タロと学園ラブコメするだけ 作:私利私欲
ぼくとスグリ、そしてタロさんは、カキツバタに連れられて『テラリウムドーム』——野生ポケモンが生息する環境を人工的に再現した施設——にやってきた。
「うう……相変わらず堪える寒さですね」
「へへっ、だから誰も居なくてサボりやすいんだなあこれが」
寒帯気候を再現した『ポーラエリア』はかなり気温が低く、防寒具なしでは厳しいものがある。
たまにポケモンを捕まえにくるだけならまだしも、毎日ここで過ごそうと思う生徒はまず居ないだろう。
ちなみにぼくとスグリは冬服に着替えてきた。
タロさんは暖かそうなカーディガンを羽織っているので問題ないだろう。
カキツバタは……どうして半袖ジャージのまま来てしまったのか、これがわからない。
「カキツバタ、あなた死にたいんですか……?」
「いんやあ、何回も来るうちに身体が慣れちまってよう」
寒さに強いドラゴン使いとはこれいかに。
馬鹿は風邪を引かないという言葉が浮かんだが、さすがに失礼すぎるので胸の内へ留めておく。
「ほら着いたぜぃ! 年中貸切のポーラスクエア!」
そう言ってカキツバタが指した先には、見事に無人のバトルコートが。
「わやじゃ……おれ、こんなとこで戦うの初めて……!」
LEDブロックで組み上げられ、ぼんやりと発光するバトルコート。
普段授業でバトルするときは、一回り小さい体育館のコートを使用する。
それに比べると、ここは広大な地形に囲まれているからか随分立派に見えるので、スグリがはしゃぐ気持ちもわからなくはない。
「さーて、風邪引いちまう前にさっさとはじめようぜぃ」
一番風邪を引きそうな格好をしている人がそれを言うのか……?
カキツバタは審判台へ上がると、ぼくたちに位置へつくよう促す。
「ヴェーラくん! スグリくん! どっちも頑張ってくださーい!」
バトルコートの端に立ったところで、こちらに手を振ってくれるタロさんが見えた。
一礼して返すと、懐からふたつのモンスターボールを取りだす。
……駄目だ、タロさんに見られていると思うと緊張してきた。
「——ヴェーラ!!」
緊張でカッチカチになっているぼくを、スグリの声が現実へ引き戻す。
「そ、その……おれ、絶対負けねえから!!」
彼の目は、まるで宝石のようなきらめきを湛えていて。
それがすごくまぶしくて、ぼくは、思わず目を伏せてしまった。
――ああ、
「ぼくだって負けたくないよ」
目をつむり、ゆっくりと深呼吸する。
「いい勝負にしよう、スグリ!」
「うん!」
ぼくたちが構えたのを確認すると、カキツバタは右腕を高く上げた。
「――そいじゃ、試合開始!」
「ゆけっ! ニャオハ! パモ!」
「お願い! オタチ! ヤンヤンマ!」
大きなバトルコートに、進化前の小さなポケモンたちが出そろう。
「か、かわいい……!」
悶えるタロさんの声が気になるけれど、今はバトルに集中しなければ。
「ヤンヤンマ、”エアカッター”!」
――スグリとは何度か戦ってきたが、最初に動くのはいつもヤンヤンマだ。
「”スピードスター”で迎え撃てニャオハ!」
両者から放たれた技がぶつかり合い、相殺されていく。
「くっ、いつの間にか対策してたんだな!」
「範囲攻撃の強さはよく味わってきたからね」
”エアカッター”は広範囲を攻撃できるひこう技。
でんきタイプのパモなら耐えられるが、くさタイプのニャオハにはこうかばつぐんとなり、高い確率で倒されてしまう。
初手でこれを撃ってくることはわかっていたため、なんとしてでも打ち消す必要があった。
そのために用意してきたのが"スピードスター"。
これは範囲攻撃かつ追尾性能もあるため、相手の攻撃を打ち消すにはうってつけの技と言える。
最初の壁を乗り越えたら、今度はこちらの番だ。
「パモ! ヤンヤンマに向かって“でんじは”!」
「っ、しまった!?」
パモの“でんじは”によりヤンヤンマはまひ状態となり、上手く動けなくなってしまう。
ヤンヤンマはその素早さと機動力が長所。
なので早々にまひさせてしまえば、ヤンヤンマは機能不全に陥る。
「……ヴェーラ、強くなってる」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
もっとも、
正直、今のスグリはさほど強くない。
現にブルベリーグでは最下層に位置しているわけで、そのことを疑う者は居ないだろう。
——なら、1ヶ月後のスグリは?
そう問われると、ぼくは答えに窮してしまう。
何故ならスグリにはポケモンバトルの才能があるからだ。
戦うたびに学び、成長し、強くなっていく。
それはこの1ヶ月、彼と戦ってきたからこそ痛感している。
一方で、彼は成長する機会に恵まれてこなかった。
聞くところによると、授業では必要最低限のバトルしかしてこなかったのだとか。
最近はぼくとしか戦っていないようだし、それではいつまで経っても経験を積むことができない。
だからぼくは、タロさんからリーグ部へ誘われたとき、スグリも入部するよう強いた。
こうしてバトルすることになったのは予想外だったけれど、彼の才能が先輩方の目に留まるのであれば好都合。
スグリという原石はたくさんのバトルによって磨かれ、ひときわ美しく輝きはじめることだろう。
だから――ぼくはここで、彼の全力を引き出さなければならない。
勝ち負けは関係ない。
ただぼくは、ぼくにできることをやるだけだ。
そうでなければ、
「でも、おれだって……オタチ! ”ハイパーボイス”!」
ほら、天才はまた想定を超えてきたぞ――
「っ、みんな“まもる”――」
ぼくは耳を塞ぎながら、2匹に向かってとっさに指示を出す。
ニャオハは防御が間に合ったけれど、パモが”ハイパーボイス”によって吹き飛ばされてしまう。
「ぱ、ぱもぉ……!」
なんとか持ちこたえたものの、パモは耐えてあと一撃といったところか。
「えげつない技を使うね」
「にへへ……こっそり
どうやらスグリは購買部に売っているわざマシンを利用したようだ。
”ハイパーボイス”も範囲攻撃であり、しかも威力がかなり高い。
不可視の音で攻撃するため避けるのが難しく、非常に厄介な技だ。
(ヤンヤンマは機能停止しているし、脅威は”ハイパーボイス”を持っているオタチだけ……なら、)
避けられないなら、最初から発動させなければいい。
「パモは”てだすけ”! ニャオハはオタチに向かって”タネばくだん”!」
技の威力を上げる”てだすけ”を受けたニャオハは、オタチへ向かって弾かれたかのように駆けていく。
「にゃぁあああ――っ!?」
「——やあああんっ!!」
オタチに”タネばくだん”を食らわせようとするニャオハであったが――その途中でヤンヤンマが割りこんできた。
(くそ、やっぱり速いな……)
ヤンヤンマの特性は”かそく”。
時間が経つにつれてスピードが上がっていくため、まひ状態でも素早く動くことができたというわけか。
「おたっ!」
「やあん……!」
ヤンヤンマに”タネばくだん”がヒットし、大きな爆発が起こる。
しかし背後のオタチまではダメージが届かなかったようだ。
そして威力が高い技とはいえ、ヤンヤンマにはこうかいまひとつ。
結果として、スグリのポケモンは両者軽傷で済んだように見える。
(こうなったらパモでヤンヤンマを倒してから――)
そんなことを考えていると、スグリが先に動いた。
「――ごめんヤンヤンマ! オタチ、”ハイパーボイス”!」
「なっ」
ヤンヤンマをも巻きこんで”ハイパーボイス”を放ち——味方もろごと吹き飛ばすスグリ。
至近距離で食らったニャオハは大ダメージを受け、すでにダメージを負っていたヤンヤンマとパモは同時に倒れてしまった。
「パモ、ヤンヤンマ、ともに戦闘不能! ……ひゅー、おっかねえ」
これで状況は1対1。
しかしニャオハがダメージを受けている分、こちらが劣勢だ。
「スグリらしくないやり方だ」
「わかってる!! でも……絶対に負けたくない!!」
どうやらスグリは相当頭に血がのぼっているらしい。
理由があるとすれば、
先輩から認められたい——その気持ちがスグリを勝利へ突き動かしているように見える。
そうは言っても、まさか味方ごと攻撃するとは驚いた。
あまり褒められない手段だが、たしかな結果をもたらしたのは事実。
「これだから天才は」
しかし、今こそぼくは冷静になるべきだ。
優勢にあるときほど、人間の意識には隙が生まれてしまう。
逆転の機があるとすれば、そこを狙うしかない。
「オタチ!! ”ハイパーボイス”!!」
おそらくスグリは威力の高い”ハイパーボイス”を連打してくることだろう。
当然だ。わざわざ素早いニャオハに接近戦を挑むのは無謀だし、遠隔で攻撃できるならそうするに越したことはない。
であれば、そこがスグリに生まれた隙。
考えろ――あの”ハイパーボイス”を超えてオタチに攻撃する方法を。
(——
「”でんこうせっか”だ、ニャオハ!!」
オタチが”ハイパーボイス”のために大きく息を吸った――その隙にニャオハは、目にも留まらぬスピードでオタチの腹部に突撃する。
「お”――っ!?」
「オタチっ!?」
人間で言うところのみぞおちに衝撃を受けたオタチは、声を出すこともままならず”ハイパーボイス”は不発に終わった。
どんなポケモンにも急所はある。
技を放つ瞬間であれば、そこを突くのは難しくない。
「ニャオハ、”タネばくだん”!!」
オタチに比べると、ニャオハは何倍も素早い。
すぐに体勢を持ちなおし、そのまま”タネばくだん”を放つ。
「にゃっ!!」
瞬間、バトルコートに吹き荒れる爆風。
煙が晴れると、最後まで立っていたのはニャオハであった。
「――オタチ、戦闘不能! 勝者、ヴェーラ!」
静かになったポーラスクエアに、カキツバタの声が響きわたる。
「ま、……負けた」
バトルコートの向こう側で、力なくうなだれるスグリ。
そんな彼を横目で見ながら、ぼくはニャオハをモンスターボールへ戻した。
「危ないところだった」
今までの勝率は五分五分。
お互いに秘策を用意していた以上、勝負はどちらに転んでもおかしくなかった。
それでも勝てた理由があるとすれば――タロさんに格好つけたかったから、だろうか。
……余計なことを言った。
「ふたりともお疲れさん! 手に汗握るいいバトルだったぜぃ」
「思わず見入ってしまいました……おふたりって本当にバトル初心者なんですか?」
手を叩きながら、口々に褒めてくれる先輩方。
彼らからすれば児戯にも等しいバトルだったはずだけれど、賞賛してもらえるのは嬉しい。
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「いや、マジに今のバトルはよかったと思うぜぃ?」
「そうですね、おふたりの才能を感じさせるいい勝負でした!」
才能、か。
ぼくはともかく、スグリの才能を見出してもらえたようでよかった。
そのために全力を尽くしたのだ、これでやっと一息吐くことができる。
「よかったねスグリ」
「にへへ……うん、わやうれしいべ」
「はわ……」
タロさん……今、きゅんってしましたよね?
いくらスグリが可愛いからってそんな……ちょっ、ずるいぞスグリ! ぼくだってタロさんから可愛いと思われたい!
「むぃ」
ぼくは口先をコアルヒーのようにすぼめると、なるべく体を小さくし、タロさんを上目遣いで見つめる。
「……もきゅきゅ! ぽっきゅんもテラうれしいめろぉ!」
「おーい、タロのせいでヴェーラが壊れちまったんですけどー?」
「大丈夫ですかヴェーラくん……?」
あの、せめて笑うとか、馬鹿にするとかしていただけませんでしょうか。
そんな真っすぐに心配されると逆に辛いです。
「狂ったヴェーラは置いとくとして……入部試験は合格! これでふたりはリーグ部の一員だぜぃ!」
そういえばこれは入部試験なのだったか。
はなから落とすつもりはないと言われていたし、まったく気にしていなかった。
そもそも先にタロさんが入部を認めてくれていたわけで、カキツバタに拒否されようがどうでもいい話だ。
部長? チャンピオン? 知らない役職ですね……
「もうすぐ部活動の時間も終わりますし、詳しい話はまた明日にしましょうか!」
――この日から、ぼくたちの青春がはじまった。