ただ一つのシャングリラ〜縛りゲーマー、一度きりの人生に挑まんとす〜 作:ナナシノ
「アクセル……からの、ドリルピアッサー!」
出逢い頭の一撃で【傭兵の鉄刀『改二』】は耐久値が限界ギリギリになったので、【傭兵の鉄槍『改二』】に選手交代。スパイラルエッジからより貫通力を高めた新スキル「ドリルピアッサー」でリュカオーンの喉笛を貫く。
速度とスキル威力が上がった分、その一突きの威力はかなり上がったはずだが……リュカオーンはこんなもの屁でもないと言うかのように、平然とこちらへ牙を向けてくる。スライドステップ進化の新スキル「スライドムーブ」で回避したが、それまで立っていた地面が食われて消えた。食らったら即死と思ったほうがよさそうだな。
「まったく、最初の不意打ちといい……即死火力ばっかで嫌になるねぇ!」
「グアァ!!」
格上と戦う時の定石は、相手の行動を把握した上で弱点を叩き続けること。特にモンスターが相手ならプレイヤーがステータスで勝つことなど不可能に近いので、必須のタスクとなる。
リュカオーンの見た目はデカい狼。FM'sクリサリスのように、硬い甲殻に守られているという訳でもなさそうだ。こういう手合いの場合は骨のある部位を避けて狙うのが効果的だ……具体的には眼球や喉、腹など。心臓を一突きとか足を砕いたりとかしてやりたいところだが、デカい奴はだいたい骨も太いのでそれに特化した武器でないと厳しい。多分今の武器じゃ狙えない。
「狙いは……眼球!」
ドリルピアッサーで喉を突いた感じ、クリティカルを当てたにも関わらずダメージが殆ど通っていないような感覚があった。レベル差が高くて効いていないとかではなく、まるで攻撃の威力そのものを減らされているかのような、そんな感覚。
恐らくあの立派な毛並みが悪さをしている。検証してみないことには確かなことは言えないが、そんな時間は無いのでそうだと仮定。特に守りが無さそうな眼球に狙いを絞ることに決めた。目を潰すことができれば立ち回りもしやすくなるし、通常プレイでも狙い目だ……眼球だけに。
「ガアァッ!」
「一艘跳び……反応早いな!」
「オオオォォ!!」
「けど……私の方が、もっと速いぞ!」
レベルアップで生えたスキル「一艘跳び」でリュカオーンより高くジャンプ。素早い反応で即座に向けてきた顔に目掛けてドリルピアッサー、眼球に直撃するも貫くことはなく着地する。
スキルまで使って柔らかい眼を突いてるのに、貫けるどころか表面を削るだけ。あまりの硬さに辟易するがそれなら何度でも繰り返すだけ。発生は早いが予備動作も後隙も大きい噛みつきと引っ掻きくらいならいくらでも回避できる、初っ端のような奇襲にさえ気をつければ当たる攻撃は無い。
「よっ」
避ける。眼に一撃挿し込む。
「ほっ」
避ける。眼に一撃挿し込む。
「はっ!」
避ける。眼に一撃挿し込む。
「あーら……よっと!」
避ける。眼に一撃挿し込む。
──くどい!長い!
ここまでノーミスでこれているが、単純作業の繰り返しはどうしても飽きがくる。流石に何十分何十回も成果の出ない突撃、焦れて集中力が落ちてきているのが自覚できる。余裕で避けられていた攻撃でヒヤリとする場面が増えてきた。
何か状況の変化が必要だ。この変わり映えしない戦況を一気に動かす、私が有利になる何か……そしたら集中力もリセットされるはずだ。
「……ッ!暗くなった!?」
「グルルルゥ……」
戦況を動かす何か、それを思案していると月が雲に隠され周囲が闇に沈む。
しかしそれはおかしい。シャンフロのシステム上どれだけ暗くなってもプレイヤーにはある程度の視覚補正がデフォで備わっており、普通なら完全な暗闇となる場面でも「薄暗くて見え難いなぁ」程度で済むようになっている。なのに自分の立つ地面すら見えなくなる程の暗闇……明らかに視覚補正が機能していない。考えられるのは一つ。
──これが、リュカオーンの能力!
夜襲なんて二つ名が付いているくらいだ、暗い中での奇襲こそ奴の十八番なのだろう。確かに奴の姿は見えなくなったし、この状況で襲われてはひとたまりもない……が、それは私を舐め過ぎだ。
「舐めるなよ、犬っころ」
最初の不意打ちが通じたのは、その前の戦闘が終わって勝利の余韻に皆が浸っていたからだ。確かに無からいきなり襲われて面食らったし、食い縛りが発動するまでHPを削られた。だが最初から来ると分かっているならそこに脅威は無い。
姿は見えなくとも、音は聞こえるし匂いもする、肌で風を感じることもできる。リアルじゃ半分とは言え視界の無い生活をしているのだ、五感の精度は常人を、遥かに上回る。見えない中での行動など私にとっては造作も無いことだ。
──集中しろ。タイミングを測れ……
「──こ、こ!」
「グアァ!!」
迫るリュカオーンの不可視の突進、喰らいつく牙に正確に「レペルカウンター」を合わせる。カウンター系スキルの威力は受けた攻撃の威力依存、リュカオーン程の即死火力なら、その分カウンターの威力は増大しより強い衝撃を与えられる。
ただ当たるのではない。カウンターの動作で自分とリュカオーンの位置を調整し、私の背後から来るもう1体のリュカオーンに突進を直撃させる。地面を軽く抉り取る牙が首に突き刺さり、奴はここで初めてダメージにリアクションを取った。
「闇夜に紛れて分身か。狡いマネしやがる」
「グオオォ……!!」
まさか分身能力まで持っているとは……いくらユニークモンスターだからって、能力を1体に盛り込み過ぎではなかろうか。いやもしかしたらこれから先こんなのがデフォなのかもしれないけど。
何にせよ、今回はそれを逆手に取って大ダメージを与えることができた。FM'sクリサリスが転倒対策に空を飛ぼうとしたように、こいつにもやられたことを対策するAIがあるならば、分身攻撃は控えてくると思いたい。質で負けてるのに数の有利まで取られるのは流石にキツい。
「グルル……!!」
「……ここからが本番、って面だな」
リュカオーンの目つきが変わった。おもちゃで遊ぶようなこちらを舐め腐った眼から、敵と相対する戦士の如き鋭い眼に。
そしてその変化はすぐに体感できた。
「蹴り……!?っとお!」
まず、攻撃のパターンが増えている。
ここまでは突進と噛みつき、引っ掻きくらいしかなかった攻撃のレパートリーに後脚による蹴りが追加された。本体だけでなく蹴り脚に巻き込まれた砂塵を受けてもダメージがあり、それでいて発生が早く隙も小さい背後からの奇襲を咎める牽制技。
右眼を重点的に狙うため、私はリュカオーンを中心に時計回りに立ち回っていた。奴は背後への警戒が薄く後脚付近はほぼ安置だったのに、ここにきて警戒すべき技が出てきてしまった。砂塵のダメージは直撃するよりはマシだが、範囲が広くスライドムーブ無しではほぼ当たる。ここからは前目に位置取るよう立ち回りを変更しよう。
前にでの立ち回りは蹴りを封じられるが、その分即死火力の噛みつきや引っ掻きに被弾するリスクが高くなる。当たらなければどうということはないというのは簡単だが、それができるのは集中力が持続する間だけ……自爆以外で大したダメージを与えられていないのに、本当に削り切るまで保たせられるかは正直厳しいだろう。
──何かないか、何か……
「岩山……」
──試して、見るか。
私が、目をつけたのはこの四苦八苦の沼荒野に点在する鉱脈を兼ねた多数の岩山。考えた作戦に都合の良い大きさの岩山を見つけ、そこまでリュカオーンを誘導し作戦を開始する。
現時点で私が出せる最高火力は、手持ちの中では威力が最高の【傭兵の鉄鎚『改二』】とハンマースキル「パワースタンプ」に加え、ヘイトが向いていない時・または気付かれていない時に、威力補正を掛ける「辻斬り」を合わせた一撃。これを散々狙い続けた右眼にぶち当てる。
「
「グゥ……!!?」
まずは【
リュカオーンが気付いたら、すぐに岩山の裏に全速力で移動。反対側まで移動して陰から槍の穂先を露出させてみせる。姿は見えないが咆哮と足音でこちらへ来ているのが分かる、第一段階「ヘイトを特定の位置に誘導する」はこれで成功した。
「隠密姿勢……からの、一艘跳び!」
mobに感知され辛くなるスキル「隠密姿勢」を発動し、同時に「一艘跳び」を発動。強化した跳躍力で大きく高度を上げながら、武器を【傭兵の双刃『改二』】に変更。「エッジクライム」で一気に岩山の頂上まで登り切る。
──よし、奴はこっちに気付いてない。
岩山の影から見えた槍を追ってきたリュカオーンがこちらを見失ったことを確認。第二段階「発見状態を解除して一時的にヘイトを切る」も成功。
シャンフロのモンスターAIは、戦闘中のプレイヤーを見失なうとその場にしばらく留まり、プレイヤーを捜索するようになる。つまりは私を見失った地点でキョロキョロと辺りを見回すようになる──その場に固定することができるということ。他にヘイトを向ける相手がいない、ソロでしか使えないやり方だが……絶好のチャンスを作れた。
「辻斬り……いい加減沈め、犬っころ」
条件を満たした「辻斬り」を発動、武器を【傭兵の鉄鎚『改二』】に持ち替え岩山から跳ぶ。チャンスは一度、またと無いかもしれないこの好機……絶対に逃す訳にはいかない!
辻斬りによる威力補正、高所からの高速落下による威力補正、それらを加えた渾身の一発をリュカオーンの右眼目掛けて振り下ろす。散々鉄槍の攻撃を受けてきたその眼球、今度こそは叩き潰してやるとありったけの殺意を込めて。
「パワー……スタンプッ!」
「ゴアァ……ッ!!?」
──やった!
目論見は成功した。パワースタンプが直撃したリュカオーンの右眼は粉々に破壊され、落下の衝撃を奴に押し付けたことで、着地時のダメージも一つも貰わずに済んだ。同士討ちを除けば初めての私から与えられた大ダメージに、リュカオーンの喉が苦痛の唸りを捻り出す。
控えめに言って完璧な結果。破壊された部位は弱点部位になるので、右眼を狙い続けることでダメージは更に加速する。碌なダメージが通らなかった私の攻撃も、今ならきっといい感じのDPSを叩き出せるようになっているはずだ。
「だったら武器は……こいつだな!」
傭兵の鉄鎚をしまい、【傭兵の双刃『改二』】に再び装備変更。リーチが短くなり被弾のリスクは上昇してしまうが、二刀流で小回りの効く短剣は総合火力ならどの武器種よりも高い。死角を生かして立ち回ればリスクは軽減できるし、ここからの戦いはこいつが適当だろう。
まぁ、刀と槍が耐久値の限界でこれ以上は使えないという理由もあるのだけど。DPS求めるのなら【
「何度でも何度でも斬り倒してやる……お?」
「オオオオオォォォ────ン!!」
リュカオーンが咆える。今までも何度かそういうことはやっていたが、今回のそれはこれまでとは毛色が違うというか……何らかのイベントの始まりのような感覚を覚えた。
何をしてくるのか、警戒を強め傭兵の双刃を構えようとした……そこで異変に気付く。
──ッ……!身体が、動かな……ッ!?
行動不能状態。どれだけ念じても指一本すら動かせない金縛りに遭い、その間にリュカオーンは私との距離を悠々と縮めにくる。やがて奴の鼻先が触れるくらいに私達は接近し、リュカオーンは私の眼を見つめ小さく口角を上げた。
恐らくこれは、負けイベントが強制的に執行されたということなのだろう。さっさとやられなければこうしてシステムによって強制的に敗北、デスポーンさせられてしまう。ただ負けるよりはシナリオ上の評価は高くなるかもしれないが、人生縛りの私にとってはどうでもいいことだ。リスポーンを縛っている以上、『ロンミン』の物語はここで殺された時点で終わるのだから。
「これで終わったと思うなよ……私が死んでも第二第三の私がお前を殺しにくるからなァ!」
「グルル……!!」
捨て台詞を残す。意識は身体をどうにかして動かそうと必死にもがいているが、どうやら奴の牙が届くまでに自由を取り戻せそうに無い。スタートダッシュ・パスを使ったこのデータを消すことになるのは勿体無いけど、次の私はきっともっと上手くやって復讐を果たしてくれるはず──
「
「ゴアァ……ッ!!?」
──牙が届く寸前、リュカオーンの横っ面を魔法の刃が切り裂いた。潰れた右眼を正確に撃ち抜いたその魔法はリュカオーンを怯ませ、大きくのけ反り攻撃行動をキャンセルさせる。
そしてその瞬間、掛かっていた金縛りは解除され私は自由を取り戻した。どうやら助けられたみたいだがいったい誰が……その答えはすぐに、向こうの方からやって来てくれた。
「危ないところだったね、大丈夫?」
「……助かったよ。ありがとう」
「礼には及ばないよ。取れ高を探してたら凄い戦闘音が聞こえてきたから、首を突っ込みに来ただけだもん。まさかリュカオーンと戦ってるとは思ってなかったけど……あれ?」
「……ん?」
私を助けたプレイヤー「ヘルパーT細胞」は何が気になるのか私の顔をじっと見つめてくる。そんなに見てどうしたのかと思うと、奴はピンときたのか爆弾発言をぶっ込んできやがった。
「もしかして、八千代ちゃん!?ずっとシャンフロ避けてたのにいつの間に始めたの!?もう、始めたんだったら連絡してよ!八千代ちゃんと一緒にゲームできる日が来るの、ずっと待ってたんだよ!?」
「おまっ、何……!?いやその名前、顔……!まさかお前、
まさかの遭遇。ヘルパーT細胞のリアルは私の数居る親戚の一人であった。ちなみに私のお母さんの従兄弟の子、つまり再従姉妹に当たる。
いやそれはいい。親戚とゲーム内で遭遇することはまだいい、問題は奴がシャンフロにおける配信用アイテム『別天津の隕鉄鏡』を起動している状態だということだ。リアルタイムでそれなりの人数が見ているだろう中、このボケナスは私のリアルを盛大にバラしてくれやがったのだ。
「ああもう……!説教は後!今はあの犬っころからどうにかするぞ!手伝え!」
「勿論!そのために来たんだからね!」
ヘルパーT細胞……もとい
つまり私は、少なくとも奴のリスナーのほぼ全てに本名を知られた訳だが……その落とし前は後から黎桜の親にチクって付けて貰うとして、まずはリュカオーンだ。黎桜の腕前は配信者として人気になれるくらいには高いし、戦力としてだけ見れば来てくれたことは非常にありがたい。この機会を逃さずにここで絶対に殺し切って見せる。
「行くぞ!」
「任せて!【
八千代は多少攻撃力が高いくらいなら、低くても長く使える方を選ぶ。
あくまで好みの問題。