Drei DetonatioN ~鋼の咆哮~   作:日下部慎

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第2話「闇に沈む」

 不意の遭遇に、拓馬、ノヴァ、ノイバーの3人は警戒を(あら)わにする。

 

「ドライクロイツ……! 何故ここに……」

 

 狭い店内に緊張が走る。

 少し踏み出せば手が届きそうなほどの距離で、拓馬とノイバーの視線がぶつかる。

 

「…………」

 

 だが拓馬は動かず、代わりに口を開いた。

 

「今のはどういう意味だ?」

 

 何に対しての問いかけか。ノイバーはすぐには分からず、眉をひそめる。

 しかし彼は先ほど(こぼ)した自身の発言を思い出し、回答する。

 

「花言葉だ。カーネーションの花言葉は『無垢で深い愛』だが……花の色ごとにも違った意味がある。

 白は『亡き母を偲ぶ』。

 ピンクは『感謝』。

 赤は『母への愛』……と、なっている」

 

「花言葉。なるほどな、そういうのもあんのか」

 

 ノイバーの解説を受けて拓馬は得心(とくしん)した。

 それから拓馬はカーネーションの花房へと視線を向けると、その中から1本を抜き取り、言った。

 

「そんなら、俺は白いのをもらおうか」

 

「……!」

 

 その拓馬の発言を聞いて、ノイバーは思わず目を細める。

 拓馬はそのままレジに向かおうとする。

 そこにノヴァが声をかけた。

 

「タクマ。こいつ、ドライクロイツが探してる敵でしょ?

 やっつけないの?」

 

 当然の疑問だが、拓馬は首を横に振る。

 

「いや、やつから焦ってる気配を感じねえ。

 たぶん何か備えを持ってるんだろ。やるなら戦場で、だな」

 

「そうなの?

 でも魔神(マシン)がなくても私とタクマなら負けないと思うけど――」

 

 と言っている途中でノヴァは気がついた。

 拓馬たちが発する剣呑な空気を感じ取った店主が、レジの奥で不安げに縮こまっているのを。

 

「あ――そっか」

 

 ここは街中だ。下手に抵抗されて戦闘になれば、付近の人々を巻き込むことになる。

 ノヴァは納得し、ノイバーは皮肉げに微笑む。

 

「賢明だ。意外に頭が回るようだね」

 

「やかましい! ひとこと余計じゃ!」

 

 拓馬はノイバーに文句を言いながら、レジで買い物を済ませる。

 その途中で拓馬はふと気がついた。老店主の首元にある妙な黒点に。

 

(なんだ? ホクロじゃねえな……黒い穴?)

 

「僕は赤いカーネーションを」

 

 後ろから来たノイバーに気付いて、拓馬はレジ前を譲る。

 その後、ノヴァは悩んだ末にピンク色を選んでレジに向かうのだった。

 

 順々に買い物を済ませた3人。

 そして店を出ようとしたところで、拓馬は思い出したように振り返ると、ノイバーに向けて言った。

 

「そういやあ、気になってた事があるんだが……」

 

「僕に何か?」

 

「お前、母親の復讐が目的なんだよな?」

 

 拓馬の問いにノイバーは頷き、迷わず答える。

 

「そうだ。母をあんな目に遭わせた世界に復讐する」

 

 かつて超AI開発のために非道な人体実験を繰り返したエヴァ・フォルツォイク。

 彼女をエトニア共和国政府は逮捕し、冷凍刑に処した。

 そんな世界へと復讐するのが、彼らフォルツォイク親子の目的だ。

 しかしそれを語ったノイバーに対し、拓馬はひとつの疑問を投げかける。

 

「なあ。その復讐はお前のやりたい事なのか?」

 

「なに……!?」

 

 ノイバーが聞き返そうとした、その時。

 異変は花屋の店内で起きた。

 ガタンとレジの奥から物が床に落ちる音。

 3人が振り返ると、そこでは老店主が自らの首元を押さえて苦しんでいた。

 

「かッ――ぐっ、ぐぐ……!」

 

「どうした、じいさん!」

 

 拓馬は駆け寄ろうとしたが、すぐに危険を察知して止まる。

 老店主の異常は、病気や発作の類ではない。

 なぜならその体の中から、ベキ、バキと異音をたてて何かが(うごめ)いていたからだ。

 これにはノイバーとノヴァも困惑する。

 

「なんだ……?」

 

「え? えっ……? おじいさん大丈夫?」

 

「離れろ、ノヴァ!」

 

 拓馬は店主に近付こうとするノヴァの腕を掴み、引き戻す。

 次の瞬間、老店主の首から上が弾けるように裂けた。

 そこから魚類や甲殻類が融合したかのような奇怪な生物が、怖気(おぞけ)をふるう叫びをあげて飛び出してきた。

 

「ギィィィィィィィィ!!!」

 

 耳障りな甲高い声が店内に響き渡る。

 それは聞く者の生理的嫌悪感を呼び起こし、心の臓腑を握りしめられるような恐怖を(もたら)すものだった。

 

「やだっ! なに!? なにこれ!?」

 

 あまりの光景にパニックを起こすノヴァ。

 拓馬は彼女を庇うように前に出ると、素早く銃を抜いて引き金を引いた。

 拳銃(ハンドガン)には似つかわしくない、轟音。

 常識外の火薬量で放たれた弾丸は、出現した怪物を容赦なく吹き飛ばした。

 四散し、壁や床に飛び散る肉片。

 謎の怪物を仕留めた拓馬は冷静だった。

 似たような自体はすでに経験している。拓馬は元の世界で、人間の体を乗っ取って孵化する化け物と戦ったことがあった。

 拓馬は油断せず拳銃を握りしめたまま、呟く。

 

「なんだこいつは、インベーダーか?」

 

 インベーダーとは、かつて竜馬たちゲッターチームが戦った、あらゆる生物・無機物と融合する宇宙生物のことだ。

 機械と融合したインベーダーである『メタルビースト』と、この怪物は見た目が少し似通っていたが……

 

「いや、違うな。こいつは別モンだ!」

 

 弾け飛んだ肉片が蠢いている。

 千切れ飛びながらも怪物は生きていた。しかも、それだけではない。

 それを目にしたノイバーは当惑の声をあげる。

 

「なんだ? 肉片が……新しい生物に変わっていく……?」

 

 肉片のそれぞれが、見たことのない生物に変化し、活動を始める。

 明らかにインベーダーとは違う。

 拓馬が元の世界で戦った、アンドロメダ流国の生物兵器とも違う。

 もっと根源的な忌避感を、拓馬は目の前の怪物から感じていた。

 

「分裂なんかするんじゃ、拳銃ぽっちで相手にしてられねえ。外に出るぞ!」

 

 そうして彼らは逃げるように店の外へと飛び出すが……

 

「タクマ、店の外にもたくさんいるよ!」

 

「なに!?」

 

 そこではノヴァの言った通りの光景が広がっていた。

 先ほどの花屋の店主と同様に、道行く人たちの体が裂け、奇怪な怪物が次々と生み出されている。

 その怪物の1体がノイバーに狙いを定め、襲いかかる。

 

「くっ……チーフテン!」

 

「あいよぉ!」

 

 ノイバーの呼び声とともに、家屋の隙間からブラックチーフテンが姿を現す。

 チーフテンは怪物を手で掴むと、そのまま握り潰した。

 それを見て拓馬は「やっぱり伏兵を隠してやがったか」と納得する。

 ……が、続く衝撃的な出来事に、拓馬は驚愕に目を見開く。

 怪物を握り潰した、チーフテンの手。

 その手が握り潰したはずの怪物と同化していたのだ。

 そして腕、肩と、瞬く間に侵食されていく。

 

「うおおおっ!? なんだこりゃあ、気色悪いバケモノがぁっ!」

 

 チーフテンは必死に振り払おうとするも、怪物の侵食は止められない。

 拓馬はそんなチーフテンの腕に拳銃を向けた。

 

「生き物も機械も構わず取り込むとか……まじでインベーダーみてえだな!」

 

 言いながら銃弾を放つ拓馬。

 しかし拳銃にしては大威力といえど、頑強なチーフテンのボディは破壊しきれない。

 その間にも怪物の侵食は広がり続け、ついにはチーフテンの超AIが収まる頭部にまで達する。

 

「ぐあああああぁっ!! ちくしょう!

 クソッ、クソッ! やめてくれえっ!!」

 

 チーフテンは悲痛な叫びをあげながら、周囲へ出鱈目にマシンガンを撃ち出す。

 錯乱しているのか、それともボディを乗っ取られているのかは判別がつかないが、いずれにしてもこのままでは市民に被害が出るのは間違いない。

 拓馬は背後にいるノヴァに振り向いて言う。

 

「ノヴァ! レガリアは呼べるか!」

 

「えっ? う、うん……わかった!」

 

 ノヴァは異空間から自らの魔神(マシン)レガリアを招喚する。

 それと同時にノヴァの身体はレガリアへと転送され、その中に収まった。

 レガリアに乗ったノヴァに向けて、拓馬は指示を出す。

 

「アイツに触るとヤベエぞ! 魔法で遠くからやるんだ!」

 

「任せてタクマ! 炎の……矢ぁぁぁーーーーっ!!」

 

 獅堂光(しどうひかる)の心の影である彼女は、(ひかる)と同様の魔法を放つことができる。

 魔神(マシン)レガリアの手から炎を帯びた矢が飛び出し、チーフテンの頭部を貫いた。

 銃を乱射していたチーフテンの動きが止まる。

 

「あ――へ、へへ……ありがとよ……」

 

 チーフテンはそう漏らすと、魔法の炎に全身を灼かれて崩れ落ちた。

 そんなチーフテンの最期を目の当たりにしたノヴァは、自分の中に湧き上がる気持ちに混乱していた。

 

 今のお礼は、どうして?

 私はいい事をしたの?

 これでよかった?

 私は何も悪くないはず……

 でも、この不快感は――?

 

「う……」

 

 ノヴァの胸に去来する様々な疑念や不安。

 (ひかる)やドライクロイツの面々から常識や倫理観を学び始めたばかりの彼女にとって、この状況は特異すぎて、心の整理が難しかった。

 

「ノヴァ! しっかりしろ、聞こえるか!?」

 

「あ、え……タクマ? う、うん、大丈夫だけど……でも」

 

「よくやってくれた!

 後はドライストレーガーへの連絡と、市民の避難誘導を頼む! やれるか!?」

 

「いいけど……あいつら倒さなくていいの? どんどん生まれてるよ?」

 

 周囲の四方八方から、悲鳴や破壊音が聞こえてくる。

 すでに市中は大混乱。例の怪物は街のいたるところで出現しているようだった。

 拓馬もそれは認識しているが……

 

「数が多すぎてレガリアだけじゃ対処しきれん、増員が必要だ!」

 

 怪物の出現範囲が広すぎる。

 それに加えて、この敵の相手をするのは、今のノヴァでは精神の負担が大きすぎる……というのが拓馬の判断だった。

 

「俺は逃げ遅れを助ける。そっちは頼んだぜ!」

 

「わかった! 気をつけてね、タクマ!」

 

 魔神(マシン)レガリアが市民を誘導しながら離れていくのを見届けると、拓馬は地獄絵図と化した市中に向けて駆け出した。

 そんな2人をノイバーは遠目で見届け、その場を離れる。

 彼は一刻も早く、母の待つ移動要塞ビッグ・マザーに戻らなくてはならない。

 そう考えてプラハの街を駆ける彼だったが、その耳にひとつの声が届いてきた。

 

「誰か! 誰か助けて……!」

 

 ノイバーの視界の端に、幼い少年の姿が映る。

 しかしそれで彼が止まることはない。

 当然だ。彼の目的は、母と共にこの世界へ復讐することなのだから。

 だが――

 

「助けて……誰か、お母さんを助けて……!」

 

「っ……」

 

 ノイバーは足を止めて振り返る。

 

(いや……どうでもいい。誰とも知らぬ子供の母親など……)

 

 そう思うが、しかし……

 目の前で必死に助けを求める少年の姿。

 それが、かつて目の前で母を警察に連行されて泣き叫んだ、幼い頃の自分と重なってしまう――

 

(……何をしているんだ僕は。こんなことを……)

 

 などと考えながらも、ノイバーは崩れたレストランの中へと足を踏み入れると、瓦礫に挟まれていた少年の母親を助け出した。

 涙を流して頭を下げてから、二人で寄り添うように駆けていく親子。

 その姿をノイバーは直視できなかった。

 親子が遠く離れた後、ノイバーは雑念を払うように頭を振った。

 

「……いや、いい。忘れよう」

 

 なぜ、自分がこんな無駄な事をしたのか。

 ノイバーはこれ以上のことは考えないよう自分に言い聞かせながら、崩れかけのレストランを出ようとする。

 そうして一歩を踏み出した時、気付いた。

 店の周囲が、例の怪物たちに囲まれていることに。

 

「ちっ! しまった、僕としたことが……」

 

 店内へと次々になだれ込んで来る怪物たち。

 それらから逃れ、()(くぐ)るように店の外に向かうノイバー。

 だがノイバーの身体能力は標準的な成人男性のそれと変わらない。

 怪物の手から逃れられず、すぐに追い詰められる。

 

「くっ――」

 

 歪な刃のような爪先がノイバーに迫る。

 その時、ノイバーは思いもよらないものを目にする。

 勢いよくその場に現れた、乱入者。

 それは拓馬だった。

 

「おらぁっ!」

 

 飛び込みざまに拓馬が怪物を蹴り飛ばす。

 吹き飛び、壁に叩きつけられる怪物。

 それに驚いたのはノイバーだ。

 

「お前は……ドライクロイツが、なぜ僕を助ける!?」

 

「こんなやつらに殺られたんじゃあ、納得できねえだろうが!」

 

「そういう問題か……!?」

 

 拓馬の回答は、ノイバーの目線では答えになっていない。

 しかし悠長に問答している暇もなかった。

 建物の出入口や窓にも怪物が群がり、完全に逃げ道が塞がれる。

 もはや拳銃程度でどうにかなる状況ではなかった。

 

「とはいえ、こいつはちっとミスったか」

 

「何か策があって来たんじゃないのか……!?

 前言を撤回しよう。君は馬鹿だな!」

 

「うるせい、スットコドッコイ! 俺の逃げ道はなぁ……」

 

 言いつつ拓馬は銃を真下に構え、装填された6発を連射で撃ち尽くす。

 続いて拳を振りかぶると、全力で床に叩きつけた。

 

「ここだあっ!!」

 

 ビシ、と走る亀裂。

 次の瞬間、石造りの床が崩壊し、拓馬とノイバーの二人は割れた床石と共に地下室へと落ちる。

 立ち込める粉塵の中、ノイバーは咳き込みながら立ち上がる。

 

「ごほッ、くっ……こんな逃げ方があるとは……」

 

「ぼさっとしてんな! 奥に逃げるぞ!」

 

 怪物たちが降りてくる前に、拓馬とノイバーは奥の扉を開けて入る。

 そこはいくつもの木棚が並んだ倉庫であり――

 ……完全に行き止まりだった。

 

「逃げ場は無い……か」

 

「……棚を運べ! バリケードにするぞ!」

 

「そんな事をしても一時凌ぎにしかなるまい」

 

「いいからやれってんだ! 口より先に手を動かせ!」

 

 有無を言わさぬ拓馬の剣幕に押されて、ノイバーもバリケード作りに参加する。

 大量の木棚を扉の前に敷き詰め、即席の防御壁が出来上がったが……

 扉の向こうからはガリガリ、バキバキと扉や壁を削る音が響いてくる。

 突破されるのは時間の問題だった。

 

「はぁ……まあ、やることはやった。あとは運を天に任せるだけだな」

 

 そう言って壁を背にして座り込む拓馬。

 ノイバーは今にも突き破られそうなバリケードを気にしながらも、やがて観念したように床の上へと腰を下ろした。

 命が尽きるまでの時間は、あとわずか。

 そんな中でノイバーは拓馬に問う。

 先刻、タイミングを逃して聞きそびれたことを。

 

「……さっき言っていたのは、どういう意味だ?」

 

「あん? さっきってのは……」

 

「僕の復讐についてだ」

 

「ああ……」

 

 ――その復讐はお前のやりたい事なのか?

 花屋を出ようとしていたところで、拓馬がノイバーに尋ねた言葉だ。

 ノイバーに問われ、拓馬はあの時に言いかけた続きを語る。

 

「お前のオフクロが復讐を目的にするのは、まあ分かるよ。

 ハタから見りゃあ完全に逆恨みだが……冷凍刑を受けた本人だしな。

 だがお前はどうだ? 復讐がお前のやりたい事なのか?

 せっかく、生きて母親と再会できたってのによ」

 

「お前に何が……!」

 

 自分と母を軽んじられたと感じ、食ってかかろうとするノイバー。

 しかしその前に彼は止まった。

 拓馬の胸元に、白いカーネーションの花びらが見えたからだ。

 

「…………」

 

 ノイバーは上げかけた腰を下ろして座り直すと、静かに問う。

 

「逆に聞くが……

 もしもの話。仮に君が生きて母と再会できたとしたら、何を望む?」

 

 その問いを受けて、拓馬はいくらか思案してから答える。

 

「そうだな。色々あるが、何よりもまず最初に……」

 

「最初に?」

 

「コンビニのおにぎりの美味さを教えてやりてえ」

 

 あまりに想定の枠外から飛び出してきた答えに、ノイバーは自らの耳を疑う。

 

「……そんなことを?」

 

「そんなコトとは何だぁ!

 お前まさか、コンビニおにぎり食ったことねえのか!?

 あんなうめえモンがこの世に溢れてるなんて、俺はぶったまげたもんだぜ!」

 

「そ、そうか……ああ、いや。

 なるほど……そういうもの、なのだろうな」

 

 幼い頃の拓馬は、メザシと山菜が体にいいと母親に聞かされて育った。

 その母に曰く「ハンバーグなどといったものは食べすぎるとバカになります」と。

 拓馬も大人になった今では、それらの本当の理由が“貧乏”にあったことを理解している。

 ノイバーはそうした拓馬の事情までは知らないが、よもやこの状況で無意味な嘘をつくとは考えられないと思い直して、その言葉を素直に受け入れる。

 

「ああ。もしオフクロが生き返って『百鬼帝国とアンドロメダ流国を皆殺しにするのです!』なんて言い出した日にゃ、首根っこ引っつかんでコンビニに連れてくだろうぜ」

 

「アンドロメダ流国……」

 

 ノイバーにとっては聞き覚えのある名だが、この場で言及することは避けておいた。

 代わりにノイバーは拓馬の話を整理して考える。

 拓馬の言いたいことは要するに、もしも母親と生きて再会できたのであれば、復讐などに奔走するより二人の時間を大切にしたい……ということだ。

 

「君の言いたいことは分かる。共感も……する。だが……」

 

 話していられるのは、そこまでだった。

 ひときわ大きな音をたてて、怪物のカギ爪がバリケードが突き破る。

 いよいよ最期の時が迫る。

 ノイバーは半ば無意識に立ち上がって、その瞬間に備える。

 ……しかし拓馬は腰を上げずに座り込んだままだ。

 そこでノイバーはその異変に気がついた。

 

「待て。その足はどうした?」

 

 拓馬の足。

 その靴の裏には小さな穴が空いていた。

 穴は靴を貫通して、拓馬の足裏にまで達している。

 

「その足……あの時のか」

 

「どうやら一瞬触っただけでも駄目だったらしいな」

 

 ノイバーを助けるために怪物を蹴った足だ。

 あの老店主の首元にも、これと同じような穴があった。

 詳細は分からないが、放置すればここから怪物が生まれる可能性は高い。

 内にも外にも、絶望しかない。

 

 ――その時、ノイバーは感じた。

 

(……風?)

 

 地下室には吹くはずのない、風が吹くのを。

 その後を追うようにして聞こえてくるのは、マサキの声。

 

「おい拓馬! そこにいるのか!」

 

 その声はサイバスターの外部スピーカーを通して地下まで届いてくる。

 

「マサキ、ここで間違いないニャ!」

 

「ええ、そこの地下から強いプラーニャ反応があるわ」

 

 続けてマサキの使い魔(ファミリア)であるシロとクロの声。

 拓馬は大きく声をあげて彼らに答えた。

 

「ここだマサキ!

 そいつらには気をつけろ、触るとサイバスターも取り込まれるぞ!」

 

「ああ、ノヴァから話は聞いてる! こういう奴には……」

 

 状況はかなり厄介だ。

 この怪物には近接攻撃ができない。

 かといって遠距離武器では地下にいる拓馬を巻き込む。

 しかしこうした場面で最適な手段がサイバスターにはある。

 

「行けっ、サイフラァァァッシュ!!」

 

 剣を掲げると同時に、サイバスターが淡い光に包まれる。

 サイフラッシュ。

 これは敵味方を自動で識別し、敵対的な相手にのみ攻撃を与えることができる特殊な兵装だ。

 この際の対象選定は、サイバスターに対して敵意を持つかどうかで決まる。

 幸いなことに今のノイバーは救助に来たサイバスターへの敵意は持っておらず、その攻撃対象から外れた。

 

 だが、その怪物たちは予想外の挙動を見せた。

 

 マサキがサイフラッシュを起動した瞬間。破壊の光が放たれるより前に、その場にいる全ての怪物たちが一斉にサイバスターへと飛びかかったのだ。

 

「な……なんだこいつら!?」

 

 マサキの背筋にぞわりとした怖気が走る。

 その感覚は、かつて邪神ヴォルクルスと相対した時に感じたものに似ていた。

 しかし眼前の奇怪な怪物の群れからは、それよりも遥かに濃く、膨大な――無限の憎悪を向けられたような感覚を、マサキは覚えた。

 

「くっ――!」

 

 マサキはサイバスターを操り、飛びかかってきた怪物たちを回避する。

 その中で多くはサイフラッシュの光で消滅していくが……

 

「マサキ、まずいニャ! 1体、左手につかれたニャ!」

 

 怪物が取り付いたサイバスターの左手。

 チーフテンの時と同じように、みるみるうちに手の先がグロテスクな形へ変貌していく。

 

「ちっ! ならサイバスターの腕を斬り飛ばす!」

 

 マサキは腕に剣の刃をあてるが、しかし自分の腕を斬り飛ばすというのは存外に難しいものだ。

 人型ロボットというのは、人体を模した構造をしている。

 そのため、自分の体に向けて強い力を入れられるようには作られていないのだ。

 

(くそっ、間に合うか……?)

 

 そんな不安がマサキの脳裏をよぎった、その時。

 いつの間にかサイバスターの足元に、男が立っていた。

 謎の男だ。

 マサキたちドライクロイツも、ノイバーも知らない。

 男は精悍な顔つきをしつつも野性味のある風貌で、長めに伸ばした髪を後ろで結んで尾のように垂らし、まるで忍者のような黒い着物に身を包んでいる。

 何より目につくのは、彼が抜き身の刀を手にしていることだった。

 そして刀を構えて呟く。

 

九龍覇剣(くりゅうはけん)……」

 

 男は眼前の中空に円を描くように刀を振るう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

虚空斬破(こくうざんぱ)!」

 

 すると刀の切っ先から遠く離れたサイバスターの左手首が、一瞬にして消滅する。

 手首ごと怪物が消えたことで、サイバスターは危ういところで難を逃れた。

 付近にはもう怪物の姿は見えない。

 マサキは正体不明の剣技を振るった男を見る。

 男はすでに刀を鞘に納めており、事を終えたとばかりに泰然とした様子で立っている。

 しかしマサキが気になるのはその男が何者であるかより、彼が使った剣の技だった。

 

「なるほどな……空間を斬って、それを飛ばす。そういうやり方もあるのか」

 

 マサキはひと目見ただけで、その技の仕組みをおおよそ察する。

 そこへ瓦礫の中から這い出てきた拓馬が声をあげた。

 

「なんじゃそりゃ、わけが分からん! 納得できるコトか!?」

 

「ああ、虚空斬は無窮流(むきゅうりゅう)では基本技だからな」

 

 などとあっさりと言ってのけるマサキに、拓馬はついて行けないとばかりに天を仰いだ。

 

「まじかよ……」

 

「そんな驚くことか? ダンクーガだって似たような事してるだろ?」

 

「そうだな。……なんて言うと思ったか! ってて……!」

 

 そこで突如、うずくまって自分の足を押さえる拓馬。

 彼の足裏にはまだ、例の怪物につけられた穴が残っている。

 そんな拓馬の前に先ほど怪物を屠った男が歩み寄る。

 彼は拓馬に向けて手をかざした。

 すると拓馬の足から、何か黒い(もや)のようなものが立ち上り、男の手の中へと吸い込まれていく。

 

「おおっ!? な、なんだあっ!?」

 

 突然のことに仰天して、ひっくり返りそうになる拓馬。

 その不思議な現象は、ほんの数秒ほど。

 すべての黒い靄が男の手に吸い込まれた後、拓馬が自らの足裏を見ると――

 

「あ、穴が消えてる……どういうこった?」

 

 不思議がる拓馬に答えるように、男はここでようやく口を開いた。

 

「なに、オレの宇宙の中に取り込んだだけのことよ。

 オレはこの宇宙に持ち込まれたドグラを回収しに来た」

 

 などと、男はまるで訳の分からないことを言う。

 

「ドグラ? あの気色悪い怪物のことか。

 何だか分からねえが助かったぜ。

 しかしあんたは一体、何もんだ?」

 

「案ずるな。菩薩宇宙の美勒王(みろくおう)は、お前たちの戦いに関知せぬ」

 

 そんな答えになっているのかどうかもよく分からない言葉を残して、男は近くの家の屋根へと跳び上がると、屋根から屋根へと身軽に跳び移って、姿を消した。

 

「なんだありゃあ? ニンジャか?」

 

 何から何まで謎しか残さなかった男。

 その後ろ姿を拓馬とマサキは呆気にとられて見送った。

 しかしすぐに気を取り直し、男が“ドグラ”と呼んだ怪物へと対処するべく、マサキは周囲を見渡すが……

 

「……おい、あのバケモノどもはどこ行った?」

 

「えっと……レーダーに反応がニャいわね」

 

「いつの間にか全部消えてるニャ!」

 

 あまりに不可解な出来事だった。

 あれだけ大量にいた怪物が一瞬にして姿を消すなど。

 

「まさか、さっきの奴が……?」

 

 あれだけの数を一人で対処したとは考えにくい。が、他にそれらしい理由も浮かばない。

 分からないことを考えても仕方ない。

 そうマサキは思い直すと、拓馬に向けて告げる。

 

「それより大変なことになってる。早く乗れ、ドライストレーガーに戻るぞ」

 

「大変なこと?」

 

 拓馬が差し伸べられたサイバスターの右手に飛び乗ると、マサキはそのまま機体を発進させた。

 急激な加速によるGを受けつつ、拓馬は地上から遠く離れる前に下を見る。

 いつの間にか姿を消していたノイバーの姿を探すように。

 

 

***

 

 

 拓馬がドライストレーガーに戻った時には、既にドライクロイツは部隊を展開し、移動要塞ビッグ・マザーとの戦闘を開始していた。

 場所はプラハ東部にある広大な自然公園。

 突然の戦闘が始まった理由は、この公園に隠されていたビッグ・マザーを、現地調査をしていた獏とシャドウ丸が見つけてしまったためだ。

 エヴァ・フォルツォイクはドライクロイツに発見された途端に、ビッグ・マザーを浮上させて戦闘態勢に移行した。

 さらにエヴァは続けて、地球圏のあらゆるコンピュータを支配する音波兵器『ハーメルンシステム』を起動。

 それを受けてドライクロイツは、あらかじめ対抗策として開発しておいたハーメルン無効化装置を起動して対抗する。

 装置は無事、ビッグ・マザーが放射する音波の妨害に成功。

 これによりドライクロイツは万全の戦力をもって、エヴァ・フォルツォイクとの戦闘を開始したのであった。

 

 

***

 

 

 移動要塞ビッグ・マザーの内部。

 その中には戦艦で言うブリッジに相当する広大な司令室があり、エヴァ・フォルツォイクはその奥に設置された荘厳な玉座に腰を下ろしている。

 無論、この玉座は偉大な母に相応しいものとして、ノイバーが(こしら)えたものだ。

 その母のもとに、息子であるノイバーが帰ってくる。

 

「戻ったよ、母さん」

 

 彼は言うが早いか、室内のコンソールを手早く操作する。

 

「大丈夫さ。こんなこともあろうかと、僕も用意してきた」

 

 そうして彼が起動したのはハーメルンシステムの改良版だ。

 ビッグ・マザー上部に四角いスピーカーがせり出し、先に使われたハーメルンシステムとは別の音波が放たれる。

 すると途端にドライクロイツのロボット達の動きが鈍り……1機、また1機と動きを停止。空を飛んでいる者たちは次々に落下していった。

 

「フッ……ハハハハハッ!

 どうだ見たかドライクロイツ!

 これが諸葛孔明との技術交流の成果さ!」

 

 ノイバーは高笑いをあげる。

 強化ガラス越しに見下ろす眼下には、機能を失った大量のロボットたち。

 厳密には、ドライクロイツの戦力のすべてが失われたわけではない。

 ロボットではないセフィーロの魔神(マシン)、ULTRAMANやグリッドマン……それから、この世界の地球と全く異なる技術で作られている魔装機や幻晶騎士(シルエットナイト)、光武など、一部の機体はかろうじて動けている。

 だがその程度であれば、ビッグ・マザーと大量のブラックチーフテン軍団をもってすれば、ひねり潰すのは容易い。

 

「どうだい母さん!

 これで僕たちの勝利は決まったような――」

 

 振り返ったノイバーを出迎えたのは、まるで睨みつけるように鋭く目を細めた母の視線だった。

 

他所(よそ)の技術を使ったのね」

 

「え? あ、ああ……」

 

 てっきり褒めてもらえるとばかり思っていたノイバーは、母の冷え切った態度に狼狽(うろた)える。

 こんな母の顔を見るのは初めてだった。

 彼の記憶にある母は、いつも優しく、自分の全てを受け入れてくれる存在だった。

 何を言ったらいいのか分からずノイバーが硬直していると、外の戦場でひとつの動きが出る。

 

 それは機能停止したジェイデッカーに乗り込み、手動で操縦する友永勇太だった。

 彼は年端もいかない少年でありながら、仲間たちのために勇気を出して、悪の超AI(チーフテン)軍団に立ち向かう。

 しかしそんな彼の奮闘も虚しく、チーフテン達の指揮官であるビクティムの手で、勇太のジェイデッカーは倒された。

 ビクティムの足元で地に伏すジェイデッカー。

 それを見たエヴァは静かに命令を下した。

 

「さあ、友永勇太を殺しなさい」

 

「えっ!? そ、それは……!」

 

 ノイバーの口から、思わず否定じみた声が出た。

 友永勇太は「AIに心を芽生えさせる」という、エヴァが実現できなかった偉業を成し遂げた人物だ。

 つまりは、エヴァ・フォルツォイクが得るはずだった成果と栄誉を奪った盗人(ぬすっと)である。

 ……もちろん逆恨みも(はなは)だしい話だ。

 しかしあの不当な冷凍睡眠刑さえなければ、その栄誉はエヴァ・フォルツォイクが得ていたはずのもの……だとフォルツォイク親子は認識している。

 すなわち友永勇太は、他の誰よりも優先して復讐するべき対象なのだ。

 だが……

 

 ――なあ。その復讐はお前のやりたい事なのか?

 

「僕は……」

 

 ノイバーは深い葛藤の末に、母に向かって告げた。

 

「……母さん、なにも殺す必要はないよ。

 むしろ友永勇太は生かしておいた方が……

 そう、かつての僕たちのような無念を味わわせることが……」

 

 それは彼の人生で初めてのこと。

 母に対する唯一の、ほんの小さな口答えに過ぎなかった。

 しかしそれは予想だにしない、最悪の結果を生むことになった。

 

 ノイバーはその時に気がついた。

 玉座に座るエヴァの後ろ。

 なぜ今まで気付かなかったのか。

 一体、いつからそこにいたのだろう。

 それは、あらゆる不吉さを集めたような、異様な気配を放つ存在だった。

 黒衣を(まと)った青白い顔の女が、まるで取り憑いた悪霊のごとく、母の背後に佇んでいる。

 

「なんだお前は!?」

 

 ノイバーは“それ”をまだ直接見たことがない。

 その女の名はデボネア。

 ノヴァの言う“お母様”だ。

 デボネアはエヴァに耳打ちするよう、(あや)しく(ささや)いた。

 

「母に逆らう子供など、存在していいわけがない……違うか?」

 

 その言葉にエヴァは虚ろな瞳で呟いた。

 

「ええ……要らないわね」

 

「母さん!?」




【知らなくてもいいけど知るともっと面白いかもしれない話】
・タイトル「闇に沈む」は魔装機神シリーズのBGMから。

・魔法騎士3人の魔神(レイアース、セレス、ウィンダム)はモコナが作った生物であり、通常時は亜空間で待機している。それ以外の魔神はモコナが作ったものではないので、上記の3体とはどこまで共通点があるのか作中でほぼ設定が語られないため、よく分からない。

・『勇者警察ジェイデッカー』作中では、エストニア共和国によく似た名前の「エトニア共和国」という国が存在しており、エストニアがモデルになっていると考えられる。ただし、エヴァはドイツ系の女性名で、ノイバーはドイツ系の姓なので、現実のどの国家に対応しているのかは断定しにくい。

・原作漫画版で拓馬は怪物に変貌した人間に対して躊躇なく銃を向け、特に葛藤もなく手早く処理する、ドライな面を見せている。拓馬に限らずアークの登場人物は全体的に人の死に対してドライであり、この時代の過酷さを思わせる。

・アークのアニメ版では幼少期の拓馬の食事がメザシと山菜ばかりなのは「母がこれしか作れないから」という理由がつけられている。また、「ハンバーグを食べすぎるとバカになる」というセリフはカットされている。

・「虚空斬が無窮流の基本技」という設定は(おそらく)魔装機神では出ていない。ただし無窮流と近しい関係にある「不易久遠流」を使うジノ=バレンシアは、虚空斬が初歩的な技であると述べている。

・プラハ市の東にあるクラーノヴィツェ=チハドラ自然公園の広さは970ヘクタールで、これは日本で言うと東京都千代田区の行政区全体に近い広さ。

・ノイバーは『ジェイデッカー』アニメ作中、ほとんどの場面で母を全肯定しているが、母の指示に驚いて聞き返す場面が2度ある。ひとつはハーメルンの出力を最大にしてブレイブポリスの超AIを破壊するよう指示した時。もうひとつはエヴァが勇太を殺すよう命令した時。

【挿絵について】
使用している挿絵は、ほいみん氏(https://x.com/frosted_hoim_in)に描いて頂きました。
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