ただ一つのシャングリラ〜縛りゲーマー、一度きりの人生に挑まんとす〜   作:ナナシノ

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88:公式からの誘い

「来ちゃったよ、本社……」

 

 ──まさか、こんなことがあるなんてなぁ。

 

 あのメールを貰った翌日。私は担当者と詳しい話をするべくユートピア社本社を訪れていた。連絡からアポ取って日取りが決まるまで、恐っろしい程のスピード感だったなぁ……これが、今をときめくベンチャー企業のフットワークか。

 

「龍洞八千代様ですね。担当者を呼びますので少々お待ちください」

「はい」

 

 受付で確認を取って貰い、行くべき場所を聞くと向こうの方から来てくれるとのことだった。

 どうやら、私の身体のことを知ってて気を遣ってくれたようだが……別に隠してはいないとは言え公表もしていないのに、どうして最初から私の身体のこと知ってたんだろう……?怖。

 

「初めまして、龍洞先生ですね。ユートピア社宣伝部長の月兎夜枝境と申します。お待たせしてしまって申し訳ありません」

「どうも、龍洞八千代です。お構いなく」

 

 暫く待っていると、何だか心に重い物を抱えていそうな面立ちの男がやって来た。挨拶と共に名刺を貰ったが、凄く長い苗字だ……

 私もまた名刺を取り出して渡す。こういう機会はあんまり無いんだけれども……お前も社会人なのだから名刺くらい作っておけと、百姉さんに言われて作っておいた物である。早速活用する機会があって良かったよ本当に、基本的に人と関わる時はリモートだからマジでこういう機会無いんだよね。

 

「こんな所で立ち話というよも何ですし、場所を移しましょうか。ご案内します」

「よろしくお願いします」

 

 そうして案内された応接室は、掃除の行き届いた綺麗な空間であった。机は傷一つ無い新品だし「どうぞお座りください」と促された革張りのソファもフカフカ……機械の脚だとあんまり柔らか過ぎると踏ん張れずに立てなくなるから、少し硬い方が私としては嬉しいんだけどね。

 まぁ、そんなところに文句を付けても少数派の意見だし意味は無い。どうでも良い不満は意識の隅に追いやってお仕事の話をしようじゃないか。月兎夜枝さんから詳しい話を改めて聞いたが、だいたいこんな感じらしい。

 

 ・元々、『シャングリラ・フロンティア』のコミカライズという案は早くから上がっていた

 

 ・しかし、創業者含む一部幹部の「世界観を完璧に再現できる漫画家でないと認めない」という意見により、長らく作画担当を見つけることができず企画は実質凍結していた

 

 ・だが、その反対していた創業者本人が私の書いた漫画(作画を担当したやつ)を見て、「コイツなら『私の世界』を任せても大丈夫そうだ」と判断したためオファーが回って来た

 

 ・そして、詳しい話をするためにユートピア社に呼び出された←イマココ

 

 と、いう訳である。

 話し合いならリモートでも良いだろうに……態々本社まで呼び出されたのは、その創業者とやらがめちゃくちゃな出不精だからだそう。私みたいな理由が無ければ許されんぞそんな我儘な理由……

 

「龍洞先生の作品は、私も読ませていただきましたが素晴らしい画力だと感嘆させられました。流れを自然に追えるコマ割り、しっかりと描き分けられたキャラクターの顔、漫画という媒体に落とし込むにあたって無理の無い原作のフォロー……話の合間や表紙裏のさりげないオマケや後書きに至るまで、『読み易い漫画』とはこう描くのだという漫画家としての矜持が感じられました」

「はぁ、ありがとうございます……?」

 

 ──めっちゃ褒めるな、この人……?

 

 8割くらいリップサービスだろうが、困惑もあれど誉められて悪い気はしない。私を調子に乗らせて話を進め易くしようとしているというのなら、私はばっちり乗せられてる訳だし大した話術である。

 しかしまぁ、むず痒いところもある。私の描く漫画は基本的に原作付き……他人の褌で相撲を取っているという諺そのものなのだから。自分でシナリオを考えて描くこともあるけど、それも基本的には読み切りの時だけ。残念ながらシナリオ作りの才能はおじいちゃんから遺伝しなかったらしい。

 

「あの偏屈が貴女なら、と見込んだ理由も作品を読めば分かりました。私としても是非龍洞先生に漫画版シャンフロを手掛けて頂きたいと思っています」

「うーん……」

 

 シャンフロのコミカライズを担当する……作画専としては是非とも受けたいところなのだが、了承するとして一つ悩みがある。

 それは、ユートピア社及び関連スタッフに課せられるという『個人でシャングリラ・フロンティアをプレイしてはならない』という規約。私のデータは結構ユニークコンテンツも多く持ってるし、それなりに時間も経って良い感じに育ってきた、ポイと捨て去るには余りに惜しいものだ。

 

 仮に仕事を受けると返事した場合、今のデータではもう二度と遊べなくなる可能性が高い。何かしらのイベントに公式側として出ることがあっても、それは用意されたアカウントになるはず……仕事を受けると決めた時点で、『ロンミン』とはおさらばしなければならなくなる。

 普通ならプロでも何でもない、1円の収益も稼いでいないアカウントなど、一大プロジェクトに携わるためなら躊躇い無く犠牲にするべきだろう。しかしそれをするにはもう、『ロンミン』は私に取って多くの楽しい時間を作ってくれた思い入れの深いものになってしまった。

 

 ──はい、データ捨てます!って普通なら言えるんだろうけど……やっぱり私にはキツイなぁ。

 

 最終的にはそうなるとしても、それを決断するにはシャンフロで得た思い出や人間関係を全て捨て去るための覚悟が要る。いくらデカい仕事ができるとは言え、軽々しく言えるものではない。

 月兎夜枝さんにも聞いてみたが……やはり、その場合は現在のデータを使えなくなることは避けられないだろうとのことだった。さて、返事は最終的にOKを出すとしてどれくらい猶予を貰えるか……

 

「あら、ちょうど話し中だったのね」

「入るぞ、月兎夜枝」

 

 ──うわ、臭っせえ……!

 

 話に割り込み、入ってきたのは二人の女。長い髪を無造作に散らしたジャージの女と、皮脂でテカテカと髪の光る白衣の女。

 思ったことを口にも顔にも出さなかった私はよく我慢できたと思う。数日は風呂に入ってないだろう嫌な匂いと、それを誤魔化そうとしているキッツい香水の匂いが混ざり、数少ない私の正常な感覚である嗅覚を否が応にも刺激する。匂いに気付いた瞬間えずきそうになったのに良くぞ堪えた、私。

 

「お前ら……客人の前に現れるなら、事前に身嗜みは整えておけといつも言っているだろう!そんな香水一つで誤魔化せるものか!」

「いえ、お構いなく……ヴッ」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「改めて紹介します、龍洞先生。こっちの髪が長い方が本社創業者の継久理創世、短い方がエグゼクティブ・プロデューサーの天地律です」

「よろしく」

「あー……その、スマンかった」

「よろしくお願いします……ウプ」

 

 強過ぎる匂いに耐え切れず、私が嘔吐してしまったことでキレた月兎夜枝さんによって二人が強制的にシャワーを浴びさせられ、その後で改めて対峙し紹介を受けた。うぇ、まだ気持ち悪い……

 他所様の所で我慢できずゲロ吐いたアホと、初対面の人前に出るのに最低限の身嗜みも整えないアホによる話し合いが始まる。その初手は継久理が私に向けて投げ渡したメモ帳と鉛筆であった。

 

「貴女の漫画を読ませて貰ったわ、あの画力があればきっと『私の世界』を表現できる……でも、本当に貴女がアレを描いたのか、この場で確かめさせて欲しいのよ」

「その身体……左腕以外は義肢か。最近のやつは生身以上に精密に動くらしいし、その右腕が画力の秘訣なんだろ?是非見せてくれよ」

「……はぁ」

「龍洞先生、乗らずとも構いませんよ」

 

 ──こんな舐められて、引き下がれるかいな。

 

 舐めやがって。確かに義肢の性能は近年かなり向上してきているけどなぁ、義肢を生身同然に動かせるようになるまでにどれだけのリハビリが必要か、お前ら何も知らんだろ?

 継久理と天地の挑発にも、月兎夜枝さんの気遣いにも何も言わず、黙って鉛筆を()()で取り澱み無い動きでメモ帳に絵を描いていく。その速さに品定めをするようだった二人の目線も、次第に相手への敬意を持ったものに変わっていった。

 

「はい、こんなものでどうかな?」

「……あの短時間で、コレを」

「……凄えな。ウチのデザイン班でもここまで速さと巧さを両立できる奴は多分居ねえぞ」

「これは……クターニッドか。鉛筆画故の線の太さが迫力を出すのに買っているな」

 

 私が描いたのは想像態のクターニッド。蠍や直前に戦ったエレクトロンを描いても良かったけど、寒色と黒で構成されてるクターニッドの方が鉛筆で描くには分かりやすい。でも、どうせならもう少し大きいキャンバスを用意して欲しかったかな。

 何はともあれ、三人の眼にも私の腕前は確かなものとして映ってくれたようだ。こちらを舐め腐ったような態度が消え失せ、バツの悪そうにしている。どんなもんだい。

 

「……腕は確かなようね。試すような真似をしたことは謝るわ」

「義肢関係無えじゃん……済まんかったな」

 

 さて、色々あったがこれで漸く本題に入れる。

 シャンフロコミカライズに当たっての契約内容の確認や、著作権の在り処、報酬額など月兎夜枝さんから説明を受ける。ちなみに、今回のためだけに専用の出版社を立ち上げるそうだ……元は社内で人を探そうとしてたことと言い、どんだけ他所の影響を噛ませたくないんだこの人らは?

 

「説明は以上となります。内容に同意するのならばこの契約書にサインをお願い致します」

「悪いようにはしないわ。貴女のその画力で、私の世界の魅力をより広く伝えていってちょうだい」

「お断りします」

「……え?」

 

 思ってもなかった、そう言いたげな間抜けな面で継久理が固まる。天地も月兎夜枝さんも同様だ。

 まぁ、そうなるだろう。私自身初めは受けるつもりだったし、シャンフロに作り手として関われることを嬉しく思っていたが……気が変わった。

 

 あの態度が気に入らない。

 最初から自分の方が上で、試す側で、仕事を与えてやる側であるという驕り。とてもコイツと対等な関係を築けるとは思えない。

 

 契約というものは、双方が対等な立場でなければリスクが高過ぎるものだ。

 何処までも自分が上という立場を崩さず、上から目線で物を語るこの女と契約して、マトモな仕事が出来るとはとても思えない。いくら物自体が魅力的でも、一ユーザーではなく作り手として関わるならその人となりは無視できるものではないのだ。

 

 ──ゲームしてても思うけど、拘りがだいぶ強そうな人だしね。『解釈違い』とかで逐一文句を付けて仕事を遅らせる姿が目に浮かぶよ。

 

 流石に、そこまでいくと被害妄想だが。まぁ有り得無くはない未来図だろう。

 私は他にも連載を持っているし、漫画以外にも小説の挿絵とかゲームやアニメのキャラデザなど他にも仕事はいくつかある。シャンフロの拘りの強さに押されてしまっては、それらにまで影響が波及してしまうだろう……プロとして、できない仕事をする訳にはいかないのだ。

 

「クライアントとホストの立場は、本来は対等でなければならないはずです。仕事を与えてやるという貴女方のその態度には、私の……と言うよりも依頼する相手そのものへの誠意が感じられない。貴女方との契約は私のリスクが高過ぎる」

 

 まぁ、長々と理屈を連ねたが。

 ぶっちゃければこんなの一言で済ませられる。

 

 ──コイツと仕事したくない!

 

「シャンフロは面白いゲームです。一ユーザーとしては非常に楽しませて貰っていますし、私の腕が評価され作り手としてオファーを受けたことは光栄に思います。ですが、今のままでは受ける訳にはいきません。この話は無かったことにさせてください」

「ちょ、ちょっと待ちなさ」

「失礼します」

「……」

 

 制止されるが、聴く耳持たずそのまま部屋を出て1階へ降りていく。

 シャンフロの漫画……私が断ったら、次は誰に依頼出すんだろうね。誰でも良いけど、せめてその人がマトモな関係を築けるよう祈っておこう。

 

 ──うぇ、吐いたせいで気持ち悪い……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ん……電話?」

 

 その日の夜。昼間のことがあってすぐにログインする気にはなれず、私は明日やるつもりだったタスクをいくつか進めていた。

 すると、登録していない番号から私のスマホへ電話が掛かってきた。見覚えがある……これはユートピア社の電話番号だ。月兎夜枝さんから貰った名刺に書かれていたのを覚えている。

 

 ──クレームでも付けに来たのかな?

 

「はい、龍洞です」

『どうも、継久理です』

 

 ──お?

 

 トップが自ら電話してくるとは、いったいどういう風の吹き回しだ?

 電話を掛けるにはもう遅い時間ではあるけど、こちらも一方的に申し出を断った手前、用件があるなら無碍にはできない。話位は聞いておかねば。

 

『貴女に一つ、聞きたいことがあるの……貴女の親族に龍洞皐月という名前の人間はいるかしら?』

「……それなら、ウチの高祖父がそうですけど」

『……やっぱり。苗字を聞いてそうじゃないかとは思ってたけど本当なのね』

「ウチのおじいちゃんが何か?」

 

 継久理の出した名前は、私の高祖父であり育ての親の名前。本業の傍ら趣味で創作活動を行い合わせて四桁を優に超える量の漫画・イラスト・アニメ・小説・ゲームなどを作った、今でも多くのクリエイターにリスペクトされている名人であった。黎桜の奴が使ってる某配信サイトの登録者数の最多記録も保持している……本人はもう亡くなったけども。

 継久理とおじいちゃんに何の関係が?継久理の年齢は30は越えてない位だろうし、仮に面識があるとしても相当幼い頃のはずだが……

 

『私ではないわ。皐月氏と関係があるのは私のお祖父様……シャングリラ・フロンティアの原型となるシナリオの作者その人よ』

「はぁ」

『お祖父様は言っていたわ、この物語を形にできたのは皐月氏の助けがあったからだって。いつかこの恩を返したいと、ずっと言っていたわ……もう、叶わない話だけどね』

「……だから、代わりに私に返そうと?」

 

 祖父の受けたもう返せない恩を、私に返すことで埋め合わせをしようとでもいうのか。

 しかし、おじいちゃんの貸しはあくまで私ではなくおじいちゃんのものだ。私がそれを受け取る道理は無いし、そんなことをしたって別に恩返しができたことにはならないと思うのだが……

 

『……そうじゃないわ。その時にお祖父様が皐月氏から言われたという言葉を思い出したの』

 

 ──人が何かを作る時、それは多かれ少なかれ既に在る何かの影響を受けている。独りで物を作るなどと言うのはそれは作り手の驕りであり、そんな心持ちで作られたものは決して名作たり得ない。

 

 おじいちゃんの言葉は、端的に言えば『物を作るのに全て独りでなんて無理なんだから、協力してくれた人や物へのリスペクトを持て』ということだ。ぶっちゃけ当たり前の話である。

 私なら漫画を描く時は基本的に原作付きだから原作者が居るし、面倒な作業を分担してやってくれるアシスタント、担当編集をはじめとする出版社の人達など様々な助けがある。継久理だって、シャンフロを世に出すまでに調整役の天地とか、広報として頑張ってる月兎夜枝さんとか、他にも会社を支えているたくさんのスタッフがいるはずだ。それらを蔑ろにしてはならないという、たったそれだけの当たり前の話なのだ。

 

『貴女に契約を断られて、お祖父様が聞かされたというその言葉を思い出して考えたの。そして気付いたわ……確かに私はその言葉の通り、自分に作れない漫画というコンテンツを作れる貴女に対するリスペクトに欠けていた。物作りの大変さなんて自分で良く分かってるはずなのに……ね』

「……」

『先の非礼はお詫びする……本当に、申し訳無いと思っています。そして改めてもう一度貴女にお願いするわ。私の世界をより広く知らしめるために、どうか貴女の力を貸して欲しいの』

「……継久理さん」

 

 ──もう一度、交渉の席に立つ位は良いかな。

 

 元々乗る気だった話だ、気に入らなかった部分が無くなるならもう一度交渉の席に立つ余地はある。その言葉を信じて、今度こそ対等な関係を築けるようにしよう。昼間みたいに、碌に制止も聞かずドタキャンなんてことの無いように。

 

「もう一度、ちゃんと話し合いましょう」

「ええ、日程は調整しておくわ」

 

 そうして、また後日に改めて話し合い、その結果私がシャンフロのコミカライズを担当することが正式に決まるのだった。

 そしてそれは、私がゲームの方のシャンフロ……『ロンミン』とお別れすることが、決まったということでもある。




 『ロンミン』は居なくなることが確定。
 今後の展開の大まかな流れとしては、旧大陸で2・3個程イベント→新大陸でラストバトル用のフラグ建築→双王決戦→ラストバトルといった感じになる(予定)。予定なので急な思い付きで変更や追加の可能性は大いにある。




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