ただ一つのシャングリラ〜縛りゲーマー、一度きりの人生に挑まんとす〜 作:ナナシノ
「はー……マジかよ……嘘だろ…………」
ベヒーモスの攻略を終えた翌日。私は未だに昨日のショックを引き摺り続けていた。
象牙からの提案を受けて転職した、新しいサブ職業『超人』と引き換えに失ってしまった。これまでに培ってきたもの……貯めてきた経験値と、共に強くなってきたスキルを。
代償にこれまで培ってきたものを失う、そう言われたからにはレベルの初期化くらいは覚悟して臨んだがスキルまで失うとは聞いていない。しかも通常スキルだけでなく、
しかもその上、ステータスまでかなりの改変を食らってしまっている。HPとMPは大幅に上昇……それこそMPなど元の500倍にも増えた訳だが、それ以外が全て初期値に戻ってしまっている。余りにも痛過ぎる弱体化であった。
「当たり前だけど、wikiにも詳細はなーんにも書かれてないか……」
取り敢えずwikiを漁ってみたが、『超人』に関する情報は匂わせすら存在しなかった。他の条件でなった奴が居ないとするなら、恐らく私が超人転職者の第一号ということになるか。
もしかしたら、この職業は結構貴重なものになるのかも知れない。象牙によると大量の経験値を抱えた上で、アバター作成時から一度も職業を変更しないでいることが条件のようだし。そんなことをする物好きがそう簡単に現れるとは思えないし、私が公表しなければ独占することも可能か──いや、そんなことする意味は無いよな。
──どんな職業か、あの時にちゃんと中身の確認しておけば良かったなぁ……
あの時は色々と消えたショックと、徹夜による疲労感や頭痛でかなりテンションがローになっておりそこまでする元気は保てずログアウトしたが。そのせいでせっかくの新職業の性能を、何も把握できていないままで居てしまっている。
調べたいところではあるけど、生憎とまだシャンフロに入れる程テンションは回復していない。この状態で無理やりログインしても悪し様にしか情報を受け取れないだろうし、もう少し気分転換してその後からログインすることにしよう。
「とは言っても、何するかねぇ……」
今日の分のタスクは終えたし、買い物は生協とネットで済ませてるので特に欲しい物も無い。お爺ちゃんの遺品のレトロゲームでもやってみるか?いや数が多過ぎて中々手を付けられんのよなぁ。
こういう時、黎桜が居ると奴のやりたい放題に付き合えば良いだけなので、やることが分かりやすくて助かるのだけども。世間はまだまだ学校と仕事の時間なので奴には頼れない。
「取り敢えず、歩くか」
家の中でうだうだ悩んでいたって、気の利いた答えなど浮かぶはずもない。それなら外の空気でも吸おうと、身支度をして外に出るのだった。
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散歩は良いぞ。適度な運動だし普段は通らないような所を歩けば脳が刺激されるし、周りの景色を見ているとイラストのアイデアも浮かぶ。
一石複数鳥の爆アド習慣だが、私は別に普段から散歩をしたりはしていない。何故ならあまり遠くまで歩くと義足に不測の事態が起きた時、立ち往生どころか往生しかねないからだ。ちょっとした不具合程度なら自力で直せるけどね……それ以上になるともうお手上げよ。
──懐かしいなぁ……リハビリがてら本屋に行った帰り道で、思いっきり階段踏み外して義足どころか義手までぶっ壊したの。
ふと嫌な過去を思い出した。あの時は本当に死ぬかと思ったし、左腕もズタズタになって暫くの間入院生活を余儀無くされた。退院する時に見た請求書の額でひっくり返ったんだよなぁ……
義肢は壊れるわ、生身はズタズタになるわ、せっかく買った本はグジャグジャになって読めなくなるわで本当に最悪の1日だった。親切な通行人に出逢わなければ、私はあのまま階段の下でのたれ死んでいたのかも知れない。当時は若く、パニックでもあり救急車を呼ぶという発想がありませんでした……
「喫茶店……入ってみるか」
時刻は14時。そう言えば昼ご飯まだ食べてないなと思い立った私は、ふと目に付いた喫茶店に足を運んだ。お昼時が過ぎたばかりだからか、入った瞬間から良い匂いが立ち込めてくる。
店内は中々良い雰囲気だと思うが、そこで油断してはならない。以前似たようなタイプの喫茶店に入ってみたら、店員や常連らしき客からの『何しに来たんだこの不審者は……?』とでも言いたげな視線を遠慮なくぶつけられたことがあるからだ。馴染みだけで回して余所者を入れないようにしている店である可能性はまだ否定できない。
──しっかしこの匂い……料理だろうけど何の匂いなんだろうね?
喫茶店で出てくる料理の定番と言えば、ナポリタンなどのパスタ系やピザトーストみたいな、ケチャップやチーズなんかを使った物だろうが。この店の匂いはそういった感じではなさそうだ。
取り敢えず適当に空いている席に座り、メニューを開いてみる。すると出てきたのは定食屋もこうはいかないというような、見事なまでにガッツリ系の食品ばかり。唐揚げ、生姜焼き、丼物各種、その他諸々……もしかして、私が店構えで勘違いしていただけで元から定食屋だったのか?
「お待たせしました、カツ丼定食ミニサイズです」
「でけえ……」
──ミニ、サイズ……?
丼の大きさが、私のイメージしてたサイズの2倍くらいあるんだが。これ本当に最小のやつか?
付属の味噌汁もメニュー表の写真のやつよりだいぶボリュームあるし、この店の店主は巨人かフードファイターでもないと説明付かないぞ。これ食べ切れる自信はちょっと無いなぁ……そんなに量食えないから小さいのを選んだのに……
「ウプ……ご馳走様でした……」
「お客様、食後にコーヒーかお茶のサービスがございますがご利用されますか?」
「じゃあ、お茶を……冷たいやつで……」
「かしこまりました」
1時間くらい掛けて、どうにか頼んだ分は完食することができた。美味しかったけど腹が重いし油分が多くて口の中がギトギトだ。これは暫くは動けないかもしれんな……吐きそう。
満腹になるまで胃袋に詰め込んだので、運ばれてきたお茶にはとても助けられた。清涼な苦味とさっぱりした後味で、口内に残っていた油分の余韻を洗い流し疲れた胃に染み渡る。やはり満腹なので少しずつしか飲めないけど、飲み切る頃には吐き気も治って普通に動けるようになった。
「お会計960円になります」
「カードで」
支払いを終えて退店する。もしも次から機会があるなら食事を頼むのはやめておこう……お茶は美味しかったしそれ目当てなら通っても良いかな。最終的にそう思えた店であった。
──やっぱり、外食なんてするもんじゃないな。
あの後ネットで調べてみると、『店の雰囲気とメニューの乖離が著しい』『食事は美味しいのだがいかんせん量が多過ぎる』『ここって喫茶店なんですか?定食屋なんですか?』と、私も思っていたことが全部書かれていた。星評価は3.8。
食後の腹ごなしも兼ねて、帰る前にもう少しだけ歩いてみる。結構進んだことでもう完全に知らない土地に出てきたが、果たしてちゃんと道を覚えていられるのだろうか。不安になるが最悪タクシーでも呼べばいいかとそのまま歩き続ける。
「ゲームショップ……こんな所に?」
今度は結構大きめのゲームショップを見つけた。店名は『ロックロール』っていうのか……せっかくだし何か無いか探してみよっと。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、レジに鎮座する店員の気の抜けた挨拶が飛んでくる。他の店員は見当たらないが裏にでも居るのかな?それともあのレジの店員が個人でやってる店なのかな。
取り敢えず、導線に合わせて店内を回って商品内容を確かめてみる。最新のVRゲームから前時代の液晶ゲーム、今や数を減らして久しいゲーセンに置いてあるような筐体型など。店構えの大きさに相応しい中々豊富なジャンルが揃っていた。
──あ、これ懐かしいな……お爺ちゃんが生きてた時に一緒にやってたやつだ。
家にもうあるから買う必要は無いが、既に絶版になって久しいソフトがまだ置いてあるとは。値段も特にプレミアなど付いておらず安く、これなら誰でも買えるだろう。帰ったら久しぶりにプレイしてみようかな……起動するか心配だけども。
目に付いたタイトルを幾つか買い、合わせて2万程支払って店を出た。今はシャンフロばかりやってるからいつできるかは分からんけど、また新しいのを買うまでにはプレイしておこう。普段はダウンロード版で済ませてるけど、パッケージ版にもそれにしか無い『味』があるのが良いものだ。
「ありがとうございましたー」
店員の態度は変わらず砕けているが、失礼って程ではないから別に気にすることではない。ここもまた機会があればまた来ようと思える店だったな。
「や、八千代ちゃん……?何で此処に……」
「あれ、玲じゃん。学校終わったトコかい」
「玲さん、知り合い?」
「はっ、はははい!親戚なんです……ッ!」
そしてまた歩いていると、いつの間にか下校時刻になっていたようで学校帰りの学生の姿が多く見られるようになる。そんな中でまさかまさか、親戚が男と居るところを発見してしまうのだった。
シャンフロで会った時も思ったけど、まさかあの恋愛クソザコ一族の玲に春が来るとはなぁ……世の中何が起こるかなんて分からないものだ。てことはこの男子がサンラクか。どういう流れで玲が彼に惚れたのかは知らんけど、あいつが惚れるくらいだしまぁ悪い男ではないと信じよう。
「龍洞八千代です、よろしくね。玲とは再従姉妹なんだ」
「陽務楽郎です。玲さんにはいつもお世話になってます」
「玲と仲良くしてくれてありがとう。こいつはとっつき辛いところも多いけど、どうかこれからも仲良くしてやってくれると嬉しいな」
「あの!何でこんな所に居るんですか!?」
そりゃあ通りがかったからに決まってんだろ。当たり前のことを聞くなよまったく……二人きりの時間を邪魔したのは悪かったけどさ、付き合ってもいない男にそんなに執着するなよ。私を排除したいならせめて、『私の彼氏に近付くな』くらいのことは言えるようになってからにするべきだな。
「おめーはさぁ……」
「龍洞……あ!聞き覚えがあると思ったけど、もしかして『RFO』の!?」
「え!?楽郎君マジであれやってたの!?5万本しか売れなかった爆死作だったのに……!」
「え?え?」
リアライズ・フューチャー・オンライン……略称『RFO』は、数年前に私がデザイナーとしてキャラデザなどを担当したゲームだ。
当時は自身の漫画がバズって、それなりに有名になっていた私がデザインを担当するということで結構話題になっていた本作、蓋を開けてみれば操作性は劣悪この上無いしアイテムのドロップ率はバカみたいに低いし敵のステータスやAIが強過ぎて倒せないしそのクセ対人はシステムで元からできないようにされてるし武器や防具は耐久が低くてすぐ修理が必要になる上にその費用もまたバカ高くその上で修復に必ず成功するとは限らないとふざけんなと言いたくなるような仕様だったし私のデザインを使っておきながら技術不足で全然再現できてなかったしetc……と、とにかく『進行不能になるようなバグは起きない』『パッケージイラストは神』以外の擁護がどこからも出てこないストロングスタイルのクソゲーであったのだ。
──アバターが人型だったから、私はプレイはしていないけど……検索してもマジで悪評しか出てこなかったからなぁ……
あまりの不評振りに、オンラインサービスはギリギリ1年は保ったところで終了。RFOは無事私の黒歴史の一つとなったが……まさかアレをプレイしていた数少ない人間に出逢えるとは。
聞けば、サンラ……楽郎君はその不評を知った上で敢えて購入しプレイしてみたらしい。実際にやってみた感想としては、纏めると『賽の河原ってこんな感じなのかな』とのこと。面白いバグやゲーム面で光るような面も無く、ゲームをプレイしているというよりは、5千円払って何らかの拷問を受けているような感覚だったらしい。
「何か……ごめんね……」
「いやいや!こういうのの責任は改善しなかった運営の方ですって!実際龍洞先生のデザインだけはどこでも好評でしたよ!」
「はは、ありがとう……だからこそクソゲー扱いが効くんだけどね……」
「あ、あの!楽郎君!早く帰らないとゲームする時間が無くなってしまいますよ!」
話が意外に盛り上がっていくのを、玲が待ったを掛けて帰宅を急かす。口振り的にこの後も何やら約束をしているようだ、それなら確かにこんなところで引き留めるのは悪かったな。デートの約束を取り付けているとは中々やるじゃないか。
「何だよ約束あんのかい。それなら私は邪魔なだけだしここらで退散させてもらうよ、あとは二人でごゆっくりどうぞ。楽郎君、玲は面倒な女だし色々と辟易するようなこともあると思うけど……どうか、玲のことをよろしくね」
「は、はい……ありがとうございます……?」
「玲も。せっかく見つけたんだ、勇気が出ないからっていつまでもなあなあで済ませちゃダメだよ」
「……分かって、ます!」
近くにあった自販機で買ったお茶を二人に渡し、これ以上逢瀬の邪魔になる前に、その場を後にする私なのであった。
次会った時には何か進展してるかな?シャンフロで会えば玲の態度で分かるだろうし、その時に確かめてみるとしよう。あいつの態度は分かりやすいからすぐ看破できる。
──色々あったなぁ……
歩いてみて、思っていたよりも印象的な出来事がたくさん起こった1日であった。疲れたし汗も結構かいたし、そろそろ家に帰ってシャワーを浴びてゲームをしよう。
「うーん、良い汗かいたな!」
気分転換にはやはり、散歩が一番だ。
この後玲はめちゃくちゃ告白した