タロと学園ラブコメするだけ   作:私利私欲

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林間学校編ラストです


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 ネモと出会ったのはいつのことだったか。

 親同士の付き合いがあったというのもあり、物心がついたときにはすでに彼女のそばへ居た。

 

『ヴェーラ! バトル、いっしょにみよう!』

『いいよ』

 

 昔から彼女はポケモンバトルに興味津々で、よくふたりで録画した試合を観ていた覚えがある。

 

『いっけー! ”かえんほうしゃ”!』

 

 テレビを前にして、まるでトレーナーにでもなったかのように大はしゃぎするネモ。

 

『あー! いまの、うえにとべばよかったのに……ヴェーラはどうおもう!?』

『さあ……どうかな』

 

 そんなネモとは対照的に、ぼくはポケモンバトルへあまり興味が持てなかった。

 本当は外で遊びたかったし、ずっとテレビを眺めているのはひどく退屈だったことを今でも覚えている。

 

『もうっ! もっとちゃんとかんがえ——けほっ、ごほっ!』

『だいじょうぶ……?』

 

 けれどネモは身体——特に心肺が弱くて、外を走り回ることができないのは、まだ幼いぼくでもわかっていた。

 

『……ネモって、ほんとにポケモンバトルすきだね』

『うん! わたしもはやくあんなふうにバトルしてみたいなー……!』

 

 そう言って瞳をキラキラを輝かせるネモに――ぼくはきっと、憧れてしまったのだと思う。

 

 今となっては、その理由も定かではない。

 けれど、ぼくだって()()()()()()なりたかった。

 

 

 

『ネモ、ポケモンつかまえてきた』

『ほんと!?』

 

 自宅からいくつかモンスターボールを持ち出して、近所のポケモンを何匹か捕まえた。

 どうやらぼくはポケモンから好かれやすい体質らしく、仲間にすることはそう難しくなかった。

 それを知った両親からはかなり怒られてしまったが、ネモの笑顔に比べればどうでもいいことだ。

 

『この子たちでバトル、しよう』

『うん! やろうやろう!』

 

 屋敷の裏には砂浜があって、そこで毎日バトルするようになった。

 相変わらずバトルには興味が持てなかったけれど、ネモが笑ってくれるからいくらでも頑張ることができた。

 

 努力するのは嫌いじゃなかった。

 けれど、いつしかそれはネモに置いていかれたくないという恐怖へと変わっていった。

 

 

 

『――アハ! アハハハハ! まだ弛んではいけませんよ!』

 

『はあ……はあっ……』

 

 ポケモンリーグ、その最終試験にて。

 チャンピオン最後のポケモン――キラフロルを前に、ぼくは過呼吸を起こしていた。

 

 別に、珍しいことではない。

 寝食を削って、どうすればネモに勝てるかだけを考えて旅をしてきた。

 ストレスは甚大、となれば身体に異常が出るのは自明の理。

 別にこれくらい、ぼくにとっては当たり前のことだ。

 

『テラ……テラ、ス、た……』

 

 けれど、ぼくの心と身体はすでに限界を迎えていた。

 テラスタルを発動しようとして、でも、その先を告げることができなくて。

 

(逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい……!!)

 

 頭の中はそんなことでいっぱいで。

 

『――降参、……しま、す』

 

『……はい?』

 

 だから、ぼくは降参を選んだ。

 

 だって、これで勝ってしまったら、ネモと同じ(チャンピオン)になってしまう。

 

 そうなれば、ぼくはまた――

 

 

 

『――ブルーベリー学園に転入しようと思います。クラベル先生』

『そう、ですか』

 

 だからぼくは、パルデア地方から離れることを決めた。

 

 ネモとの共依存を断ち切るため。

 ぼくの心と身体を守るため。

 

『では、あなたにこの子を預けます』

『……ニャオハ?』

 

 クラベ(校長)ル先生からもらった、ひとつのモンスターボール。

 

『ヴェーラくんには、入学時にポケモンをお渡ししていなかったので』

 

 すでにポケモンを持っているぼくには必要のないもの。

 けれど、この子のおかげで、ぼくはあることを思いついた。

 

『ブルーベリー学園ではダブルバトルが主流ですから。一度初心にかえって、ゆっくりとご自身を見つめなおすのはいかがでしょう?』

 

 今まではネモのことばかりで、学校を楽しむ余裕がなかった。

 授業を受けたり、部活に励んだり、放課後は友だちと遊んだりなんかして、本当はそんな青春を送ってみたかった。

 ……叶うことなら、ポケモンバトルだって好きになりたかった。

 

 だから、最初からやりなおす。

 

 ぼくは――誰もぼくを知らない場所で、ゼロからはじめたかった。

 

 

 

 そう、ぼくは……また、ゼロから――

 

 

 

 ***

 

 

 

 夜が明けるまでおしゃべりに興じていたぼくたちは、スマホロトムの着信音によって叩き起こされた。

 

『ヴェーラくん? もう点呼の時間ですけど、今どこに居るんですか?』

 

 急いで公民館へ戻り、早朝から散歩をしていたら遅くなったと言い訳をするも、エントランスが施錠されていたことを指摘されて撃沈。

 結局、夜中に窓から抜け出して山に行っていたことを白状することに。

 

「あんたさん方ねえ、夜の山はものすごく危険なんですよ!!」

 

 ……と、管理人さんから本気で怒られてしまった。

 

 ちなみにブライア先生はてらす池を調査するためにさっさと出かけてしまったらしく、彼女から怒られることはなかった。引率とは一体……

 

 ついでに女子グループからは呆れた目で見られてしまったけれど、これもオーガポンを寂しくさせないためなので仕方ない。

 決して人生初の夜遊びが楽しかったとか、そういうことはない。

 

 しかし、各所に顔が利く管理人さんが出てきてくれたのは都合がよかった。

 

「管理人さん――ぼくたちの話を聞いていただけませんか?」

 

 そう言うと、ぼくは真実の歴史について語りはじめた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 結果から言うと、ぼくたちの説得は上手くいった。

 

 最初はまったく信用されなかったけれど、スグリが捕まえたともっこたちや本物のオーガポンを目の当たりにした里の人たちは、ぼくたちが正しいと信じざるをえなかったようだ。

 とはいえ、それもスグリのおじいさんという信用ある人が裏づけをしてくれたからこそなのだが。

 

「まったく……あのことは誰にも話すなと言っただろうに」

「すみません」

 

 当然、おじいさんには大目玉を食らってしまうわけで。

 代表者として、ぼくとスグリが平謝りしていた。

 

「……鬼さまの誤解が解けてよかった! 今回はそれでよしとしよう」

 

「ありがとうございます」

「へへっ、ありがとじーちゃん!」

 

「鬼さまのこと、大切にしてやるんだぞ、スグリ」

 

 

 

 そして林間学校最後の夜。

 ぼくたちは7人だけでなく、オーガポンを含めたみんなでオモテ祭りを満喫していた。

 

「オーガポン! ()と一緒にりんご飴食べよう!」

「ぽにー!」

 

「あれが本物の鬼……」「なんか、意外に可愛い感じ?」「いきなりともっこが悪者だったって言われて驚いたけど……あれを見ると信じざるをえないべな」「スグリってあんな風に笑う子だったっけ?」

 

 オーガポンと一緒に歩いているスグリは全員の注目を集めているわけだが、今のところ悪意のある人間は居なさそうで安心した。

 最初はおそるおそるといった感じだったオーガポンも、今では満面の笑みを浮かべながら祭りを楽しんでいる。

 もちろんお面は着けているものの、あえて顔は見えるようにしていた。

 

 だって、オーガポンは可愛いから。

 人間、可愛いものに強く当たることはできない。

 

「色々あったけど、めでたしめでたしって感じだねー!」

「色々ありすぎて、全然のんびりできなかった件について」

「ま、楽しかったしいいじゃねえか!」

 

 そう言って笑い合うパルデア組の3人。

 ()()()()ネモもこうしてみんなと笑い合えているだろうか。

 叶うものなら、そうであってほしいと思う。

 

「……スグリのやつ、いつの間にか大きくなっちゃって」

 

 オーガポンのことについて、ずっと中心になって立ち回ってきたスグリ。

 そんな弟を見て、ゼイユさんはどこか遠い目でつぶやいた。

 

「お姉さんとしては、やっぱり寂しいですか?」

「どうかしらね。むしろ、手を焼く必要がなくなってせいせいしてるぐらいよ」

 

 そう言うと、ゼイユさんはこちらを振り向いて、にっと笑った。

 

「あんたと出会って、スグリは大きく変わった」

「ぼくが居なくたって、多分スグリは大きくなりますよ」

「もしもの話はどうでもいいの」

 

 なんともゼイユさんらしい返しだ。

 

「あんたも、前よりは背ぇ伸びたんじゃない?」

「そう、ですか?」

 

 自分ではわからないけれど、本当だったら嬉しい。

 心なしか成長痛のような痛みを感じるし……本当に少しだけ、だけど。

 

「うん、前よりも頼もしくなった」

「少なくともダブルバトルは上達しましたね」

「それもあるけど――」

 

 不意に立ち止まると、ゼイユさんはぼくの顔をじっと見つめる。

 

「……」

「……何ですかゼイユさん?」

「なんでもなーい」

 

 ふいっと顔をそらし、ふたたび歩きはじめるゼイユさん。

 

「……ゼイユ、でいいわよ」

「はい?」

「呼び方の話! あんたいつまでもよそよそしいのよ!」

 

 そうは言われても、ぼくは()()()なのだから仕方がない。

 本人がいいと言うのであれば、遠慮なく呼び捨てさせてもらうけれど。

 

「じゃあ……これからもよろしくお願いします、ゼイユ」

 

「……はいはいっ! こちらこそよろしくヴェーラっ!」

 

 自分で頼んでおいて照れてしまったのか、ゼイユはスグリとオーガポンの方へ走っていってしまった。

 

「――ふふっ、ゼイユさんって意外にかわいい人ですよね」

 

 すると、入れかわるようにしてタロさんが隣へやってきた。

 

 ……あの、やっぱり近くないですか?

 

「林間学校に誘ってくれて、本当にありがとうございました。すごく楽しかったです」

「それはよかった」

「おかげさまでわたしも、色んなことが経験できましたし、それに——」

 

 タロさんはぼくの目を見つめると、小さく微笑んだ。

 

「大切な宝物にも出会うことができました」

「っ」

 

 ……そんなの、反則だ。

 

「ふふっ、照れちゃって」

 

 呆然と見惚れているぼくの手を、タロさんは両手で包みこむ。

 1歩、2歩とこちらへ近づくと、一度目を伏せた。

 

「……」

 

 少しの逡巡を経て、やがて彼女は口を開く。

 

 

 

「ヴェーラくん……わたし、あなたのことが、」

 

「――ま、待ってください!」

 

 

 

 二の句を告げようとするタロさんを、ぼくは制止する。

 

「っ、どうして」

「ご、ごめんなさい……でも、今は駄目なんです」

 

 眉をひそめ、少し泣きそうな顔をするタロさん。

 罪悪感で押しつぶされそうになりつつも、なんとか言葉を絞り出す。

 

「その先は、ブルーベリー学園に戻ってから……ぼくの方から伝えます」

「……どうして、今じゃダメなんですか?」

 

 半ばオッケーをもらっているようなものだが、吐いた唾を飲むつもりはない。

 

「タロさん、林間学校がはじまってからちょっと変ですよ」

「変、ですか」

「て、手とかつないでくるし、ずっと距離が近いし……その、積極的すぎるんです!」

 

 積極的にアプローチしてくれるのは嬉しい。

 嬉しいけれど、それが突然すぎて、少し怖くなってしまった。

 

「ぼく、すごくドキドキしちゃって……もしタロさんも同じ気持ちなんだとしたら、その、林間学校だからって浮かれてるというか、一夏の過ち、っていうか?」

 

 駄目だ、まったく言いたいことがまとまらない。

 どうやって断るかきちんと考えてきたつもりだったけれど、本番になるとこうだ。

 

「……だから一度冷静になって、シラフの状態でタロさんに向き合いたい、です」

 

 ぼくの言葉が意外だったのか、目を丸くするタロさん。

 これは失敗だっただろうか、と内心ドギマギしていると、彼女は小さく噴き出した。

 

「ふふっ、カフェでいきなり告白してきた人がそれを言うんですか?」

「ぐっ……」

 

 それを言われてしまうと弱い。

 衝動で告白してしまった人間が、それを否定するなんて滑稽にもほどがある。

 

 恥ずかしい気持ちでいっぱいになっていると、タロさんはぼくの手を離した。

 

「……いいですよ。それぐらいは待ってあげます」

 

 わたしは先輩なので、と続けるタロさん。

 

「でも——女心と秋の空って言うでしょう? 夏が明けるまで待っていたら、気が変わっちゃうかもしれませんよ?」

「う……」

 

 ぼくが帰省したら1ヶ月近く会えないわけだし、そう言われると少し、いや、かなり揺らぐ。

 

「……そのときはタロさんの気持ちを優先して、涙を飲んで応援します」

「気持ちだけ受け取っておきますねー」

 

 ヴェーラくんのこと、待ってますから——そう言うと、タロさんはりんご飴を買いに行ってしまった。

 

「……覚悟、決めないとな」

 

 タロさんについてもそうだが、まずはネモとのことだ。

 パルデア地方に戻ればいつでも会えるけれど、帰省するのにわだかまりまでは持って帰りたくない。

 

 一度深呼吸すると、ぼくは前方を歩くネモのもとへ。

 

「ネモ——少しだけ付き合ってもらっていいかな」

 

 

 

 ***

 

 

 

 時間は取らせないからと言って、ネモを人気のない場所へ呼び出した。

 

「ごめん、話してる途中に抜け出してもらって」

「それは全然大丈夫だけど……」

 

 あのさ、と続けるネモ。

 

「ヴェーラって……その、タロのことが好きなんじゃなかったの……?」

 

 はて、そんな話を彼女にしただろうか。

 スグリもそうだったけれど、みんな知らないうちにぼくの気持ちを知っていて怖くなってしまう。

 ぼくってそんなにもわかりやすいのか……?

 

「うん、好きだけど?」

「え?」

 

 そもそもこいつはどうして今そんなことを訊いてきたんだ。

 あえて推測するなら、ぼくに告白されるものと勘違いしたのだろうけれど。

 状況が状況だ。誤解するのも無理はないし、ここは触れないでおこう。ややこしくなりそうだし。

 

「実は、ネモに謝りたいことがあって……」

「あ、あー! そういう話ね! うん、じゃんじゃん聞くよー!」

 

 謝罪を受けるテンションとは思えないが、まあいいだろう。

 

「——何も言わずに、ネモのことを置いていってごめんなさい」

 

 ぼくはネモに向きなおると、深々と頭を下げた。

 

「や、やめてよ……だってそれは、わたしのためにやってくれたこと、なんだよね? だったら別に——」

「ネモのためのつもりだったけど、でも、そうじゃなかったことに気づいたんだ」

 

 冗談で流していいことではないと思ったのだろう。

 ネモは背筋を伸ばすと、神妙な顔つきに変わった。

 

「本当は……ネモと一緒に居るのが、すごく辛くなってしまったんだ」

「そ、うなの?」

「うん……ネモのことは大切に想っているけれど、いくら頑張っても追いつかないことがコンプレックスで、それでぼくは……頑張ることが辛くなって、きみと一緒に居ることから逃げたんだ」

 

「ぼくが弱いせいで、ネモのことを傷つけてしまった……だから、本当にごめんなさい」

 

 そう言ってぼくはもう一度頭を下げる。

 

「……」

 

 ネモからのリアクションはない。

 いきなりこんなことを言われても困る、よな。

 仲良くしていた相手から「実は一緒に居たくなかった」なんて言われて気分がいいわけない。

 

 また、ぼくは独りよがりなことをしてしまっただろうか。

 

「——ぷっ、あはは!」

 

 ……と思いきや、何故か笑いはじめたネモ。

 

「ちょっと?」

「ご、ごめんね? でも、なんかさ……わたし、ヴェーラが居なくなった直後に夢を見たんだ」

 

 いわく、知らない場所でぼくと大喧嘩する夢だったのだとか。

 

「そのときと似たようなことをヴェーラが言うから、なんかおかしくなっちゃって」

 

 やはり、てらす池で見たネモは本当に過去のネモだったのだろうか。

 いや……まさか時空を超えて過去の人間と会えるなんて、そんなことはない、よな。

 

「夢のぼくは何か言ってた? 林間学校に行けとか、ペパーとボタンを気にかけろとか」

「えっ、うん……もしかしてヴェーラってエスパータイプ?」

「違う」

 

 自分で言うのもなんだが、どう見てもぼくはノーマルタイプだろう。

 

「……ねえ、やっぱりあれって、夢じゃなかったのかな」

「夢だろうね」

「でも、それにしては」

「夢だろうね」

「もうっ、どれだけ夢ってことにしたいのさー!!」

 

 そのときのことは過去のネモだけが知っていればいいのであって、現代のネモにまで知られてしまうのは少し、いやかなり困る。

 

「まあいいけど……でも、その夢を見たからヴェーラが居なくても頑張ろうって思えたんだ」

 

 だから、と続けるネモ。

 

「もう、いいの。夢の中ではヴェーラのことを許したから、だから、わたしはとっくにヴェーラのことを怒ってなんかいなかったよ」

 

 今になって思えば、初日に再会したネモは不思議なくらい毒気がなかった気がする。

 

 なんせ出会い頭にハグしてくるぐらいだからな。

 あのとき、てっきり殴られるぐらいはすると思っていたのだが。

 

 まあ、ペパーからは殴られかけたけれど。

 

「本当の気持ちを教えてくれてありがとう」

 

 そう言って微笑んだネモは、ぼくが知っている彼女よりずっと大人に見えて。

 何か言おうと思っても、言葉が出てこなくて、ただ、息を呑んだ。

 

「こんなこと、本当はよくないだろうけど……」

 

 そんなぼくに対し、ゆっくりと距離を縮めると、

 

「今までもこれからも、ずっと大好きだよ」

「な――」

 

 ぼくの頬に口づけて――それで、何も言わずに走り去ってしまった。

 

「……何なんだよ、これ」

 

 頬に手を当てて、独りごちる。

 

 ネモのことは、ずっと家族としてしか見てこなかった。

 それこそ妹のように思っていたから、女性としては意識したことがなくて。

 

 なのに——どうしてこんなにも、胸が高鳴ってしまうのか。

 

「最悪だ」

 

 ぼくの中にあるこの気持ちは、一体何なのだろう。

 

 恋慕か、親愛か、性欲か。

 きちんと名前をつけられるほど、ぼくはまだ大人ではないらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お話は終わりましたか?」

「うえっ!?」

 

 ネモと別れた後。

 しばらく放心していると、背後からタロさんに話しかけられた。

 

「タロさん……居たんですね」

「ごめんなさい、盗み聞きしていたわけではないんですよ? ただおふたりが話し終えるのを待っていただけなので」

 

 聞かれて困るようなことを話していたわけではないので問題はないが……

 いや、ネモにキスされたところを見られていたらさすがに困るかもしれない。非常に困る。

 

 内心冷や汗をかいていると、タロさんはくるりと回ってぼくに背を向けた。

 

「——そういえばわたし、ちょっとした目標ができまして」

 

 怒っている、のだろうか。

 その表情は窺い知れないけれど、言いようのない気迫を感じる。

 

「ブルーベリー学園に戻ったら、真剣にチャンピオンを目指してみようと思うんです」

 

 それはまた唐突な話だ。

 しかし——今までは真剣でなかったのにも関わらず2位につけていたのだから末恐ろしい。

 

 本気を出したタロさんであれば、あるいは。

 不動のチャンピオン(カキツバタ)を打ち倒し、本当に下剋上を成し遂げてしまうかもしれない。

 

()、ヴェーラくんにふさわしい素敵な女性になります」

 

「――だからずっと、目を離さないでいてくださいね?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「うぅ……まだ帰りたくないよー!」

 

 林間学校が終わり、それぞれの場所へ帰ることになった朝。

 最寄り駅までのバスを待っている最中、図体ばかり大きいお子さま……もといネモが盛大に駄々をこねていた。

 

 昨日の大人っぽい彼女は一体どこへ行ってしまったのやら。

 おかげで意識してしまうこともないし、助かると言えば助かるのだけれど。

 

「みんなとお別れしたくないし、もっともーっとバトルしたいー!」

「あんたまだバトルし足りないわけ……?」

 

 ゼイユは散々バトルに付き合わさせられていた分、ドン引きするのも無理はない。

 

「はいはい、ネモってるネモってる」

「帰ったらオレが相手してやるから機嫌直せよ、な?」

 

「ホント!? やったー!」

 

 さすがはネモの親友、彼女の扱い方を心得ているらしい。

 ただあまり甘やかしていると後で辛くなるのはこちらだ。経験してきたからこそわかるが、その先は地獄だぞ。

 

「そういえば、タロはどうしたんだべ?」

「彼女なら、家の用事ができたと言って早朝のうちに帰ってしまったよ」

 

 勝手に行動されると困るんだけどね、と続けるブライア先生。

 正直、この林間学校で一番好き勝手していたのは彼女のような気もするけれど、言うだけ無駄だろう。

 

「タロ……ちゃんとお別れしたかった」

「ね! でも、何も言わずに帰っちゃうぐらいなんだから、本当に急な用事があったんだと思うよ」

 

 ネモの言うとおりならいいのだが、タロさんのことが心配だ。

 昨日はどこか様子がおかしかったし、普段の彼女なら勝手に帰ったりしないはず。

 どれだけ急いでいたとしても、みんなに挨拶ぐらいはしていくことだろう。

 

「スグリとゼイユはブルーベリー学園に戻るんだっけ?」

 

「そうね。あたしはブライア先生についてかないといけないし」

「すまないね。大穴関係で進展があって、すぐに向かわないといけないんだ」

 

 ゼイユはブライア先生に師事しているため、研究の都合で戻らなければならないらしい。

 せっかく里帰りしてきたのにゆっくりできないからか、本人は見るからに不服そうだ。

 

「別にスグは残っててもいいのよ?」

「ううん、俺はポケモンっこさ鍛えたいから、ねーちゃんと一緒に戻るべ」

 

 スグリも後期からは四天王になるわけだからな。

 彼としても夏休みのうちに鍛えておきたいのだろう。

 あとは夏休みのうちにオーガポンを学園での暮らしへ慣らしておきたいとも語っていた。

 

「それで、あとのみんなはパルデア地方に帰るって感じだよね」

 

「うんっ! 帰ったらいーっぱいバトルしようね、ヴェーラ!」

「……お手柔らかに」

 

 またバトル漬けの日々が帰ってくるのかと考えると憂鬱だけれど、ネモには寂しい思いをさせてしまったからな。少しぐらい付き合ってもバチは当たらないだろう。

 

「あーあ、そういやオレは補習受けなきゃなんねえんだよなあ……」

「う……嫌なこと思い出さすなし」

 

 どうやらペパーとボタンさんは出席日数が足りないようで、夏休みにも関わらず学校へ行かなければならないらしい。

 ちなみにぼくは林間学校の前に補習を受けておいたため、すでに出席日数は確保済みだ。

 もっとも期末試験ではいくつか単位を落としてしまったわけで、決して喜んでいられるような状況ではないのだが。

 

「……あ! バスが見えたよ!」

 

 そうこうしているうちに、最寄り駅までのバスがやってきた。

 

「おっ、オレらの貸し切りちゃんじゃねえか!」

「ふぃー、涼しい……」

 

 他に乗客は居ないため、座席は選び放題だ。

 しかしみんなが我先にと一人席を占領してしまったので、ぼくは手近な二人席にかける。

 

「隣、失礼するわよ」

 

 するとどういうわけか、隣にゼイユがかけてきた。

 

「ぜ、ゼイユ? わざわざ詰めて座らなくても……」

「他の客もあとで乗ってくるんだから、バラバラになったら話しにくくなるじゃない」

 

 それは、たしかにそのとおりかもしれない。

 

「林間学校中はあんまり話せなかったし。別にいいでしょ?」

「まあ、そうですね」

 

 男女で分かれて行動することが多かったし、オモテ祭りではほとんどタロさんと一緒に居たため、たしかにゼイユとは話す機会が少なかった。

 とはいえ、その、こうも近いと緊張してしまうわけだが。

 

「……」

 

 視線を感じて、見ると、スグリがすごく嫌そうな顔でこちらを見ていた。

 気持ちはわかるけれど、その、ゴミを見るような目だけはやめてくれないだろうか。本当に怖いから。

 

『それでは発車いたします』

 

 バスが発車し、席の移動ができなくなってしまった。

 

 轟々とエンジン音が鳴る中、ゼイユはぼくの耳元に顔を近づける。

 

「――それでヴェーラ、あんたタロとは上手く行ったわけ?」

 

 ……なるほど、わざわざ隣に座ってきたのはそれが目的か。

 

 小声で訊いてきたゼイユに対し、ぼくも小声で返す。

 

「上手く行ってるとは思いますけど、まだ付き合いはしてませんよ」

「なんでよ、オモテ祭りなんか絶好の告白シチュエーションだったじゃない!」

「色々とありまして」

 

 ネモへの謝罪を優先したため、告白は夏休み明けまで延期したことを伝える。

 

「つまり、あんたはまだフリーってわけ」

「残念ながら」

「そ」

 

 いい気味だからって、そんな嬉しそうにしなくても。

 

「……ねえ、夏休みの間、さ……暇なときに電話かけてもいい?」

 

 そう言うゼイユの顔は、少し赤くなっていて。

 いつもはかっこいい彼女が、どうにも今は可愛く見えてしまった。

 

「いい、ですけど」

「決まりね」

 

 そう言うと、ゼイユは笑顔でぼくの脇腹を小突いた。

 

「もう、何なんですか……」

 

 

 

 ――ぼくって、もしかして本当にモテるようになってしまったのか……!?

 

 

 

 

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