己の音色を響かせて 作:匿名
今日も授業が終わり部活動が始まった。最近はパート練習のみで合奏練習はほとんどない。かなり緩い部活の空気のせいか廊下で練習していても決まった楽器の音しか聞こえてこない。
結構音楽に触れているとこの音色はこの人が出している、というのがある程度分かってきた。そこから察するに音色が増えないということはつまり、限られた人しか練習していないという事になる。
「私達、先帰ってるから」
「お疲れ様~」
「お疲れ様です」
「…お疲れ様です」
パート練習の時間は六時半までだがそんな時間まで残る生徒は少なく、練習もほどほどに六時のチャイムが鳴ると先輩方は先に帰って行った。二人でどこかに遊びに行くのだろう、二人ともウキウキしながら空き教室を出て行った。
先輩達のファゴットの片付けを手伝い二人を階段まで見送る。先輩が居なくなったので気兼ねなくオーボエが吹ける。鎧塚と教室に入りいつも通りのメニューをこなす。お互いに黙々と練習をしていると不意に教室の扉が開いた。
「あっ、いたいた。ねぇ一緒に何か吹かない?」
扉を開けて入って来たのは傘木だった。そこまで人がいないとは言えまだ練習中、こっちに来て大丈夫なのか疑問だった。
「…私は大丈夫、だけど……怒られないの?それ」
「おいおいパー練はどうしたよ、まだ時間あるだろ?」
「いーからいーから、で、どう?」
思い返せば最近は他パートとの合わせなんてしてなかった。久しぶりにこうして集まって吹くのも良いかもしれない、ここは乗っておこう。
「良いと思う、久しぶりに三人で曲合わせでもするか」
「良いねー、何やる?みぞれは?」
「私は、希美がしたいなら何でも良い」
今日も鎧塚はいつも通り、だが傘木と吹けるのが嬉しいのか少し微笑んでいる。だが何でも傘木の言うものなら…というスタンスはよろしくない。ので、お節介かもしれないが少しでも傘木に対して自己主張出来るよう俺が仕向けてみる。
「偶には自分のやりたい曲言ったらどうだ?傘木も鎧塚の提案を断らんだろ」
「そうだよ~、みぞれは何が良い?」
「なら…これ」
鎧塚が楽譜ファイルから選んだのは『いつも何度でも』千と千尋の神隠しの主題歌で誰もが知る名曲、トランペットやトロンボーンも良い味を出すのがこの曲だ。
「良いね、それ吹こっか」
「うん、なら準備するね」
「ならお前らは好きなように吹きな、サポートしてやる」
「それは良いけど、野上君は良いの?」
「おう、俺はお前らの演奏好きなんだよ」
傘木のフルートと鎧塚のオーボエによる合奏はとても綺麗で上手い。傘木と鎧塚は南中のメンバーの中でもトップクラスの実力を持っており、中学の頃の俺は二人の演奏にどんどんと夢中になっていった。
「じゃあ始めるぞ、準備は良いか?」
「いつでもいけるよ」
「…大丈夫」
「良し、じゃあ行くぞ」
二人の準備が出来たのを確認するとメトロノームから手を離し、すぐさま演奏体制に入る。カチ、カチとなるテンポに合わせてフルートの音が鳴り響きそれに応えるように鎧塚のオーボエが音を奏でる、そして俺が二人の演奏のカバーをする。
♪~♪~♪~♪~
この三人で演奏する時は大体このパターンだった。中学一年の頃を思い出す、その時から集まって吹く事が多々ありその発端はいつも傘木で、俺と鎧塚はそれに振り回されていた。最も鎧塚は大体傘木に付いて行ってたのでげんなりしていたのは俺だけだったりする、まぁそれも演奏が始まれば吹き飛んだが。
こうして演奏していると楽器をやって良かったと思う、友達と吹くのは楽しいし知っている曲、好きな曲を吹けるようになる快感は他では味わえない独特なものだ。
オーボエ自体は小学校高学年くらいの時に母親から教えてもらったが本腰を入れ始めたのは傘木に
『お願い!鎧塚さんにオーボエを教えてあげて!』
と懇願されたのが始まりだった。顧問の方が知識もあるししっかり指導してくれるのでは?そう思いそれを伝えたのだが
『二人で練習する方が鎧塚さんも楽しめるかなって』
などと言われては断り辛く教える事になった。鎧塚本人はピアノを習っていたらしく音楽のセンスに関しては申し分無かった、むしろ教えている内に当時の自分にどんどんと技術が迫ってくるものだからこちらも必死こいて練習した、おかげでだいぶ上達した。
ただ、コミュニケーションがとり辛く意図をくみ取り辛いのが難点だったが、顔を合わせ続ける内に段々と理解できるようになっていった。
明るく人を惹きつける傘木と静かで傘木以外との関係が乏しい鎧塚、こいつらに付いて行ったら何が見られるだろう、今まで良い物も渋い物も散々見せて貰ったがまだまだその欲は尽きない、この二人には本当に飽きない。
そんな事を考えながら音色を奏でていく、曲はもう終盤、練習とは言え気を引き締めて、一音一音しっかりと、そんな事を思いながら残り少ない部分を吹き上げた。
(いやー、久しぶりの演奏だったが上手くいったな)
即興での演奏を終え内心独りごちる。やはり演奏は良い、三人だけでもああして音を合わせるのは楽しい。そんな事を思いながら流し場までやって来た。
「おっ野上じゃん、うーっす」
「野上、私達になんか用?」
「いや、水汲みに来たんだ」
流し場には滝野と吉川がいた。滝野は今年から楽器に触れた初心者で数少ない男子部員。なんでも楽器を吹けるとモテると思ったから入部したらしい。
吉川は南中ではトランペットのパートリーダーを務めており、頭の上に着けている大きなリボンが特徴的だ。二人の傍で水筒に水を入れているとマウスピースを洗っていた滝野が声を潜めて話しかけてくる。
「なぁ、吉川さんってズバッと言うんだな」
「ああ、中学で会った時からそうだった」
「基本助けてくれるんだけど結構ストレートでさ…」
「最初はそうなる。文句言われたくなきゃ従っとけ」
「そうするわ……」
「聞こえてるわよ」
「うおっ!」
吉川の声に滝野が驚いた。流石にこの距離で話してたら聞こえるよな。吉川は少しお怒りらしい。
「滝野、アンタにはもっと厳しくした方がいいかしら?」
「悪かったって!…出来れば中世古先輩みたいに優しくしてくれると―――」
「調子に乗らない!」
「ハイ!」
おお、もう上下関係が出来上がっている。感心している内に水筒の中に程々の量溜まったから滝野を生贄に退散しよう。
「じゃ、俺行くわ」
「えぇ!?このまま!?」
「ちょっと!アンタにも聞きたい事が「じゃーなー」…もう!」
吉川が何か言いたげだったが無視して退散することに。こっちに飛び火する前で助かった。
ほどなくしてパート練習の教室に戻る。傘木、むくれてなけりゃいいが…
「すまん、ちょっと喋ってて…傘木は?」
「他の友達に呼ばれて行って、さっき」
「ほーん、付いて行かなくて良いのか?」
「……呼ばれてないし、それに私、他の人とあんまり仲良く無いし、向こうも私と居ても面白く無いと思う」
……仲良く無いというか、部活内外で関わる事が少なかっただけじゃねぇかなぁ?
「今まで話して来てなかっただけで案外面白いかもしれんぞ?向こうもそう悪くは思わんだろ」
「……私はいい、ここで練習する」
そう言い練習に戻る鎧塚、傘木の所に行っても良いがこいつをそのままにするのもなぁ…
それにここでほっつき歩いて鎧塚に僅かでも遅れを取る訳にはいかない。
「そうかい、なら俺も練習するかな」
「希美の所に行かなくて良いの?」
「俺も呼ばれてねぇし、行ってなにかするでも無いしな。気持ちよく吹きてぇなら離れた廊下で吹くが…どうする?」
「大丈夫。私も教えて欲しい所がある」
「俺もだ。じゃあ、やりますか」
難しい所を教え合い、過去の曲を吹き、意識しているポイントを話し合う。
お互い夢中になっていたのか時計を見るともうすぐ六時半だった。何時まで経っても来ない俺達を心配したのか傘木が迎えに来るまで空き教室にはオーボエの音が響いていた。