己の音色を響かせて   作:匿名

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第六話 感傷

 散々だったサンフェスも終わり、六月に入った頃、部活動ミーティングでコンクールメンバーが発表された。

 顧問がパーカッション、クラリネット、サックス、フルートとどんどんと名前を呼び上げていく。そしてダブルリードの番が来た。

 

 「ファゴット、岡美貴乃さん」

 「はい」

 「オーボエ、鎧塚みぞれさん」

 「はい」

 

 ダブルリードからは岡先輩と鎧塚が選ばれた。自分が外れた事に少し悔しく思いつつ発表に耳を傾ける。

 進んでいく発表に俺は違和感を覚えた。聞きなれぬ名前が多い、いや、ほとんど知らないと言っても良いほどだった。一年生の名前が鎧塚以外呼ばれない。俺が呼ばれないのはまだ分かる。悔しいが今の俺は鎧塚に僅かに劣る。ほんの少しの差が今回の結果に繋がっているのは理解出来ている。だが、傘木や飯田の名前が呼ばれないのは不自然だった。

 発表は続いている。周りを見れば俺と同じような違和感を覚えたのか困惑してる者もちらほら見えた。傘木も吉川も自分が落ちた事に納得いっていない様子。大橋に至っては貧乏ゆすりをしている。

 発表は続く。こちらの困惑もお構いなしに名前を呼ぶ声が音楽室に響く。最後のトランペットの発表には吉川も呼ばれなかった。ソロには実力もあり、慕われている吹奏楽部のマドンナと名高い中世古先輩を差し置いて練習しているのかよく分からない上級生が選ばれていた。

 コンクールメンバーに、鎧塚以外の一年生が呼ばれる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンクールに出場するメンバーは音楽室での合奏練習が追加された。普段やっている合奏練習は減り、その分がコンクールへの練習に宛てられた。出場しないメンバーはパート練習や他パートとの合わせ練習が主になっていった。

 

 「喜多村先輩」

 「ん~?」

 「落ちちゃいましたね。俺達」

 

 発表後二、三日したパート練習中、二人しかいない教室でそう零す。

 喜多村先輩は大きく伸びをした後、なんでもないかのように話し出した。

 

 「そうだね~、まぁ仕方ないんじゃないかな。野上君は残念だったけどみぞれちゃんと同じ位上手いから次狙えると思うよ。私の方に関しては仕方ないと思うな。去年もパートリーダーの人一人だけだったし。多分、去年のコンクールでファゴットの音が他の楽器に負けてて、それじゃあパーリー一人でいいやってなったんだと私は思ってるよ」

 「それに、梨香子先生は上級生…特に三年生を優先的にコンクールメンバーに入れてるから、来年に期待かな」

 「つまり年功序列である、という事ですか」

 「そうなるね」

 

 なるほど、そういう事ならこの結果も頷ける。ただそれは余りにも個人の努力を無下にしているのではないか?自分が編成の都合で外されたのならまだ納得出来る。この曲にこの楽器が複数いるのは過剰であると編曲の都合で削られるのはある話だ。

 だがそのような理由で外されるのは如何なものかと思う。それでは真剣にやって来た人達が、コンクールになれば変わるかもと我慢していた傘木達が浮かばれない。

 

 「…………」

 「どうしたの?じっとオーボエを見つめて」

 「いえ、これを機に自分に足りない物を探してみようかなと」

 「熱心だね。じゃあ私も頑張ろうかな」

 

 喜多村先輩にそれらしい返事をして思考を巡らせる。これが傘木達に知れ渡ったら確実に上級生と事を構える事になる。空気の悪化は避けられない。今でさえ良いとは言えないのに。少し頭が痛くなってきた。

 一言入れて廊下に出る。基礎練習をするも全然身が入らない。喜多村先輩の言う通りコンクールメンバーの選抜基準が上級生優先であったなら間違いなく反発が起こる。

 

 「はぁ……」

 

 最近溜息をつく事が増えた。それも吹部に問題が多いのが悪い。

 こんな状態で練習しても上達なんてする筈が無い。少し気分転換をする事にした。

 

 (えーっと確か、こんな感じの…)

 

 ゲームの音楽を脳内再生する。完全なコピーなんてしなくても聞いていてそれっぽければ十分だ。誰かに聞かせる訳でもない。音楽室ではコンクールの練習が行われている。音量を抑えて吹けばバレはしないだろう。

 指先に意識を集中させる。思い浮かべるのはオカリナのメロディー。軽快ながらもどこか哀愁漂う曲調が俺には刺さった。『サリアの歌』、本来は迷いの森らしいがこちらの方がしっくりくる。

 オーボエ独特の高音が耳に響く、オカリナほどの軽快さは無いがこれはこれでありだと個人的に思う。ゲーム音楽はループされている物が多くこれもその内の一つで、ある程度覚えたらそれを繰り返せば良いのがやりやすい。まぁ、そこに至るまでが大変なのだが。

 一通り吹き終わり水を飲む。気に入っている曲を吹くと少し満たされる。心に残る満足感。次の曲を考えながらガラス越しに教室の時計を見る。時間的に短い物を1、2曲くらいだろう。少し焦りながらも考えを纏めオーボエを構え、息を吹き込む。気分転換のはずがいつの間にかこっちがメインになっていた。音量を抑えメロディーを奏でる。小さな頭痛はもうなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「野上君…希美は?」

 「『先帰ってるって言っといて』ってよ」

 「……そう」

 

 今日のパート練習はコンクールに出場するメンバーより三十分早く終わった。

 傘木はどうやら他の南中の奴らと一緒に帰る約束をしていたそうで申し訳なさそうに俺に伝言を頼んできた。

 

 「悪いね、俺一人で」

 「別に。……待たせてごめん」

 「良いって。ほら、帰ろうぜ」

 

 鎧塚は俺を待たせてた事に少し申し訳なさそうな顔をしている。そんなに気にしなくて良いのに。

 人気の少ない廊下を二人で歩く。

 

 「練習どうだ?上手くやれてるか?」

 「別に。上手くないし、それに…」

 

 希美もいないから、と髪を触りながら小さく呟いた。

 

 「…一年は鎧塚だけだし、周りはほぼ三年ばっかだからそりゃ居心地悪いよな」

 「そう。だから…」

 「だから?」

 「コンクール、出たくない」

 

 …まぁ、言うんじゃないかとは思っていた。

 

 「おいおい、まだそんな経って無いだろ?」

 「だって、やる意味無い。希美がいないなら、私…」

 「辞退する、って?」

 「そう」

 

 思い切った事を言うなこいつは。歩幅を合わせ、階段を降りる。

 辞退したくなるのは分からなくはないが…

 

 「…んー、顧問がなんて言うかだな」

 「……なら、私と代わって欲しい」

 「それは勘弁してくれ。…分かった、こうしよう」

 「?」

 「もうちょっとやってみて、心変わりしたら続ければいい。それでも嫌なら顧問に言いに行こう。俺も付いてやるから」

 「………分かった」

 「ま、これが終わったら三年も引退みたいなもんだから。ここを越えればまた傘木と吹けるだろうし、それまで辛抱だ」

 「…………我慢、する」

 「めっちゃ嫌そうだな」

 

 えらく溜めた我慢するに吹きそうになるのを堪え校門を出る。

 その日の夕日はとても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前ん家の弁当、量多いな」

 「結構食う方でな、お前はそれで足りるのか?」

 「ギリだな。急に親が昼飯これでって千円渡してきたからよ、急いで家出て買ってきた」

 

 授業終わりの昼休み、滝野と昼ご飯を食べながらお互い最近あった事を話していた。

 小テストがどうだとかあの先生は人気があるとか、ゲームの話なんかもしていた。しかし話題も尽きてくると、お互い自然と避けていた部活の話になっていった。

 

 「なぁ、野上って中学でも吹部だったんだろ?中学の時は上級生しか出られないなんて事あったのか?」

 「うち南中を基準にしていいか分からんが…一年が選ばれなかった事は無かった筈だ」

 

 上級生は新入生よりも長く楽器に触れている。その為しっかりと練習に取り組んでいれば選ばれやすくなる。それでも上級生よりも上手い者が入り落とされる事もある、南中ではそうだった。

 そう伝えると滝野は苦しそうな表情で語る。

 

 「俺さぁ、吹奏楽って皆でワイワイしながらやるもんだと思ってたんだよ。実際、最初の方は緩くてやりやすいなとか思ってたんだ。けど、今の吹部メッチャギスギスしてて居心地悪りぃよ…」

 「サンフェスはさ、お祭りみたいなもんだからどこもこんな感じなんかなって思ってたんだ。全然練習しないし、そんなもんかなって。初心者なりに楽しめれば良いかなって。でもよ…」

 

 コンクール前になってもこれかよ、そう目を伏せ語る滝野の手は固く握られていた。

 モテたいから、という理由で入って来た滝野だが、意外と熱い所がある。

 

 「吉川が先輩達に注意している所を見たことがあるんだ」

 「何?」

 「でもよ、先輩達全く聞く耳持たなくて、逆に『和を乱すな』とか『指図するな』とか言い出して。先輩達に、囲まれて…その場は中世古先輩が取り持ってくれたお陰で事無きを得たが…吉川、俺でも分かる位萎んじまって」

 「そんな事が……」

 

 吉川の奴、そんな事してたのか。トランペットパート内で起こっていた事に驚愕する。吉川の性格なら確かにやりかねないが、まさか三年生に食って掛かるとは。

入部したての頃、滝野は吉川や中世古先輩に教えてもらっていたようだった。あの頃は吉川にさんを付けて呼んでいたが今では呼び捨てだ。初心者なりに努力して、認められつつあるんだろう。

 吉川は人のそういう所は認める奴だ。滝野もそれを分かっているんだろう。厳しいながらも面倒を見てくれる人間が不当に扱われている。しかしそれを訴えれば中世古先輩の頑張りが水の泡だ。今こうして心中を吐き出しているのは、誰かにこの悔しさを聞いて欲しかったからなのかもしれない。

 不意に滝野の唇が目に入って来た。乾燥なんかではない荒れ方をしている。これはトランペット奏者がする荒れ方だ。中学の頃吉川がリップクリーム片手にぼやいていたのを思い出した。

 努力が報われない今の部活、それを思うと気分が沈んだ。

 滝野の言葉に耳を傾けていると、

 

 「野上く~ん、今いいですか~?」

 

 教室の扉の方から俺を呼ぶ声がした。振り向けば新聞部の奴が人当たりの良い笑みを浮かべこちらに手を振っていた。

 

 「誰だあれ」

 「俺のクラスメイト」

 「ほーん……まさかお前の彼女か!」

 「違う」

 「お前…鎧塚さんといい…お前」

 「違ぇって」

 「ハァ~、やっぱ顔か!顔なのか!」

 「違ぇっつってんだろ!」

 

 うざいなこいつ。さっきのしんみりとした空気は何だったんだ。

 

 「…頼み事してたんだよ、きっとそれだ。あと彼女じゃねぇ」

 「はいはい。…つまんねぇ

 「おい」

 「悪かったって。ほら、行ってこいよ」

 

 ヘラヘラ笑う滝野を他所に席を立つ。

 依頼してからそこそこ時間が経つ。良い成果を願いつつ俺は廊下に出た。

 




今回も読んで頂いて有難う御座いました。
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