タロと学園ラブコメするだけ   作:私利私欲

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「――というわけで、緊急会議を行います」

 

 次の日の放課後。

 会議室を借りて集まったぼくたちは、タロさんのことについて話し合うことにした。

 

 メンバーはリーグ部の首脳陣4人と、パルデア組の3人。

 ぼくが現時点で集められる最高戦力のみんなだ。

 ちなみにゼイユはブライア先生に同行していて、まだ学園に帰ってきていない。

 

「議題は『ぼくが1週間でタロさんを倒す方法』でお願いします」

 

 議題を言い終えた瞬間、すぐに手が挙がった。

 

「はいっ!」

「アカマツ」

 

 ぼくが当てると、アカマツは勢いよく立ち上がり、

 

「無理!」

 

 と、高らかに宣言した。

 

「無理じゃない」

「無理だって!」

「無理じゃない!」

「絶対無理だってば!」

「絶対無理じゃない!!」

「天地がひっくり返っても無理ーーーー!!」

 

 こいつ……ほのお使いのくせに水を差しやがって……!

 

「こんなこと言っちゃいけないのはわかってるけど、オレはタロ先輩に勝ってほしい!」

「ほー、そいつぁどうして?」

「だってヴェーラにタロ先輩とられて悔しいから!」

 

 公私混同もここまで来るといっそ清々しいな。

 告白して振られたアカマツには悪いけれど、タロさんが選んだことなのだから仕方がない。

 

「……ま、1週間でってのはちと無理があるだろうよぃ」

 

 興奮冷めやらぬアカマツをよそに、カキツバタがつぶやいた。

 

「でもそれ以上、タロさんが保つと思いますか?」

「過労、寝不足、ストレス、栄養失調……点滴は打ったものの、また近いうちに倒れてもおかしくない」

 

 ネリネさんの言うとおり、本当は1週間でも悠長なぐらいだ。

 

「1週間……んー、わたしはヴェーラならできると思うけどなあ」

「その心は?」

「だってパルデア地方のチャンピオン……じゃないけど、チャンピオンと同じくらい強いし!」

 

 ネモがそう言うと、会議室の空気が一瞬止まった。

 

「ああ、なんでもチャンピオンになり損ねたとかなんとか言ってたねぃ」

「な、なんだよそれ! ホントはめちゃくちゃ強いのに、弱いフリしてたってこと……!?」

「……納得。道理で異様に成長が早かったわけです」

 

 パルデア組はともかく、イッシュ組にはカキツバタ以外、このことを知らせていない。

 元々騒がしいアカマツは置いておくとして、ネリネさんは受け入れてくれたようだが――

 

「チャンピオン……?」

 

 ……スグリは怒る、よな。

 

 ぼくたちはライバルだ、とか、一緒にチャンピオンを目指そう、とか。

 そんなことを言っていたぼくが、実は弱いふりをしていたと知って腹が立たないわけがない。

 

「ヴェーラ……俺に、嘘、吐いてたのか……?」

「そう、だね」

 

 怒り、というよりかは悲しみだろうか。

 そんな表情を浮かべるスグリを前にして、ぼくは何も言えなくなってしまった。

 きっと何を言っても、彼を傷つけることになってしまうだろうから。

 

 ぼくたちの間に重たい空気が立ちこめる中――突然、スグリが手を叩いた。

 

「なーんてな!」

「……へ?」

 

 悲痛な表情から一転、満面の笑みを浮かべ、おどけてみせるスグリ。

 

 ……話が見えてこない。

 

「ヴェーラが強えってことはねーちゃんから聞いてたし、別に怒ってなんかねえべ?」

 

 となるとネモはタロさんのみならず、ゼイユにもぼくのことを話していたことになる。

 

 こうなると、ずっと秘密にしていたぼくが馬鹿みたいじゃないか……!

 

「……」

「……?」

 

 抗議の視線を向けると、ネモはにっこりと笑って返してきた。こいつも馬鹿だったか……

 

「本当に怒ってないのか……?」

「そりゃ、そんときはなんで言ってくれねえんだって思ったけど……うん、最終的には俺が勝つし、どうでもいい話だべな!」

 

 なんとも彼らしい言い分だ。

 ぼくと出会ったばかりのスグリが彼を見たら、きっと腰を抜かすことだろう。

 それぐらい、スグリは大きく成長した。

 

「そうか……いや、でもやっぱり申し訳ないよ」

 

 そう言ってスグリのもとまで移動すると、ぼくは彼に向かって頭を下げる。

 

「ごめん。色々と事情があって、ここではゼロからやり直したいと思っていたんだ。だから、腕に覚えがあることは誰にも知られたくなくて」

「う、うん……だから、怒ってないって言ってるべ?」

 

 それはわかっている。

 わかっているけれど、こうでもしないと気が済まないんだ。

 

「スグリ……本当にごめんなさい……おらっ!」

「わやーっ!?」

 

 ぼくはスグリに飛びつくと、そのまま揉みくちゃになって床を転げまわる。

 

「だからっ、抱きつくのやめろって、この――!!」

「ごめん!! ごめんよスグリ!! ぼくが間違ってたよ!!」

「だから怒ってないってばー!!」

 

 嫌がるスグリをよそに、ぼくは彼の頭をわしゃわしゃとかき回す。

 どうしてこんなことをするのかと問われれば、ぼくにとってはこれが最上級の愛情表現だからだ。

 別に、実力を隠せているつもりになっていたのが恥ずかしいから誤魔化したいとか、スグリに許してもらえて安心したとか、そんなことはまったくない。

 

「何やってんだし……」

「ず、ずるいぞオマエら! オレを除けものちゃんにしないでくれよー!」

 

 ――1分後、しびれを切らしたネリネさんが止めに入るまで、ぼくたちの”じゃれつく”合戦が止まることはなかった。

 

「――というわけで、緊急会議を再開します」

「よくもまあそんなぼっさぼさの髪で仕切ろうと思えたもんだねぃ」

 

 よくしゃべる歯磨き粉頭は無視するとして。

 

 ぼくはスマホロトムを取り出すと、みんなの中心へ移動させる。

 

「ぼくは強いので、強いポケモンをたくさん持っています」

「ヤな言い方だなー!」

 

 残念ながら事実なんだ、アカマツ。

 

「みなさんにはタロさんに対して有用なポケモンを見繕っていただきたい」

 

 ぼくのボックスには、パルデア地方で育てたたくさんのポケモンが入っている。

 ダブルバトルのプロである彼らに任せれば、何かいい戦術が思いつくかもしれない。

 

「へえ、どれどれ……?」

 

 なんだかんだぼくのポケモンが気になるのか、みんな輪になってぼくのスマホロトムを触りはじめた。

 

「うげ……みんな高レベルちゃんじゃねえか」

「いくらバトルが好きだからって、ちょっと引くかも……」

 

 誤解してほしくないのだが、ぼくは別にバトルが好きなわけではない。

 

「へ? みんなこんな感じじゃないんだ?」

 

 ネモ、普通はそんなにたくさんポケモンを捕まえたりしないんだぞ。

 ぼくはきみについていくためだけにこれだけのポケモンを育ててきたんだから、色々と反省してほしい。

 

「わ、何このポケモン! すっげーカッコいい!」

「そいつはソウブレイズ。ほのお・ゴーストタイプのポケモンだな」

「セルクルタウンへ行ったときに捕まえたカルボウだよね!」

 

 ちなみにわたしはグレンアルマにしたんだー! と得意げなネモ。

 

「こいつは……セグレイブ?」

「パルデア地方固有のドラゴンポケモンです。四天王のハッサク先生が使うぐらい強力なんですよ」

「へえ、ハッサクの旦那が」

 

 口ぶりからして、カキツバタとハッサク先生は知り合いなのだろうか。

 ドラゴン使いは家の繋がりが強いというし、面識があってもおかしくないな。

 

「……デカヌチャン」

「はがね・フェアリータイプのポケモンですね。見てのとおり巨大なハンマーを振り回せるほど力強いやつです」

「わやかわいい……タロが好きそうな感じがするべな!」

「同意。これこそかわいい、ですね」

 

 スグリの言うとおり、タロさんが居たら絶対に気に入っていたことだろう。

 

「じゃあこのポケモンは!?」

「ええと、そいつはたしか——」

 

 みんなぼくのポケモンが気になるようで、ボックス見学はかなり盛り上がった。

 

 

 

「あの……そろそろ話進めた方がいいんじゃない?」

 

 実家でアルバムでも見つけたんかい、とツッコミを入れるボタン。

 

 まったくもって正論なので、一度話を戻すことに。

 

「んん……それで、たしかタロさんは”トリックルーム”を主体にした戦い方をするとおっしゃってましたよね」

 

 ”トリックルーム”は速いポケモンが遅く、反対に遅いポケモンが速く動くことができるようになる技。

 通常とは反対の行動順となるため、臨機応変な対応を迫られることとなる。

 また鈍重なポケモンは優れた攻撃力を持っていることが多いため、それらが素早く動くようになるというだけで脅威だ。

 

「定石なら”ちょうはつ”を覚えたポケモンを入れるべきだよね!」

 

 ”ちょうはつ”は受けると攻撃技しか出せなくなる技。

 これを使えば変化技の”トリックルーム”を封じることができる。

 

「後はめちゃくちゃ遅えポケモンを入れとくのもありだねぃ」

 

 要するに相手の”トリックルーム”を利用し、より素早く動いてやろうという考え方だ。

 

「逆に、こちらから”トリックルーム”を仕掛けてしまうのもありかと」

 

 敵味方関係なく、”トリックルーム”は使用するごとに速さが反転する。

 これにより一方的に素早さを支配させないことができる。

 

「……ダメだ、みんなが何言ってんのかちっともわかんねえ」

「大丈夫、うちもあんまついてけてないから」

 

 みんなバトルに慣れているだけあって、すべて知っている前提で話してしまうところがある。

 あまり慣れていないペパーたちがついて行けないのも無理はない。

 

「……っし! そんじゃオレは簡単につまめるもん作ってくるぜ!」

「あ、ずるい! うちも逃げる!」

 

 そう言って会議室を出ていってしまうペパーとボタン。

 

 ……まあ、無理を言って参加してもらっているわけだし、別にいいか。

 

「お、オレも何か作ってこようかな!」

「きみは駄目だアカマツ」

「なんでだー!?」

 

 アカマツはアホだが、あのふたりよりはダブルバトルに詳しいし、腕が立つ。

 貴重なサンドバッグ……養分……いや戦力を逃がすわけにはいかない。

 

「――タロはフェアリー、エスパーあたりを中心に使ってくっから、そこを考慮して一度組んでみようぜぃ」

「パーティが完成したら、あとは実践あるのみだね!」

 

 なんとも頼もしい仲間たちだ。

 何の根拠もないけれど、この調子なら上手くいく気がしてきた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「う……」

 

 ……ひどい目覚めだ。

 

 頭は割れるように痛いし、身体も鉛のように重たい。

 最近はずっと不調が続いているけれど、ここまで辛いのは初めてかもしれない。

 

「……ヘイ、ロトム」

 

 スマホロトムを呼び出し、時刻を確認する。

 

 今日は登校日で、時刻は午後4時。

 どうやら遅刻どころではなく、無断欠席してしまったらしい。

 通知欄を確認すると、担任の先生やお友だちからのチャットが何件か入っている。

 

「昨日……どうやって帰ってきたんだっけ」

 

 テラリウムドームでネモさんに話しかけて、急に息ができなくなって――そこからの記憶がない。

 

 ()()倒れたのだとすれば、医務室で目覚めないとおかしい。

 腕には絆創膏が貼ってあるし、点滴を受けはしたのだろう。

 誰かに運んでもらったのか、自分の足で歩いてきたのか……ダメだ、何も考えられない。

 

「……」

 

 ベッドの上でぼんやりしていると、突然インターフォンが鳴った。

 

 先生、だろうか。

 本当は身体を起こすのも辛いけれど、失礼のないようにしなければ。

 

「はーい……」

 

 ゾンビのような足どりで移動し、すべての力を振りしぼって応答ボタンを押す。

 

『あの、ヴェーラです。お身体は大丈夫ですか?』

 

「……ヴェーラくん!?」

 

 なんで、なんで、なんで!?

 だって、彼はかたくなに私の部屋には来ようとしなかったし、今はちょっと、いやすっごく気まずい感じだし、絶対に来るわけがないのに……

 

『会いたくないならいいんです。ドアの前に食べ物を置いておきますので――』

「待って!」

 

 このチャンスを逃したら、次はいつ会えるかわからない。

 そう思うと、考えるより先にヴェーラくんを引き留めてしまっていた。

 

「わ、私……ヴェーラくんに会い、たい……です」

 

 多分、今の私はまったくかわいくない。

 髪やメイクは崩れているだろうし、シャワーも浴びていないし、部屋だって最近は散らかしっぱなしだし。

 

 それでも――ヴェーラくんに会いたい!

 

「っ、ヴェーラくん!」

「おっと」

 

 ドアを開けて、ヴェーラくんを視界に入れた瞬間――私は彼に抱き着いてしまっていた。

 

 久しぶりにかいだ、彼のにおい。

 なんだか懐かしくて、安心してしまって。

 すると何故か、急に涙が溢れてきてしまった。

 

「ぐすっ……ううぅ……」

「もう……世話が焼けるんですから」

 

 また写真を撮られたらどうするんですか――そう言いながら、ヴェーラくんは私を部屋の中に押し戻す。

 

「医務室に居ないと思ったら、やっぱり部屋に戻ってたんですね」

「……私、自分で抜け出してきたんですか?」

「おそらく」

 

 夢遊病、なのだろうか。

 たまに床やトイレで目覚めることがあったけれど、ここまで来ると自分が恐ろしい。

 

「ぼくが言える立場じゃないですけど、ちゃんと寝ないといけませんよ」

 

 そう言って差し出してくれたのは、ムンナの刺繍が入ったハンカチ。

 

「これ……」

「涙、拭いてください。まだ使ってませんから」

 

 そういうことを聞きたかったのではないけれど、ありがたく使わせてもらうとしよう。

 元々私が買ったハンカチだし、汚してしまってもさほど罪悪感はない。

 

「とりあえず色々と買ってきました。食べられるものがあればいいんですけど」

 

 コトン、コトンとレジ袋の中身をテーブルに並べていくヴェーラくん。

 栄養ゼリー、粉スープ、レトルトシチュー……すべて私でも食べられるような流動食ばかりだ。

 

 私が固形物を受けつけなくなってしまったことを、彼は把握してくれている。

 どうして……こんな私にも、彼は優しいのだろうか。

 私のことなんか、ひとつも好きじゃないはずなのに。

 

「っ、それ……」

「ああ……一応、ポテトポタージュの材料も用意してきました」

 

 ジャガイモ、タマネギ、バター、牛乳、生クリーム、コンソメ……何度も練習したから、それが何の材料かはすぐにわかった。

 

「いつかのお返しというか……時間がかかりますし、正直作るつもりはなかったんですけど――」

「そ、それが、いい! ……です」

 

 むしろ時間がかかってくれた方が嬉しい。

 だってそうすれば、少しでも長く一緒に居られるから。

 

「はあ……仕方ないですね」

 

 そんな卑しい考えを見透かしてか、そうでないのか。

 彼は一度息を吐くと、私を見て小さく笑った。

 

「キッチン、お借りしますよ」

 

 包丁とまな板を取り出すと、慣れた手つきで皮を剥きはじめるヴェーラくん。

 ここでピーラーを使わないのが、ちょっとかっこいい。

 

「……本当に練習してくれたんですね、お料理」

「だって、できないままだと悔しいじゃないですか」

 

 彼いわく、夏休みの間はお母さんからお料理を毎日教えてもらっていたらしい。

 私も同じことをしていたので、それがなんだかすごく嬉しい。

 

「ヴェーラくんの手料理……もっと早く食べたかったなあ」

「私が作ります! と言って聞かなかったのはタロさんでしょう?」

 

 それは、まったくもってそのとおりなんですけど。

 彼も何度か作ろうかと言ってくれていたのに、それをすべて断ってきたのは私だ。

 

「ほら、具合が悪いんだったらベッドで寝ててください」

「……はい」

 

 まだ時間がかかりますから、と続けるヴェーラくん。

 

 ……ヴェーラくんはやっぱり優しい人だ。

 私が部員集めに困っていると聞いて、自らイベントを開こうと企画してくれた。

 私のために2時間以上かけてハンカチを選んでくれた。

 初めてお料理をしたとき、彼はできないなりに私を助けようとしてくれた。

 それだけじゃなくて、彼は私にたくさん親切にしてくれた。

 

 でも――彼に嫌われてしまった私では、二度とその優しさを受けとることはないのだろう。

 こうして今、世話を焼いてくれているのも、きっと倒れた私を見て居た堪れなくなっただけ。

 

「――」

 

 私は枕に顔を押し当てて、静かに泣いた。

 

 

 

「――ほら、できましたよ」

 

 数十分後。

 ベッドで横になっている私のもとへ、彼がポテトポタージュを持ってきてくれた。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 身体を起こし、差し出されたマグカップを受けとる。

 すると、両手からじんわりと温かさが広がっていくのがわかった。

 

「……温かい」

「できたてですからね」

 

 そういうことではないのだけど、ちょっとだけ情緒が足りないところすら、今は愛しい。

 

「いただきます」

 

 冷めないうちに一口、含んでみる。

 

「お、美味しい……!」

 

 五臓六腑に染みわたるとはこのことを言うのだろう。

 今まで足りていなかった()()が満たされていくような気がして、また涙が溢れそうになってしまう。

 思えば、食べ物を美味しいと感じたのはいつぶりだろうか。

 まだ1週間も経っていないはずなのに、遠い昔のように感じてしまう。

 

「これ、美味しいよヴェーラくん!」

「よかった」

 

 ()()()の髪を――耳のあたりを梳かすように撫でて、微笑むヴェーラくん。

 

「な、何?」

「いや……昔、母さんにこうしてもらったことを思い出したんです。タロさんが愛おしくなって、つい」

 

 それはつまり、わたしを子どものように思ったということだろうか。

 

 ……意外に悪くない、かも。

 いつの間にかヴェーラくんは背が伸びて、大人っぽい顔をするようになって――本当に素敵な男の子になってしまって。

 

 だから、子ども扱いされても自然に受け入れてしまうわたしが居た。

 わがままを言って彼を困らせているわたしは、本当に子どもみたいなものだから。

 

「……かえりたい」

 

 だから、だろうか。

 無性に家が恋しくなって、不意にそんな言葉が漏れてしまった。

 

「何か言いましたか?」

「っ、なんでもないです!」

 

 すぐ近くにヴェーラくんが居たことを思い出して、慌てて取りつくろう。

 

 ……どうして帰りたいだなんて思ってしまったのだろう。

 実家はそう遠くないし、休みの日にはよく帰っているというのに。

 

 まるでわたしではない、他の誰かが言ったかのような――

 

「……ふっ」

 

 そんなわたしがおかしかったのか、ヴェーラくんは小さく笑みをこぼした。

 

「な、なんで笑うんですか」

「いえ、やっぱりタロさんは可愛いな、と」

「かわっ――!?」

 

 この人は本当に……!

 

「い、いきなりそういうことを言うのは、よくないと思います!」

「じゃあいつだったらいいんですか?」

「それは……もっとしかるべきタイミングと言いますか」

「なら、ぼくは間違っていませんね」

 

 どこが! どこがしかるべきタイミングなんですか! それは間違ってますよヴェーラくん!

 

 わたしの心の叫びが届いたのか、ヴェーラくんは目を伏せた。

 

「……タロさんに謝りたいことがあります」

「なんですか?」

 

 心当たりはたくさんあるけれど、今ここで何を謝ろうというのだろうか。

 

「ぼくは今――また、タロさんのことが好きになってしまいました」

 

 ぼくは今、また、タロさんのことが……

 

「な、なな、何なんですか!? 急に!? 好き!?」

「はい。一目惚れです」

 

 一目惚れだなんて、彼はわたしをからかっているのだろうか。

 

 だって、今のわたしはすっごくかわいくない。

 髪はボサボサで、メイクなんか鏡を見るのも怖いぐらいで、わがままだし、お世話されちゃってるし。

 それに……みんなにはたくさん迷惑をかけている。

 

「わたしなんか……好きになっちゃダメですよ」

()()()()()()じゃありません。タロさんだから好きになったんです」

 

 そう言ってくれるのは嬉しい。嬉しいけれど――

 

「……でもヴェーラくんは、()のことを拒絶しました」

「そうですね」

 

 ……急激に心が冷えこんでいくのを感じる。

 

 そうだ。結局のところ彼は、私のすべてを受け入れてくれるわけではないのだ。

 私のかわいい部分だけを見て、その気になっているだけ。

 それでは他の男の子たちと何も変わらない。

 

 ひとりでに落ちこんでいく私をよそに、ヴェーラくんは話を続けようとする。

 

「あのイケイケなタロさんは、今でも好きじゃないです」

「……」

「むしろ嫌いまであります」

「そこまで言うことなくないですか……!?」

 

 その上、こうして暴言まで吐いてくるのだから最悪だ。

 いくら本音だったとしても、そこまで言うのはひどいと思う。

 

「そもそもこんな短期間で、タロさんのすべてを受け入れられるわけないじゃないですか」

 

 たしかにそのとおりだ。

 私たちはまだ出会ってから4ヶ月ほどしか経っていないわけで。

 それで私のすべてを理解してほしいだなんて、高望みをしすぎたのかもしれない。

 

 だけど、私は――

 

「私は、ヴェーラくんのすべてを受け入れますよ」

「だったら、イケイケタロさんが苦手なぼくも受け入れてください」

 

 ……ヴェーラくんはすごく意地悪だ。

 

 ぼくのすべてを受け入れられないのなら、ぼくもあなたのすべては受け入れられません、とでも言いたいのだろう。

 まったく腹立たしいことこの上ないが、そこまで言うのなら仕方がない。

 

「いいですよ。ヴェーラくんがどれだけ私を嫌いになろうと、憎もうと、私はあなたをずっと好きなままで居てみせます」

 

「……では、その覚悟を試させていただきます」

 

 は、覚悟を試す……?

 

 ヴェーラくんは私の正面にひざまずくと、私の両手をマグカップごと包みこんだ。

 

「実を言うと――ぼくたちは今、タロさんを倒すために画策中でして」

 

 それはなんとなくわかっていた。

 ネモさん……を呼んだのは私だけど、ペパーくんにボタンさんまで巻きこんで、彼が何かしようとしているのは知っている。

 

「ぼくはタロさんが憎くて仕方がないので、みんなの力を借りてチャンピオンから引きずり降ろそうとしています。ひどい話ですよね」

「ええ……ふふっ、本当にひどい話ですよ」

「嫌いになってしまいましたか?」

「まさか!」

 

 みんなして私を倒そうとするなんて、随分と嫌われてしまったものだ。

 

 でも――そうまでして私のために頑張ってくれているのが、すごく嬉しい。

 

「ですから、お願いがあります」

「お願い?」

「1週間後——ブルベリーグでぼくと戦ってほしい」

 

 それはつまり、たった1週間で四天王をすべて倒すということ。

 その上できっと、彼はチャンピオンの私をも超えようとしている。

 たしかに彼は強いのだろうけど、いくらなんでも急な話だ。

 

「私をからかっているんですか?」

「いいえ、()はいたって本気だ」

 

 ええ、そうでしょうね。

 その目を、どこまでも真っすぐなその目を見れば嫌でもわかってしまいます。

 

 七色の光を放つ――テラスタルの結晶のような、すごく綺麗なその瞳。

 

 どんな手を使ってでも、私が手に入れたい……!

 

「その勝負、お受けします」

「本当にいいんですね? 負けてしまえば、いくらタロさんでも無傷では居られない」

 

 それは、そうだろう。

 私がこうして偉そうにしていられるのも、結局はチャンピオンという権力があるから。

 それが失われたとき、私には何が待っているのだろう。

 侮蔑か、失望か、はたまた嘲笑か。

 私は、みんなからどんな風に見られてしまうのだろう。

 

 ――怖い。

 

 怖いけれど、彼が選んだことなら、それでいい。

 

「私はあなたに()()()を捧げると誓いました。あなたと戦って、負けたのであれば、どんな結果になっても文句は言いません」

 

 あなたがその目で見つめてくれているなら、何でもいい。

 たとえ殺されることになったとしても、最期まで私を見ていてくれるのなら本望だ。

 

「では――僕が勝った暁には、タロさんをありのままで居られるようにします」

「あなたにそれができるんですか?」

「はい。幾分か痛みを伴うでしょうけれど、我慢してくださいね」

 

 生憎、痛みにはもう慣れてしまった。

 それだけで自由になれるのだとしたら、安い。

 

「ヴェーラくんのこと、待ってますから」

「必ずやお迎えに上がります」

 

 

 

 

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