ただ一つのシャングリラ〜縛りゲーマー、一度きりの人生に挑まんとす〜 作:ナナシノ
ヘルパーT細胞は耐久を完全に切り捨て、スキルポイントのほぼ全てをMPとSTRに振り分けた、所謂「脳筋」というやつである。
まだレベルが低くそこまでポイントに余裕が無いというのもあるが、幸運による確定食い縛りすら発動しない一撃即死の紙耐久。障子紙にも劣る柔らかさを代償に、得たものはレベル30と低いながらもリュカオーンすら怯ませる高火力──!
「【ファイアーボール】!」
「グオォ!!」
「効いてる……!り……ヘルT!狙うのなら左眼か脚を頼む!お前の火力ならリュカオーンを転ばせることもできるかもしれない、そうなったら一気にダメージを稼ぐチャンスができる!」
「分かった!じゃあ狙うなら……右脚!」
ロンミンの指示を受け、【ファイアーボール】でリュカオーンの右脚を集中的に攻撃する。狙うタイミングは左脚を上げた瞬間、右脚に体重が大きく掛かるこの時に膝を崩して動きを妨害する。
転倒してくれれば最高だが、ロンミンの攻撃の補助にさえなればそれでいい。事前に掛けておいた強化魔法【
「それに、当たったら死んじゃうからね……ッ!」
「仰け反った!ヘルT、いけ!」
右眼への集中攻撃でリュカオーンが怯む。ロンミンはその瞬間すぐさま声を張り上げ、ヘルパーT細胞へ大魔法をぶつけるよう指示を出した。
ヘルパーT細胞はその指示に従い、次の魔法の効果を強化する【
「
出力が数倍に膨れ上がった魔力の刃がリュカオーンの右眼を斬り裂く。ヘルパーT細胞単体で出せる火力では最も大きな一撃だが、それでもリュカオーンは怯みこそすれ瀕死になる様子を見せない。
やはりレベル差が大き過ぎるのだろう。リュカオーンのレベルは165、それに対するロンミンのレベルは20、ヘルパーT細胞のレベルは30。それぞれユニークのボーナスや、アイテムによるドーピングで強化しているとはいえ、レベルの違いは地力の違い。基礎の部分に差があり過ぎるのだ。
「ほんっとタフだな……!何時間も殴り続けてるのに一向に弱る気配が見えねーや」
「そうだね……って、何時間も?や……ロンミン、あなたいつからログインしてるの!?」
「……ソンナハヤイジカンカラジャナイヨ」
「嘘吐き!リュカオーンと数時間も戦ってたなら、少なくともその前からログインはしてるでしょ!学校行ってなくて時間あるからって、いくら何でもゲームに時間使い過ぎだよ!私みたいに配信やってる訳でもないのに!」
「プライベートバラすな!おめーだって休みの日はほぼ丸一日配信で潰してるだろ!」
「わ、私はそれがお仕事だもん!八千代ちゃんは別にそうじゃないでしょ!?」
──────────
:匿名の視聴者さん
喧嘩してる……
:匿名の視聴者さん
どっちもどっち感はあるけど
:匿名の視聴者さん
親戚とはいえ、プライベート勝手にバラしたのは良くないよね
:匿名の視聴者さん
リュカオーンの前で喧嘩すなー!
:匿名の視聴者さん
志村、後ろ!
:匿名の視聴者さん
リュカオーン来てるリュカオーン来てる!
──────────
「おわあっ!?」
「あ、あっぶなかったあ……」
ゲーム側の存在であるリュカオーンが、リアルのくだらない痴話喧嘩を待つ訳がない。言い争う二人を同時に食い千切らんと噛みつきを仕掛け、二人は慌ててそれを飛び避けた。
ロンミンの方は、避けると同時に傭兵の双刃によるドリルピアッサーでカウンターを試みる。当たりはしたものの傷付けた右眼は外し、結局大したダメージにはならなかったが。ヘルパーT細胞の方は避けながらファイアーボールを放つも、エイムを補正し切れず火球は明後日の方向へ飛んでいく。
「ああもう、HP多過ぎ!埒が開かないなぁ!」
「や……ロンミン、あなたレベルいくつ?」
「レベル?確か20だったけど」
「20……人生縛りやってないなら、一応良い物があるんだけど使ってみる?」
ヘルパーT細胞が取り出したのは、禍々しいオーラを纏う丸薬が入った小瓶。名を『
ゲームをする時、基本的に『人生縛り』状態でプレイするロンミンには渡したくない物だが、使うというなら渡さない理由は無い。ヘルパーT細胞はロンミンが縛りをしておらず、魔魂丸薬を使えることを前提に話を進める。
「レベル99アップに匹敵するバフと、その代わり五感異常とレベルダウンを齎す薬!効果時間は最大15分で、30秒ごとに1レベダウン!ダウンできるレベルが無くなったら命を取られる!どう、使うのならすぐあげるけど!?」
「レベルが無くなったら死ぬってことは……私のレベルだと寿命は10分か。負けて殺されるよかそっちの方がまだマシだ、薬ちょうだい!」
「即決ありがと!はい、これ!」
「サンキュ!」
投げ渡された小瓶を受け取り、ロンミンはその中の一粒を景気良く噛み砕いた。直後視界がぐねりと曲がり世界の色味がバラバラになる。反射的に咳き込みそうな刺激臭がどこからか立ち上り、肌を刺すような冷たい感覚が全身を伝う。魔魂丸薬服用のデメリット……幸い、聴覚だけは無事のようだ。
悪いことばかりではない。わざわざこの薬を服用するメリット、身体の99レベルアップに匹敵するパワーアップが全身に漲る。ロンミンは『小さな祝福』の効果で、レベルアップ時のパワーアップ量が増えている。そのため魔魂丸薬によるバフもその通りに掛かっており、通常よりも数倍高い効果を実現することができていた。
「10分以内にリュカオーンを倒す!そしてそれで得た経験値で副作用分のレベルを確保する!下がらなくたって100以上レベル差があるんだ、そのくらいの経験値は貰えるだろ!」
「……ロンミン、言い方的にシャンフロでも人生縛りはやってるんだよね?」
「そうだけど?ゲームオーバー=死のゲームならいつもそうじゃん。知ってるでしょ」
「……魔魂丸薬使った戦闘だと、経験値入らなくなるからそれだと普通に死ぬよ?」
──はい?
ロンミンの目論見は、副作用でレベルを下げ切られて死ぬ10分後までにリュカオーンを倒し、それで得た経験値で残りのレベルを確保して生き延びるというものだった。確かにレベル不足でもそれなら生き残れる完璧なプランだ……魔魂丸薬を使った戦闘では経験値が入らないことに目を瞑れば。
「なんっ……おま、お前何でそんな大事なこと先に言わねーんだこのボケナスー!」
「今使ったら死ぬって言ったじゃん!なのに使うんだから、普通は今は人生縛りしてないんだなって思うでしょ!?」
──────────
:匿名の視聴者さん
草
:匿名の視聴者さん
凄い縛りしてんね
:匿名の視聴者さん
死亡確定で草
:匿名の視聴者さん
せっかくリュカオーン倒せるかもしれないのに、勿体無い
:匿名の視聴者さん
ユニーク抱え落ちかぁ
:匿名の視聴者さん
かわいそう
──────────
「……ッ!ええい、もう仕方ない!ヘルT、お前もその薬飲め!一気にカタを付けるぞ!」
「ええ!?まぁ、いいけど……」
後悔しても、薬を渡したヘルパーT細胞を責めても全ては後の祭り。魔魂丸薬を服用してしまった時点で、ロンミンの生きる道は10分以内に戦闘を終わらせすぐレベリングに行く以外無くなった。ただで死ぬのは癪なので、ヘルパーT細胞には道連れになってもらう。
幸か不幸か、ロンミンの強化率が普通よりも高いおかげで勝率はグンと上がっている。制限時間内に決着を着けることも、作戦をきっちり立てしっかり成功させれば不可能ではないはずだ。鍵を握るのはやはり、部位破壊され弱点となっているリュカオーンの右眼。そして魔法で狙い続けている右脚。
「……って感じ。イケる?」
「やる」
「頼もしいね。それじゃ、頼んだよ!」
「そっちこそ、ヘマしないでよ!」
まずは第一段階、リュカオーンを転倒させ大きな隙を作る。そのためにロンミンは通じない攻撃をしながらひたすら跳び回り、準備をしているヘルパーT細胞にヘイトが向かないよう、全力でリュカオーンをおちょくる。
第一段階の達成に必要な要素は二つ。ヘルパーT細胞の高火力魔法と、ロンミンによる転倒しやすい体勢へのリュカオーンの誘導。時計回りの立ち回りでリュカオーンの軸脚を右に固定し、左脚を浮かせて右脚に大きく体重を掛けさせる。
「準備できたよ!」
「オーケイ!ほらよ犬っころ、こっちだ!」
「グアア!!」
「今……!出力加算、【マジックエッジ】!」
魔法の準備が整ったら、すぐさまリュカオーンの下半身付近まで一艘跳びで移動。後ろ脚による蹴りを誘発し右脚を孤立させ、体重の掛かり切った脚に魔力の刃を押し当てる。
魔魂丸薬のバフ効果で威力は今までの数倍、転倒させるには数発必要だったマジックエッジが誘導ありきとは言え一撃で済むようになった。バランスを崩したリュカオーンの巨体が地に伏せる。
「グウゥ……ッ!!?」
「スライドムーブ……ヘルT!」
「大丈夫!【属性付与
「行くぜ、最高速度で……飛んでけーッ!」
続いて第二段階、リュカオーン最大の弱点に向けて攻撃を当てる。それがどこかという話だが。
現状、リュカオーンの弱点と呼べる部位は破壊した右眼のみ……しかしアレを見た目通りに哺乳類の枠組みに入る生物して見るなら、その弱点は共通のものがあるはずだ。
脳、心臓、その他内臓……太い血管が切れたりしても致命傷だが、リュカオーンは硬い骨と毛並みに守られており、まともに攻撃は通じない。だからロンミンは骨や毛の守りが無い眼球をずっと狙い続けてきた訳だが……「その先」はどうだろうか。
先程挙げた弱点、それら全てに共通するのは体内にしまわれた器官であるということ。内臓が弱点であることなど生物なら当たり前、だから外から簡単に攻撃されないよう守られているのだ、普通なら外から内臓を攻撃することは難しい……だが、今のリュカオーンに攻撃を通せる弱点が存在する。
「グアァ……ッ!!?」
「やった刺さった!」
用意するのは、ロンミンの手持ち武器で最も貫通力に優れた【傭兵の鉄槍『改二』】。ヘルパーT細胞の加勢前から使用していたことで、耐久値はほぼ限界を迎えている……だが、死んでさえいなければまだ戦うことはできる。
ヘルパーT細胞によって『風』の属性付与を受け取り貫通力を高め、更にロンミンの正確なスローイングによって、放たれたジェット噴射する鉄の槍はリュカオーンの右眼を捉え貫いた。高まった貫通力によって、槍の穂先だけでなく柄の半ばまで差し込まれている。仮に人間相手ならこの時点で傷が脳に達して終わっていただろう。
ここまでやってもまだ死なないのは、流石ユニークモンスターと言ったところだが。槍の突き刺しはあくまで第三段階のための下準備、本命は傭兵の鉄鎚を用意して行う次の一撃。
第三段階。刺し込んだ槍をハンマーで思いっきり叩き、リュカオーンの『体内』に攻撃を加える擬似的パイルバンカー。『力』の属性付与を掛けてもらい万全で臨む……つもりだったが、ここでヘルパーT細胞の方にアクシデントが襲う。
「ゴアァ!!」
「わわっ……危なッ、分身!?」
「クソ……ヘルT、大丈夫か!?」
「大丈夫!ロンミンはそっちに集中して!属性付与はちょっと余裕無いから……!」
攻撃を逆利用してみせたことで、警戒したのか使ってこなくなったリュカオーンの分身攻撃。本体が行動を封じられ致命の一撃が迫る今、それをここぞというタイミングで妨害に来たのだ。
分身の一撃を回避し、ヘルパーT細胞は属性付与はできそうにないことを伝える。何せ本体だろうと分身だろうと、何を食らっても一撃で死ぬ超絶紙耐久が彼女。その上職業は接近に滅法弱い魔法使いともなれば、どうしてもシングルタスクで慎重に対処することを求められてしまう。
「魔法使いは寄れば倒せる……それは確かに正解ではあるけれど、私の場合は違うんだよ」
己の武器【
ヘルパーT細胞のステータスは、MPとSTRに重点を置き火力を追求した構築。耐久を切り捨てて得たのは魔法火力だけではない、高いSTRが齎す安易な接近を咎める物理火力、それこそが『脳筋』魔法使いの真骨頂──!
「おすわり!」
「キャウウン!!」
「こっちは大丈夫!ロンミン、やっちゃって!」
「おうよ!いい加減、お前の相手は飽き飽きだ……人間様を舐めるなよ、犬畜生!」
ヘルパーT細胞が分身を叩き伏せ、憂いが一つ消えたことで本体に集中できる。ロンミンは武器を切り替え傭兵の鉄鎚を思いっきり振りかぶり、パワースイングを目元の槍へ叩き込んだ。
擬似的パイルバンカーによって推進力を得た槍がリュカオーンの体内をズタズタに引き裂く。レベル99オーバークラスの莫大な破壊力で突き進む槍は頭から尻までもを駆け抜け、勢いを落とすことなく岩山を砕きそこで止まった。
「やった……!」
「リュカオーンが真っ二つに……!ここまでやれば流石にあいつも死んだはず……ッ!?」
パイルバンカーを受け、身体を上下に分けられたリュカオーン。しかしその命運は未だ尽きることなく空中で身動き取れないロンミンを襲う。
空中ではスライドムーブは使えない、一艘跳びはリキャストタイム中、作戦の第一段階で後ろ蹴りの砂塵を受けたことで、小さな祝福による食い縛りの発動条件も満たせていない。まさに万事休すこの状況でロンミンはアクセルを発動、落下速度を早めてすぐに着地しスライドムーブの発動を狙う。
「ロンミン!」
「うおおぉぉ死んでたまるかああぁぁ!間に合えぇスライドムーッブ!」
必死の叫びはどうにか叶い、牙はロンミンの背中をギリギリのところで掠めるに終わった。無茶な動きをしてすっ転んだ上に、収納鍵チェストリアを破壊されてしまったが……命があるだけ儲けである。
「グルル……!!」
「くっそ、まだ来やがるかよ……!」
「グアァァ!!」
「任せて!【
ロンミンが立て直すが先か、リュカオーンの最期の猛追が届くが先か……その二択に割り込んだヘルパーT細胞が魔力の盾を展開する。
しかしただ守ったところで、リュカオーンの牙を相手に薄い【魔法障壁】如きがその威力を防ぎ切れる訳がない。だからヘルパーT細胞はもう一つスキルを重ねる──パリィ可能な相手の攻撃に対して成功判定を強化する「ジャストパリィ」を。
──────────
:匿名の視聴者さん
おお!
:匿名の視聴者さん
上手い!
:匿名の視聴者さん
防いだ!
:匿名の視聴者さん
リュカオーン硬過ぎる……
:匿名の視聴者さん
あいついつ死ぬねん
:匿名の視聴者さん ¥1000
あともう少し、頑張れー!
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「後はよろしく!」
「往生際の悪い……いい加減、くたばれ!」
ヘルパーT細胞の割り込みによって、立て直す時間を得たロンミン。リュカオーンに年貢を納めさせる一撃を咄嗟に装備した傭兵の鉄刀で放つ。貫通力を高める突きスキル「ドリルピアッサー」を、右眼に向けて直撃させた。
直前のFM'sクリサリスとの激闘、そして出会い頭での一撃で、耐久力が既に限界を迎えていたはずの傭兵の鉄刀であったが……その刃は最後まで折れることなく武器としての役目を全うし、リュカオーンの命を貫き通してみせたのだった。
【『ロンミン』と『ヘルパーT細胞』は夜の急襲を退けた】
【称号『影狼を穿つ』を獲得しました】