タロと学園ラブコメするだけ 作:私利私欲
結果から言うと、パニックは無事治めることができた。
僕たちが時間を稼ぐ中、オーガポンがあのポケモン――仮称『モモワロウ』を討ちとることに成功。
すると生徒たちの洗脳が解け、万事解決となるはずだったのだが――
「おーおー、誰や思たらチャンピオンのなり損ないやんけ!」
「お久しぶりですね、ヴェーラさん?」
……どうして『オモダカさん』と『チリちゃん』がここに居るのでしょうか。
一応説明しておくと、オモダカさんがパルデアリーグのトップチャンピオンで、チリちゃんが四天王のひとりだ。
ちなみに何故チリちゃん呼びなのかと言うと、本人からそう呼ぶよう強制されたからであって、決して親しいからというわけではない。
「近いうちにパルデアの大穴に関する調査をすることとなりまして、そのための人材をスカウトしにまいりました」
「そしたらなんや学園がえらいことなっとるし、ほんま勘弁してほしいわぁ」
ただの出張や聞いてたんやけどなあ、と愚痴を吐くチリちゃん。
実のところ、モモワロウに洗脳された生徒たちと戦っていたのは僕とスグリだけではなかった。
オモダカさんとチリちゃんもそうだし、他の生徒や教師陣、果てはシアノ先生まで出張ってきたのだから驚いた。
おかげで話は大事となってしまい、僕たちはつい先ほどまで事情聴取が行われていたというわけだ。
ちなみにシアノ先生のジャローダによって捕縛されたモモワロウは、学園の研究施設にて解析がなされると聞いている。
……で、その帰り際、オモダカさんたちに捕まってしまったのだ。
ここは教室棟のエレベーターホール。
他の生徒たちも通るため、彼女たちと居るとかなり目立ってしまう。
「あの……」
「何でしょう?」
僕は一度深呼吸すると、オモダカさんに頭を下げた。
「その節は、試験の最終盤で降参を選ぶなどという愚行を働いてしまい、大変申し訳ございませんでした!」
ポケモンリーグ最終試験、オモダカさんとのバトルにて。
彼女をあとキラフロルのみというところまで追い詰めた僕は、
それがいかにトレーナーを侮辱する行為だったか、今の僕になら身に染みてわかる。
体調を崩していて仕方がなかった側面もあるとはいえ、やはりきちんと謝っておきたい。
「面を上げてください、ヴェーラさん」
「できません!」
「……や、話進まんから言うこと聞いてくれる?」
そう言うとチリちゃんは僕の顎をぐいっと上げ――ヒエッ顔がいい。
「ふふっ、いい顔をするようになりました」
「ど、どこがですか」
「ま、あんときの死にそうなヴェーラに比べたらええ顔しとるわなぁ」
おそらくポケモンリーグへ挑戦したときのことを言っているのだろう。
あのときはストレス全開、食欲不振に体調不良で本当にボロボロだったからな……
「率直に申し上げますと、別に私は怒ってなどいませんよ」
「いや、めちゃくちゃ拗ねてましたやん」
「チリ」
鋭い眼光でにらまれ、思わず背筋が伸びるチリちゃんと、ついでに僕。
「むしろ、私はあなたのことを強く心配していました。ブルーベリー学園へ転入すると聞いたときには、学校運営に至らぬ部分があったのではないかと自身を責めたものです」
「あ、アカデミーはすごくいいところだと思いますよ。本当に!」
「そう言っていただけると救われます」
転校することになったのは僕の至らなさが原因であって、少なくともアカデミーには罪がない。
「そんなヴェーラさんが、今やこうしてブルベリーグチャンピオンとなったのですから。私はあなたの成長を祝福していますよ」
「……見ていらしたんですか?」
「特等席からな!」
どうやら彼女たちが居た校長室からは、エントランス前のバトルコートが見えるようになっているらしい。
パニックの際にすぐ駆けつけられたのは、おそらくそれが理由なのだろう。
「――ヴェーラさん、パルデア地方へ戻る気はありませんか?」
ひとまず許してもらえたことに安心していると、突然オモダカさんが切り出した。
「あなたの事情はクラベルさんからお伺いしています。林間学校にてあなたと仲直りすることができたと、チャンピオンネモも仰っていました」
であれば、ブルーベリー学園にこだわる理由は――そうオモダカさんが言い終える前に、突然、誰かが僕の腕を掴んだ。
「――ヴェーラくんは、誰にも渡しません!!」
「おやおや」
「なんや、えらい可愛らしい子が来たなぁ」
言うまでもなく、それはタロさんであった。
「タロさん? 寝てなくて大丈夫なんですか」
「大丈夫です!」
モモワロウの洗脳が解けたあとは、医務室で寝かしつけられていたはずなのだが。
まあ、本人が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
以前に比べれば、血色も随分よくなったように見える。
「タロさん――先ほどは素晴らしいバトルをお見せしていただきました」
「えっ? は、はい」
「つきましては、あなたもパルデア地方へご招待したいと考えています。いかがでしょう、ともにポケモンリーグで働きませんか?」
「……もしかして私、スカウトされちゃってます?」
オモダカさんは才能を見つけ次第スカウトしてしまうマシーンだからな。
特にチャンピオンまで昇りつめたタロさんのことは喉から手が出るほど欲しいはず。
「トップ、いくらなんでも節操無さすぎちゃう?」
「失礼。素晴らしい才能を目の当たりにすると、歯止めが利かなくなってしまいまして」
チリちゃんが止めてくれたからよかったものの、オモダカさんの目がマジすぎて危ないところだった。
「あの、お気持ちはすっごく嬉しいです。将来的にはお世話になるかもしれません」
「前向きにご検討いただき、感謝します」
「でも……今はヴェーラくんとここで、同じ時間を過ごしたい、です!」
ぎゅっ、と僕の腕を強く抱きしめるタロさん。
以前のようにドギマギすることはないけれど、どこか胸に暖かいものが広がっていくのを感じる。
「かーッ! あかんわトップ! アツアツすぎてチリちゃん見てられへん!」
「ふふ……無粋なことを言ってしまったようですね」
僕たちに背を向けると、オモダカさんはエレベーターのボタンを押した。
「今しがたお伝えしたことはすべて本心……ポケモンリーグはおふたりをいつでも歓迎いたします」
そしてエレベーターに乗りこみ、上層階へ向かっていったオモダカさん。
いつ見てもクールな人だ……
「――って、ちょいちょーい! チリちゃん置いてかれたんやけど!?」
「チリちゃんがぼさっとしてるのが悪い」
「自分、遠慮あらへんなあ!?」
カッカッカッカッと高速でボタンを押すと、オモダカさんを追ってチリちゃんもエレベーターに乗りこんだ。
「じゃあなヴェーラ!
「は?」
考えうるかぎり最悪の”すてゼリフ”を残していくチリちゃん。
いや、チリカス。
「今度は……?」
「いや、あの、僕は誓って誰とも付き合ったことがないわけでして、その、アホのチリちゃんは多分、ネモのことを誤解しているのかと……」
わたわたと身振り手振りで伝えようとするぼくがおかしかったのか、ぷっ、とタロさんは小さく噴き出した。
「ふふっ、それぐらいわかってますよ」
本当にわかってくれているのだろうか。こうも物分かりがいいと不安になってくる。
「ところで、ヴェーラくんは私に何か言うことがあるんじゃないですか?」
そう言うと、タロさんは僕の正面へ。
キビキビパニックのせいでうやむやになっていたが、そういえばそうだった。
いや、でも――
「……ここで?」
「今なら誰も居ませんよ」
いや、こっちを覗いてる人たちが少なくとも
「……どうしても、ここで?」
「はいっ!」
ギャラリーのことは気になるけれど、そんな笑顔を向けられては断れない。
僕は右手を差し出すと、深く頭を下げる。
「――僕と付き合ってください、タロさん」
「私でよければ、喜んで!」
***
タロさんと付き合い始めてから1週間。
幸せな学園生活が待っているかと思いきや、まったくもってそんなことはなかった。
「これってどうすればいいんだっけ……あれ、そういえばあの書類、今日が期限だったような……?」
どうやらリーグ部の事務作業はタロさんがほとんどを担っていたらしい。
彼女がチャンピオンを降りることとなった途端、そのすべてが
「うーいがんばれーい現在のチャンピオーン」
「そうやって見てるぐらいなら手伝ってくださいよ」
「だってオイラなんもわかんねえんだもーん」
元チャンピオンのくせにカキツバタは役に立たず。
ネリネさんは受験勉強で追われているようだし、タロさんは自宅で療養中だ。
「う、うーん……文字ばっか見てたら頭痛くなってきたー!」
「まだ30分しか経ってないべ……アカマツ、そんなんで勉強できてんのか?」
「ずっと集中できてるスグリがおかしいんだってば!」
四天王であるスグリとアカマツ――アカマツは都落ちする予定――にも手伝ってもらっているが、彼らも事務作業に慣れているわけではないため、進捗は悪い。
「――そいやあ、知り合いの研究員サンからいいもんもらってきたぜぃ?」
するとカキツバタが少しくしゃっとなった紙束をこちらに放り投げてきた。
「何ですか人が忙しいとき、に……」
『仮称モモワロウについての分析結果』
その題名が見えた瞬間、僕はすべてを放りだして、紙束を手にとった。
パラパラとめくり、手早く内容を確認する。
「……スグリ、モモワロウはタロさんから出てきたように見えたって言ってたよね」
「え、うん。よく見えなかったけど、それ以外には考えられないべ?」
モモワロウが姿を現したとき、近くには僕とタロさんしか居なかった。
つまりあいつは、ずっとタロさんに寄生していたということか。
――モモワロウには他者をコントロールする能力がある。
他にも生態については色々と書かれていたが、僕はその一点に注目した。
「『タロはモモワロウによって洗脳され、普段よりも攻撃的な行動をとるようになっていた』――汚名返上の筋書きとしちゃ十分だねぃ?」
実際のところはどうなのか、モモワロウにしかわからない。
けれど多くの人間がモモワロウの能力――謎のキビキビダンス――を目撃している以上、それを信じざるをえないだろう。
「カキツバタ……たまには役に立つじゃないですか」
「たまに、は余計だろぃ」
でも、これならタロさんも学校へ復帰しやすくなるかもしれない……!
***
モモワロウの報告書を学園の掲示板に載せた――もちろん学園には許可を得た――ところ、大きな反響があった。
『こんなやべーポケモンが学園に紛れこんでたってマ?』『パニックホラーじゃん』『タロちゃんがあんな感じになってたのってもしかして……?』『くさりもち、美味かったキビ』『キビキビー!』
こちらが何も言わずとも、タロさんとの関連性を疑う声がちらほら見られた。
元より彼女が品行方正な生徒だったというのもあって、ポケモンに洗脳されていたという意見を信じる者は多いのだろう。
この調子なら、彼女を否定するような意見はすぐに見られなくなるかもしれない。
「――というわけで、学校に行きませんか?」
「嫌です!」
ここはライモンシティ。
その一等地にある、タロさんの実家にて。
「と言っても、もう1週間は経つわけですし。随分と元気そうじゃないですか」
彼女が自宅療養をはじめてからというものの、僕は毎日顔を出すようにしていた。
お母様からは生温かい目を向けられるし、
「いい加減タロさんが来てくれないと、僕も寂しいですよ」
「う……で、でも……」
カフェオレの入ったマグカップで口元を隠し、どこか恥ずかしげなタロさん。
「あ、あんなに格好つけといて、すぐにチャンピオンを降りるとかみっともなさすぎます!!」
「だから言ったでしょう、幾分か痛みを伴うと」
「こんなに痛いとは思ってなかったんです!」
バチバチにイメチェンして。
僕のことが好きだと言ってみんなの前でいちゃついて見せて。
気に入らないからとゼイユを退部させて。
挙げ句の果てにチャンピオンを降りることになって。
「まあ、僕だったら転校しているでしょうね」
「うう……そういうの、本当によくないと思います……」
指先でばってんマークを作ると、タロさんは力なく首を横に振った。
「……というかヴェーラくん、わたしをありのままで居られるようにするって言ってくれましたよね」
「はい」
「じゃあすぐにでもやってくださいよ! 今! ここで!」
「そう言われましても」
あれは別に、僕が何か働きかけるという意味で言ったわけではなかったのだが。
「僕に負けて盛大に恥をかけば、あとは何をしたって誤差みたいなものでしょう? だから今、タロさんは実質的に自由の身となっているわけです」
もう十二分に恥をかいているのだから、たとえ授業中にお腹が鳴ったり、よだれを垂らしながら昼寝をしていたとしても、誰も気に留めることはない。
「な、何ですかそれ! 詐欺じゃないですか! そんなのずるいですよヴェーラくん!」
――あなたと戦って、負けたのであれば、どんな結果になっても文句は言いません。
などと言っていた割には、文句の多いお嬢様だ。
「……こうなったら、いっそ本当に転校してしまいましょうか」
「タロさん?」
「そうですよ、今度は私がパルデア地方に行けばいいんです!」
……何やら面倒なことを言い出したぞ。
「ヴェーラくんの生まれ故郷を見てみたいとも思っていましたし、ちょうどいい機会ですね!」
「はあ」
パルデア地方に来てくれるのは嬉しいけれど、転校となると話が変わってくる。
「あなたは彼氏を置いて転校するつもりですか?」
「もちろん、ヴェーラくんも一緒に来てもらいますよ!」
やっぱりそうなりますよね。
「嫌です。オモダカさんの言うとおりになるのは本当に嫌です」
「いいじゃないですか! 私と一緒にパルデアリーグで働きましょうよ!」
どうしてすでに就職する前提なのか、これがわからない。
だってあそこは、はたから見てもブラック企業だ。
ポケモンリーグで働くなら、イッシュ地方で就職した方がよほどいいだろう。
「……折衷案があります」
「聞きましょう」
「パルデア地方には交換留学で行くということで、ここはひとつ」
これなら単位も確保しつつ、2週間程度で済ませることができる。
「……仕方ないですね。まずはお試しということで手を打ちましょう」
お試しとは言うけれど、残念ながら本番はない。僕が実現させない。
「せっかくですし、スグリくんとゼイユさんも誘いませんか?」
「……いいんですか?」
ええ、と当然のように答えるタロさん。
「おふたりには悪いことをしましたから。きちんと謝った上でお誘いしようかと」
許してもらえるかはわかりませんけどね、と続けるタロさん。
「それができるなら復学ぐらいわけないでしょう?」
「嫌です!」
そう言ってすごくいい笑顔を浮かべるタロさん。
タロさんが元のタロさんに戻ってから、随分とわがままを言われるようになった。
でも、僕はそれでいい……というか、それがいいと思っている。
こうして素直にものを言えるようになることこそが、きっと彼女の求める自由へ繋がっているからだ。
「なら、ひとつだけ約束してください」
「なんですか?」
「この先ずっと、自分に素直で居ること。……我慢のしすぎで爆発されるのは二度と勘弁ですから」
僕がじっと見つめると、タロさんはゆっくりと頷いた。
「なら、素直になった私からもひとつお願いがあります」
「何でしょう」
「これからはお互いを呼び捨てにしませんか?」
それくらい、お安いご用だ。
「タロ」
「ヴェーラ」
――しばしの沈黙。
「もう少しだけさん付けでもいいですか?」
「そ、そうですね。違和感がすごいですし」
「今しかできない呼び方ですからね」
「たしかに! 結婚して、子どもができたらパパ呼びになったりとか……して……」
――ふたたびの沈黙。
「……や、やっぱり今からでもブルーベリー学園へ行きましょうか!」
「そうですね……交換留学の話もありますし、リーグ部のみんなもタロさんが来るのを待ち望んでいますよ」
「は、はは、みんなと会えるのが楽しみですねー!」
制服に着替えてきますっ! と言ってドタバタと自室に駆けていくタロさん。
「……変なタロさん」
彼女についてわからないことはたくさんあるし、すべてを受け入れられたわけでもない。
それでもゆっくりと向き合い続ければ、やがては見えてくるものもあるだろう。
そのための時間――未来を与えられたことを、僕は心から感謝している。
「――じゃーん! どうですかこのコート! かわいいでしょう?」
家の外で待っていると、タロさんは新しく買ったというロングコートをお披露目してくれた。
「大人っぽくていいですね。すごく綺麗です」
「ブブーッ! 私は今、私がかわいいかどうかの話をしています!」
そうなると僕は可愛いとしか言いようがなくなってしまうわけだが。
「……タロさん、可愛いです」
「ふふっ、ありがとうございますっ!」
ひらりと一回転するタロさんを見て、僕はあることに気づく。
「そういえば……ヘアクリップ、エメラルドのものに戻したんですね」
「あ、そうなんです」
自宅では何もつけていなかったので、変化に気づけなかった。
「あのテラスタル結晶……人体にはあんまりよくなかったみたいでして」
「でしょうね」
ヤーコンさんの会社で改めて検査したところ、すぐに着用を止めるよう怒られたのだとか。
「やっぱりパパからもらった
「それ、ヤーコンさんに直接言ってあげてください」
「言ったら私でも見たことないような顔してました!」
それは……一体どんな顔だったのか気になりすぎるな。
「それじゃ、行きましょうか!」
「そうですね」
ぼくたちは手をつなぐと、ブルーベリー学園へ向かって歩きだした。
これにて「タロと学園ラブコメするだけ」は完結となります。
至らぬところはたくさんあったと思いますが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!