ただ一つのシャングリラ〜縛りゲーマー、一度きりの人生に挑まんとす〜   作:ナナシノ

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今回はゲーム内の描写無し


10:リアルにて

 鳴り響くアラームを止めて、寝惚けた瞼を擦って洗面所へ向かう。顔を洗いながら鏡を見ている自分の何と眠たそうなことよ、流石にこの顔のまま外に出るのはちょっと恥ずかしい。

 家を出るまでには覚醒しておきたいが、ご飯食べて風呂に入れば少しはマシになるかな?冷蔵庫には確か昨日シャンフロやる前に作っておいたおかずが残っていたはず……残ってた。飯を食えばこの鈍い脳味噌もシャキッとするだろう。米はパックのやつで良いかな。

 

「いただきまーす」

 

 自分の作った献立だが、ちゃんといただきますは忘れず言う。親の躾が良かったので習慣として染み付いているし、一人暮らしなので音を出してないと静かで部屋が味気無いのだ。

 解凍したパックご飯とインスタント味噌汁、それに自分で作ったからし菜の炒め物に、たんぱく質が欲しいので鯖の塩焼き。栄養が必要な部位が人より少ないから量も少なくなるけど、これで慣れたので物足りないとかは別に思わない。

 

 ──太りやすいとかそういうのじゃないけど、下手に食べ過ぎるとすぐ血糖値上がるんだよなぁ……

 

 量が足りない訳ではないが、美味しいものはいっぱい食べたくなるのは普通の人と同じ。だけど摂生しないと糖尿病がマジで怖いから、食事内容には本気で気を使う必要があるのだ。人より肉が少ない分血の循環も人より早いんだよね。

 黙々と食べ進めていると、脇に置いていたスマホに着信の通知が届いた。確認すると表示されていたのは番号ではなく、登録した名前──『斎賀百』の表示がされていた。恐らく今日の打ち合わせについての話だろう、取らない理由が無いので電話を取り鬱陶しいバイブレーションを切る。

 

「はい、龍洞です」

『斎賀だ。八千代、電話は大丈夫か?』

「大丈夫ですよー、ちゃんと起きてますから」

『その割には、声がまだ寝惚けているが……さてはゲームばかりして夜更かししていたな?』

 

 ──いや、あんたには言われたくねーよ……

 

 喉まで出かかった言葉を呑み込み、百姉さんとの通話を続ける。この人確かサービス開始当初からプレイしてるシャンフロ廃人だったろ、オフの全てをシャンフロに捧げてるこの人にだけは、ゲームに関してとやかく言われたくはないな……まぁ、私がそれを口に出すことは絶対に無いけども。

 話を聞くと、どうやらオフィスまで百姉さんが車で送ってくれるのだという。普通に行くなら車椅子必須だしありがたいけど、姉さんも仕事中だろうに良いのだろうか。そう聞くと『お前はウチの漫画部門の稼ぎ頭だからな、これくらいの特別扱いは業務の内に入るさ』とのことだった。まぁ姉さんがそう言うのなら、お言葉に甘えておこうかな。

 

『14時にはお前のアパートの前に着くようにするから、着いたらまた連絡する。それまでにはちゃんと準備を済ませておくんだぞ』

「分かってますって。14時ですね」

 

 早めに起きて準備しているので、14時なら全然間に合う時間だ。悠々と洗い物を済ませる時間すらある。それでも遅れたら怖いので、通話が切れてからはすぐに食事を終わらせ、洗い物と歯磨きと着替えを大急ぎで済ませた。急ぎ過ぎて約束の時間まで1時間以上余った。

 準備が終わった以上は約束の時間まで特にすることは無いので、忘れてたシャンフロに関することをこの時間でやっておく。英雄武器の直し方の検索とかサードレマ以降の地理情報とか、黎桜の奴に配信で本名バラされた報復とか。色々やっているとあっという間に百姉さんからの連絡が来た。まったく時間の流れというのは何故こうも早いのか。

 

『斎賀だ。アパートの前まで着いたから、準備ができているなら降りてこい』

「はいはい、今行きますよー」

 

 玄関を出て、久しぶりに会った百姉さんと挨拶を交わして車に乗り込む。私の知ってる百姉さんの車とは車種が違うけど、社用車なのかな?まぁそれは割とどうでもいいことなので、疑問は脇に置いておきシートベルトを着けた。ちゃんと着けてないと事故った時義体と分たれてしまう。

 車が走り始めたけど、思っていたよりもかなり揺れが少ない。中々良い車みたいだな……自分もいつか免許を取ったらこういう車を買おっと。その前に免許を取れない可能性が高いんだけどね、何と言っても四肢の3/4が義体だし。

 

「そういえば八千代、お前もシャンフロを始めたそうじゃないか。今まで人間を操作するゲームは避けてたのにどういう風の吹き回しだ?」

「リアルはリアル、ゲームはゲーム……ちゃんと、自分の中で折り合いは付けられてた。それを確かめられたんでね、もう避ける理由が無いんですよ」

「そうか……それなら、良かった」

「どうも」

 

 車内では、百姉さんとシャンフロに関する雑談をする。姉さんも私の数多くいる親戚の一人、同じゲーマーとして私が人間を操作するタイプのゲームを避けていたことも知っているので、私がシャンフロを始めたことを不思議に思ったようだ。

 理由が何であれ、好き嫌いが無くなることは良いことだと百姉さんは喜んでくれた。いつかは攻略も追いついてくるだろうし、その時は一緒にプレイしようとも言ってくれた。気遣いは嬉しいけど廃人に追いつくのはいつになるのかなぁ……

 

「それで、今はどれくらい進行してるんだ?」

「まだ四駆八駆の沼荒野ですよ。さっさとサードレマに行って、レイドモンスターとやらに挑んでみたかったんですけど、化石掘ったりリュカオーンとかいうのと戦ってて間に合わなくて」

「リュカオーンを……だと!?お前もユニークシナリオEXを発生させたのか!まさかその程度の進行状況であれをソロ討伐できるとは……」

「あ、いやソロじゃないですよ。途中までは確かにソロだったけど、負けイベみたいなのが発動してからは黎桜の奴が一緒でした。あいつ配信のためにそれまでのデータ消して新しく始めたんですって」

 

 百姉さんの反応を見るに、どうやらあそこでリュカオーンを倒せたのは相当凄いことのようだ。確かに黎桜の乱入が無かったらやられてたし、本来は最初の出会いでは強制的に負けさせられて、次の機会に強くなってリベンジ。しかし倒したそいつは分身で本体はまた違う所に……というストーリーだったのだろう。今回は一発目の時点で倒したのでリベンジをスキップすることになったが。

 そして、リュカオーンは百姉さんとも因縁があるらしい。ゲーム内でクランを結成したのも何を隠そうリュカオーンをぶっ潰すためだと言うし、一緒にやるならその時は本体のリュカオーンを殺しに行く時だと。いつになるかは分からないけど、ユニークモンスターも倒されてないのはリュカオーン含めて残り3種だそうだし、そう遠くはないか。

 

「サードレマからはどうするつもりだ?」

「まずは『栄枯斉衰の死火口湖』に行って、そこのレイドモンスターに会うつもりです。ユニークシナリオの報酬で英雄武器(グレイトフル)ってのを貰ったんで、それの強化をしてやりたいなって」

「英雄武器か……あれの強化は中々辛いぞ、ウチのクランにも持っている奴が居るが、そいつは使えるようにするまでに何度も『焠がる大赤翅』に消し炭にされたと言っていたからな」

「うへぇ、私にとって辛いやつ」

 

 ──うーん、wikiの記述を見た時から嫌な予感はしてたけども。骨が折れそうだな……

 

 栄枯斉衰の死火口湖に陣取るレイドモンスター、『焠がる大赤翅』は極大のスリップダメージを操る食い縛りの天敵と言える相手。私は小さな祝福とLUCの仕様で2回は即死を免れるけど、絶え間無く続く継続ダメージはどうしようもない。廃人率いるトップクランのメンバーですらそうなら、私がやる時は作戦を立てる必要があるな……

 未だに初期装備しか使ってない現状からは脱却したいけど、相当先になりそうだ。武器の進化はできるみたいだけど、それやったら今より大分耐久値が下がるみたいだし、リュカオーンやFM'sクリサリスの素材は、セカンディルの鍛冶屋じゃ加工できないって言われたし……

 

「焦ることは無いさ。攻略を進めていけばレア素材を加工できる職人にはいずれ会えるし、それに現状何も支障は無いのだろう?だったら新たな装備を使えるその時までは、根気良くその初期装備と付き合っていくといい」

「……まぁ、そうですね」

「というか、スルーしたけど初期装備でリュカオーンを倒したのかお前……」

「耐久力は正義ですよ、姉さん」

 

 中で色々と話しながら、車は目的地に向けて順調に走る。着いてからの打ち合わせも恙無く終わったし帰りは百姉さんにご飯奢ってもらった。外出したのは久しぶりだったけど、夕飯作らなくて済んだのはラッキーだったな。

 奢ってくれると言った時の、姉さんの「こういう機会でもないと、カップ麺ばかりでまともな夕飯にありつけんからな」という台詞には有り得る未来という恐怖を感じたけども……これで今日やるべきことは全て無事に終わった。この後は好きなだけゲームに時間を注げるぞ……今日みたいに朝までやり続けるのは流石に止めとくけども。

 

「帰りまでありがとうね百姉さん。ごちそうさま」

「ああ。転ばんように気を付けて帰れよ」

「大丈夫だよ……百姉さんこそ、カップ麺ばっかの生活は控えなよ。すぐ身体にガタがくるよ」

「……善処する」

 

 

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「それじゃ、やるか」

 

 今回の目標は最低限サードレマ到達。四駆八駆の沼荒野のボス『泥掘り(マッドディグ)』を倒して、サードレマ内に入るまでできたら良しとする。

 時間が余るなら魔魂丸薬に下げられたレベルを上げたり、焠がる大赤翅に会ってアモルパレントの強化もしておきたいけど、徹夜で崩れる生活リズムを戻すためにも早めに切り上げなければ。

 

「今19時か……なら、23時くらいまでには切り上げるべきかな」

 

 時間の確認よし、トイレも済ませたし水分補給用のペットボトルもしっかり用意した。後はもう寝るだけという状態になっているので、これで憂いなくゲームを始められる。

 シャンフロにログインし、意識をリアルからゲームの中に移動させる。エレベーターに乗った時の様な浮遊感に包まれながら、私は再びセカンディルに降り立つのだった。




ロンミンの刻傷付与理由
・規定時間以上の戦闘継続
・規定時間以上ノーダメージ
・規定回数以上のクリティカルヒット
・リュカオーンの噛み付きを受ける
・リュカオーンの部位破壊を達成する
以上を達成した上、噛み付きを受けてチェストリアを破壊されたことで装備枠ではなくアクセサリースロットに刻傷を付与された。
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