先生がフィジカルモンスターなヒト型邪龍系女先生だった世界線 作:ジンオウガを飼いたい
「庵治窟先生って本当に人間なんですか?」
「酷くない? その物言いは酷くない?」
ユウカさんの質問はご最もなもので、それに対して先生が傷付かれてしまうのも仕方の無いことだと助手席に座る私 羽川ハスミは車外の光景を見ながら呑気に考えていた。
だって、生身の先生がユウカさんの走らせる車とピッタリ併走しているのだから。涼しい顔をして時速60キロ以上を叩き出している車に遅れを取ることなく合わせてきている。
「先生……私たちの知る人間は車に合わせて走ることなんて出来ないし、軽自動車を放り投げたりも出来ないし、路面を踏み割ったり捲り上げたりも出来ないんですよ?」
「ヘイローもなしに弾丸を受けてケロッとしているのも、キヴォトスの外からいらした人物にしては肉体が頑丈過ぎるかと」
他の2人からの援護射撃に先生は「遠慮がないねぇ!」と楽しそうにケタケタ笑って見せる。
暴徒達と戦闘…というか先生による一方的な蹂躙が行われていたとは思えないくらいにリラックスした空気が流れていますが、車外はそんな呑気な空気感ではありません。
まだまだ大勢いる暴徒達は車と人間が並走している光景に驚いてフリーズした後、慌てて攻撃するという行動を全員で共有していました。
「ね、ねぇあれって! さっき逃げてきたヤツやが言ってた人じゃないの!?」
「で、出たァ! 爆乳タレ目ギザ歯高身長性癖煮凝り美女が出たぞぉ!」
ですが庵治先生による暴れっぷりは既に伝染していたらしく、車と並走している人物がその庵治先生本人だと判明するや否や慌てて逃げ去ってしまいます。
何やら酷い渾名が付いているように聞こえたのですが……気の所為でしょう。本人も特に反応していませんし、空耳ということにしておきます。
「じゃあさぁ、私が人間じゃないって言い出したらどうする?」
「信じますね」
「ユウカちゃん容赦無いねぇ……うけけけけけっ♪」
人間ではない。見た目だけを見れば、それは無いと言えるでしょう。
私たちのように翼や角を有している訳では無い。見た目だけならば白髪ポニテタレ目三白眼爆乳高身長美女と、確かに誰かの性癖を掻き集めて煮詰めて凝固剤を混ぜたようなルックスの人間にしか見えない。
でもつい数分前までの大暴れっぷりは、どう考えたとしても人間に出来る芸当の範疇を軽く逸脱している。
ユウカさんと同様、私も人間ではない可能性をすんなりと受け入れられてしまえました。
「先生もよそ見しないで! そろそろシャーレの部室に」
『ご歓談中のところ申し訳ありません、この騒ぎを引き起こした生徒の正体が判明しました』
車と生身の人間(暫定)が並走して数分が経っており、目的地であるシャーレの建物がもうすぐの所に迫ったのとリンさんからの通信が入ったのはほぼ同時。
今回の騒ぎを引き起こした中心人物 孤坂ワカモの姿を視認したのも同時だった。
「へっ?」
まさか私たちが車を使って移動していることも、それに生身の先生が並走していることも当然ワカモは知らなかったのでしょう。
変な位置に両腕が固定されて硬直している。
その姿は『厄災の狐』等という恐ろしげな渾名が付けられている人物とは思えないくらいに年相応の可愛らしさをしていました。
「へぇ。君がワカモちゃん? 可愛いねぇ♪」
「あれ!?」
不意打ちに対して硬直した姿を晒しているとはいえ、相手は重犯罪者である厄災の狐。
車を停めて降車した私たちが身構えて防衛体制を整えるよりも素早く、先生が渦中の人物であるワカモの目の前に立っていた。
有り得ません。早過ぎます。
私たちは誰もがワカモを警戒していました。先生に危害を加える可能性も考慮し、私は先生にも注意していましたが……その注意を振り切ってしまうくらいに、先生の動きは迅速でした。
「私 庵治タハサって言うんだぁ♪ ねぇねぇ可愛い子狐ちゃん♪ お名前しっかり教えて欲しいなぁ♪」
「あっ、あのっ…ちか、近いですぅ!」
目の前に立っていたどころか、先生はワカモを抱き締めて身柄を拘束していました。
豊満な胸に顔を埋められ、胴体には高身長に相応の大きく長い腕が回されてしまっては厄災の狐といえども振り切れない様子です。
「ああ〜〜〜可愛いぃぃぃ〜〜♪ 温かいし良い匂いする♪ すぅ〜〜…………ほへえぇぇぇ〜〜♪」
「ひゃいいいぃぃぃ〜!?!?」
私たちは……何を見せつけられているのでしょうか……
ワカモを抱き締めて体温を堪能するどころか、頭部に備わっている狐の耳に顔を突っ込んで匂いまで堪能している先生によって厄災の狐は完全に無力化されてしまっています。
「ねぇねぇ可愛い子狐ちゃん♪ 私とお友達にならない? あっ、それともいっその事色々すっ飛ばして番とかどう?」
「つつたつつつつがい!?!?!? 早いっ、色々とすっ飛ばし過ぎています! あのっ、名前教えますので離してくださいいいぃ!」
あの厄災の狐が、完全に手玉に取られている。
顔は豊満な胸に食い付かれていて見えないものの、どのような表情をしているかは雰囲気やガクガクと震えてしまっている両足から何となく察することが出来ました。
「むぅ……名前も良いけど私としてはこんな可愛い悪い子ちゃんと懇ろな関係になれたら楽しいと思ったんだけどねぇ♪」
「そっ、そんなはしたないこと……って、なななっ、なんてはっ、ハレンチな格好を!?」
胸による捕食から何とか逃れたワカモでしたが、そのせいで先生の格好を真正面から直視する羽目になってしまいました。
もみくちゃにされている最中に装着していた仮面は外れてしまったようで、真っ赤に染め上げられた厄災の狐の顔が皆に晒されます。
まぁ……その反応が当然と言えば当然ですよねぇ……
私たちは出会って早々にシャーレを目指さなければならないとなった為、気にしている余裕が無かったですから。
あれだけ立派な胸をほとんど丸出しにしているのですから…
「ハレンチって……この方が通気性良くて助かるんだよ。それに私の見た目にも似合ってるでしょ♪」
「いやっ、あのそのにににっ、似合ってはいるのですが目のややややり場にこここっ、こここっ」
(厄災の狐というか、厄災のニワトリですかね?)
両膝に手をつき、腕で自分の胸を挟み込んで強調しながら前傾姿勢を取った先生によってワカモは完全に頭が沸騰してしまっている様子です。
目のやり場に困る。こんな十数文字の文言を満足に言えないくらいに動揺してしまっているし、彼女の瞳は上下左右にどうにか逃げ場を見出そうと動き回っている。
「…………なに? 私の格好見て、なんかやましい気でも起こしちゃった? 良いねぇ良いねぇ♪ 若い子はむっつりスケベで良いねぇ♪ うけけけけけっ♪」
楽しそうに笑いながら先生はワカモの頭にそっと手を乗せて、髪の毛を優しく撫でる。
それがトドメになったらしい。
「…………にゅうぅ〜……」
「へぅ!? ど、どしたの?」
緊張がクライマックスを突き抜けたのでしょう。ワカモの目がグルグルと回転したかと思えば、両足から力が抜けて崩れ落ちてしまいました。
倒れ込んできたワカモを受け止めた先生もこれには驚いている様です。
「ねぇ、私は何を見せられているの? バカップルがイチャイチャし過ぎて片方がぶっ倒れた、みたいにしか見えなかったんだけど」
「概ね同意です」
死んだ魚のような目をして先生を見つめるユウカさんの言葉に、額に手を当てながらスズミさんが同意しました。私もお2人に同意です。
「……ほぉん♪ 私に身を委ねるってことだねぇ? これはもう……ふひっ、ふひひひひっ♪」
邪悪とも言える笑みを浮かべる先生ですが、少なくとも悪いことを考えているのでは無いでしょう。
気絶してしまった―というよりかは気絶させた―ワカモを横抱きにして持ち上げた先生は、そのままホログラムで投影されているリンさんに視線を向けました。
「この子、私が身柄預かるから。矯正局送りとかなしね♪」
『正気ですか? その生徒はキヴォトスの治安を乱す犯罪者であり、様々な前科を持つ』
「良いの良いの♪ 悪い子ちゃんなら私が見ていた方が安全だしさ♪」
今なら矯正局に安全に送り返せるというのに何故そうしないのかと問い詰めようとするリンさんの言葉は、先生が言葉を被せたせいで最後まで成立しませんでした。
呆れ顔で眉間を抑えるリンさんと、そんなの知らんとばかりに抱き抱えているワカモの狐耳に顔を埋める先生。
「すうぅ〜〜〜…………ほへええぇぇええぇ〜〜♪」
顔を埋めたまま大きく息を吸い込んだかと思うと、顔を離して蕩けきった顔を恥ずかしげもなく晒しています。
ハッキリ言います。怖いです。
タレ目という本来ならゆるふわ系な印象を与えるはずの目付きなのに、三白眼もそうですが爬虫類を思わせる琥珀色の瞳がそんなゆるふわ系を吹き飛ばしてしまっています。
そんな人が色白な頬を薄らと赤く染め、ギザギザの牙を覗かせながら悦に浸っている光景はおぞましいとか身の毛のよだつとか、そんな回りくどい言い回しでの例えを許しません。
怖い。この一言が最も端的かつ的確な表現方法だと私は自負しました。今後の人生で最も役立たない自負です。
「ああああああ可愛いなぁぁぁぁぁ♪ 絶対この子私の生徒にする♪ ぜぇっっっったい生徒にするから♪ ふひひっ、ふひひひひひっ♪」
ワカモに付けられている厄災の狐というあだ名。
これから厄災だけを取り払って代わりに子を付け子狐とし、取り払った厄災を先生に取り付けた方がよっぽど適切なのではないでしょうか。
そう思わずにはいられないくらいにワカモ……いえ、ワカモさんはコロッと先生によって無力化されてしまい、先生の狂気を感じさせる笑い声はこだましてきたように感じます。
「……恐ろしくは、無いのですか?」
他者からの意見を問答無用で封じているとも思える狂気じみた笑い声を上げている先生に対して、チナツさんが質問を投げかけました。
あの先生のお楽しみに水を差すような行為ですが、私にそんな行為を出来る自信はありません。
初めてゲヘナ学園の生徒に対して嫌味等の不純な気持ちを含まない、純粋な尊敬の念を抱いた瞬間です。
チナツさん! 貴女の命懸けとも言える行為と決意!
私は敬意を表します!
「このくらいでおっかないなんて思わないよ♪ あの忌まわしいフェリドューンやシグルズ、私の助力の願いを蹴ったアナーヒターやシグルズを唆した愚弟レギンに比べればこの子の悪行や戦闘力なんて可愛いものさ♪」
楽しげに答えてはくれましたが、目付きが変わっています。
忌々しい存在を思い出しているのがひと目でわかる、怒りと憎悪に満ちているギラついた瞳をしていました。
「ホントあいつらマジで許さん。次会ったら末代までタンスの角に小指を本気で打ち付ける呪い掛けてやる」
しょぼいといえばしょぼいですが、実際に経験したことがある者にとっては恐ろしいなんて言葉では片付けられない呪いを掛けてやると意気込むくらいには、その4名には強い恨みを抱いている様子。
個人的には色々と人間離れしている先生にも、このように感情を露わにする相手がいるのだと思うと少し微笑ましく思えました。
『コホン。皆さん、ご歓談はそれくらいにして足を進めましょう。もうすぐシャーレオフィスです』
緩んでいた空気を引き締めるリンさんの咳払い。
私たちはそれを合図に、また進軍を開始しました。