Drei DetonatioN ~鋼の咆哮~   作:日下部慎

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Drei DetonatioN~鋼の咆哮~ 3章
第1話「ダイアンサスに集う」


 現在の早乙女研究所所長を務める神隼人(じんはやと)は、アークチームを恐竜帝国のもとへと送り出した。

 人間とハチュウ人類が協力し、時空を越えてやって来る侵略者に対抗するためである。

 それから数ヶ月が経過した今。

 所長室の扉が勢いよく開かれる。

 

(じん)さん、拓馬たちが……ゾーンに飛び込んだそうです!」

 

「そうか……」

 

 報告に来た職員に答える隼人。

 拓馬たちアークチームは、恐竜帝国の科学力で作られた亜空間の扉を通り、何処にあるとも知れない敵陣へと向かった。

 帰還する方法などない。

 まず敵陣に辿り着ける保証すらない。

 作戦名『ジュラ・デッド』――これは決死行である。

 

「そのまま連絡が途絶えたとのことです!」

 

「そうか」

 

 隼人は椅子から腰を上げて、呟く。

 

「私たちができるのはここまでか……」

 

 ため息を吐くような低く沈んだ声色(こわいろ)

 往年の神隼人を知る者なら、信じられないかもしれない。

 その覇気のない声。

 その背中の小ささに。

 

「こんな無力感の漂う戦いは初めてだ。

 燃えているのはゾーンに入ったゲッターチームだけか……」

 

 肉体の衰えは驚くほど気力を奪い去る。

 すでに20年も昔の時点で、彼はゲッターロボに乗ることのできない体になっていた。

 かつての仲間は一人、また一人といなくなり、自分ひとりが残されてしまった。

 もはや自分にできるのは、若者を死地へと送り出すことだけ。

 これが自身の使命だと己を納得させようとする気持ちと――

 どこか納得しきれぬ、相反する思いが彼の胸の内では(くすぶ)っていた。

 

 ――そんな時だった。

 

「じ、(じん)さん……体が!?」

 

 気付くと隼人の身体が緑色の光に覆われていた。

 狼狽する周囲の職員と同じく、隼人も困惑する。

 そして――

 

「地震だ! 大きいぞ!」

 

 突如、研究所を大きな揺れが襲う。

 慌てて伏せる職員たち。

 しかし隼人はその振動から、ひとつの違和感を感じ取った。

 

「この揺れは……下から……ドラゴンから?」

 

 早乙女研究所の地下深くには、(まゆ)となって自己進化を続けるゲッタードラゴンが眠っている。

 かつて敵の襲撃から研究所を守るために、車弁慶(くるまべんけい)がドラゴンに乗って応戦した結果だ。

 

「なんだ? いったい何が起きている……?」

 

 ふと何かを感じ、隼人は窓を見た。

 窓の外には何も映っていない。ただ夜の暗闇だけが広がっている。

 いや――

 

「聞こえる。まさか……おれを呼んでるのか?」

 

 見上げる彼の視線。

 その遠く、遥か遠い先にあるのは……火星。

 真ゲッターロボが向かい、そして消息を絶った、火星だった。

 

 

***

 

 

 ドライストレーガーの中には「デッカールーム」という部屋がある。

 これはブレイブポリスたちのために作られた、人型ロボットサイズの巨大な事務所である。

 ブレイブポリスは心を宿した超AIであり、他のロボットと同じように格納庫へ置いておくわけにはいかない。

 そのため、こういった特別室が必要になるのだ。

 

 そのデッカールームの中では今、3人が剣の稽古していた。

 教えを受けるのは拓馬と、ブレイブポリスのリーダーであるデッカード。

 そして彼らを指導するのは帝国華撃団花組隊長・大神一郎だ。

 拓馬と大神は巨大なデスクの上で竹刀を握って対峙しており、デッカードはその傍で正座をしつつ見学している。

 

 発端はデッカードが拓馬の前で「武士道を学びたい」と発言したことだった。

 ちょうど二天一流を学び直したいと考えていた拓馬は、デッカードとともに大神に頭を下げ、二人で一緒に教えを請うことになった。

 そうして稽古を始めてから、すでに2時間が経過。

 今は稽古の結びとして、教えたことのまとめをしている段階だ。

 

「それでは、ここまでに教えた二天一流の二刀勢法を使って、俺の打ち込みを(さば)いてみせろ」

 

「押忍! お願いします!」

 

 大神の言葉に、拓馬は気魄充分に答える。

 そして大神が鋭く繰り出す竹刀に対し、拓馬は対応する勢法を瞬時に選択して返していく。

 勢法とは、現代の武道で言う「型」のことである。

 しかし型稽古とは思えぬ緊張感に、デッカードは固唾を呑んで二人を注視する。

 実際に竹刀を打ち合わせ、最後は寸止めで終わる形演武は、全部で十数度ほど行われた。

 そうして、しばらくの余韻を残して……大神は両の手に握った竹刀を下ろした。

 

「よし、これまで」

 

「ありがとうございましたあっ!!」

 

 拓馬も竹刀を下ろして深く一礼する。

 その姿に、デッカードは自然と手を打ち合わせていた。

 

「お二人とも素晴らしい……!

 いいものを見せていただきました!」

 

 ガチガチとデッカールームに鳴り響く拍手音。

 しかしすぐにデッカードは自分の興奮が行き過ぎていることに気付いて、両手を膝の上に戻した。

 

「これは失礼しました」

 

「いや、遠慮することはない。

 君たち超AIにも何か感じ入るものがあるなら、俺も二天一流を修めてきた甲斐があるってものだ」

 

 大神はデッカードの称賛を素直に受け取ると、続けて拓馬に向き直る。

 

「これで二天一流の二刀勢法はひととおり教えた。

 あとは型の繰り返しで動きを体に染み込ませる事。

 刀と斧では勝手が違うだろうが、共通する理合(りあい)はある。

 よくよく工夫あるべし」

 

「押忍! いや、本当にありがてえ。

 俺の二天一流はガキの頃にオフクロから少し教わっただけで、ほとんど我流。

 こうやって一度ちゃんと教わっておきたかったんだ」

 

「そうだな。拓馬は“地”と“火”に優れる一方で、“水”の修練が足りていない。

 これでは順序があべこべだな」

 

 そんな大神の言葉に、横からデッカードが答える。

 

「それは……『五輪書』ですね。

 かの大剣豪・宮本武蔵こと、新免武蔵守・藤原玄信が著したとされる。

 剣の道を5つの段階に分けて考え、土台となる下から順に修めていくべしという……」

 

 そんなデッカードの博識に、大神は驚きつつ頷く。

 

「さすがデッカード、よく知っているな。

 まずは最初に武道の土台を作る“地”の段階。

 次に剣の理合を学ぶ“水”。

 戦いの勝ち方を探る“火”。

 他流との違いを知る“風”……」

 

 大神の解説を拓馬が引き継ぐ。

 

「で、最後に至る“空”か。

 一応知ってはいたが……改めて実感したぜ。

 まだまだ俺にゃ足りてねえってことが」

 

 拓馬は武道全般を幼い頃から母にみっちりと仕込まれ、母を亡くした後は世界中を旅して、様々な荒事を経験してきた。

 それゆえ実戦経験は豊富で、勝いにおける諸々の駆け引きは心得ているが……しかしこれまでに武器術を体系的に学べた期間がなかった。

 だからこそ今回、大神に稽古を願い出たのであった。

 

 続けて大神はデッカードに足りない部分も指摘する。

 

「デッカードは拓馬とは逆だな。

 ロボットであり高度な人工知能なだけあって、体も知識も充分。

 だが“火”……勝負事への理解が足りていないようだ」

 

「勝負事への理解……ですか」

 

 正座したまま神妙に話を受け取るデッカードに、大神は簡単に説明する。

 

「そうだ。戦いに勝つには敵の心理を逆手に取ったり、卑怯とも言えるような、ずる賢い戦い方も必要になってくる」

 

「待ってください大神隊員。

 卑怯な手段を使うなどと……それは悪なのでは」

 

 デッカードの懸念に対して大神は首を振る。

 

「たとえば人質を取ったりすれば……それは紛れもなく悪だ。

 だがそれは剣の道ではなく、人の道に背く行為だ。

 ここではそういった話をしてるわけじゃない」

 

 二人の話に拓馬も加わる。

 

「戦いは気持ちが大事だからな。

 つーことは、勝ちたいなら敵の気持ちが入らないうちに叩け、って事だな」

 

「しかし……」

 

 まだ納得がいかない様子のデッカードに、大神が問う。

 

「では闇に紛れて奇襲をするシャドウ丸は悪か?」

 

 シャドウ丸はブレイブポリスの一員であり、隠密行動を得意とする忍者刑事である。

 この大神の問いに対してデッカードは即答する。

 

「そんなことはありません!」

 

 その答えを聞いて大神は深く頷く。

 そして背筋を伸ばして、まっすぐにデッカードに向き直って告げる。

 

「剣を()って戦う以上は、敵を倒すことを第一としなければならない。

 なぜなら、正義は必ず勝たなくてはならないからだ」

 

 その言葉にデッカードはハッと気付かされた顔をする。

 

「なるほど……理解しました。しかし難しいものですね。

 正義とは……そして、心というものは。

 とても複雑で、なかなか把握しきれません」

 

「そりゃそうだ。

 20年近く生きてる俺だって、よく分からねえんだからよ。

 自分が正義だとも思っちゃいねえしな」

 

 悩める超AIを励ますように拓馬が同意し、大神もそれに続く。

 

「そうだな、とても難しい話だ。

 ただ……もしかしたらデッカードは少し、潔癖すぎるかもしれないな」

 

「そうでしょうか……?」

 

「ああ。少しばかり悪を嫌いすぎているように見える」

 

 その発言にデッカードは驚きを隠せない。

 デッカードからすれば大神一郎は“正義の人”そのものだったからだ。

 

「悪を嫌いすぎてはいけない……?

 どういうことでしょうか?」

 

「確かに悪は否定するべきこと……だが、それほど嫌うものでもない。

 なぜなら、すべての人間は心に善と悪の両方を持つものだからな」

 

 否定はすれど嫌いすぎない。

 それは今のデッカードには受け入れがたい言説であった。

 しかしそれと同時に、どこかで納得する気持ちもあった。

 話が複雑化して考え込んでしまったデッカードに代わって、拓馬が口を開く。

 

「こりゃあ説得力のある言葉だ。

 なにせ、脱衣所に人がいると覗きに行こうとする奴もいるしな」

 

 その言葉に慌てたのは大神だ。

 まだ「誰が」とも言われていないのに、勝手に弁明を始める。

 

「そ、それは体が勝手に……!」

 

「覗きはいけません、大神隊員。

 軽犯罪法および迷惑防止条例に違反します」

 

「も、もちろんだ!

 天地神明に誓って、そんなことはしない!」

 

 二人の視線を受けた大神は気まずそうに咳払いをすると、居住まいを正して話を切り替える。

 

「こんな言葉がある。

 空には善有りて悪無し、知は有なり、利は有なり、道は有なり、心は空なり」

 

 突如そらんじた句を受け、デッカードが解説する。

 

「五輪書、空の巻の一節ですね。

 空の境地には善はあるが悪がない……」

 

「そうだ。だがこれは、俺たちがいずれ辿り着くべき目標だ。

 今の俺たちも含めて、人々の多くはこの境地には至っていない」

 

 拓馬も頷きつつ、ふと思いついたことを呟く。

 

「もしかしたら人類が進化を続けたら、そんなふうになるのかもしれねえな」

 

「かもしれない。だが急いで進もうとして、偏ってしまうことのないよう気をつけなくてはならない。善の心で悪行を為すことのないように」

 

 大神の話をデッカードは自身の超AIに刻み込むよう、一字一句を深く噛みしめる。

 

「とても難しい話ですね……」

 

「ああ。デッカードに関しては、まずは自分の心を見つめることからだな。

 道を外れないように、一歩ずつ歩んでいくことが肝要だ。」

 

「道、ですか」

 

「“道”というのは剣の道だけではなく、人の道でもある。

 自身の鍛錬を信じ、自分の正義を信じる心を忘れないこと。

 こうして偉そうに講釈してるが、俺もまだまだ未熟者だ。

 これから一緒に、少しずつ学んでいこう」

 

「はい!」

 

 脱線しかけた話を最後には上手くまとめた大神一郎。

 さすがあのエキセントリックな隊員(エリカ・フォンティーヌ)を率いる花組隊長だと、拓馬は素直に感心したのであった。

 

「さて、それじゃあ時間だな。ブリーフィングに行こう」

 

 

***

 

 

 ドライストレーガー内のブリーフィングルーム。

 ここには現在、隊員の多くが集められている。

 今回のブリーフィングの目的は現状の情報共有と、今後の作戦についての告知だ。

 集まった全員に向けて、艦長のミツバが告げる。

 

「皆さんの尽力のおかげで、これまでに私たちドライクロイツは、地球圏を脅かす敵対勢力の多くを撃退・平定することができました」

 

 そう言うとミツバは自分たちの足跡を確認するように、それぞれの名前を挙げていく。

 セフィーロ・ジャロウデク王国の異世界連合軍。

 復活したDr.ヘル。

 ジルクスタン王国。

 トリプルゼロと覇界王ジェネシック。

 インベーダーの残存戦力。

 ウルガル。

 ポセイダル軍。

 ネオ・ジオン後継『袖付き』の残党。

 ザンスカール帝国。

 

「皆さんのこれまでの奮闘に心より感謝します。

 ですが、まだいくつもの懸念が残っています。

 アレクシス・ケリヴ、カギ爪の男、フォルツォイク親子、デボネア、そして……クエスターズ。

 我々の敵は未だ多く、状況は予断を許しません」

 

 残る敵勢力の名を聞いて、隊員のうちの何人かは身動(みじろ)ぎをして、険しい表情を見せる。

 そんな彼らの反応に気が付きつつも、ミツバは姿勢を変えずに続ける。

 

「現状の確認は以上です。

 それでは、今後の方針について伝えます。……副長」

 

 ミツバに促され、副長のレイノルドが手にした端末の資料に目を通しながら、口を開く。

 

「フォルツォイク親子は巨大要塞ビッグ・マザーで移動しているが、彼らは世界中のコンピュータを手中に収めているも同然であるため、情報を集めることが非常に困難だった。

 しかし先日、デュカキスⅡを用いて計算したところ……フォルツォイク親子の潜伏先として、プラハが第一候補に挙がった」

 

 これを聞いて室内にざわめきが広がる。

 とりわけ驚いた顔を見せるのは、ブレイブポリスのボスを務める少年・友永勇太だ。

 彼らブレイブポリスは、超AIの生みの親であるフォルツォイク親子と浅からぬ因縁がある。

 そんな勇太に向けて、デュカキスの開発者であるセニアは得意げな顔で親指を立ててみせる。

 それに気付いた勇太はビシッと敬礼を返した。

 ざわめきが静まったところでレイノルドから代わり、艦長のミツバが話を締める。

 

「本艦はじき、プラハに到着します。

 着き次第、ブレイブポリスを中心に調査班を編成し、現地調査を始める予定です。

 同時に補給も行いますので、希望者は街に降りても構いません。

 それでは、質問がなければブリーフィングを終了します」

 

 こうしてブリーフィングを終え、一同は解散となった。

 とはいえ話が終わってすぐに全員がその場を離れるわけではなく、多くの者はブリーフィングルームに残り、雑談など諸々の話に興じている。

 そんな中で、拓馬はカムイと獏にひとつの疑問を発した。

 

「なあ、プラハってどこだ?」

 

「知らん。カムイはどうだ、知ってるか?」

 

「プラハはチェコ共和国の首都だ」

 

 迷わず回答するカムイ。

 これに拓馬は「なるほど」と頷くと……

 

「……チェコってどこだ?」

 

「お前たち、地上の人間が恐竜帝国の俺に……いや、いい。

 チェコ共和国はヨーロッパの中央にあると覚えておけ」

 

 呆れて文句を言いかけるカムイだったが、不毛な言い争いになるのを避けて、代わりに席を立つ。

 そうして部屋の外へと向かうカムイの背中に拓馬が声をかける。

 

「おい、せっかくだし街に降りてみねえか?」

 

「俺が? ……いや、やめておこう」

 

 それだけ言うとカムイはブリーフィングルームを後にした。

 

「アイツ最近付き合い悪いな……」

 

「結構、いろんなところから呼ばれてるらしいぞ。

 この前はシンカリオンのハヤトに新幹線のことを教わってたらしい」

 

「なぬ!? まじかよ……

 じゃあ獏、二人で街でも見に行くか?」

 

「悪いが俺も艦長たちから呼ばれててな。

 この世界の電子機器じゃフォルツォイク親子を探せねえから、俺やギリアムの旦那の予知能力を頼りたいんだと」

 

 そう言って獏も席を立つ。

 獏は部屋を出る直前、思い出したように振り返って拓馬に言う。

 

「しかし今日はどうも、お前の周りに怪しい気配がビンビンしてる。

 まあ、お前のことだ。別に心配しちゃいないが」

 

 それだけ言い残すと、獏もカムイに続いて歩き去っていった。

 ひとり残された拓馬は不満げに鼻を鳴らす。

 

「んだよ、言いたいことだけ言って消えやがって。つれねえ奴らだぜ」

 

 どうしたものかと考えながら拓馬は周囲を見渡す。

 まだブリーフィングルームに残って話している者は大勢おり、自然とその会話が拓馬の耳に入ってくる。

 中でも年若い少女たちの声はとてもよく響く。

 

「そういえば、もう母の日が近いのよね。

 毎年お祝いしていたけど……今年は諦めるしかないわね」

 

 などと言っているのは龍咲海(りゅうざきうみ)だ。

 そうした(うみ)の言葉にセニアが反応する。

 

「へえ、地上にはそういうのがあるのね。

 それとも、この世界特有の記念日なのかしら?」

 

 セニアの疑問に、鉄華団のアトラが答える。

 

「あっ、それなら私の世界にもありました!」

 

「アトラさんが住んでいらした世界は、わたくしたちの世界と歴史が似ているようですわね」

 

 そう言って、鳳凰寺風(ほうおうじふう)は母の日の成り立ちを説明する。

 

「母の日の発祥はアメリカ合衆国。

 女性運動家の娘さんが、亡き母のために記念会を催し、そこで白いカーネーションを贈ったことが始まりだったそうです」

 

 (ふう)の知識にアトラや(うみ)は素直に感心する。

 

「そうだったんですね……知りませんでした」

 

「今まで気にしてなかったけど、カーネーションを贈るのはそういう由来だったのね」

 

「はい。母の日の日付は、その国によって違いがあるそうですが……日本を含めて、多くの国は5月の第2日曜日になっているようですわね」

 

 そんな話が耳に流れてきて、拓馬はなにげなく呟いた。

 

「母の日か……」

 

 そうして拓馬も椅子から立ち上がり、ブリーフィングルームの扉をくぐると……そこで彼は思いもかけない人物の姿を目にした。

 癖のある桃色の髪に、横に長く伸びた耳が特徴的な少女――ノヴァだ。

 彼女は部屋の外から、こっそりと中を覗いていた。

 

「よう、どうしたノヴァ」

 

「うわっ!? た、タクマっ!?」

 

「なんだよ、そんなコソコソして。

 あいつらが気になるなら、話に混ざればいいじゃねえか」

 

「う、うん……」

 

 拓馬がそう言っても、彼女は困ったような、悩むような顔をしている。

 ノヴァは色々あって、つい先日ドライクロイツに入ってきたばかりである。

 もともと彼女はドライクロイツと敵同士だった。……というより、彼女が一方的に魔法騎士(マジックナイト)獅堂光(しどうひかる)をつけ狙っていた。

 そして何度かの交戦の後、ノヴァはドライストレーガーの艦内に直接乗り込み、襲撃してきた。

 ……が、ドライクロイツには生身で戦える人間が多く、ノヴァは返り討ちに遭って捕まってしまったのだった。

 

 ノヴァはなぜ(ひかる)に異常なまでに執着していたのか。

 それは彼女の出自に理由がある。

 ノヴァはザガートとエメロードの件で自責する(ひかる)の心から生まれた影であり、彼女はそんな(ひかる)の“自責”を“破滅願望”だと勘違いしていたのだ。

 そのためノヴァは「(ひかる)のために」世界を滅ぼし、(ひかる)の周囲にいる者たちを傷つけようとしていた。

 しかし(ひかる)は自分の心の闇が生み出したノヴァの存在を受け入れ、和解することに成功したのだった。

 

 ……これに関して、導師クレフはこのように語った。

 魔法騎士(マジックナイト)たちが実際にザガートとエメロードをその手にかけていれば、今よりも(ひかる)の心の傷は深くなり、ノヴァを受け入れることは困難だっただろう――と。

 自らの心の闇を受け入れた(ひかる)は、本来であればノヴァと同化することになる。

 が、「ノヴァがノヴァとして生きる時間があっていいんじゃないか」と(ひかる)から提案があり、今のところノヴァはドライクロイツの一員として暮らしている。

 

 そして現在。

 そのノヴァは、拓馬に自分の悩みを相談していた。

 

「……母の日のプレゼントを贈りたいって?」

 

「うん。ウミやフウが話してたから」

 

 ノヴァが「お母様」と呼ぶ存在――デボネアのことは、ノヴァとクレフの口からすでに共有されている。

 それによるとデボネアは正確にはノヴァの母親ではなく、人間の負の感情の集合体である、とのことだ。

 すなわちデボネアは母としての感情を持ち合わせていない可能性が高く、彼女から見て「裏切り者」となったノヴァを受け入れる……とは、あまり考えられない。

 生まれたばかりのノヴァを(そそのか)し、(ひかる)が破滅願望を持っているなどと勘違いさせたのも、デボネアである。

 諸悪の根源と言っても差し支えない存在。それがデボネアだ。

 しかし……

 

「む……う……」

 

 拓馬は答えに(きゅう)する。

 拓馬を見上げるノヴァの瞳は無垢で、純粋だ。

 それは当然ではある。思春期の少女くらいの外見をしているが、彼女はこの世に生まれてから、まだ1年と経っていない。言うなれば赤子同然なのだ。

 そういう意味では、ブレイブポリスとは非常に近い存在と言える。

 これから時間をかけて“心”を育てていかなくてはならない者たちだ。

 しかしそんな彼女も、薄々は理解しているのかもしれなかった。

 

「お母様……喜んでくれるかな?」

 

 そう言うノヴァの声と表情には、隠しきれない不安が(にじ)んでいた。

 拓馬はノヴァに悟られぬようグッと拳に力を込めると、努めて明るい声で言った。

 

「ああ、そうだな。そんじゃあ買いに行くか!」

 

「……! うん!」

 

 

***

 

 

 あれから1時間ほどして、拓馬とノヴァの二人はプラハの街に降り立った。

 プラハの街並みは赤茶色の屋根瓦が多く統一感があり、家屋の壁は温かみのある石造りで、街の上に積み重なった長い歴史を感じさせる。

 東京のような高層建築も見当たらないため、拓馬はどこか時代を逆戻りしたかのような、不思議な感覚を覚えた。

 

「おうおう、キレイな街並みじゃねえか。

 そんじゃあコンビニ……の前に花屋を探すか」

 

「タクマ、花屋がどこにあるか分かるの?」

 

 拓馬の隣に立つノヴァが訊く。

 ノヴァはいつものボディスーツのような格好ではなく、カジュアルな洋服を身につけている。

 街を歩いても目立たないようにと、光の同級生であり友永勇太の姉でもある友永くるみに服を借りてきたのだ。

 

「さてな。テキトーに歩いてりゃ見つかるだろ」

 

 そう言って街並みの感想を言い合いながら探し歩くこと、10分ほど。

 二人はわりとあっさりと花屋を発見した。

 歴史的な建築の1階を店舗にした、小さな個人経営店だ。

 入口の扉をくぐる二人。

 狭い店内には多彩な花々が所狭しと並べられており、どこに目を向けてもカラフルな花びらに出迎えられる。

 まるで童話の中の花園に迷い込んだよう。二人はそんな感想を抱いた。

 

「うわぁ……すごい! すごいよタクマ! こんなの初めて見た!」

 

「そうなのか? いや……そうか」

 

 本来、セフィーロは美しい草花が咲き誇る、楽園のような美しい場所であった。

 しかしノヴァが生まれたのは、セフィーロが『柱』を失ったのとほぼ同時。

 不幸にも『柱』をなくしたセフィーロは荒廃し、麗しかった景観は見る影もなくなってしまったのだ。

 

「いらっしゃい。欲しい花は決まっているのかな?」

 

「うん? ああ、まあ……」

 

 老齢の店主に声をかけられ、歯切れ悪く返す拓馬。

 拓馬は目当ての花を買ったら、すぐに店を出る心づもりだった。

 だが目を輝かせてはしゃいでいるノヴァを見て、ここは彼女の気が済むまで付き合うことにした。

 そうして店主から色々な話を聞きながら、店内を隅々まで見回った後……ようやく落ち着いたノヴァに拓馬は声をかける。

 

「ちぃと長居しすぎたかもしれねえな。そろそろ買って帰るか?」

 

「うん!」

 

「うし。んで、何だったかな……

 確かカーネーション……? が定番って話だったよな。

 さっき見て回った中に……いたいた、こいつだな」

 

 そこには赤、ピンク、白、紫、オレンジ色など、様々な色のカーネーションが居並び、その美しさを競うように花開いている。

 ノヴァはそれらを見比べて言う。

 

「うーん……白がいいかな?

 こんなに綺麗だったら、お母様も喜んでくれそう!」

 

 そうして彼女が花房のひとつに手を伸ばした時だった。

 

「白はやめた方がいい。君の母が存命であるなら……」

 

 ノヴァの後ろ。

 いつの間にか店内に入ってきた他の客から、そんな声がかかった。

 その声を聞いた拓馬がピクリと反応する。

 どこかで聞き覚えがある。

 拓馬が振り向くと、その声の主も「信じられない」といったような、驚きの表情で拓馬とノヴァを見ている。

 

「君たちは……」

 

「お、お前……ノイバー・フォルツォイクか!」




【知らなくてもいいけど知るともっと面白いかもしれない話】
・ダイアンサス(Dianthus)は、ナデシコ科ナデシコ属の総称。代表的な種類はカワラナデシコ、カーネーションなど。

・アークチームが時空を越えて未来に向かった時、原作漫画版の隼人は職員から作戦決行の報告を受けるが、アニメ版ではアークチームの様子をリアルタイムでモニタリングしており、隼人の様子も無力感漂うものから皮肉げに笑みを浮かべるように変わっている。

・宮本武蔵が興した二天一流は、現代でもいくつかの系統に別れて受け継がれている。

・五輪書の原本は現存しておらず、現代に残っているのは細部の異なる複数の写本。

・『魔装機神LOE』ではユニットをフル改造すると契約する精霊も低位→高位→聖位とランクアップし、サイバスターの場合は高位精霊「風」から聖位精霊「空」になる。

・大神一郎は品行方正な好漢だが、『サクラ大戦』ゲーム中では大神の行動の一部をプレイヤーが決められるため、プレイヤーによっては大神が覗き行為を働こうとする場合がある。

・DLCを入れるとドライクロイツには『真ゲッターロボ』の隼人、『デヴォリューション』の隼人、『シンカリオン』のハヤトの、計3名のハヤトが存在することになる。ドライクロイツ内でどのように呼び分けているのかは不明。

・スパロボ30の作中でノヴァが仲間になることはない。ノヴァがドライストレーガー内に襲撃をかけて返り討ちに遭うというイベントは発生する。

・スパロボ30ではレイアースの獅堂光とジェイデッカーの友永くるみが同級生として設定されている。
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