タロと学園ラブコメするだけ 作:私利私欲
1週間後。
エントランス前のバトルコートにて。
「――まさか本当に駆け上がってくるとは思いませんでしたよ、ヴェーラくん」
僕とタロさんは、大観衆に見守られながら向かい合っていた。
「約束どおり、お迎えに上がりました」
「ふふっ、本当に待ちくたびれてしまいましたよ」
「お待たせしてしまったことについては、謝罪します」
「構いません。会えない時間が愛を育むと言うでしょう?」
「なら、どれだけ実ったかはふたりで確かめましょう」
懐からモンスターボールを取り出し、構える。
不安はない。
緊張もしない。
絶対に勝てる――そう思えるだけの努力をしてきたから、怖くない。
「ヴェーラー!! 絶対に勝ってくれよなー!!」
「絶対負けんじゃないわよー!!」
「タロ先輩がんばれー!! ……ついでにヴェーラもがんばれー!!」
「どうか、ご武運を」
「よっ、未来のチャンピオーン!!」
「え、えっと、とにかくファイトー!」
「全部終わったらみんなでメシにしようなー!!」
「ヴェーラもー!! タロもー!! どっちもがんばれー!!」
そして何より、背後にはたくさんの仲間たちが居る。
だから負けない。
みんなで駆け抜けてきた、宝物のような時間があるから、負けない。
「それでは――戦闘開始!」
「ゆけっ! ハッサム! キラフロル!」
「お願いします、ニンフィア! オーロンゲ!」
バトルコートに4匹のポケモンが出そろう。
(相性は悪くない。情報とは少し違ったけれど、やりたいことは想像がつく)
どちらも役割がわかりやすいポケモンたちだ。
ニンフィアが遠距離アタッカーで、オーロンゲはサポート役。
オーロンゲはまず変化技を選ぶだろうし、ニンフィアの攻撃なら一撃は耐える。
よって初手は自由に動くことができるはず。
「ハッサムは”つるぎのまい”、キラフロルは”ステルスロック”」
「ニンフィアは”ハイパーボイス”! オーロンゲ、”リフレクター”です!」
想定内の動きだ。
オーロンゲが物理ダメージを減らす”リフレクター”を使ったということは、どうやらハッサムを警戒してのことらしい。
しかしこちらは”つるぎのまい”で攻撃力を強化している。さほど問題はない。
「ふぃああああ!!」
こちらのポケモン2匹に対し、ニンフィアが”ハイパーボイス”を放つ。
おそらく特性によってフェアリータイプへ変化しているのだろうが、そのおかげでダメージは軽微に済んだ。
「……少し読み違えましたか」
「ぼくが一枚上手でしたね」
「ヴェーラくんは傾向が読めなくて困ってしまいます」
四天王戦では、毎回ポケモンや戦法を変えながら戦ってきた。
今回も、例えばキラフロルは初めて使ったし、こちらの行動が読めなくても無理はない。
なんせ手札の多さが僕の強みだ。
反対にタロさんはフェアリータイプを得意とする
であれば、そこを突かない道理はない。
「キラフロル、”ヘドロウェーブ”」
”ヘドロウェーブ”は威力の高い広範囲の特殊技。
本来は味方をも巻きこんでしまう技だが、ハッサムははがねタイプなので”ヘドロウェーブ”が効かない。
つまりこの盤面においては、ノーリスクで撃つことができる。
「っ、オーロンゲ! ”ひかりのかべ”!」
タロさんは咄嗟に”ひかりのかべ”を展開するが――そうするであろうことは事前にわかっていた。
「ハッサム、”かわらわり”」
「っ!」
”ひかりのかべ”に”リフレクター”。
本来ならばどんな攻撃をも軽減する城壁の完成だが、”かわらわり”がそれらを打ち砕く。
そう、全部わかっているのだ。
タロさんがどんな人間で、どんな性格で、どんな手段を用いるか。
僕たちの持てる叡智を結集して解析しつくしたのだから、負けるわけがない。
「伝わっていますか――僕の、僕たちの覚悟が」
「ええ、ええ! 痛いほどに!」
***
「――いいなあ」
観客席からふたりのバトルを眺めていると、不意にそんな言葉がこぼれた。
「ネモりかけてる?」
「うーん、それもあるんだけどさ」
たしかにわたしだって、こんな大舞台で、あんな熱いバトルをしてみたい。
でも、そうじゃなくて、わたしが言いたいのは――
「タロが羨ましいなーって思ってさ」
ふと、この1週間のことを思い出す。
寝食も忘れて、たまに授業をサボったりして、夜中までバトルしていたら先生に怒られたりもして。
それでもみんな、タロをなんとかしようと必死だった。
羨ましいだなんて思うものではないかもしれないけれど、わたしだって――そうまでして倒そうとしてくれる相手が欲しかった。
……という話をすると、ペパーが心底呆れた顔でわたしを見てきた。
「オマエは本当に……どんだけ欲しがりちゃんなんだよ?」
「う……それはそうなんだけどさ!」
だからこれは、単にわがままなのだろう。
ヴェーラはわたしのために、本当にたくさんの時間を、人生をかけてくれた。
ただその対象がタロに移り変わっただけで――それがちょっと、いや、すっごく面白くない!
わたしだって本当は、こんなにも彼のことを――
「……ずるいずるいずるいー!!」
「ネモが壊れた」
「叩いたら直ったりしねえか?」
この親友たち、ちょっとひどくない!?
でもそうやって気兼ねなく接してくれるのが大好きだったりするのは、ここだけの話だ。
「うう……タロがんばれー!! あなたのことはわたしが倒しに行くからさー!!」
「あ、完全にネモった」
だって、このバトルに勝ったらヴェーラはきっと――
「……ま、このバトル……ヴェーラが負けるわけないんよね」
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、ボタンがつぶやいた。
「は? それどういうことだよ」
「タロは手を抜いてる。……わざとか無意識かはわからん、けど」
そう、なのだろうか?
傍目には熱いバトルを繰り広げているように見えるけど……
「まず初手にニンフィアを選んだのが舐めプ」
「なんで!? ニンフィア強いじゃん!」
「それはそう」
そ、そうだよね、ボタンもニンフィア使ってるもんね。知らないわけないか!
「記録を見るかぎり、夏休みが明けてからタロはほとんど手持ちを変えてこなかった……多分、あんま慣れてないポケモン使うの苦手なんやと思う」
本来のタロは、かわいいと思ったポケモンをゆっくり時間をかけて育てるタイプなのだろう。
あの子が使っているのは全部ネストボールだし、きっとレベルが低いときから手間暇かけて育ててきたはず。
そうやって時間をかけてポケモンと向き合ってきたからこそ、あの子は本気で戦うことができていた。
「それが一度も使ったことないニンフィアを、しかもこんな大一番で選出してくるのは、どう考えても舐めプ。弱点を補完できてるわけでもないし」
あとうちと目合ったし、と続けるボタン。
ふたりはブイズの可愛さで意気投合していたし、ニンフィアを選んだのはボタンに向けたタロなりのサービスなのかもしれない。
……だとすれば、本当に手を抜いているということになってしまうわけだが。
「なるほど……さすがボタン、頭いいな!」
「一応、データキャラやってるんで」
タロの情報を解析、データとしてまとめたのはボタンだ。
ヴェーラが戦いを有利に進められているのも、実はこの子のおかげだったりする。
「結局”トリックルーム”はほとんど使ってないし、からめ手のひとつもない……ヴェーラが抑えこんでるって線もあるけど、明らかに精彩を欠いた戦い方。想定よりも具合悪い?」
いや、でも――ボタンが続ける。
「……やっぱ、本当はタロの方がずっと強いかも」
ボタンの言うとおり、タロが本調子ではなかったとして、だ。
最初はヴェーラが優勢に見えたこの試合――いつの間にか
「ほら、出てきた――最後の舐めプポケモン」
ヴェーラのマスカーニャに対し、タロが繰り出したのは――
***
「ふふっ……私、追い詰められてしまいましたね」
「……」
状況はお互いに残り1匹ずつ。
こちらは無傷のマスカーニャと、タロさんは今から繰り出すところだ。
「……
だとすれば、僕は本当に悪いことをした。
こちらは本気で挑んでいるというのに、
「そのモンスターボール、中はブリムオンじゃないですよね」
「さあ、どうでしょう」
タロさんは夏休み明けからずっとブリムオンを切り札にしてきた。
バトルを楽しむことを捨てた彼女が、かつてのパートナー――ドリュウズの代わりに入れるのもよくわかるぐらいには強力なポケモンだ。
だからこそ、今の彼女はそれを使おうとしないはず。
「わかりますよ。タロさんが本気じゃないってことぐらい」
「私が手加減しているとでも?」
「そうでなければ、こんな
このバトルは調整されている――気づくのにそう時間は要らなかった。
「……認めます。たしかに私は盤面を整えることを優先してきました」
「本気で努力してきた僕に対して、ひどい侮辱ですね」
こんなことなら、いっそ叩きのめされた方がよかった。
「ごめんなさい。でも、そうまでして伝えたい想いがあったんです」
そう言ってタロさんがモンスターボールを投げると――
「――ガラル地方では、好きな人にカジッチュを渡すと恋が成就するという言い伝えがあるとか」
パルデア地方においても有名な話だ。
ぼくもテレビか何かで目にしたことはある、が、
「カジッチュにしては、随分大きいですね」
「ええ。想いを込めすぎたせいか、すっごく立派に実ってしまいました」
りんごオロチポケモン『カミツオロチ』。
……その体高、なんと
「ふふっ」
「あはは」
正念場もいいところなのに、タロさんの言った冗談がおかしくて、つい笑みがこぼれてしまった。
「楽しいですね」
「ええ、本当に」
たしかに感じる、胸の高鳴り。
これが何なのかはわからないけれど、名前をつけるのは野暮だと思った。
多分、色んな気持ちがないまぜになって、良いも、悪いも、全部が血潮となって身体を巡っているだろうから。
今はただ、この高揚に身を任せていたい。
「どちらが告白するか、一騎打ちで決めましょう」
「望むところです!」
ブルーベリー学園に戻ってから、ぼくが告白する。
林間学校で交わした約束を違えるつもりはない。
「「テラスタル!!」」
テラスタルオーブを掲げると、たちまちバトルコートがまばゆい光に包まれていく。
マスカーニャは、宝石の花束を。
カミツオロチは、宝石のハートを。
それぞれの愛のカタチをまとい、最後の戦いがはじまった。
「マスカーニャ、”トリックフラワー”!」
「にゃっ!!」
マスカーニャが手を振ると、不可視の花爆弾がカミツオロチのもとへ飛んでいく。
「全方位に向けて”きまぐレーザー”です!」
「「「「「ツォロロロロー!!」」」」」
見えないなら強引に撃ち落としてしまえばいい、というわけか。
カミツオロチはリンゴから5つの頭を出すと、四方八方に向かって光線を放った。
そのうちの1本が運良く花爆弾に命中したようで、”トリックフラワー”は不発に終わる。
「みんな協力してくれるなんて、運がいいですね!」
「たくさんの愛を込めて育てましたので!」
カミツオロチを構成する『オロチュ』はきまぐれな性格で、毎回全員で攻撃してくれるとはかぎらない。
しかし、もし全員攻撃が毎回放たれるとしたら……あまり考えたくはないな。
「マスカーニャ、”つじぎり”連打だ!」
速さではこちらに分がある。
勢いよく駆け出すと、マスカーニャはオロチュたちを目にも留まらぬスピードで切り裂きはじめた。
「「「「オロロッ!?」」」」
斬撃に怯んだのか、りんごの中に潜ってしまうオロチュたち。
ただ司令塔のオロチュだけは逃げられないようで、マスカーニャの攻撃を必死に耐え忍んでいる。
このまま押し切れれば――そんな風に考えていると、突然タロさんが口を開いた。
「カミツオロチ、一歩前へ」
「ッ、ロアアッ!!」
タロさんの指示で、カミツオロチはずうっと前進する。
彼女は一体何を――僕が意図が理解できたころには、マスカーニャが大量の
「にゃ、にゃあっ!?」
「あまり暴れると痛みますよ」
……やられた。
マスカーニャは全身を毛で覆われており、それが粘度の高いミツに絡まってしまえば当然、ものすごく痛い。
人間で言えば髪の毛を引っ張られているようなものであり、このままでは満足に動くこともできないだろう。
くっついてしまったのは腹部から下半身にかけて。
幸い両腕は動かせるようだが、大振りの攻撃はできない、か。
「えげつないことをしますね」
この後、水を嫌がるマスカーニャにシャワーしてやる手間を考えると、本当にえげつない。
「私、この勝負だけは絶対に負けられないんです。……嫌いになってしまいましたか?」
「まさか!」
そうまでして告白したいと思ってもらえているのだから、むしろ嬉しいぐらいだ。
「ごめんねマスカーニャ……カミツオロチ、”きまぐレーザー”です!」
「「「「「ツォロロロロ……!!」」」」」
逃げ出したはずのオロチュが全員顔を出し、マスカーニャに向かって光線のチャージを開始する。
――こんなにも大きい隙を用意してくれるなんて、本当に嬉しいですよタロさん。
「マスカーニャ! 一番偉そうなオロチュに抱き着くんだ!」
「にゃあっ!?」
お前は何を言っているんだ――そんな顔をしつつも、司令塔オロチュの首元へ腕を回し、カミツオロチに密着するマスカーニャ。
これで彼は二度と離れられなくなったが、問題はない。
「「「「「オオッ!?」」」」」
まさか自分の体に”きまぐレーザー”を放つわけにもいかず、オロチュたちは攻撃を停止する。
「カミツオロチ!?」
「マスカーニャ! ”トリックフラワー”!」
「にゃっ!!」
”トリックフラワー”は遠隔制御の花爆弾を使い、狙ったところへ必ず当てることができる技。
身動きがとれなかろうが、どんな体勢だろうが、マスカーニャには関係のないことだ。
「にゃっ!! にゃっ!! にゃっ!! にゃああああああああっ!!」
「「「「「オ”オ”オ”オ”ッ!?」」」」」
爆発、爆発、爆発。
両者身動きが取れない中で、マスカーニャの”トリックフラワー”が何度も炸裂する。
「これでおあいこですね、タロさん!」
僕だって、この勝負だけは絶対に負けられないのだ。
「――カミツオロチ、戦闘不能! 勝者、ヴェーラ選手!」
「「「「うおおおおおおおお!!」」」」
バトルコートに響きわたる大歓声。
それを背に受けながら、僕はマスカーニャをモンスターボールへ戻す。
勝ったことに安心はすれど、喜びはない。
勝利は前提であって、本当に大事なのはこの後だからだ。
「ふう……」
一度深呼吸すると、ぼくは呆然と立ち尽くすタロさんのもとへ。
「さ、迎えにきましたよタロさん」
「……」
……返事がない。
「タロさん?」
「……」
目は開いているし、立ってもいる。
意識はあるはずなのに……焦点がどこにも合っていない。
「ちょっと、一体どうし――」
タロさんの肩に手を伸ばすと――コトンと音を立てて、ダウンジャケットの内側からモンスターボールが転げ落ちた。
「何だ……?」
モンスターボールは開いていて、中には何も入っていない。
カミツオロチのものではないのだろう。彼女の手にはすでにボールが握られている。
だとしたら、これは一体――
「――ヴェーラッ!!」
突然、横腹に強い衝撃を受けて、勢いよく転んでしまう。
見ると、僕を突き飛ばしたのは観客席に居たはずのスグリだった。
「ごほっ、けほっ……す、スグリ?」
「今すぐ逃げるべ!!」
逃げると言われても、一体何から――
ペタッ。
「……何、これ」
ペタッ。
ペタペタッ。
「モチ……?」
どこからか降ってきたそれは多分、モチという名前の食べ物だ。
キタカミの里で口にした覚えがあるけれど、でも、何故こんなところに――
「――モモワーイ!!」
ポケモンの鳴き声。
見ると、そこには空から大量のモチをまき散らすポケモンが。
「「「「キビキビーッ!!」」」」
……それと、奇声を上げながら奇妙なダンスを踊る生徒たちも。
「もしかして僕、夢見てる?」
「残念ながら現実だべ!」
スグリは僕の腕を強引に引き上げると、そのまま校舎とは反対側の通路へ。
「はあっ、はあっ……み、みんなは!? タロさんは!?」
「みんなは……もう……」
振り返ると――
「キビキビカワイーッ!」
ああ……そんな、タロさんが……わけのわからないダンスを……さすがに可愛くないですよそれは……
「キビキビ。キビキビ」
ネリネさんまで……なんてキビキビとした動きなんだ……
「キビキビッ! ツヨビッ! ヨワビッ!」
「きびきびぃ……だりぃ……」
まあ、アカマツとカキツバタは大体いつもあんな感じか……
「みんな俺たちを追ってきてる!! 逃げるべ!!」
「逃げるったってどこに!?」
「校舎……は他の生徒が居るし、学園の外……はもっと大変なことになるべな……」
万事休す――僕たちが絶望しかかっていると、突然スグリのモンスターボールが強く揺れ出した。
「わやっ!? どうしたんだオーガポン!?」
「ぽにおーっ!!」
ひとりでにモンスターボールから飛び出したオーガポン。
彼女は”ツタこんぼう”を取り出すと、バトルコートの中心――謎のポケモンのもとへ勢いよく駆けだした。
「モモワーイ!!」
「がおぼうっ!!」
碧の仮面を被りテラスタルしたオーガポンは、謎のポケモンと激しい戦闘を繰り広げはじめる。
しかしそれをよしとしなかったのか、周囲の生徒たち――キビキビしている――は次々とポケモンを繰り出しはじめた。
「……
「まさかあそこに居る全員と戦うつもり?」
「時間稼ぎぐらいにはなるべ」
あのポケモンがパニックの元凶だとすれば、ひとまずそれを絶つことからはじめるべきだろう。
オーガポンがその役割を担ってくれている今、ぼくたちがすべきは時間稼ぎ、か。
「行こう、スグリ!」
「うん!」
手持ちは回復できていないけれど、ボックスにはたくさんの仲間が控えている。
僕は大量のモンスターボールを引き出すと、バトルコートへ向かって走りだした。