己の音色を響かせて   作:匿名

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第十一話 変革

 

「………」

 

早朝の音楽室、鎧塚のオーボエが響いていく。それをバックミュージックに、俺は自分のオーボエを磨いていた。

無言で、ただひたすらにキーと本体を拭いていく。ゆっくりと優しく、労わる様に。

思い浮かべるのは昨日の出来事。

 

『では、合奏出来るクオリティになったら呼んで下さい』

 

ミーティングで一言そう告げ去ろうとする滝先生に部員の多くが困惑した。それもそのはず、何を練習するのか決まっていない状態で出て行こうとするのだから、この戸惑いは必然だった。

皆さんの得意な物で良いと続けた先生だったが、此方の反応がよろしく無かったのか『海兵隊』を提案してきた。

 

(海兵隊か……懐かしいな)

 

『海兵隊』。マーチの原点とも言われるこの曲は、簡単な曲として分類されている。

特定のリズムやテンポで構成されているので比較的覚えるのが簡単だからだ。

 

考えていたのは何故このタイミングで、という事。五月にはサンフェスがあるのに、その曲すら決まっていないのにどうして今海兵隊?と言うのが本音だ。

 

(敢えて今初級の曲をやらせる事で、現状の把握をしようというのか?)

 

先生の人となりを知らない、意図が掴み切れていない今の自分で考えられる限界がこれだった。

単に先生の挑発だったって事もあるし、上手くいかなければ、こんなのも吹けないのかと部員のレベルの低さを知らしめようとしている線も考えられる。

 

(………こんな所か)

 

考えててもしょうがない、意図はどうあれただ言われるがままに吹くだけ。

そう結論付けてオーボエを磨く手を止める。大分綺麗になったな。

 

キーから反射する光に目を細めていると廊下の方から足音が聞こえて来た。

 

「おはようございます。お早いんですね」

 

挨拶と共にトランペットの黒髪ロングが音楽室に入ってきた。

一年が、この時期から朝練に来るとは珍しい。全国的にも少ないんじゃなかろうか。

 

「…おはよう。随分熱心だな。一年」

「ありがとうございます。そちらは……」

「ほぼ初対面だからな。分からないのも無理は無い。俺は野上、あっちで座って練習しているのが鎧塚。どっちも二年生だ」

「高坂麗奈です。よろしくお願いします。野上先輩、鎧塚先輩」

「おう。よろしく」

「……よろしく」

 

黒髪ロング……高坂はお辞儀をした後に自分のトランペットを持って音楽室を去って行った。

マイ楽器持ちか。しかもあのモデル、結構な値段した気がする。

 

「掃除、終わったの?」

「ああ、ピカピカだ。じゃあ俺、適当な所で吹いてくる」

「いってらっしゃい」

 

席を立ち適当なスペースを見つけて練習する。海兵隊は簡単な曲とは言え気を抜いていい訳じゃない。楽譜に目を通しながらリードに息を吹き込んだ。

 

 

 


 

 

 

その日の部活動。パート練習を終え合奏練習に入る段階で小笠原先輩が滝先生を連れて来た。もう何日か猶予が与えられていた筈だが、もうやるのか。

チューニングを終えると、滝先生が壇上に上がり楽譜を開いた。

 

「最初から通しでやりましょうか。行きますよ……1、2、3、4!」

 

先生の合図で息を吹き込み演奏する。自分らだけが上手くやれても一人がミスをすると全体の評価が下がる合奏で、これは少々厳しい物がある。トロンボーンはバラバラだし、クラリネットは音を外している。全体的に練習をしていないのだからタイミングなど合う筈も無く、個々の練習が足りていない。序盤からもう怪しかった演奏が進むにつれてどんどんボロが出て来た。

 

「……それまで」

 

滝先生が手を止め中止させる。先生も酷いと判断したのだろう、少しの沈黙が流れた。

 

「何ですか?コレ」

 

優しい顔とは裏腹に此方を責める意図があるのは明白だった。その言葉にもどこか棘を感じる。

その矛先は呼び出した小笠原先輩に向かう。

 

「部長、言いましたよね。合奏出来るクオリティになったら呼んで下さいって。その結果がコレですか?」

 

その問いかけに小笠原先輩は消え入りそうな声で謝るしか無かった。

その後に今回の合奏の問題点を淡々と挙げていった。その様はまるでというか公開処刑そのもの。各パートの問題点を指摘し、反論が来れば吹いてみろと言い、そのパートの問題点を周りに聞かせ浮き彫りにする。トロンボーンの野口先輩は滝先生に食って掛かって返り討ちに合っていた、哀れ。皆下を向き沈黙する。暗い空気が流れていた。

 

「コレでは困ります。あなた達は全国に行くと決めました。ならば、最低基準はクリアして頂きたい。これでは、指導以前の問題です。私の時間を無駄にしないで頂きたい。来週の水曜に再び合奏の時間を取ります。それまでに仕上げておいて下さい」

 

そう告げると小笠原先輩にいくつかの連絡事項を告げ、音楽室の扉に向かっていく。

 

「あ、あの!」

「何ですか?」

「サンライズフェスティバルの曲は…」

「あなた達はまだそのレベルにありません。このままであれば、参加しなくても良いと考えています。では、失礼」

 

中世古先輩の質問に被せる様に自身の考えを明かした先生はそのまま去って行った。

途端に音楽室は先生への不満で一杯になった。さっきの静寂が嘘の様にざわつき始める。さっきまで何も言えなかったのに、本人が居なくなった途端にこれだ。

その場は田中先輩がパートリーダー会議をしようと提案した事で収拾が着いた。

 

(これは……劇薬だな)

 

あの先生は毒か薬か、効果が出るのはこれから先だ。さて、どうなることやら。

 

 

 

 


 

 

 

 

「ハァ~~めんどくさい事になったわ~~」

「うん。梨香子先生とは大違いね」

「野口の奴もアホね。あんな事言ったら晒上げになるの分かってるでしょ」

 

ダブルリードの教室で先輩方が愚痴をこぼしている。先の合奏で我々ダブルリード組は善戦した方だと思っている。滝先生の求める基準は不明だが、岡先輩も喜多村先輩もミスはしたが、そこまで酷くは聞こえなかった。

 

「と言うか、今までが酷すぎたのでは?」

「そりゃそうよ。あんなんじゃ演奏にならないっての」

「去年そんなに練習してなかった私達でもこれは…ってなったからね」

 

長い髪の毛を手入れしながら吐き捨てる様に苦言を発する岡先輩。先輩は面倒事を嫌っており、去年も先輩に何か言う事はせず静観に徹していた。今ではサンフェス出場が危うくなった事に苛立っている。

 

喜多村先輩は岡先輩に同調しながらも何とか宥めようとしている。岡先輩ほどでは無いが先生に思う所があるようで渋い顔をしている。

 

鎧塚はいつもと変わらず無表情。先生の事なんて気にしてませんと言わんばかりにオーボエの手入れをしている。むしろ平常運転で安心する位だ。

 

「槍玉に上がってたのは普段サボってた人達なので自業自得。滝先生は……部員の意識を変えるのが目的なのでしょうが、もっと言い方あったんじゃないですかね」

「あんな風に淡々と言われたら、ちょっと怖いよね」

「むしろああ言わないと変わらないって思ったんじゃない?先生なんだしどっかの教室は覗いてるでしょ」

「やだなー今の雰囲気。居心地悪く感じちゃうよ」

「来南はパーリー会議あるんでしょ?どうすんの?」

どうするもないよー絶対愚痴ばっかりだよー

 

ああ、喜多村先輩がふにゃふにゃしだした……

ああなったら暫くは戻らないだろう。楽器ケースに手を伸ばし、オーボエを取り出す。

 

「鎧塚、合わせるか?」

「うん。大丈夫」

「良し、では最初からいこう」

「……あんたらホント熱心ね。良く出来た後輩だわ」

「今の課題ですから。やらなきゃ今度は何言われるか分かりませんよ?」

「はいはい、やるわよ。あんたらに付いて行くのは大変ね」

 

気怠そうにしながらもファゴットを構える岡先輩と復活した喜多村先輩。気が乗らないと練習しない先輩だが、声を掛ければ何だかんだで付き合ってくれるのが有難かった。

 

 

 


 

 

 

 

先輩のファゴットを片付けた後楽器室に残り予備のリードの状態を確認する。俺も鎧塚も自前の物を持ってはいるが何かあった時の備えとしてチェックは欠かせない。いざという時に使えなくて困るのは自分達だ。一つ一つ手に取り確認する。数が多い訳じゃ無いからそんなにはかからなかった。

 

「あ、お疲れっス。先輩」

「お疲れ、あの後どうだったんだ?トロンボーンは」

「いやぁ、なんというか……」

 

リードケースを仕舞っている内に塚本が入って来た。俺が吹部に案内した内の一人だ。中学はホルンをやっていたがトロンボーンに変えたらしい。数少ない男子で吹部経験者というのもあってちょっと嬉しかったのを覚えている。

 

「フフ、言わんでも良い。想像は付く」

「前からあんな感じなんですか」

「そうだな。去年もあんな感じだ」

 

怪訝そうな顔をする塚本にそう返す。

 

「こんなんで全国行けるんですかね…」

「頑張り次第だろう。滝先生も、俺達もな」

「ハァ、先輩方がしっかりやってくれたらなぁ。野口先輩とか」

「あの人は不真面目代表みたいなもんだ。期待はしない方が良い」

「…前から気になってたんですけど」

「おう」

「この部活、二年生、少なくないですか?」

「気になるのか?」

「まぁ、そりゃ…はい」

 

野口先輩への愚痴から一転、急にそんな事を聞いてきた。まぁ、そりゃ気付くよな。髪をくしゃくしゃさせながら塚本は頷く。

 

「ざっくり言えば、方向性の違いだな」

「方向性…ですか?」

「ああ。熱心な部員とそうじゃ無い部員とで衝突があったんだ。気楽にやりたい三年とコンクール上位を狙いたい一年とでな」

「それで、どうなったんですか」

「結果は一年の負け。衝突してた奴は皆辞めたよ。十人くらい居たかな」

「……そうだったんですね」

「ああ。で、疑問は解けたか?」

「はい。あざっした!」

 

元気よく挨拶して出て行く塚本。あまり良くない事を話したが何時かは明るみに出る事だ。少し位は良いだろう。楽器室出て荷物を持ち階段を下りる。今頃下駄箱辺りで鎧塚が待っている筈だ。急がねば。

 

 

 

 


 

 

 

後日、パートリーダー会議が行われた。我がダブルリードパートからは喜多村先輩が出席した。今はその結果待ちの状況である。その間やる事も無いので軽い練習をしておく事にした。皆で歩幅を合わせてやるべきなどと一部の連中がほざいていたらしいがそれでは間に合わない。あれだけ手痛い事を言われたのだから危機感を持つべきだ、だなんて言っても通じないだろう。今の部内は滝先生のサンフェスに出場しなくて良いという発言に揺れている。少なくともパーリー会議が終わるまではこのままだろう。と言っても結果なんて目に見えているが。

 

ミーティングにて会議の結果が部員に伝えられた。内容としては期日までしっかりと合奏練習を行う。そこで先生からの合格が貰えなければ抗議する形になったらしい。まぁ妥当だな。

内容を共有している途中で滝先生がやって来た。パーリー会議など別で時間を取ればいいなど一言二言嫌味を言った後、手を叩いて練習を促す。だがその練習は普段こなしている物と毛色が違った。

 

「では、皆さん体操着に着替えて下さい。着替え終わったら楽器を持ってグラウンドに集合です」

先生はにっこりと笑ってそう告げた。

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

 

先生の指示通り全力で走る。グラウンド一周を全力で、タイムは九十秒以内。オーバーすればもう一周。女子が多いこの部活では流石に上位で走り終える事が出来た。全力ダッシュなんて久しぶりだったもんで息が上がってしまう。鎧塚を置き去りにしてしまったが致し方なし。肝心の鎧塚はと言うと……

 

「ハァ………ハァ……」

 

グラウンドの中間より少し後ろに位置していた。鎧塚遅っっそ!腕全然上がって無いぞ。

まぁ鎧塚は動き回るタイプでは無いからこうなるのも必然だが。

 

走り終えた後は各々の担当する楽器を吹く事になる。先生に促されリードに息を吹き込みオーボエを鳴らす。すぐさま合格が貰えた。他の部員もどんどんゴールし楽器を手に取っていく。ふらつきながらも頑張っていた。

 

「……………」

 

横で鎧塚が死体の様に転がっているが、なんとか時間内に走り終わる事が出来たようだ。だがまだ終わりでは無い。

鎧塚を立たせてオーボエを渡し、吹く様に伝える。息も絶え絶えだがなんとか合格が貰えていた。

 

(これ……サンフェスの為のメニューか?)

 

部員へ指摘を行う際、専門的なワードを飛ばしているのを耳にしている。そこから察するに滝先生は音楽に関しては相当明るい。梨香子先生なんて相手にならんだろう。あの合奏を一回聞いただけでそれぞれのパートに欠けている部分を注意していたのだから。

そう考えるとこの全力ダッシュも、何か意味があるんじゃないか?そう思えた。確かに、全力ダッシュなどには筋肉を発達させる他、スタミナが付く、肺活量を向上させる効果があるとは聞いている。その後に楽器を吹かせるのは……荒くなった呼吸を素早く整えさせる癖を付けさせるためか?

となるとこのメニューは技術的な物では無く体力、肉体面を養う物となる。吹奏楽部の楽器はその名の通り吹いて奏でる楽器が基本だ。故に肺活量や呼吸は非常に重要になる。今は手先の技術より弛み切った肉体からと判断したのかもしれない。

 

「これは、もしかしたら……もしかするかもしれん」

「ハァ…ハァ…ハァ……え?」

「独り言だ、気にするな。ゆっくりと息を整えろ」

 

まだふらついている鎧塚を労わりながら滝先生を見やる。ヘトヘトになりながらも楽器を吹こうとする部員の姿に、滝先生は笑みを浮かべるばかり。

この先生なら、という漠然とした物は次第に大きくなっていった。

 

 

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