もし一緒の所ならまた頑張ろう?」
「ああ、見知った奴がいるのはホッとするしな……すまん、ちょっと寝る」
「うん、お疲れ」
眠気でぼんやりとしてきた頭で少し考えた。あの二人のことだ、立華とかそこら辺の吹奏楽の強豪校に行くのだろう。俺は俺で自分の技術を磨くとするかなぁと考えている内にだんだん瞼が重くなってきた。
「本当?さっき言った事」
「さっきって?」
「高校で…金、取る」
「うん。金、取ろう」
二人の話し声が遠くに聞こえる。こんな結果にもめげずに次を目指す根性、それを感じながら俺は睡魔に身を委ねた。
あれから時は過ぎ高校の入学式を迎えた。俺は京都府立北宇治高校に進学し、これからの生活に少しドキドキしていた。中学とは違う環境で上手くやっていけるかが気掛かりで少しソワソワしていたと思う。初日ということもあってホームルームや学校や諸々の説明で終わったのでテンションが上がっている。見知った奴いないかなと校門へ向かいながらきょろきょろしていると、
「あれ、祐樹じゃん。何してんの?」
後ろから声を掛けて来たのはなんと傘木だった。その後ろには鎧塚も居る。ここにいるとは思ってなかったので驚いた。
「うお!?あぁお前らか、知ってる奴いないか探してたんだ」
「そうなんだ~!それなら大丈夫だと思うよ!私たち以外にも南中の吹部から来てるし」
「おぉそうなのか、ならいけるな」
ちょっと不安だった所が解消されて思わず笑みを浮かべた。知ってる奴がいるなら頼もしい、一人じゃないのがわかるとここまで楽になるのかと感じた。
「うん!みんなとまたコンクール目指そう!」
「おう、鎧塚は?」
「希美がめざすなら…」
「相変わらずだな、お前」
鎧塚はブレないなぁと思いつつこれからについて考えていた。傘木と鎧塚のコンビと他の奴もきているなら何とかなるだろうと、初心者がきても丁寧に教えれば吹けるようになるだろうと思いながら俺こと野上祐樹は新しいスタートを踏み出した。