Drei DetonatioN ~鋼の咆哮~   作:日下部慎

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第4話「無明の大師は闇夜に問う」

 翌朝。拓馬たちがこの世界の早乙女研究所に来てから、初めての朝だ。

 アークチームやマサキ、そして今日はオラシオも、全員が食堂へと集まってくる。

 そんな彼らが目にしたのは、朝食を作ろうと厨房に向かうセニアの姿だった。

 

「さて、それじゃあ皆のぶんのご飯も作ろうかな」

 

「っ……!?」

 

 青ざめるマサキとオラシオ。

 しかしそこへ即座に声があがる。拓馬の声だ。

 

「あぁ~! おにぎりが食いてえ気分だなぁ!」

 

「あらそう? なら……」

 

「その程度なら俺が握ってやろう」

 

 セニアの発言を遮るように、すかさずカムイが答えた。

 さらに滑り込むように獏が現れ、セニアに話題を振る。

 

「そうだセニア!

 ハッキングの方法で、ひとつ試したいことがあったんだ!

 ちょっと来てくれるか?」

 

「え、今?」

 

 そうして獏に誘導されて、セニアは外へと連れ出されていった。

 遠ざかる足音が聞こえなくなると、食堂の中に安堵の空気が広がる。

 マサキは大きく息を吐くと同時に感嘆の声を漏らした。

 

「さすがゲッターチーム、完璧な連携だぜ……」

 

「いや助かりましたね。ええ、本当に」

 

 

***

 

 

 昼になると、昨夜の約束通りにマサキによるプラーナ修行が始まる。

 場所は研究所の外。マサキに頼み込んだ獏だけでなく、暇を持て余した拓馬とカムイも一緒に参加することになった。

 

 まずはプラーナの感知をマサキが実演する。

 マサキは近くに落ちている手頃な木の枝を拾い上げると、それを剣に見立てて持つ。

 特に仰々しく構えをとったわけではない。だがその姿を目にした拓馬たちは、思わず息を呑んだ。

 

「う……」

 

 戦い慣れしているアークチームの面々は、剣を手にしたマサキの立ち姿から、堂に入った雰囲気を感じ取っていた。

 獏と拓馬は小声でひそひそと話す。

 

「おい拓馬……剣でやり合ってたら結果は違ってたかもしれねえな……」

 

「こ、こっちにだって二天一流があるわい」

 

 マサキは自分の後ろから小石を投げるよう、カムイに頼んだ。

 言われた通りにカムイは拾った小石を投げる。

 ぱん、と音をたてて小石が弾かれた。瞬時に振り向いたマサキが、手にした木の枝で叩き通したのだ。

 おおー、とアークチームの歓声があがる。

 

「ま、こんな感じだな。

 プラーナを感知すれば、目で見なくても敵の攻撃が分かる。

 それだけじゃなく、敵が隠したい弱点なんかも分かってくるぜ」

 

「なるほど。そりゃあ便利だな」

 

「それにゲッターは魔装機と同じで、操縦者の気持ちで出力が変わるんだろ?

 ならプラーナの制御を覚えれば、アーク自体の性能も上がるはずだ」

 

 その言葉を聞いて拓馬やカムイも目の色を変える。

 

「本当か?」

 

「そいつはいいな!

 で、プラーナの制御ってのはどうすりゃいい?」

 

「最初は基礎からだな。

 俺がゼオルートのおっさんに教わったやり方になるが……」

 

 こうしてマサキの指導による修行が開始された。

 まずマサキは3人を座らせ、プラーナ修行の基礎となる丹田(たんでん)呼吸法を教える。

 

「下腹を意識して腹筋を使って呼吸し、一度の呼吸を大きく長くして、意識を呼吸だけに集中するんだ」

 

 そんなマサキの説明を受けて獏が口を開く。

 

大安般守意経(アナパーナサチ)だな。俺が聞いた話じゃあ、お釈迦様の呼吸法を真似たのが丹田呼吸だという」

 

「そうだったのか……」

 

 昨日に続いて、獏の解説にまたも驚かされるマサキだった。

 その後、アークチーム3人は丹田呼吸を続けつつ瞑想を行い、体内のプラーナを制御する方法を学んでいく。

 

「感覚としては、プラーナを高めるのは感情を強めるのと同じだ。

 だがプラーナは高めるだけじゃなく制御するのも大切なんだ。

 うまく制御できないと方向性を失っちまって、大きな力にならないからな」

 

 かつて自分が修行の中で言われてきた事を、マサキは昨夜のうちに思い出しておいた。それを自分なりの言葉で3人に語り伝えていく。

 

「だが制御といっても感情を抑えるのは違う。

 自分の中で()き止めたりせず、丹田を中心に強い気持ちが渦巻いて、留まるようにイメージするんだ」

 

 マサキは講釈しながら3人のプラーナの流れを読み取り、適宜アドバイスしていく。

 そうして小一時間ほど瞑想を続けたところ……

 

「……驚いたな。

 獏、お前……もう俺よりプラーナの感知と制御が上手いんじゃないのか?」

 

 獏はマサキが先ほど実演した攻撃の感知だけでなく、マサキの体に残るダメージの具合を把握したり、さらには自分の打撃にプラーナを乗せて威力を増す事までやってのけた。

 それを見て自分の事のように喜ぶ拓馬。

 

「すげえな獏! こんなすぐに効果が出るもんなのか?」

 

「いや、元からこれくらいできる下地があったんだろう。

 獏に足りなかったのは自信だな」

 

 マサキの指摘通り、獏は幼い頃から兄のもとで、今日のような修行を何年間もずっと続けていた。

 それと自信不足という点についても、獏には思い当たるふしがあった。

 

「自信、か……確かにそうかもな。……実は兄貴からも『このくらいの事、あなたならできますよ』とは言われてたんだ。でも俺なんかとは出来が違う兄貴に言われても、なんだか実感できなくてな」

 

「お前がそこまで言うのか。只者(ただもの)じゃなさそうだな」

 

「ああ。本当にすごい人だった」

 

 そう言って笑う獏の顔には、尊敬する兄への誇らしさと、そんな優秀な兄へのコンプレックスが垣間見えた。

 そんな獏から少し遅れて、拓馬もプラーナ修行の成果が出てくる。

 

「拓馬も相当センスあるな。

 俺だって最初はプラーナの感覚を掴むのに、けっこう時間かかったんだが」

 

「へへ、坐禅と腹式呼吸はガキの頃からやってたからな。

 よく集中を切らして、オフクロに喝を入れられてたもんだ」

 

 物心ついた時から母親に武道を叩き込まれてきた拓馬にとっても、この手の精神修養は馴染みのあるものだった。

 そうした一方で、最もプラーナ修行が上手くいかないのは意外にもカムイだった。

 

「ほ~、カムイにも苦手なもんがあったとはな」

 

「く……」

 

「これくらいが普通だけどな。

 ……だが、どうも集中できてないようだな。この感じは……」

 

 プラーナの乱れはすなわち精神の乱れだ。

 わざわざ読み取ろうとするまでもなく、カムイのプラーナが大きく乱れているのをマサキは感じ取っていた。

 それもひどく重大で、深刻な葛藤の気配を。

 

「……迷いを抱えたまま大きな決断をすると、長く引きずることになるぞ」

 

「なに……?」

 

「カムイ、何をそんなに迷ってるんだ?」

 

 意味深な忠告から始まった、マサキの問い。

 ――何に迷っているのか。

 その疑問に対して、マサキがいくら待ってもカムイは口を開かない。

 カムイの顔にあるのは戸惑いではなく、苦悶に近い表情だった。

 それはつまり、カムイは自分の悩みが分からないのではなく、答えられないという事を意味していた。

 そんなカムイの様子に、拓馬と獏も神妙な顔で口を閉ざしている。

 会話が止まり、周囲に気まずい空気が流れる。

 

「……いや、詮索するつもりはなかったが……」

 

 マサキはバツが悪そうに頭を掻く。

 そして微妙な空気を誤魔化すように言った。

 

「ま、今日はこの辺にしとくか。俺はちょっくら偵察に行ってくらあ」

 

 そう言うとマサキは近くにあったサイバスターに乗り込んだ。

 飛び立ったサイバスターは自慢の加速で研究所から遠ざかり、あっという間に拓馬たちの視界から消えていった。

 ……すると研究所の中から慌てた様子でセニアが走ってきた。

 セニアの作業を手伝っていたシロとクロも一緒だ。

 

「ねえ!

 さっき飛んでったの、サイバスター!? マサキは!?」

 

 セニアの剣幕にたじろぎつつ拓馬は答える。

 

「あいつなら偵察するって出ていったぜ」

 

「なんで一人で行かせたんだニャ!?」

 

 などと、よく分からないことを言い出すシロに、拓馬たちは困惑する。

 

「どういうことだ?」

 

 カムイの疑問に、クロが言いづらそうに回答する。

 

「マサキは方向音痴ニャのよ」

 

 その隣ではセニアも頭を抱えてうずくまっている。

 

「ごめん、言っておかなかったあたしのミスだわ。

 これはもう帰って来ないわね……」

 

「おいおい、大げさな。

 方向音痴ったって、レーダーがついてるだろ?」

 

「ええ、ナビゲート機能もあるわ。

 でもマサキはプラーナが強すぎて、すぐに計器が壊れちゃうのよ」

 

「んなバカな……」

 

 さすがに半信半疑のアークチーム。

 果たしてマサキとサイバスターは――その日、真上にあった太陽が地平線の先へと沈んでも、ついぞ戻って来なかった。

 

 

***

 

 

 そうして夜。

 食堂では、もはや恒例になりつつあるセニアとオラシオの口論が繰り広げられていた。

 

「それではぁ? アナタの主張はこうですか?

 ラ・ギアスでは一人ひとりの錬金学士が自身の良心のもとに、危険な研究をしないよう自制している……と?」

 

「ええ、そうよ。ラ・ギアスは地上よりもずっと長い歴史の中で人々の精神が成熟していて、争いを好まないから。だからラ・ギアスの人間はプラーナが低くて、マサキみたいにプラーナの高い地上人の助けが必要だったの」

 

「ははあ。でぇ?

 そういったラ・ギアスの錬金学士のように、兵器開発者は自らの製造物に責任を持ち、身勝手な技術競争は慎むべき……と。そういう事ですね?」

 

 それはこれまでにセニアが主張してきた事の確認、おさらいだった。

 セニアは頷いて肯定する。

 オラシオはこれらを踏まえた上で、セニアに問う。

 

「それでは人々の精神が成熟しているラ・ギアスでは、戦争が起きないのですか?」

 

「いや、それは……!」

 

 そんな事はない。長く国家間の争いのない状態が続いていたラ・ギアスだったが、少し前に大きな戦争があったばかりだ。今も各地で散発的に武力衝突が続いており、とても平和とは言いがたい。

 セニアも反論する。だが今回に限っては、いつもの彼女と違って歯切れが悪い。

 

「確かに戦争はあったけど……でもそれは、ラ・ギアスの人達が召喚された地上人に影響されたからで……」

 

「ハァ~? よそ者の影響を受けて荒っぽくなった?

 そんなことで、よく成熟しているなんて言えますねぇ?

 そもそもからしてアナタ、ラ・ギアス人ですよね? 自分の精神が成熟してると本当に思ってます? それとも、その性格も地上人の影響なのですかぁ?」

 

 オラシオの言葉は痛烈な皮肉を交えたものだったが、その発言の内容自体はカムイも気になっていた事だった。

 

「確かに、セニアは俺たちと変わらないように見える」

 

「そぉ~いうこと! ハイ、嘘確定です!

 精神が成熟しているなんて、ちゃんちゃらおかしいですよ。だったら、あんな料理のような見かけをした劇物が出来上がるわけがないですからねぇ」

 

「料理とは話が違うんじゃねえのか?」

 

 オラシオの話が飛んだのを見て獏が突っ込む。

 しかしそんな反論など想定内と言わんばかりに、オラシオは自らがそうした考えに至った根拠を語る。

 

「いい~えぇ? 要するにですねぇ、彼女は自らの好奇心を抑えられない人物である……という事です! どうなるか分からないから……知りたいから……危険と分かっていながら、どうしても試してしまう! これは研究者のサガであり、例外はありません。どうせアナタ自身、これまでにも危ない兵器を造ってきたのでしょう?」

 

「っ……!」

 

 その指摘を受けたセニアは答えに(きゅう)する。

 そして苦しげな表情で、そのまま口を閉ざしてしまった。

 ……食堂に沈黙が広がる。

 それは予期せぬ静寂だった。セニアがこんなふうに黙ってしまうことなど今までになかったため、全員が戸惑う。

 互いに探るように目配せをする獏、カムイ、それからオラシオ。

 そんな時だった。

 ――ガシャン! と、厨房の方で大きな音がして、一同は驚いて振り返る。

 

「おっとと、わりーわりー。うっかり落としちまった」

 

 それは拓馬が大皿を落として割ってしまう音だった。

 

「おいおい、そんな目で見んなよ! 悪かったって!

 こう、俺の手から逃げるようにツルっと……」

 

 必死に言い訳をする拓馬の姿を見て、カムイは呆れたように立ち上がる。

 

「いいから早く片付けろ。ほら、箒だ」

 

「おう、ありがとよ」

 

 割れた皿の破片を片付ける拓馬とカムイ。

 張り詰めていた空気が弛緩し、セニアも体に溜まった緊張を外へと逃がすように大きく息を吐いた。

 

「……ごめん。ちょっと頭を冷やしてくるわ」

 

 そう言ってセニアは食堂を後にした。

 彼女が去った後、再び食堂には微妙な空気が流れる。

 その中で最初に口を開いたのはオラシオだった。

 

「……拍子抜けですね。この程度、すぐに反論してくるものと思っていましたが」

 

 それに対して批難の声をあげたのはクロだ。

 

「ちょっと。あんな言い方することないんじゃニャい?」

 

 クロに続いて、シロも威嚇の姿勢をとりながら責める。

 

「そうだニャ! セニアは自分の造った魔装機でお兄さんを亡くしてるんだから、今のはひどいニャ!」

 

「ちょっとシロ、そんなプライベートなことはあんまり……」

 

「え? あっ!」

 

 クロに指摘されて失言に気付いて、慌てて自分の口を塞ぐシロだった。

 先ほどのセニアの様子に得心(とくしん)した獏は、唸るように声を漏らす。

 

「そうだったのか……」

 

「…………」

 

 その傍では、さしものオラシオも神妙な表情をしていた。

 

 

***

 

 

 あれから時間が経って、今は深夜の時間帯。

 研究所の外では、崩れた建物の瓦礫の上に腰かけているセニアの姿があった。

 セニアは何をするでもなく、自分の膝を抱えるようにして、沈んだ顔で地面の一点を見つめている。

 そんな彼女の近くで、ひとつの足音が立った。

 

「眠れないのか」

 

 

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 そう声をかけたのはカムイだ。

 カムイがセニアを見かけたのは偶然だった。この世界に来てからどうしても寝付けないカムイは、昨日も今日も深夜に徘徊していた。

 現れたカムイに、セニアは顔を上げて答える。

 

「うん……まあ、ね」

 

 いつも溌剌(はつらつ)としているセニアには珍しい、(うれ)いと(かげ)を帯びた様子。

 カムイはわずかに躊躇(ためら)いつつも、そんなセニアに告げた。

 

「……シロから聞いた。自分の作った魔装機で兄を亡くしていると」

 

「え? もう、お喋りなんだから……」

 

「すまない、それだけだ。一応、伝えておこうと思ってな」

 

 そう言ってすぐに立ち去ろうと背を向けるカムイ。

 セニアはそれを引き止めるように口を開いた。

 

「でも、それって正確じゃないのよ。

 あたしの造った魔装機がやった事は、兄さんが武力解決に突き進む後押し。

 直接的に兄さんを殺したのは、マサキね」

 

「なに……!?」

 

 予想もしていなかった話を聞かされ、カムイは大きく目を見開いた。

 

「驚いた? そうよね。

 ちょっと長い話になるけど……聞いてくれる?」

 

「……ああ」

 

 カムイは頷くと、セニアから少し離れた瓦礫の上に腰を下ろした。

 そうして、セニアは語った。

 彼女が造りあげた超魔装機デュラクシールと、彼女の兄・フェイルロード=グラン=ビルセイアが辿った顛末を。

 

 ある時、神聖ラングラン王国の未来見たちによって、“世界を滅ぼす魔神”の出現が予言された。ラ・ギアスの予言は地上のそれとは違って、避けるための行動をとらない限りは、ほぼ必ず的中する。

 その対抗手段としてサイバスターをはじめとした魔装機神が造られ、その操者としてマサキら地上人が召喚された。

 だがそれとは別に、フェイルは違う手段をとった。

 それは武力でラ・ギアスを統一することにより、来たるべき魔神の出現に備えるというものだった。

 

「――武力行使による世界平和の実現、か」

 

 カムイは思わずそんなことを口にする。

 なぜならそれは、これからカムイ自身がやろうとしている事だったからだ。

 

「でもね、兄さんは元々そういうことをする人間じゃないのよ」

 

 自らを「本質的には武人」と語ったフェイルだが、普段の彼は力による強引な解決を望まぬ、温和で聡明な人物だった。

 しかし当時のフェイルはその身を病に(むしば)まれており、時間が残されていなかった。

 そんな時に突如として超魔装機という力が手の中に現れたことで、条件が揃ってしまった。

 自分の手で現状を変え得る手段と、残り少ない寿命。

 この二つが彼の自制心を奪い、平常時の彼なら選択しない行動へと突き動かしたのだ。

 

「…………」

 

 カムイは無意識のうちに、懐に隠した牙に手を添えていた。

 そこには未来の戦場で託された『バグ』という名の超兵器の情報が収められている。

 

「……超魔装機は危険な兵器よ。

 あたしはそれを分かってたのに、開発したの。

 地上のモビルスーツ……ガンダムを見て、自分の手で調べて、そうやって得た新しいアイデアを試さずにはいられなかった」

 

「だがそれはラ・ギアスの平和のためなんだろう?

 平和のために強い兵器を造る……。

 それがいけないとしたら、サイバスターはどうなる?」

 

「それがね、超魔装機と魔装機神には大きな違いがあるの。

 それは精霊との契約の有無よ」

 

 超魔装機は精霊と契約していない。純粋な科学と錬金学による産物だ。

 対して魔装機神は、それぞれが高位の精霊と契約している。

 精霊とは、精霊を信じるすべての人々の集合的無意識が力を持ったもの。

 すなわち精霊の意志とは、その地に住まう人々の総意と言える。

 それゆえ高位精霊と契約した魔装機神は、人々の平和への思いを無視するような、個人の思想による危険な運用をすることができない。

 だが精霊と契約していない超魔装機は、(いち)個人の考えによる強引な現状変更を可能にしてしまう。

 

「なるほど……つまり精霊との契約が、平和が脅かされないための抑止機構になっているわけか」

 

「そういうこと。兄さんは超魔装機の力を使って、個人的な理想を実現しようとした。その結果、魔装機神操者であるマサキに討たれた」

 

「…………」

 

「だから……オラシオが言ったことは間違ってないのよ。

 良心がどうとか、本当はあんなに偉そうに言える立場じゃない。

 けど……だからこそ、昔のあたしみたいな事をしようとしてるのを見たら、どうしても黙っていられなくて」

 

「そうか……」

 

 カムイにはそれ以上、何も言えなかった。

 セニアの兵器開発への理想と後悔。そして、それほどの事があってもマサキに向ける強い信頼。今この時までに、どれほどの葛藤が彼女にあったのかと思うと、軽々しく口を開くことができなかった。

 そんなカムイの深刻な様子に気付いたセニアは、いつものような明るい口調に変えて言う。

 

「ま、超魔装機はあたしにとって、自分への戒めね。ラ・ギアスの錬金学が掲げる『良心ある科学』の哲学を理解してなかった、未熟な昔の自分を思い出すための」

 

 そう言ってセニアは、軽くはにかんでみせた。

 過去のあやまちと向き合いながらも前へと進もうとするセニアの姿勢に、カムイは眩しさを感じる。

 

「そうか……強いな、お前は」

 

「そんなことないわよ。まだ自分の中で受け止めきれてないから、今日みたいに落ち込むこともあるし。たぶん、マサキも同じだと思う」

 

「マサキも?」

 

「ええ。マサキは兄さんを慕ってたから。

 立場を越えた親友……って言ってもいいかもしれない。

 兄さんは王位継承権第一位の皇太子でありながら、マサキたち地上人にも気さくに話しかける人だったから」

 

 そうしたセニアの話に挟まれた情報から、カムイはひとつの事実に気がついた。

 

「兄が皇太子……? それではセニアは……」

 

 驚いた顔をしているカムイに、セニアはいたずらっぽく笑ってみせる。

 

「そ、お姫様よ。ふふっ、びっくりした?

 と言っても、あたしは魔力テストに合格できなかったから、王位継承権はないんだけどね」

 

 やや自嘲気味に言うと、セニアは脱線した話を戻す。

 

「魔装機神操者はね、特別な“権利”と“義務”を持つの」

 

 セニアは『魔装機神』という存在の核心とも言える理念を語る。

 ――魔装機神操者の権利と義務。

 それは「あらゆる権力に従わなくていい権利」と、「世界存続の危機に際しては、すべてを捨てて立ち向かう義務」だ。

 これは漠然とした心構えの話ではなく文字通りの意味であり、実際に魔装機神を造った神聖ラングラン王国の憲法にも「魔装機神操者の意志は、国家の決定よりも優先される」と規定されている。

 そして、この権利と義務をマサキに教えたのは、皮肉にもフェイル当人だった。

 ラ・ギアス全土の平和を脅かす存在となったフェイルを、マサキは魔装機神操者として倒さなくてはならなかった。

 マサキはこの戦いでフェイルを殺すつもりはなかったが、フェイルは事前に脱出装置を取り外していた。もしマサキに負けた場合、ラ・ギアス全土への侵攻を宣言した自分が生きていると、神聖ラングラン王国と他国との停戦が難しくなる……という理由だ。

 それがフェイルロードという男が選んだケジメのつけ方だった。

 ……カムイはこの話を聞いて、昼間にマサキから言われたことを思い出す。

 

『迷いを抱えたまま大きな決断をすると、長く引きずることになる』

 

 あれはマサキ自身の体験を語った言葉なのだと、カムイは理解した。

 そして同時にカムイは気付く。

 今の自分が、迷いを抱えたまま重大な決断をしようとしている事を。

 

「…………」

 

 自らのあやまちと後悔を告白したセニアに応えるように、カムイは胸に抱えた苦悩を吐露する。

 

「……ここから戻ったら俺は、拓馬や獏と敵対しなければならない」

 

「え……」

 

 セニアはわずかに驚くが、すぐに納得する。恐竜帝国と地球人類が不倶戴天の敵同士だと、すでに知っているからだ。

 地球を救って戻れば、今度は恐竜帝国の一員として戦わなければならないのだろう。それについては違う世界の事情なので、セニアは口を挟まなかった。

 ただ息を呑む音だけを聞いて、カムイは続ける。

 

「だが俺は迷っている。拓馬には……恩がある。

 出撃前に母と触れ合うことができたのは、拓馬のおかげだった」

 

「お母さんと?」

 

「ああ。俺は物心ついた時には母に近付くことを許されず、顔を合わせることすら(まれ)だった。人間とのハーフである俺が、恐竜帝国を裏切らないようにと……」

 

「そんな……そんなのって、人質じゃない!」

 

 他所(よそ)の事情に口を出すつもりのなかったセニアも、これには声を荒げる。

 そんなふうに怒りをあらわにする彼女を目にして、カムイは自分でも知らないうちに頬が緩んでいた。

 

「拓馬も同じように思ったんだろう。

 あいつは悪知恵を働かせて、俺の前まで母を連れてきた。

 ……ふっ、拓馬の演技はひどいものだったがな」

 

「それは……ふふっ、拓馬らしいわね。

 相当わざとらしかったんでしょ、それ」

 

 自分で言いながらセニアは思い出す。

 魔装機を降りて初めてアークチームと顔を合わせた時、カムイの特徴的な顔について、拓馬が不器用ながらもフォローしようとしていた事を。

 そうしてカムイは大きく一息つくと、今の正直な気持ちを語った。

 

「俺たちが地球を救った後、あのまま戻っていれば、何も迷わず行動に移せたのかもしれない。しかし今の俺は……ここにいる事が楽しいと感じてしまっている。拓馬や獏……お前たちと過ごすうちに、自分の決心が弱まるのを感じている」

 

 決して誰にも言うことはないだろうと思っていた己の心情だったが、それはカムイ自身も驚くほどに自然と口をついて出た。

 秘めた心中を明かしたカムイに、セニアも自分の気持ちを告げる。

 

「あたしやマサキは心の準備ができる前に兄さんと戦うことになって……それで今でも引きずってる。だからカムイには、できれば後悔しない選択をして欲しい」

 

 カムイは口を開いて、しかし「わかった」と答えることができず……代わりに小さく頷いた。

 ……その後、二人はしばらく雑談を続けた。

 その中でも特に恐竜帝国とラ・ギアスの共通点の話では大いに盛り上がった。

 

「実は前から気になってたのよね。けっこう似てるところが多くて」

 

「そうなのか?」

 

 まず、恐竜帝国とラ・ギアスは、どちらも地球の地下に存在している。

 さらに、両者ともに地上よりも遥かに高度な技術力があり、長い歴史がある。

 

「ラ・ギアスはハッキリした歴史が残ってる範囲で5万年くらいね」

 

「恐竜帝国にはそこまで詳細な記録は残っていないが……地上に降りそそぐゲッター線から逃れて地下に潜る以前、白亜紀の頃は地上で大いに繁栄していたらしい」

 

「えっ!? 白亜紀っていったら、1億年くらい前じゃない!?」

 

 などと予想外に会話が弾む二人。

 その後、区切りがいいところでセニアは話を切り上げた。

 腰かけていた瓦礫から立ち上がり、スカートを叩いて土埃を落とすと、明るくさっぱりとした笑顔を見せる。

 

「ありがと。いろいろ話せて楽しかったわ」

 

「俺の方こそ……」

 

「それじゃあね、おやすみ」

 

「……ああ」

 

 就寝の挨拶をして別れる二人。

 セニアが歩き去った後、ゆっくりと立ち上がりながらカムイは思う。

 セニアの「おやすみ」という何でもない言葉に対して、カムイは咄嗟に言葉が出なくて、返事に詰まってしまった。

 改めて考えると、カムイはこれまでの人生で一度も言ったことのない言葉だったという事実に思い至る。

 だが言われたことはある。ずっと昔、もう思い返すのも難しいほど幼い頃に。

 

「母さん……」

 

 カムイはセニアに話さなかった事がある。

 以前、自分たちの世界について説明した時に、拓馬や獏もあえて口にするのを避けた、ひとつの真実を。

 それは、未来の戦場で見たゲッターロボが紛れもなく悪だったことだ。

 ゲッターエンペラーに率いられたゲッター軍団は、人間を除いたあらゆる生命を根絶やしにして、全宇宙を支配しようとしていた。

 

 カムイは夜空を見上げながら考える。

 ゲッター線が人間を選ぶというのなら、自分は地球の人間を滅ぼさなければならない。

 宇宙の未来のために、それが正しいと理解している。

 だがそれは拓馬や獏、そして母の命すらも自らの手で奪うことを意味している。

 幽閉すれば……とも考えたが、自分に親しい人間を自らの手で殺めなければ、恐竜帝国の戦士たちはついて来ないだろう。

 

 だが……と、カムイは葛藤する。

 それをやって、自分は後悔せずにいられるのだろうか?

 

『できれば後悔しない選択をして欲しい』

 

 自分が後悔しない選択とは何だ?

 本当は拓馬や獏と戦いたくはない。

 愛する母を守り、共に過ごしたい。

 (じん)さんや研究所の人たちの信頼を裏切りたくない。

 恐竜帝国の中には、自分に期待を寄せる者もいる。

 厄介者のような扱いを受けてはいても、自分が恐竜帝国の一員であり、帝王ゴールの血を引く者という自覚もある。

 そして、いずれゲッターに滅ぼされる無数の星々や、自分に宇宙の未来を託した百鬼帝国とマクドナルの遺志。

 ……カムイには、どれも大切なものに思えた。

 

「…………」

 

 後悔しない選択。

 どれだけ自問自答しても、今のカムイには浮かばなかった。

 今のままでは何を選んでも後悔しそうな、そんな予感がしていた。

 

「俺は……どうすればいいんだ……」

 

 真っ暗な空に向かって問いかけても、その答えは返ってこなかった。

 

 

***

 

 

 そうして翌日。

 セニアと獏は朝早くから地下の扉に向き合い、昼過ぎにはとうとうロックの解除に成功した。

 すでに機体の修理と補給もほぼ完了している。

 マサキがいなくなるという予想外のトラブルはあったが、一同は予定通りに扉の先を調査することにした。

 

「ンッフフ! さぁ~て、蚯蚓(ワーム)でも出るのか。

 それとも(ドレイク)でも出てきますかねぇ~?」

 

 そんなことを言いながら、オラシオは他の者から距離をとって一番後ろにいた。

 

「あんた何かあったら真っ先に逃げる気でしょ」

 

「まぁ~さか!

 ここまできたら一蓮托生。いわば我々は運命共同体! ……でしょう?」

 

 あまりにうさんくさい物言いに、もはやツッコミを入れる者すらいない。

 こうして拓馬、カムイ、獏、セニア、オラシオ、それにシロとクロを合わせた5人と2匹は、早乙女研究所の隠された地下施設へと向かうのだった。

 そこでは予想だにしないものが待ち受けているとも知らずに――




【挿絵について】
使用している挿絵は、ほいみん氏(https://x.com/frosted_hoim_in)に描いて頂きました。

【知らなくてもいいけど知るともっと面白いかもしれない話】
・プラーナの溜め方が丹田呼吸という話は『魔装機神Ⅱ』から。

・『ラングラン戦記』の描写を見ると、ラ・ギアスでは5000年も前には銃や戦車が作られるほどの(おそらく現実世界の現代と同程度と思われる)科学力があった。しかし今に至るまでの間に科学は否定されて、良心を重んじる錬金学に移行した。

・フェイルの病は単純な病気というわけではなく、魔力試験に合格するために血の滲むような努力と薬物の使用を行ったことで体がボロボロになっており、そこへラングランの王都が襲撃されて重症を負ったことが致命打となった。

・『スーパーロボット大戦EX』で最初に出たデュラクシールの顔は完全にガンダム。デザイナーもガンダムをよく作っているカトキハジメ氏。しかし大人の事情によって後の作品では顔のデザインが変わり、設定も「ガンダムを参考にした」から「ヒュッケバインを参考にした」に変えられることとなった。

・マサキたちは「魔装機神操者の権利と義務」を言葉通りに遵守しようとしているが、他国の人間からは「ただの建前」と思われている。
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