己の音色を響かせて   作:匿名

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2025/03/18 誤字修正いたしました。報告有難う御座います。


第九話 残骸/回春

傘木が退部した翌日から俺と鎧塚で朝練を開始した。

最初は中々起きれず鎧塚を待たせる事が多かったが、段々体が慣れて来たのか今ではしっかりと時間に間に合うようになってきた。

邪魔な先輩もいないし好きなだけ練習とアニソンが吹けるなと思っていたのだが……

 

「まさかお前まで来るとはな」

「…何?私が来ると不都合なわけ?」

 

長い茶髪に大きなリボンがトレードマークの吉川が朝練に参加するようになった。

どうも俺と鎧塚がいつも自分より早く学校に居るのを不審に思ったらしく俺に詰め寄って来たのだ。

 

「いや別に、むしろ助かる。そろそろ話のネタも尽きそうだったしな。練習は大事だが、会話も無いとな……」

「まぁ、みぞれは無口だから。仕方ないんじゃない?」

「黙っていて事が好転するなら、それで良いんだけどな。傘木の様にはいかんよ」

「……ねえ、みぞれって、あの日からずっとああなの?」

「…そうだ」

 

二人して鎧塚を見やる。壁際で練習を続ける鎧塚は一見すると何も変わっていない様に見える。

だがオーボエの奏でる音色は変わってしまった。情熱溢れる演奏は中身が抜け落ちたかのようで、ただ上手いだけの物になった。

 

鎧塚は此方の会話が聞こえていたらしく、練習を止め振り向いた。

 

「………何?」

「いや、相変わらず上手いなって言ってたんだ」

「そ、そうよ!このままいけば野上なんて目じゃ無いわよ!」

 

誤魔化しとは言え言ってくれるなぁ吉川、人が気にしてる所をよぉ。

 

「………そう」

 

吉川の健闘空しく鎧塚は興味無さそうに視線を下げ、再び楽譜に目を向けた。

 

「あれ、もしかして私ミスった?」

「いや、こんなもんだ。気にすんな」

 

さっきよりも小さい声で訪ねてくるので此方もそれに合わせる。

さっきのも吉川なりに前向きにさせようとしたのだろう。言いたい事はあるが一先ず置いておく。

会話を続けていると自然と話題はコンクールに移って行った。

 

「もうすぐコンクールかぁ。どうなるんでしょうね」

「……さあな」

 

コンクールなぞ最早どうでもいい。

あんなレベルの物を出すのは恥をかきに行っているような物。大事なのはその先だ。

 

(コンクールが終われば三年生も部活には来なくなる。そのタイミングで傘木を連れ戻せたら……)

 

吹奏楽部は一年に一回の大会の為に練習を重ねる。府大会銅止まりのうちの吹部なら目下に迫るコンクールが終われば三年生はオサラバだ。そこで吹部を作り変える事が出来たなら、来年は希望が持てる。そのタイミングで連れ戻せるのがベストだろう。

だが………

 

(……今の鎧塚は傘木としっかり向き合えるのか?)

 

これである。傘木の話題になればやんわりと軌道修正するし、早々に話を切り上げようとする。

あまり話すのが得意でない鎧塚が、だ。

 

技量の衰えは無いものの、精神面が少し不安。吉川が時折話し掛けてくれているのがプラスになると信じたい。そんな状態だがコンクールに出るには申し分無いだろう。むしろ周りが酷すぎるが。

 

朝の予鈴が鳴り響く。それに合わせて片付けを始める。二人が出てから鍵を返しに行く。

太陽が燦々と輝いている。コンクールまであと少し、それが終われば吹部も変わる。そう思い続けた。

 

 

 


 

 

 

 

「ナックル先輩、行きますよ。1…2の…3!」

 

あれから時は過ぎコンクール当日。

ナックル先輩と共に楽器を運搬してコンクール会場に入れていく。それ以外の者は散らばって各々好きな事をしていた。コンクールなんてなんのその、良くも悪くも緊張感なんてまるで無かった。

 

チラチラと聞こえる会話には『終わったらカラオケ行こー!』や『ファミレスで新作食べに行こ』なんて会話も聞こえる。気持ちは分かるがせめて今は目の前の事に集中してもらいたいものだ。

 

運搬も終わり待機室に移動する。ここの限られた時間でチューニングや演奏の最後の調整を行うのだが、やはり普段を疎かにしていたのが効いていた。

チューニングは不十分、パート内での強弱の付け方がバラバラ、そして何より全体的におまとまりが無い。

 

そんな物を聞いていると本番が近づいてきたのか出場メンバーは係の方に移動を促された。出場しないメンバーは楽器の設置まで舞台裏で待機となる。

自分が吹く訳では無い、それだけがこの中での救いだった。

 

出番になり楽器の設置を手早く済ませる。その後に顧問が指揮台に立つ。舞台裏で先輩や同級生が固唾を呑んで見ている。良く見れば手を組んで祈っている者も居る。何を祈る必要があるのだろうか、結果なぞ分かり切っているのに。

 

(あ~~早く終わんねぇかな~~~~)

 

顧問が指揮棒を上げる、それに合わせ楽器を構える。そこだけは様になっていた。

演奏が、始まった。

 

 

 


 

 

 

 

コンクールが終わり三年生は引退した。結果は当然銅。それでも三年生は皆満足気に去って行った。

それからは部長に小笠原先輩、副部長に田中先輩の新体制が発足した。皆田中先輩が部長を務めると思っていたらしく、副部長と聞いた時は皆が驚愕していた。あの時の小笠原先輩の複雑そうな顔は忘れられない。

 

そんな二人は吹奏楽部を変えるべく日々奔走している。今までの緩い空気に慣れ切っていた者は順応するのに苦労していた。

小笠原先輩は部長としての業務を慣れないなりに頑張っているようで、それなりの支持を得ている。ただ、結構な月日が経ったというのに田中先輩に部長をして欲しいと言う意見が未だに出ている。頭脳面はもちろん、時たま発揮するリーダーシップやノリの良さに心を射抜かれた者は多い。当の田中先輩は副部長という席に満足していそうだったが。

 

「じゃあ、チューニングベーから行くよー」

 

壇上に立った小笠原先輩が指示を出す。それに合わせて皆で音を鳴らす。

全体チューニング。これをする事によって全体の基準の音を定めようという意図がある。

 

音の調整をしながら隣の鎧塚を横目で見る。あの日から演奏は変わらないまま淡々と言われた通りにオーボエを吹いている。今も傘木の事を考えているのだろうか。

 

 

実はあれから傘木に復帰を持ちかけた事がある。

コンクールが終わった後、暫くしてからタイミングを見計らって声を掛けた。

 

『三年生はもう引退した。阻む物は無いだろう。今からやればお前の望む環境に出来る筈。戻ってこないか?傘木』

 

『………ごめんね。もう……心が折れちゃった』

 

『!…………そうか。…済まない……俺も何かすべきだった』

 

『気にしないで。祐樹も動いてくれてたんしょ?それで充分だよ。ありがとね』

 

それじゃ、と言って去っていく姿をただ眺めるしか出来なかった。

傘木を説得する事も叶わず、辞めていった他の部員も帰ってくる事は無かった。

 

 

鎧塚の心の中には傘木の退部が深く刻まれている。それをどうにかしたいのだが、良い方法が浮かばず歯がゆい日々を送っている。

俺と吉川はただ側に居て声を掛ける位しか出来なかった。

 

 

 


 

 

 

 

「もう直ぐ4月ね」

「あっと言う間だったな」

 

吉川、鎧塚、俺の順で帰り道を歩いていく。いつもは中世古先輩と帰っていた吉川だったが、先輩の都合が悪い時は俺達と一緒に帰っていた。

 

「……先輩方が学校からも居なくなったから、ここからが本番よ!」

「だな。小笠原先輩も部長に慣れてきたみたいだし、ワンチャンあると思う」

「そうね~。私としては、あすか先輩が部長になると思ってたケド」

 

みんな言ってるな、それ。どうだって良いだろそんなもん

 

「……部長副部長より新入生がどうなるかじゃないか?今は」

「それもそうよ。一杯入ってきてくれると助かるんだけどな~。みぞれはどう思う?」

「別に」

「相変わらずね、みぞれは」

「……今年はあんな事起きなきゃ良いがな」

「……そうね」

 

吉川も三年生にいびられていたからかこういう話題になると声のトーンが少し落ちる。話題選びをミスったな。反省しなければ。

だが今度は吉川が急にぶっこんで来た。

 

「ねぇみぞれ、あれから希美とは話した事あるの?」

(吉川お前それは!!)

「……ない」

「どうして?」

「………怖いから」

「?……なん「おいおい、やめとけよ。デケぇリボンに詰められて困ってんだろ?」どういう意味よ、それ

 

凄い無理やりに話を逸らす。ガミガミと言葉を浴びせてくる。吉川からのヘイトが急上昇しているが仕方ない。甘んじて受け入れよう。そのまま流れを持っていきたい。

 

「すまんすまん。でも、まさか顧問まで変わるとはな」

「……産休に入ったって言ってたわね、確か」

 

言いたい事を言い終えたからか落ち着いてから吉川が答える。

二月後半に入った頃のミーティングで松本先生は梨香子先生が産休に入る事を告げた。

それと同時に、新たに赴任してくる先生に吹奏楽部の顧問を担当してもらうと言っていた。どんな先生かは知らないが外れでなければそれで良い。

 

もうじき新学期が始まる。今年はどうなるのだろう。不安とは違う何かが心の中に存在していた。

 

 

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