Beer Wars - New Hop   作:ひろせとら

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A long time ago in a Yamanaxy far,
far away
遠い昔、はるかかなたのヤマナシのどこかで

合衆国大統領と実業家Xの蜜月は終わった。

二人の性格上の問題が友情を破綻に追い込むまで、時間は要さなかった。

政権中枢にまで入り込み、あらゆるインフラやロジスティクス、果ては軍部にまで影響力を広げていたXは態度を一変させ、合衆国のみならず全世界に向けて対決姿勢を強めたのだった。

二人の破局は災害となった。

衛星通信網と宇宙へのアクセス経路を掌握したXは事実上、すべての宇宙事業を自らの管理下に収めた。彼に好意的ではない全ての政府・機関・組織・個人は宇宙のインフラから締め出され、地球は封鎖されたのである。

地球上で孤立したXは宇宙に居場所を求め、火星への移住計画を強引に推し進めた。静止軌道には宇宙港が建設され、輸送シャトルと空中軌道エレベーターを通して地表からあらゆる資源が吸い上げられている。Xに心酔するパトロンたちと、宇宙進出そのものを人質にされた各国政府の支援によって、移住計画は一歩ずつ進捗をみせていた。

だが歴史が証明するように、専制の時代は長くは続かない。特に個人によるものであれば。

人間の科学への探求心と未知への領域に踏み込もうとする好奇心に限りはなく、また抑えつけられるほど思いもよらない反動をもたらす。各地でXへの反乱が計画され、人々は自らの力で宇宙への道を切り拓かんとあがいていた。

陸上自衛隊きってのエリートである宮武慶子もまた例外ではなかった。輸送シャトルの積荷リストからセキュリティの穴に気付いた彼女は仲間たちとともに、軌道上にあるXが独占する幻のクラフトビール醸造所へ潜入を試みるのであった。


That’s Her Life

 宮武慶子は絶叫した。職場の屋上で、あらん限りの声で絶叫した。

 

 言葉の形をなさないそれは唸り声でも遠吠えでもなく、爆発だった。慶子の中でくすぶっていた怒りの火種は突如として激しく燃え上がった。火焔の奔流が全身を余すことなく駆け巡り跳ね返り、それでも収まらず、爆縮して口から弾け出たのだ。我慢の限界だった。

 

 慶子の手に固く握られたスマートフォンの画面にはXによるSNSの投稿が表示されている。怒りの発端である、褐色の乾ききった大地に兵士たちが合衆国の国旗を立てようとしている画像には『宇宙に辿り着いていない宇宙軍』の文言が埋め込まれていた。

 画像に引用する形でXは「本当に」のコメントと笑い泣きの顔文字が添えられている。

 

「貴様の!せい!でしょうがあ!」

 

 慶子の叫びが響き渡った。

 

 階下のオペレーター室で迷彩柄の制服に身を包んだ隊員たちは、窓の外から聞こえてきた上官の、慶子の咆哮に気付いて静かに顔を見合わせた。彼らは半笑いの、驚きではなく諦めに似た表情を浮かべた後、何事もなかったかのようにモニターを眺める作業に戻った。彼らは口々にぼやく。

 

「宮武さん、ダメそうですね」

「無理もない。俺が宮武さんの立場だったら、もうずっと前に匙を投げていたよ」

 

 慶子が叫ぶに足る理由を彼らは皆了解しているのであった。宇宙だ。

 

 合衆国大統領との破局を迎えるまで、宇宙開発は実業家Xの後援を受けて利益を度外視する形で進められていた。Xと大統領の異常なまでの化学反応は、冷戦以来の宇宙に対する時代の熱狂を醸成した。

 

 地表と宇宙の間を毎日のようにロケットが行き交い、その光景は日常の一部となっていた。静止軌道には既存の衛星を押しのける形で太陽系進出のため拠点となる宇宙港が建設され、火星のテラフォーミングに向けた準備が着々と進められている。

 

 地上と宇宙港を直接結ぶ軌道エレベーターの実現はケーブルの強度不足で断念されたものの、静止軌道から低軌道をつなぐ『空中軌道エレベーター』が建設された。この装置は、宇宙港から垂らした短いケーブルで低軌道に設けられた物流倉庫『中継ステーション』に物資を引き上げる機能を担っている。これにより、宇宙開発のボトルネックであった資材輸送の効率は劇的に向上した。

 

 また、中継ステーションと地表の補給基地を結ぶ輸送手段も進化し、何百回もの運行を経て、小型・再利用可能なシャトルが開発された。地球の低軌道は新たな経済活動の場となり、さらなる拡張が続いている。

 

 こうして宇宙の開拓と植民がまさに始まろうとしていた。慶子も職務とは関係なく一市民として、この新たな時代に期待を託したものだった。

 

 他の惑星への進出を目前に控えて色めきだったのは個人や企業だけではなかった。各国政府の擁する軍隊も、まだ見ぬ戦場と新しい国土に思いをはせて、新たな戦略・戦術・装備を新調しようと躍起になっていた。

 

 ジャパンもまた例外ではなかった。既に航空自衛隊が大臣直轄の部隊を保有していたにも関わらず、陸や海のセクションまで勇み足で部隊を新設しようとした。

 

 曰く、

「陸上自衛隊はその使命として、国土の防衛と陸上作戦の遂行を担っております。宇宙開発の進展に伴い、宇宙空間は新たな安全保障上の重要領域として注目されております。そして、地球外であっても空があり、海があり、陸がある。この中で宇宙における地上活動、すなわち惑星表面や宇宙基地の維持・防衛、さらには人員や資材の展開能力が求められることは明白であります」云々。

 

 こうして陸上自衛隊は惑星地上作戦群(Planetary Ground Operations Group, PLOG)を新編した。そして栄えある群司令に任命されたのが他でもない、宮武慶子その人であった。

 

 宮武慶子群司令。その拙速さから慶子自身も手放しに喜ぶことはできなかったが、新時代の花形部署と輝かしいキャリアに胸を躍らせていた。そのはずだった。

 

「これ、いつまで続くんでしょうかね」隊員の一人がいった。

「さあ、Xが宇宙に飽きるまでか」「この部署が取り潰しになるまでか」

「賭けるか?」「嫌だね、どっちにしても俺たちは勝てないじゃないか」

 

 隊員たちは雑談を続けながら、各々の目の前に置かれたモニターを眺めている。画面には粗いドットで『シャトルフライトレコーダー』の表記と、無数の黒い点が規則正しく上下に動く代わり映えの無い様子が描画されている。彼らが職務怠慢なわけではなかった。それしかやることがないのだ。

 

 Xによる惑星封鎖を受けて、宇宙に関する業務は官民揃ってほぼ全てが停滞した。それまでXの支援に頼り切っていたことが裏目に出たのであった。彼が独自に築いた衛星通信網のみならず、地表と中継ステーションを結ぶシャトルから空中軌道エレベーター、宇宙港の設備までのほとんどが彼の所有物であり、権利的にも技術的にも介入は困難となった。

 

 宇宙インフラの独占と支配は明らかに国際宇宙法に反していたが、各国政府が手を出せる範囲は、国土の上に設置された補給基地の監視とシャトルの航空管制程度に過ぎない。

 

 ある国が強引に規制を進めようとしたところ、あっさりと手を引いたXは全ての事業をその国から引き揚げてしまい、当該国は宇宙インフラから締め出されたばかりか他のハイテク企業への投資も失った。以来、各国は全てがXの手中にあったとしても、宇宙開発のレースから脱落することを恐れて事態を静観している。

 

 慶子が率いるPLOGも同様に、その存在意義を急速に失いつつあった。間の悪いことにPLOG新編の翌日にXと合衆国大統領の破局が報じられ、状況は一変した。慶子が唖然としたのは言うまでもない。宇宙に関わった途端に、度を超えた不幸が慶子を襲ったのであった。

 

 元々見切り発車気味でスタートしたPLOGは文字通り宙に浮いた状態となり、課せられた目下の任務は、やはり補給基地に出入りする貨物の確認、輸送シャトル墜落に備えた即応体制の維持に限られている。

 

 補給基地の外縁に設置された真新しい建物の中で、慶子はくさくさすると決まって屋上でストレスを発散していた。といっても、このような状況下ではほとんどの場合くさくさする、せざるを得ない。

 

 このままで良いわけがない。でも、どうしようもない。仕方がないんだ。補給基地から離着陸を繰り返す忌々しいシャトルの群れを、じっと睨みつけるのは慶子の日課となっていた。

 

 慶子はそのような逆境にあっても辛抱強く、職務に忠実にあろうとした。肩に付けられた金色の星の数々は、軽率な行動をとる人物でないことを物語っている。慶子は群司令の肩書にふさわしい自制心を備えていた。

 

 部下たちに対しても、彼らの不満と焦りに理解を示した上で、辛抱するように力説し続けた。それは上官としての責務であると同時に、慶子の、自分自身への説得でもあった。納得はできなかったが、上層部や政府への疑念や怒りは、胸の奥に封じ込めてきた。

 

 しかし、しかしである。

 

 『宇宙に辿り着いていない宇宙軍』は忍従を続けてきた慶子の均衡を遂に突き崩した。画像の兵士が合衆国のものであろうと関係なかった。PLOGが『宇宙に辿り着いていない宇宙軍』であることも自他共に認める事実だ。そんなことはわかりきっている。それでも、それをX当人が揶揄することは慶子にとって無視できるものではなかった。ゆえに、

 

「貴様の!せい!でしょうがあ!」なのである。

 

 慶子はキレた。抑圧してきた情念が突沸した。あの鼻持ちならないXに一泡ふかせてやりたい、いや、そうしなくては気が済まない。怒りの矛先は荒れ狂う。どうしようもないと納得させようとしてきた全てに腹が立った。何よりも、自分自身に腹が立った。

 

 仕方ないわけがない!慶子は、状況に甘んじて今行動を起こさなければこの先、自分を二度と許すことができないとさえ思った。誤魔化すのは、もうやめにしよう。

 

 慶子はひとしきり叫んだ後に階下に戻っていった。部下たちは素知らぬふりで、さきほどまで激昂していた上官の様子を窺う。

 

 彼らが何か気圧されていることに慶子は気付く。それもそのはずだ。今の慶子は叫び声とはかけ離れた静寂を身に纏っていた。明鏡止水、発散する怒りは一本の覚悟に束ねられていると感じる。部下たちの反応に内心ほくそ笑む余裕さえ慶子にはあった。彼らの視線を受け止めながら、敢えて気に留めないふうを装って、執務スペースへとまっすぐ向かう。

 

 慶子にはある考えがあった。正気とはいえない、破滅的な考えが。最初は単なる思いつきに過ぎなかったが、今それは確かな計画に変わりつつある。

 

 デスク下のキャビネットに放り込まれた書類を漁る。上層部の「監視以外にできることを探せ」との命を受けて部下たちが作成した資料。そのほとんどが日の目を見ることはなかったが、いくつか慶子の興味を引くものがあった。確認のためにぱらぱらとめくる。

 

 補給基地の警備強化、テロ対策、監視システムの脆弱性。どれもPLOGの所管からは外れているものの、場合によっては宇宙事業にとって致命的になり得る要素だ。それらの資料の横に、かねてより自身で作成していた積荷のリストを並べる。リストには『500kg』と『コンテナ2』と赤い字で繰り返し書き込まれていた。

 

 補給基地と中継ステーションを結ぶシャトルは、全て事前に申請を受けた資材を載せている。申請には資材の内訳、重量、容積、危険物の有無等が含まれる。この申請制度はシャトルの安全を担保するために政府がXから勝ち取った数少ない情報のひとつだった。PLOGはこのリストを元に、補給基地に出入りする積荷を検問所で確認している。

 

 モニターをただ眺めるのが癪であった慶子は、補給基地に出入りする車両の実際の積荷と、申請を受けたリストの突合を地道に続けてきた。赤で書き込まれている部分は実際に運ばれた資材が申請より少ないことを意味する。運びこまれる資材は常にある決まったタイミングで500㎏軽く、それはモジュール化されたコンテナ2つ分少ない。

 

 安全の観点からは申請より少ないことは問題にならない。しかし中継ステーションへの資材の運搬は法的には国外への持ち出しと同等と見なす整理がなされ、課税の対象となっている。このため、シャトルで空気を運ぶことは燃料費以上の損害を発生させることになる。徹底した合理主義者であるXがこのような無駄を看過していることを慶子は不思議に思っていた。そして、これは何かに使えるかもしれないとも。

 

 モニターの横に目を移す。積み重ねられた書類の間から額装された写真が覗いている。新編行事の記念写真だ。大臣に隊旗を手渡されている宮武慶子は志高く輝いて見え、モニターの前にいる女性と似ても似つかない。この瞬間に戻ることは、叶わない。

 

 慶子は抑えきれない衝動と必死に戦ってきた。身を任せれば最後、これまで築き上げたキャリアや名誉を一挙に失いかねない、破壊的な衝動に実に二ヶ月もの間、戦ってきたのだった。その衝動はついに臨界を迎えたのだ。

 

 慶子は決心した様子でオペレーター室を後にすると、向こう見ずな計画に加わってほしい仲間に連絡を取った。慶子の異様な雰囲気に、残された部下たちはとうとう何か大事が起こるのだと口々に囁き合った。

 

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