己の音色を響かせて   作:匿名

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第八話 日没

翌日のパート練習中の廊下にて。

 

「…………」

「なんか…調子悪そうだな」

「うん……辞退、出来なかった」

「え、マジ?そうかぁ~」

 

どうやら一人で顧問に辞退の話をしに行ったらしい。結果は惨敗だった様だが。

 

「ならやるっきゃないな。手伝ってやる」

「……え?」

「何だよ、そんなキョトンとしやがって。別の視点からの意見位出すぞ俺は」

「…じゃあお願い」

「よし。どこだ?」

 

二人して楽譜に顔を突き合わせる。どれどれ……

 

「ここと、ここ。…野上君ならどうするの?」

「うーん。そこなら…」

 

二人で試行錯誤を重ねた。鎧塚の疑問に自分なりのアイディアを出していく。

こう吹くか、でもそうしたら~なんて言い合っていたら視界の端で傘木が此方を見ていた。

 

「みぞれ、祐樹、お疲れ!」

「おう、どうした」

 

傘木が駆け寄ってくる。

鎧塚はリードを咥えるながら器用に目だけを輝かせていた。

 

「二人共熱心だね~。上手く行ってるの?」

「まあまあだな。でも直ぐにものにするぜ。こいつは」

「そりゃそうだよ。だってみぞれだよ?出来るって!」

「嬉しい、ありがとう」

 

そう言い頬を緩ませる鎧塚。やっぱ美少女が微笑むと絵になるな。

 

「傘木はこれから個人練か?」

「……そんな所かな。みぞれ、コンクール頑張って!」

「うん。頑張る」

 

鎧塚を激励してこの場を去る傘木。それが効いたのか、鎧塚はやる気が漲っている。

 

「気合十分だな」

「うん。今なら吹けそう」

「ならば良し。俺も練習だな」

 

互いに練習を再開する。隣からは喜びに満ちた演奏が聞こえる。負けてられない、この音を感じながらリードに息を通す。この時間は岡先輩が教室から顔を出すまで続いた。

 

 

 


 

 

 

 

「ふぅ」

 

練習終わり、先輩のファゴットを楽器室に片付け階段を下りる。

 

「あれ、帰ってなかったのか」

「リード、忘れてたから。これ」

 

階段を下りた先にある下駄箱に鎧塚は佇んでいた。

どうやら俺にリードを渡す為に待っていてくれたらしい。

 

「おお、わざわざありがとな。助かる」

 

鎧塚からリードを受け取る。しかもこれは最近調整した良いリード。見つけてくれて良かった。

ケースを取り出しリードを仕舞う。見れば鎧塚はもう靴を履き替えていた。急いで靴に履き替える。

 

「でも何で待っててくれたんだ?明日渡してくれても良かったのに」

「野上君のリード、私のと似てるから間違えそうになる。早めに渡しておいた方が良いと思った」

「そっか、ありがとな。てっきり傘木と帰ってると思ってたからさ」

「…希美は先に帰ってたから」

「そうなのか。まぁあいつも友達多いから。人気者は大変だなって見てて思うよ」

 

先輩のファゴットを片付けるから傘木と先に帰っててと言ったが…そうか、もう傘木は帰ってたのか。

傘木の交友関係は多岐に渡る。部活内外に関わらず多くの人に慕われている為、傘木の周りには誰かが居る事が多い。

 

「それに、あんだけ誰かといたら気疲れ凄そうだけどな」

「でもあんな風に誰とでも話せるの、羨ましい」

「あー、鎧塚は苦手そうだよな。そういうの」

 

傘木と違って鎧塚は友達が少ない。俺が知る限り傘木以外と交流している姿をあんまり見た事が無い。元より表情が顔に出る事が無く、口数も少ない。顔立ちは整っており静かに読書している姿は正しく美少女のそれだ。その雰囲気があまり人を近づけさせないのかもしれない。

 

「ま、まだ高校一年目で、そんなに経ってない。お前もその内話せる奴出来るって」

「…野上君は中学でも同じ様な事言ってた。でも、そんなに変わらなかった」

「……高校は中学と環境違うから。傘木MK-Ⅱみたいな奴いるかもしれないだろ?」

 

鎧塚がジトっとした目で見てくるからびっくりして声が震えた。そんな目で見なくたっていいじゃん…

 

「私は希美と居られればそれで良い」

「でしょーね……ハァ」

 

相変わらずのノゾミスキーっぷりに溜息が出る。少し位周りに目を向けても良いのでは?とも思うがこれが鎧塚なりの生き方なのだろう。

 

校門を抜けしばらく歩くと自販機がある。ここの自販機の商品は独特なパッケージをしているが他より安くなっている。折角だしリードのお礼でもしておくか。

 

「鎧塚、喉乾いてる?何か飲むか?」

「いいの?」

「俺も飲みたいし、リードのお礼も兼ねてかな。で、どう?」

「…じゃあ、ソーダで」

「オーケー」

 

硬貨を入れボタンを二回押す。ソーダを二本取り出し、キャップを開けて一つ手渡す。

 

「ほら」

「ありがとう」

「おう。久しぶりのソーダ、やっぱ美味いな」

 

疲れた体に冷たい炭酸が良く染みる。ソーダの甘さが全身に行き渡っているみたいだ。

見れば鎧塚も炭酸の強さに猫のように目を細めている。

 

「希美…どうしたんだろ」

「…何で?」

「最近、元気無さそうだったから。…なんとなくだけど」

「………」

 

先日見た光景が浮かぶ。傘木は最近三年生の説得に奔走している。他パートの先輩にもあんな扱いを受けているのなら、フルートパートではどうなっているのだろう。きっと凄く居づらい筈だ。

 

最近はフルートの音もめっきり聞こえなくなった。パート練習出来ているのか、それともその時間もみんなの為にと動き回っているのか。出来ていたとしてもほぼ個人練習と変わらなさそうだ。

 

これを鎧塚に言っても良い。でもそれで何かが変わるのか?傘木や大橋らが言って変わらないのに、鎧塚一人を追加して事態が好転するとは思えない。それに、鎧塚はコンクールメンバーだ。親しくもない人達と合奏をして苦労をしているだろうに、俺が鎧塚に不安になるような事を言う訳にはいかない。

 

「……あいつも色々あるんだろ」

「……そう、かな」

「そんなもんだって。あ、そうだ、今度お前の演奏聞かせてやったらどうだ?傘木、お前のオーボエ好きって言ってたしな」

「本当?嬉しい。希美、何が好きかな…」

 

無理やり感が否めないが鎧塚の意識を別にずらす事に成功した。しかし問題は残る。

傘木は頑張っている様だが俺は三年生の説得は無理だと思っている。あれだけして変わらない連中にこれ以上言葉を掛けても意味が無いだろう。ならばあのカス共の卒業を待ち、基礎を固めた方がずっと良いと感じる。今の一年を無為にしてしまうが顧問も今のスタンスを変える気が無い以上、ここに落ち着く。傘木達は反発するだろうが、そこまで子供じゃない。きっと分かってくれる筈だ。

 

曲のリストアップをしながら道を歩き交差点にたどり着く。その頃には辺りも暗くなっていた。

 

「じゃあまた明日。気ィ付けろよー」

「うん。また明日」

 

鎧塚と別れまた歩き出す。明日は良い日になりますように。

 

 

 


 

 

 

 

「起立、気を付け、礼」

『ありがとうございました』

 

ホームルームも終わり放課後になった。今日はいつもより長かったからか、校門までダッシュする者が居た。すぐ注意されてたが。友達と遊ぶ者、居残りを受けている者達を通り抜け廊下へ出る。ぼけっとしていたら音楽室に着いていた。

 

「鎧塚、何で教室前に立ってんだ?」

「……希美がまだだから」

「あいつ、まだ来てねえのか?」

 

音楽室前の廊下、その窓際に鎧塚が立って待っていた。聞けば傘木を待っているらしい。

今日はいつもより遅くに音楽室に着いたからもう中に居ると思っていた。

 

「おーす野上ー。元気してた?」

「中川、おっす」

 

来ない傘木を待っていると茶髪のポニテ女子…中川が階段から登って来た。

 

「中川、傘木見てないか?同じクラスだったよな?」

「希美?今日来てたけど、まだ来てないの?」

 

中川によれば学校には来ているらしい。遅れるなんて珍しいなと思っていると

 

「なに~、希美が居なくて寂しいの~?」

 

とニヤニヤしながら此方を見ていた。鬱陶しい奴だな、なんて思いながら弁明する。当の本人は分かってますよみたいな顔をしていた。うざ……

 

「まぁとりあえず中で待ってたら?その内来るでしょ」

 

中川はそう言い教室内へスタスタと入っていく。俺達も遅れて続いた。

教室に入った瞬間に気付いた。何かがおかしい。鎧塚も異変に気付いた様で困惑していた。

 

三年生はいつも通りに過ごしていた。険悪な空気も無くのびのびと。傘木達が文句を言い始める前に戻ったみたいに彼女らの顔は活き活きとしていた。

だが心なしか人が少なく感じる、それも一年生が。後藤や長瀬、吉川は居る。何だ、この違和感は?一年の顔を見渡して理解した。南中の人間が極端に少ない。大橋も飯田も、碌に話もしなかったが、若井もいない。今居ないのは三年生に反発していた奴らだ。これはまさか…ボイコットか?

不味い事になったと内心冷や汗をかいていると鎧塚が三年生の一人に声を掛けていた。慌てて駆け寄る。

 

「……あの、今日…希美は…」

「え?」

「すみません。傘木希美って奴知りませんか?友達なんですけど、まだ来てなくって…」

 

声が上ずっている鎧塚の言葉を引き継いで話す。話しかけた三年生は意外そうな表情で此方を見ている。そして驚愕の一言を放った。

 

「え?知らないの?辞めたじゃん。部活」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 


 

 

 

 

あの後何とか言葉を捻り出し三年生にお礼を告げると、放心している鎧塚を引っ張り席に着かせた。隣に座る鎧塚の顔は俯いていてその表情は伺えない。ミーティングが終わったのにも気付かないのか、席を立とうとしないから何とか俺が練習教室まで連れて来た。

 

今日は、と言うか今日も先輩達は休んでおり教室には二人だけ。鎧塚は未だに心ここにあらずと言った状態だ。

鎧塚からすれば中学の頃から自分を引っ張ってくれた大事な友達が何も言わずに部活を辞めたのだ。しかもそれを当の本人は言っていない。相当ショックを受けていた。俺も少なくない衝撃を受けている。

 

(クソッ!!何で……何だって、こんな…)

 

俺は傘木のメンタルを見誤っていたのだろう。あいつなら大丈夫というどこか楽観視していた部分が俺の中にあったのかもしれない。

しかし傘木からすればそうでは無かった。彼女はそこまで強くは無かった。傘木希美は何の変哲もない少女だった。

どれだけ言葉を重ねても靡かない先輩、先輩達から除け者扱いされる自分、報われない努力、過ぎていく時間、そりゃ嫌にもなるし、退部する理由としては充分だ。

 

俺も傘木にもっと力を貸せば良かったと後悔する。あの時もっと話を聞いていれば、俺も隣で頭を下げていれば、一緒に説得…は無いにしても一言言うとか、色々やりようはあった筈だ。

 

ただ、黙って辞めていったのはどうかと思う。あれだけ一緒にいたのだから、鎧塚には一言入れても良かったのではと、どうしても感じてしまう。

しかし、傘木が鎧塚に辞めると打ち明けたならば鎧塚も辞めると言い出すだろう。そう言い切れる絶対の自信が俺にはあった。

もし俺と同じ事を傘木も考えていたならば声を掛けないのも分からなくは無い。

 

(落ち着け……落ち着け……冷静になれ……)

 

努めて心を落ち着かせる。俺までああなってどうするんだ。頭を切り替えろ、今は考える時だ。幸い今日は顧問が体調不良で欠席だからパート練習しかない。時間はある。

 

今はとにかく鎧塚を立ち直らせるのが最優先だ。ショックなのは良く分かるが、何時までもそのままではいけない。例え、聞かせたい相手が居なくなったとしても。

 

だがどうする?どうやって鎧塚を元に戻す?額に手を当て考えていた時だった。

 

「野上君………」

「…………?」

 

不意に名前を呼ばれ目を向ける。

いつもと変わらぬ無表情の鎧塚。光を失ない濁った瞳は潤んでいた。

 

「希美……部活…辞めたみたい」

「……そう、みたいだな」

「私―――――」

 

――――捨てられたの?弱弱しく問いかけてくる鎧塚の瞳には涙が浮かんでいた。

 

「違う。そうじゃない……筈だ」

「でも……わたし……何も…」

 

グズグズと鼻をならす鎧塚にそう返すのが精一杯だった。

こんなになっている鎧塚は初めて見た。鎧塚の中で傘木はそれほど大きな存在だったのだ。

自分の認識の甘さにイライラする。後悔しても時すでに遅し。

しかし今は鎧塚を何とかするのが先だ。椅子から立ち上がり鎧塚に向き合う。

 

「俺さ、傘木が声掛けなかったの、お前に遠慮したんじゃないかって思ってる」

「……どうして?」

「コンクールメンバーだから」

 

傘木、というよりは南中の吹奏楽部メンバーはコンクールに対して並々ならぬ思いを抱いている。それは、努力が評価されるからであり、去年銀賞で終わってしまったからだと思っている。

仮に今からコンクールに出場出来る様になって出来る限りの努力をしたとしても、金賞獲得には間に合わないのは分かり切っているだろう。傘木達も、そこは分かっている筈。

でも、現状で出来る事をした上での銀や銅ならあいつらも納得はする。そう言う人種だ。

コンクールに出場出来るのは名誉だ。それがどんな経緯であれ、メンバーに選ばれるのは簡単な事では無い。

だからこそコンクールを蔑ろにした三年生に反発をしたし、鎧塚には声を掛けなかった。俺はそう解釈した。

 

「でも…それなら何で……野上君は……」

「何で俺もハブられたかって?」

 

コクリと頷く鎧塚。確かに俺の考え通りなら俺にも声を掛ける筈だ。コンクールメンバーでは無いし、表にはあまり出さなかったが不満もあった。

 

「……多分なんだが、残しといた方が良いって思ったんじゃねぇかな」

「………?」

「いや、根拠は無ぇけどさ、そう思ったんだよ」

 

どうせ『こんな部活でも努力してるから、声掛けなくて良いや』位の気持ちだろうと推測している。後は『二人一緒の方がお互いやりやすいだろう』程度か。

 

「なんにせよ、俺達は残された。なら、やるだけやるしか無ぇだろ」

 

俺の言葉に微かに頷く鎧塚。きっとまだ傘木の退部を受け入れられていないのだろう。

だって、頷く彼女の顔は、酷く苦しそうだったから。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの帰り道。私は野上君と一緒に帰っていた。いつもは希美が前を行くけれど、今は居ない。

 

「…………」

「…………」

 

下校中、会話は無かった。いつも希美が話をしてくれていたから。希美が話して、私が返事して、野上君が補足してくれる。そんな日常。

 

でも希美はもう部活には来ない。辞めたから。黙って、勝手に。

どうして?何で言ってくれなかったの?頭の中でそんな声が木霊する。それと一緒に色んなイメージが浮かび上がる。

行かないでと引き留める自分、何で辞めたのと怒りをぶつける自分、そんなイメージが浮かんでは消えていった。だって、そんな事して希美に嫌われたくないから。

希美は私の大切な友達。でも希美にとってはそうでは無い、希美にとって私はただの友達の一人に過ぎない。私にとっては特別でも希美はそうは思っていない。そう突き付けられた気がして辛かった。

 

『傘木が声掛けなかったの、お前に遠慮したんじゃないかって思ってる』

 

野上君は私に気を遣ってくれた。私が可哀そうに見えたからあんな事を言ってくれたんだと思う。野上君も知らなかったのに。野上君もショックだった筈なのに。

それは私が三年間同じ部活動で過ごしてきた経験からそう思った。

横目でこっそりと様子を見る。眉は下がり物寂しそうな顔をしていた。

いつも余裕を感じる彼がそんな表情をするのが珍しくて、意外だった。

 

野上君は私とは違う。彼は前に自分が楽しむ為に吹奏楽部に入ったと言っていた。だから何時かはこの事も忘れて苦しみから抜け出せる。でも私はそうじゃない。希美が勧めてくれたから吹奏楽部に入った。希美が喜んでくれるから私はオーボエを続けた。私はこの苦しみから抜け出せそうに無い。

 

「鎧塚……朝練、興味あるか?」

「………朝練?」

「おお。先生がどうだって持ち掛けてきた。朝の予鈴までなら良いらしいぞ」

 

どうする、やるか?と、唐突に野上君がそんな提案をしてきた。朝の予鈴までという事は結構早くに起きなければならない。

オーボエは、明るくて友達の多い希美を暗くて友達の居ない私の元に繋ぎ止められた唯一の物。オーボエが吹けなくなれば……本当に希美との繋がりが無くなってしまう、それは嫌だ!

 

恐怖と焦りから逃げるように素早く頷く。そんな私の様子に驚いたようだけど直ぐにそっか、と返してくれた。

 

「じゃあ校門前で集合な」

「………野上君もするの?」

「当然。負けたくないんでね!」

 

明日からやるぞ。不敵な笑みを浮かべながらそう言う野上君。

野上君には悪いけど彼の厚意に甘えさせてもらう事にした。そうしなければ、この胸の苦しみから、目を逸らせそうに無いから。

 




無理矢理感はありますがこれが今の限界です。お許しください…
本日も読んで頂いてありがとうございました。
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