己の音色を響かせて   作:匿名

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第五話 模索/行進

授業終わりの昼休みにて。

 

 「―――ってな感じで、こっちは全然だ」

 「こっちも大体一緒。これじゃあサンフェスなんて…」

 

 俺は南中のメンバーの二人に呼ばれ状況確認をしていた。

 一人は大橋。誰にでも分け隔てなく接する男でホルンを担当している。

 もう一人が飯田。おとなしい性格の女子でテナーサックス担当だ。

 どちらのパートもおざなりでもうじき始まるサンフェスへの不安を隠しきれてない様子。

 

 「サックスは練習してる人が半分、遊んでる人が半分かな」

 「ホルンは楽しければOKって感じでコスメとかの話ばっかだな」

 「あと、トランペットは中世古先輩が取り持ってくれてるって吉川さんが言ってたよ」

 「あの人か、確かに優しそうだもんな。揉め事とか嫌いそう。野上、ダブルリードの方はどうなんだ?ちゃんとやってんのか?確かそっちに三年いなかったろ」

 「練習はしてる。サンフェスの歩幅とか教えてもらった。でもお前ら程熱心じゃ無いぞ。周りに文句言われない最低限って感じだ」

 「それでも練習してくれるだけマシだぜ。こっちがそれとなく言っても聞かねーし。はぁ~あ、俺らの所も三年がいなかったらそんな感じなのかな~」

 「うーん、二年生も良くしてくれてるけど…みんなそうかって言うとそうじゃないけどね…」

 

 飯田の言うように二年生全員がこの空気に吞まれている訳ではない。だが人数も多くない。二年生には二年生の事情があるし、三年生に楯突こうものなら何をされるか分からない。だからなのか基本的には静観を決めている。

 

 「…傘木さんなら何とか出来たりするのかな?」

 「うーん、でもこの前『コンクールまで我慢してみない?』って言ってたしな。考えがあるんだろ。もう少し様子見するつもりだと思うぜ。他の奴も今はそれでって感じだし」

 

 こいつら傘木にもその話してたのか。確かに傘木は南中の吹部メンバーからの人望は厚い。かつて吹部をまとめていた部長としての手腕は健在で二人の言葉にも傘木への信頼が読み取れる。

 

 「はぁ、何か私達に出来る事無いかな?」

 「出来る事と言ってもな…」

 

二人が頭を悩ませている時ふと、校内掲示板が目に入った。部活動ポスターや漢字検定の広告などが張られているが、目に留まったのはその中の校内新聞だった。

 そこには先生や優秀な成績を残した生徒へのインタビューやらが記載されており、作成しているのは新聞部とあった。ここでは学校側が発行する物とは別に新聞部が書いている物があるようだ。……これは、もしかしたら使えるかもしれない。そう思った俺は二人との話を切り上げる事にした。

 

 「お前らの事情は分かった。今は耐える時期か」

 「…悔しいがそうだろうな」

 「うん。サンフェスが終わってからが勝負だね」

 「だろうな。俺は行くよ」

 「おう。お互い頑張ろうぜ」

 「じゃあね」

 

 二人に別れを告げる。自分のクラスに新聞部に入部した奴がいることを願いながら足早に教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 自分のクラスに戻りお目当ての人物を探す事にしたが、自分の前の席の人物がそうだったようで手早く説明を終え早速交渉する事にした。

 

 

 「と言う訳で吹奏楽部の三年生を中心に話を聞き出して欲しい」

 「はぇー、変な事するよねぇ。自分で聞いたら?」

 

 が、あっけなく拒否されてしまう。その疑問も当然だろう。

 

 「それがそうもいかなくてな。一部の吹部一年が三年とちょっと揉めて、俺達が話を聞きにくい空気が出来つつあるんだ。だから吹部以外で他の教室に行ってても不思議じゃないそちらにお願いしたい」

 「厄介な物持ってくるねぇ。それなら、二年生にお願いしたらどうなの?」

 「そうしたいんだがな、二年生の先輩方は動く気配がない。今の所、部活内で揺すれそうな物が見当たらない。部活外の人間からの見識が欲しい」

 「うーん……」

 

 先輩に頼み込んでも動かなさそうだし、もし承諾してもらったとしてもそれで目を付けられれば本末転倒だ。

 

 「……事情は分かったよ。でもこっちも簡単に取材が出来る訳じゃ無い。ある程度テーマを決めて、上級生に話を通して、それでGOサインが出るんだ。分かる?手間かかってるんだよ。そんなの、何も無しにいきなり言われてもねぇ…」

 

 なるほど。向こうにもそれなりに手順を踏んでいるらしい。声色も若干低くあまり乗り気という感じはしない。

 

 「………分かった。テーマは提供しよう。それと何か奢ろう。どうだ?」

 

 相手はまだ少し渋い顔をしている。出来ればここは頷いて頂きたい所。

 

 「…もう一声」

 「……………学食一回奢るも追加で…」

 「よぉしオッケー!!交渉成立ゥ!」

 「テメェ!」

 

 こいつ端からそれが狙いか!やられたっ!

 

 「いやー、こういう駆け引きみたいなのやってみたかったんだよ~。君があんまり強くなくて助かった~」

 「お前な…」

 「ごめんごめん、でも手間がかかるのは本当だよ。校内掲示板で張り出すのは部員全員で決めたテーマの内容だけとはいえ、部員全員で取り組むしね。ネタの一つとして先輩にどうですかって聞いてみるよ。小ネタ位だったら部全体が動いて逆に本音が聞けないなんて事にもならないだろうし。…言っとくけど、絶対上手く行く訳じゃ無いからね」

 「ああ、俺としては三年生の言い分が聞ければそれで良い」

 「はいはい。さーて、何奢ってもらおっかな~」

 「言っておくが、こっちの部活が終わるまで待ってもらうぞ」

 「それ位待つよ。でも、何でわざわざそんな事を?」

 

 そう言われ、言葉に詰まった。こんな事をしなくても良いのは確かだ。余計な手間はかかるし、ついさっき不必要な出費が確定した。何故するのか自分でも良く分かっていなかった。吹部のためか、南中の面々のためか、自分のためか、恐らく後者の理由が一番だろう。後ろ指を指されないようにするには行動する必要がある。

 

 「こうやって動いていれば、文句言ってる連中に何もしてないって言われなくなるだろ?だからさ」

 

 

 

 

 「私達、バイトあるから先帰るね。お疲れ様」

 「おつ~、野上、後頼んだ~」

 「…ええ、言われなくても。お疲れ様です」

 

 その日の部活動、練習も程々に切り上げて帰って行った先輩を見送った後、自分のオーボエの水抜きをしながらふと疑問に思った事を聞いてみた。

 

 「鎧塚はさ、今の吹部、どう?」

 「…どうって?」

 「雰囲気とか、技量とかさ、南中の頃とは全然違うだろ?練習量も減った。鎧塚はおとなしいから、遠慮とかしてんのかな、と思って気になったんだ。先輩もいないし聞くなら丁度いいかなって」

 

 掃除用の羽を使い管の中で回転させ水を取りながら返答を待つ。

 

 「私はあんまり雰囲気とか気にしてないから分からない。希美が居ればそれで良い。でも…」

 「でも?」

 「ここではコンクール、銀も獲れないのは分かる」

 

 それを、鎧塚には珍しい力強い口調で言い放った。

 

 「だよな。そう思うよな」

 「…どうしたの?突然。野上君がそんな事聞くの、珍しい」

 「いやな?他のパートで不満が出たらしい。先輩が真面目にやらないって、ホルンとかサックス当たりの奴が言い出したんだと」

 「…そう。……希美は?」

 「傘木はしっかり練習してるらしいぞ。見に行くか?」

 「………いや、やっぱりいい。希美に迷惑掛けたくない」

 

 今まで聞いた事をぼかして言ったが響いていなさそうだ。それに、傘木がどれだけ練習出来ているのかは想像でしかない。

 大橋の口ぶりを考えるに色々と相談を請け負っているのだろう。傘木がそんな状態で練習に打ち込めるとは思えない。杞憂だろうが下手にそれを言って鎧塚が首を突っ込んでこちらに飛び火するのは避けたいし、それが原因で鎧塚のレベルが下がると張り合いが無い。

 

 「野上君はどうなの?今の部活」

 「俺?俺は別に。お前らに付いて行く位だしな」

 

 そういうと鎧塚は何かに納得したかのように頷いた。

 

 「ま、目下の目標はサンフェスだけどな」

 「私、あんまり日差しに居たくない」

 「仕方無いだろ。日焼け止めとか塗って、本番は辛抱してくれ。どうせすぐ終わる」

 

 見た目に違わずというか、やはりというか鎧塚は日光があまり好きではないようで。そんな彼女を宥めながらオーボエの手入れを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎えたサンフェス当日、会場である太陽公園には凄まじい数の人だった。友達や家族の晴れ姿を見に来たのか、立華なんかの有名校のパフォーマンス目当てなのか、とにかく人でごった返していた。

 

 「はぁ…」

 「どうしたの野上君?溜息なんてついて」

 「いや、久しぶりにあれだけの楽器を運搬しましたから、少し疲れが…」

 

 吹奏楽部は大半が女子生徒で構成されている為、運搬などの力仕事はほぼ男子に回されてくるのだ。

 フルートやトランペット等の比較的持ち運びやすい楽器は個人で運べばいいだけなのだが、パーカッションのドラムやチューバなどの重たい楽器はそうはいかない。

 運搬するトラックが止めてある所まで楽器室からそれらを運んでくるのはとてもキツイ。

 

 「流石にあの量は大変だよね」

 「ええ、出来ればもうしたくないですが…」

 「帰りもよろしくお願いします」

 「でしょうねぇ…はぁ…」

 

 喜多村先輩が仰々しくお辞儀をしてきた。気が重い、これから行う行進も不安なのにその後の片付けもと考えると憂鬱だった。

 

 「でも、行進が終わったら自由時間だし、何か食べてリフレッシュしてみたらどうかな」

 「そうですね、そうします。行進は…考えないようにしましょう」

 「ま、まぁある程度は出来てたから、何とかなるんじゃ…ない…かな?」

 「…気になったのですが、行進自体の練習って、去年もこのタイミングでですか?」

 

 会場に着くやいなや行進の練習を本番直前のこのタイミングでやると言われたのだ。今まで行進練習が入って無かったのに何故本番直前にするのだろう?

 

 「そうだね。去年もこれ位しかやって無かったかな。先輩達は皆日焼けを気にしたり、楽器持ちながらグラウンドを動き回るのを嫌がってたからね。だから本番のこの時間でやってるんだよ」

 「…そういう理由ですか」

 「ま、私等はやるだけやりましょ」

 

 喜多村先輩と喋っていると戻って来た岡先輩がペットボトルの蓋を捻りながらそう言った。

 どうも飲み物を買ってくるじゃんけんで負けたらしい。悔しそうにしながらミネラルウォーターを渡していた。

 

 「そういや、みぞれちゃんは?」

 「友達の所へ行きましたよ」

 「へー、そうなんだ。良かった。みぞれちゃん、アンタ以外にも友達いたのね」

 「中々の言い草ですね」

 

 そう言って岡先輩は鎧塚の方を見やる。そこには傘木と楽し気に話す鎧塚の姿が。パート練習中には見せないその姿を見て少し顔を微笑ます。

 暫くすると遠くから部長からの号令が聞こえきた。そろそろ始まるのだろう。

 

 

 

 「もう本番かぁ」

 「ええ、行きますか」

 「もうちょっとゆっくりしたかったなぁ」

 

 なにはどうあれここまで来てしまったならやるしかない、覚悟を決め隊列に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 『続きまして、北宇治高校吹奏楽部の皆さんです』

 

 アナウンスが入り、ぞろぞろとスタート位置に着く。皆笑顔を浮かべているが自分はこういう時、つい真顔になってしまう。自分の中では笑顔のつもりなのだが、ちょっと固いと中学の時に笑われた事もある。

 旗を握りしめ開始の合図を待つ。幸運だったのは二つ。序盤も序盤だった事、そして強豪校に挟まれていない事だった。これならどれだけお粗末でも後の学校のパフォーマンスで我が校の失態は見に来た人の記憶からは薄れていくだろう。

 日射しのせいか汗が額に滲んできた。早くしてくれ、その願いが届いたのかドラムメジャーがホイッスルを鳴らす。それに合わせ旗を構える。すると観客の注目は我々に向く。自分は前方に位置しているから人々の視線がこちらに向いているのは良く分かった。

 これでも南中でよくコンクールに出ていたのだ、人に注目されるのは慣れている。でもあの頃受けていた物とは違う視線、期待の籠った物とは違う『ああ、北宇治ね』とでも言わんばかりの興味を感じさせない視線、それがこちらに向けられていた。

 行進が始まりそれぞれがメロディーを奏でていたが、やはりピッチが合わず、タイミングもバラバラ、歩幅も合わず後ろの人と何度もぶつかりそうで冷や冷やした。音程を合わせようとすればそちらに集中してしまい歩幅がズレる、歩幅を合わせようとすれば音がズレて、悪目立ちする。そんな悪循環が起こっていた。

 当然、悪目立ちする物は目に付きやすいので観客たちの目には嘲笑が含まれていった。カラーガードやステップのパートは何とか練習通りに出来ていたがそれも全員ではない為こちらもタイミングが合わず上出来とも言えなかった。

 後ろでトラブルがあったのか、観客の中にいる小さい子供が後方を指差して笑っている。目だけを動かして周りを見れば笑っている人がちらほら。

 曲は終わりに差し掛かり、もうじきこの苦痛の時間から解放される。それだけを考えながらひたすらに自分の仕事をこなした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ…」

 

 行進が終わり一息ついている頃、遠くから聞こえる音楽に耳を集中させていた。何処の高校かは知らないが上手に出来ている。ピッチもタイミングも完璧、この時のための努力を感じられた。時折歓声が沸き上がるのを聞くにパフォーマンスにも力を入れているのだろう。意識の差をひしひしと見せつけられた気分だった。

 岡先輩から貰ったペットボトルに視線を移す。流れる汗を裾で拭う。そこに映った俺の顔は、歪んで見えた。

 先生の声が聞こえる。楽器運搬係の集合の合図だ。中身を飲み干しゴミ箱へ捨て先生の元へ向かう。

 ここから先はコンクールが待っている。上級生も少しは真面目に取り組むのだろうか、今と変わらぬままなのだろうか、前者であって欲しいがどちらにせよ今から上位成績を獲るのは難しいだろう。ならばせめて彼女らの熱意が届けばと思うばかりだ。

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