己の音色を響かせて   作:匿名

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第七話 落胆

 

「ここら辺で話しましょうか」

 

 俺を中庭まで連れ出してそう切り出した。

 中庭はスペースが広く端に寄れば聞き耳でも立てない限りハッキリと聞かれる事は無いだろう。

 

「随分掛かったが…呼び出したという事は、期待して良いんだな?」

「勿論!お代も頂いているので、そこら辺はしっかりと!」

 

 自信を顔に滲ませメモ帳をペラペラと捲っている。見れば表紙には北川‘sノートとでかでかと書かれている。こいつ北川って言うのか。

 こちらに一瞥もくれる事無くメモを捲っていき、ついに止まる。ページに人差し指を指しながら口を開く。

 

「まずは私が感じた三年生の雰囲気ですね。こちらに関しては特に問題は感じませんでした。誰かがトップに君臨しているって訳ではなさそうです」

「ほう」

「次に取材ですね。こちらに関しては、吹部に友達がいるという三年生の先輩に手をお借りしました。私一人では軽くあしらわれそうですし、一年生一人で行っては不自然ですから。それで、聞いた内容は二つです。『頑張っている事』と『悩んでいる事』をお聞きしました。頑張っている事については、非常にありきたりな内容でした。みんなで仲良くできるように~だとかコンクール目指して~だとか、野上君の依頼が無ければ普通だな~で終ってましたね。で、悩んでいる事については……」

 

急に歯切れが悪くなった北川。だが気を取り直したのか報告を続ける。

 

「最初はありふれた物でした。伸び悩んでるとか言ってましたね。ですが人間関係や新入生について軽く触れると、そこからは愚痴の嵐でした。うるさい、うちらはガチでやってない、出しゃばってくんな、空気読め、三年になれば出られるから良いじゃん、事あるごとに突っかかってくるからめっちゃ迷惑…等々言いたい放題でした」

 

途中で取材の事も忘れてそうでしたしね。そう語る北川の顔には苦笑が浮かんでいた。

 

「南中の、特にフルートでポニテの一年がコンクールコンクールとうるさいって言っていましたが…知り合いだったりしますか?」

 

フルートでポニテなら傘木しかいない。あいつ、動き始めたのか。

 

「知り合いってか、友達だよ。中学の頃からの」

「なるほど。その方は行動力があるんですね」

「ああ。それに部長を務めていた」

「道理で。その方、お仲間を連れて色んな楽器の所に口を出しているそうですよ。コンクールや練習に力を入れる事を促していたようで。色んな方がその友人さんについて愚痴ってましたし。と言っても、どこまで手を伸ばしているのかは知りませんが。楽器やパートと言われても私にはさっぱりですし」

「……なるほどなぁ」

「あと、性格ブスって言われたとも言っていましたね」

「?性格ブス?」

「はい。フルートの方が言ったかは分かりませんが、恐らく別人かと」

 

そいつ、度胸あるな。三年に向かって良く言えたもんだ。

仕入れてもらった情報を頭の中で大雑把に整理する。傘木達は部活を変えたい、三年はこのまま気楽に行きたい、対極と言っていいほど向いている方向が違う。これではどうにもならない。

 

「…うーん…そういう感じか」

「あの、一つ良いですか?」

「何だ?」

「良くこんな部活に居られますね。後輩の悪口を喜々として語る先輩とか大概ですよ。上級生と下級生の仲が良くないのは無い話じゃ無いですけど、この規模は中々です。辞めたくなりません?」

「俺はまだ面と向かって何か言われた訳じゃないしな。表立って批判もしていない。それに、同じ楽器の友達には負けたくないしな」

「辞める理由はまだ無いって事ですか」

「そうなる」

 

俺はただ、オーボエが吹ければそれで良いんだ。そこに友達が居れば尚良い。楽器なんて物はそれを吹く自分達が楽しめればそれで良いのだ。

 

「…………分かりました。それでどうです?この情報、役に立ちそうですか?」

「ああ、少なくとも自分の方向性は決まった。助かる」

「それなら良かったです」

「…てか、お前そんな話し方だったか?」

「あぁ、これですか?私、役に入り込むのが好きなんです。この前のもその一環でして…では、もう行きますね」

「おう。また何かあれば「ああ、それと」…何だ?」

「『二度と吹部の依頼は受けるな』と先輩に言われましたので、そこの所よろしくお願いしますね。それ以外なら受け付けますので」

「…………そうか」

「ええ。ではまた授業で~」

 

そう言って去っていく北川。それを見送り天を仰ぐ。もう北川という手段はとれそうにない。伝えられた吹部の情報の暗さとは裏腹に今日の空はムカつく位青々としていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

「野上君、音が……」

「ん?あぁすまん。すぐ直す」

「珍しいわね。今日は調子悪い感じ?」

「そんな日もあるよ。野上君、毎日真面目にやってるもんね」

 

あまり練習に集中出来ない。それもあんな事を聞いたからだ。意識して考えないようにしているが中々頭から離れてくれない。

心の状態が音色に出るというのは無い話では無いがこうも音が落ちるとは。

 

「…個人練行ってきます」

 

鎧塚と先輩達に一言入れ教室を出る。このままでは練習にならない。

オーボエと楽譜立て、水筒を持ち廊下に出る。今はただ、一人になっていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

長い廊下をひたすら歩く。落ち着ける場所を探していたら教室の方から何やら口論のようなものが聞こえて来た。

 

「真面目に練習して下さい!お願いします!」

「それ何回目?しつこいなぁ」

(……ん?何だ?誰の声だ?)

 

見つからないように身を潜め中を覗く。

微かに聞こえる声は傘木の物だった。恐らくその相手は三年生だろう。北川からの報告通りだ。

中では三年生三人に傘木一人が懇願しながら頭を下げている。しかし三年生にはどこ吹く風だ。

 

「うちらはさー、梨香ちゃん先生に楽しくやろうって言われたから楽しくやってるだけじゃ~ん。そこに文句言うのは違くな~い?」

「ここの吹部はガチって訳でも無いんだし、別に良いじゃん」

「私らもアンタの相手なんてしなくないのよ。早くどっか行って!」

(話は聞いていたが…これは相当だな……)

 

俺がこの中に入って一緒に頭を下げるのは簡単だ。だがそれでこの三年が変わるとは思えない。なんとかしてやりたいがその手段が無い。手詰まり、それが脳によぎった。

 

(梨香ちゃん先生…顧問か)

 

三年生は顧問をだいぶ舐め腐っているようだ。だが、この腐敗の原因が顧問にあるのなら、そこを当たって見てもいいかもしれない。だが今はコンクール練習を行っている筈だ。部活が終わってから話をしに行こう。

未だに頭を下げ続けている傘木を残しその場を去る。傘木が頑張っているんだ、俺も頑張らねば。

 

 

 

 


 

 

部活が終わり、帰る準備が出来たその足で職員室に向かった。

 

「失礼します」

 

部活動終わりだからか、職員室には先生が多くいた。

目当ての人物を探しているとこちらに気付いた副顧問の松本先生が近づいていた。

 

「どうした野上。今日の部活動は終わった筈だが」

「梨香子先生に用がありまして。今、おられますか?」

「呼んでくる。少し待っていろ」

 

そう言って奥に引っ込んでいく松本先生。梨香子先生が来るまで辺りを見回す。久しぶりに職員室へ来たが、書類ってこんなに山積みになる物なのか?

 

「梨香子先生、部員が呼んでいます」

「…ありがとう御座います。すぐに行きますね」

 

あれは…数学の先生か。難しい顔をしながらパソコンに齧り付いているな。あっちは歴史の先生か。ウトウトしてて寝そうだな。

そうこう考えていると梨香子先生がこちらに寄って来た。

 

「お待たせしたわね。どんな用かしら?」

「少しお話をと思ったのですが…よろしいですか?」

「構わないわ。こっちへきて頂戴」

 

先生に促され応接コーナーに座る。先生も椅子に腰かける。

 

「で、どんなお話?」

「…コンクールや部の空気についてのお話です」

 

そこから俺は思っていた事や現状の問題を話した。コンクールメンバーの選抜基準に不満を持っている部員が居る事や、それによって一部の生徒が割を食っている、などを話した。梨香子先生はこちらの話を聞き終えた後、口を開いた。

 

「なるほど。部活の事、真剣に考えてくれてありがとうね。部活動は高校生活を彩る大事な物よ。でもね、そればっかりになってもいけないと私は考えているの。高校を卒業したら大学に進学する。その中には働く子もいるわ。その子達に後で振り返って嫌な記憶しか残らない部活動にはしたくないの。コンクールメンバーを三年生をメインに据えているのは、高校から始めた子にも舞台に出て欲しいから。中学から吹奏楽に触れている子と比べたらどうしても差が生まれてしまう。そうなれば舞台に上がれず練習しか出来なかった事になる。それは面白くないし、つまらないでしょ?」

「それに、練習練習って厳しくして、コンクールで上位を狙う事ばかりになったら純粋に楽しめなくなる、そうなれば音楽そのものに嫌気がさしてしまうかもしれない。私はそうなって欲しくないの。だから私は皆で楽しくやれるようにしているわ」

「…そういうお考えでしたか……」

 

梨香子先生の考えは生徒が傷つく事を恐れた故の物だった。確かに年功序列のスタイルにしてしまえば上手く無い者からの不満は減るだろう。在籍していれば自分の出番が回ってくるのだから。だがそれが恒例になると『三年生になれば出られるから本気でやらなくていいや』という考えになり向上心が失われてしまう。今の吹奏楽部が正にそうなのだろう。これは…どうしたものか…

どう返すか考えていると梨香子先生は思いついたように話し始めた。

 

「そうだ、野上君ソロコンテストに興味は無い?」

「ソロコンテストですか?」

「そう。野上君熱心だからどうかなって思ったの。良かったら友達も誘ってみてね」

 

ソロコンテストについて書かれた紙を受け取ったが内心複雑だ。俺が好きなのは見知った連中と演奏する事であって、個人技を極めるのは別の話だ。良い経験にはなるだろうが、あまり気乗りしないな。

 

「あぁそれと、朝練したくなったら私か松本先生に言ってね。音楽室の鍵渡すから」

「朝練ですか?」

「そう。ここの所やってなかったんだけど、どうかな?」

「ありがとう…ございます」

 

そのまま席を立ち、先生に礼をして職員室を出る。

正直期待外れだった。元々そんなに当てにはしていなかったが、現状維持が良さそうと考えていそうな先生を見て改めて使い物にならないと思った。

現状を変えるには三年生が居なくなるか、顧問の変更位しなければならないだろう。

顧問の協力は得られず、手に入れたのはソロコンテストの提案と朝練許可の二つだけ。成果としては不十分であいつらを満足させる事は出来ないだろうが、無いよりはマシだろう。

どうか三年の卒業まで耐えてくれと、心の中で祈り続けた。

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