タロと学園ラブコメするだけ 作:私利私欲
次の日、放課後。
終礼が終わった途端、ぼくとスグリは勢いよく教室を飛び出した。
「先に部室さついた方が勝ちな!」
「ちょっ、ずるいぞスグリ!」
スグリは随分とご機嫌なようで、生徒であふれる廊下を軽やかに駆けていく。
「あははっ、早くしねえとヴェーラんこと追いてっちまうべ!」
よほど部活に行けることが嬉しいのだろう。
半ば強引にリーグ部へ誘ってしまったぼくとしては、彼が楽しそうで一安心なのだが――
「——校則違反を確認」
「ぐえっ!?」
ほら見たことか。
ぼくの数メートル先を走っていたスグリ――その首根っこを、通りすがりの生徒会長が捕まえた。
「廊下を走るのは、危険」
「あ、う……ごめんなさい……」
先ほどまでの元気はどこへやら。
首根っこを掴まれたまま肩を落とすスグリは、さながらいたずらをして怒られるニャビーのよう。
助けに行ってやりたいところだけれど、こうなったのは彼の自業自得なので、しばらく静観しておくことにする。
「見たところ新入生のようですが……クラスと名前は?」
「え、えっと、1-4の……スグリ、です」
「スグリ……?」
どうやら生徒会長もスグリという名前には覚えがあるらしい。
「……なるほど、ゼイユの令弟でしたか」
しばしのローディングを経て、彼女は得心がいったように頷いた。
「ね、ねーちゃんのこと、知ってる……ですか?」
「ネリネの友人なので」
スグリから手を離すと、生徒会長——『ネリネ』さんは頭を下げた。
「謝罪。咄嗟のこととはいえ、首根を掴んでしまい申し訳ありませんでした」
「そ、それは……おれが悪かったし」
「はい。今回は見逃しますが……次は、反省文」
懐中時計を取り出し、確認すると、さっさと歩き去ってしまうネリネさん。
「怒られちゃったな」
「うぅ……ちょっと浮かれすぎてたべ……」
見るからに反省しているようだし、これ以上ぼくから言うことはない。
スグリの肩を叩くと、ぼくたちは部室に向かって歩きはじめた。
「それで――今日から本格的に活動することになるけれど、自信のほどは?」
「あ、あるわけねえべ?」
たしかに、自信満々なスグリはちょっと想像できない。
「でも……ヴェーラに負けっぱなしは嫌だし、おれ、けっぱる!」
昨日、ぼくに負けたのがよほど悔しかったようで、スグリは闘志をメラメラとたぎらせている。
生徒会長に怒られてモチベーションを落としていたら、と心配していたが、この様子だと問題なさそうだ。
「――ねえ、ちょっと」
「ぐえっ」
部室のドアが見えてきたところで、突然背後から首根っこを掴まれる。
……なんだかデジャヴだ。
「ね、ねーちゃん!?」
「姉ちゃん……?」
振りかえろうと体をひねったところで、拘束から解放される。
崩れた制服を整えながら見ると、そこには長身の女子生徒がひとり。
「……」
彼女こそがスグリの実姉である『ゼイユ』さん、なのだろうが……
「本当にスグリのお姉さん?」
「それどういう意味だべ!?」
だってスグリのお姉さんと言われたら、大人しくて可愛らしい女性をみんな想像するはずだ。
しかし、実際はいかにも気が強そうだし、切れ長の美人だし、そこらの男子よりも背が高い。
それに比べると——
「……スグリは小さいな」
「ヴェーラには言われたくないべ!」
ぼくとスグリは今のところ、大体同じ身長だ。
しかし彼も成長すれば、お姉さんのようなイケメンになってしまうのだろうか。
うう……ぼくを置いていかないでくれスグリ……
「……」
というか、どうしてゼイユさんはずっと無言でぼくをにらみつけてくるんだ……?
「な、何かご用ですか」
「……」
ゼイユさんは目を合わせたまま、どんどんぼくと距離を縮めてくる。
見知らぬ相手、しかも女子を押しのけるわけにもいかず――そのまま壁際まで追い詰められてしまった。
「あ、あの?」
「……あんた、スグリとはどんな関係?」
やっと口を開いたと思いきや、なんてことのない質問。
「友だち、ですけど」
「ふーん?」
上から下まで、品定めでもするかのように見てくるゼイユさん。
ひとしきりチェックできて満足したのか、小さく頷いた。
「スグリの友だちにふさわしい情けなさ加減ね」
「なんて失礼な」
まだ初対面だというのに、何を言うのだこの人は。
ひそかに抗議の視線を送ってみるも、意に介する様子はない。
「スグ、あんた友だちができたならすぐ言いなさいよ」
「べ、別にそんな義務、ないべ?」
「あるわよ。あんたが知らないだけ」
スグリの肩を持つわけではないけれど、ぼくもそんな義務はないと思う。
傲岸不遜なゼイユニズムに呆れていると、再度ぼくへ矢印が向いた。
「やっとスグリがリーグ部に入ったと思ったら……そう、あんたがそそのかしたってわけね」
スグリが入部したことを知っているのは、現時点でカキツバタかタロさんぐらいのものだろう。
そのどちらかから話を聞いて、こうして足を運んできたというわけか。
「いけませんでしたか?」
「そんなことないわよ。友だちになってくれたことも含めて、むしろ感謝してるわ」
色々ありがとね、と言って微笑むゼイユさん。
……顔が熱くなってきた。
「やぁだ、あたしが美人すぎて照れちゃった?」
「そ、そんなことはないです、けど?」
「恥ずかしがることないわよ、だってあたしが綺麗すぎるのが悪いんだもの」
彼女が美人なのは否定しようもないが、自分で言われると認めたくなくなってしまう。
見た目は大人っぽく見えるけれど、中身は意外に子どもっぽいところもあるようだ。
「あたしゼイユ。あんたは?」
「ヴェーラ、です」
「そ。あたしは忙しいからあんまり顔出さないけど、リーグ部の先輩として歓迎するわヴェーラ」
「あ、ありがとうございます」
たしかゼイユさんは3年生だったか。
就職や進学の準備で忙しいだろうに、わざわざこうして顔を出すのだから、本当はスグリのことをかなり心配していたのだろう。
そういう部分を表に出していけば、彼も素直に受け入れてくれるだろうが――
「あたしに黙って入部したのは気に食わないけど、ついでにスグのことも歓迎するわ」
「……どうも」
……この調子では難しそうだ。
「せっかくだし、ちょっと中で話聞かせなさいよ」
ぼくたちを部員として認めてくれたからか、ゼイユさんは部室の中へ入るよう促した。
テーブルはすでに満席となっていたため、そこらの空きスペースで立ち話をすることに。
「それで、あんたたちはどこのエリアで活動するわけ?」
「エリア……活動?」
「何よ、あんたたち何も聞いてないわけ?」
そう言われても、詳しい話は今日するとタロさんに言われているのだから仕方がない。
「はあ……仕方ないからあたしが説明したげる」
ゼイユさんいわく――
リーグ部の活動は、主にテラリウムドームで行われることとなっている。
ドーム内は4つのエリアに別れていて、好きな活動場所を選ぶことができるのだとか。
現在、コ
ちなみに残りのサ
「わかった?」
「懇切丁寧にご説明いただき、感謝いたします」
わかればいいのよ、と言って機嫌をよくするゼイユさん。
しかし――活動場所を選ぶ必要があるのか。
一応、ぼくは考えていることがあるので、まずはスグリの希望を訊いてみるべきだろう。
「スグリはどこがいい?」
「う、うーん……どこがいいって言われてもな……」
「ちょっと、そんなの最初から一択に決まってるでしょ?」
ゼイユさんはスマホロトムを取り出し、マップアプリを開くと、
「あんたたちが活動するのはここ!! キャニオンエリア!! わかった!?」
画面が割れんばかりの勢いでキャニオンエリアを突き刺……タップしはじめたゼイユさん。
『ろ、ロトッ!?』
スマホロトムが嫌がっているのでやめてあげてほしい。
「説明を要求します」
「まずあたしが居るでしょ? それでネリネが監督してくれてるんだから、ここ以外にする理由がないじゃない!」
めちゃくちゃな説明だが、スグリにとっては悪くないチョイスだ。
肉親のゼイユさんに、生徒会長のネリネさん――このふたりが居れば、彼も安心して活動することができるだろう。
「……いいかも」
「でしょ? だからあんたは何も考えずにキャニオンエリアにしときなさい」
「うん」
どうやらスグリはキャニオンエリアに決めたようだ。
――すると突然、ぼくたちの背後に現れる気配。
「ネリネはあなたを歓迎します、スグリ」
「わやっ!?」
「びっくりした……」
「あら、ネリネじゃない」
心臓が止まりかけたぼくたちに対し、涼しい顔をしているゼイユさん。
そういえばネリネさんとは友人関係にあるそうだが……あまり関係ないか。
「失礼。先ほどから近くに居たのですが、話の腰を折っては悪いと思い、気配を消していました」
配慮ができているのやら、そうでないのやら。
当の本人はメガネをくいっと上げて、どこか得意げにしている。
「ふふっ、面白い女でしょ? こんなのでも生徒会長なのよ」
「ゼイユの言うとおり、ネリネは生徒会長も務めております」
こんなのでもは余計ですが、と補足するネリネさん。
ブルベリーグ四天王であり、生徒会長でもある彼女のことは、当然ぼくも知っている。さっき会ったばかりだし。
「う……」
スグリは小さく鳴くと、ゼイユさんの背後へこっそりと移動する。
どうやら先ほど怒られたのがよほど堪えたらしい。
「おや、13分ぶりですねスグリ」
「……うぅ」
しかし、それを見逃す生徒会長ではない。
ゼイユさんの後ろでちいさくなるスグリ――彼と目を合わせるためか、ネリネさんはウミディグダのようにくねくねしはじめた。
「何よ、あんたら知り合いだったわけ?」
「はい……っ、今しがた……ふんっ、知り合いに……なりましたっ」
「ふうん?」
ゼイユさんにとっては日常茶飯事なのか、ネリネさんの奇行に触れるつもりはないらしい。
……失礼かもしれないけれど、ぼくはこの人たちと上手くやっていける自信がない。
「じゃあ、ぼくは別のエリアにしますね」
「は?」
あの、そんな本気でにらみつけられると怖いですゼイユさん。
「なんでよ。あんただってスグリと一緒の方がいいでしょ?」
「でもスグリが居るとべったりになってしまいそうですし」
ぼくはモテたくてリーグ部にやってきたわけで、交友関係が広がらなければ入部した意味がない。
スグリが居た方が安心はできるけれど、それは二の次で考えればいいこと。
というか、ぼくはコーストエリアに行きたい。
理由? そんなのタロさんが居るからに決まっているだろう!
「はあ……あんたも大人しくキャ
「いや、でも、ぼくは」
「キャ
「えっと、」
「キャ
あの、そんな"ばかぢから"で左手首を掴まれると痛いのですが……
ゼイユさんはどうしてここまでぼくをキャニオンエリアに誘ってくるのだろうか。
弟のことが心配なら、生徒会長を頼ればいいだろうに。
そう思ってネリネさん――スグリのことは諦めたらしい――を見ると、
「ネリネの友人であるゼイユの令弟であるスグリの友人であるヴェーラであれば、ネリネも歓迎」
すごく回りくどい言い方で歓迎されてしまった。
「いや、お気持ちはありがたいですけど——」
「えい」
「ほら、ネリネもこっち来なさいって言ってるわよ!」
ゼイユさんの背後に立つと、そのまま腰元に手を回すネリネさん。
よくわからないけれど、あれでぼくを引っ張っているつもりなのだろう。
「うんとこしょ、どっこいしょ」
「ぼくは大きなカブですか……」
小さいころに読んでもらった絵本を思い出していると、ふと周囲から視線を集めていることに気づく。
「何あれ?」「まーたゼイユが騒いでるぞ」「つか生徒会長も居んじゃん」「あの新入生、一体何をやらかしたんだ……?」
どうやら少し騒ぎすぎたらしい。
部員のみんなが向けてくるのは、奇異の視線。
ああ……さっそくひとつ
「――あ、あのっ!」
そんな中、声を上げたのはスグリだ。
「その、ヴェーラはおれの……ライバル、みたいなもんだから……エリアさ分けても、おれはいいと思う……」
いいぞスグリ! その調子でゼイユさんたちを説き伏せてくれ!
「なんでよ。ライバルならたくさん戦えた方が嬉しいでしょ?」
「……たしかに」
たしかに、じゃないぞスグリ! そんな簡単に絆されるな!
「……」
少し考えた結果、やはりぼくもキャニオンエリアへ来てほしいと思ったらしい。
スグリはぼくの裾をちょこんと掴むと、こちらに潤んだ瞳を向けてきた。
「……やっぱり、おれと一緒じゃだめか?」
いつの間にそんなあざとい技を覚えたんだスグリ……!
そんな顔をされては非常に断りにくいが、だからといって考えを曲げるつもりはない。
どうやってこの状況を打破したものか、頭を悩ませていると、部室のドアが開いた。
「――えっ、どういう状況なんですか?」
「あらタロ、久しぶりね」
お久しぶりですゼイユさん、と言うと、タロさんはこちらへ駆け寄ってくる。
「助けてくださいタロさん……実は今、キャニオンエリアへ来るよう熱烈に勧誘されていまして」
「む、それはいただけませんね」
そう言ってゼイユさんたちとは反対側、右袖をちょこっと掴むタロさん。
この人にならしっかり手を握ってもらっても構わないのだけれど、そういうことはしないところも奥ゆかしくて素敵だ。
「ヴェーラくんはコーストエリアに来てもらいます! いくら先輩方が相手でも譲れませんよ!」
「な、なんですってえ!?」
ゼイユさんに向かって宣戦布告するタロさん。
バチバチと火花を散らすふたりの間で、ぼくは内心小躍りしていた。
コーストエリアへ行きたいと思っていたぼく。
コーストエリアへ来てもらうと言ってくれたタロさん。
これはもう、相思相愛なのでは……!?
「そっちはたくさん部員が居るんだからいいでしょ! ひとりぐらい分けなさいよ!」
目に見えてヒートアップしていくゼイユさん。
だから、だろうか。
一度手首から手を離すと、今度は腕にしがみつき――
「な、何を――!?」
制服越しに伝わってくる、柔らかい感覚。
すごく言いにくいけれど、その、当たっていますゼイユさん。
「ダメです! ヴェーラくんの面倒はわたしが見ます!」
「スグリの数少ない友だちを奪おうってわけ!?」
「おふたりはクラスメイトなんですから、そこは問題ないでしょう!」
「ああ言えばこう言う……!」
ぼくを間にして、ふたりの口論は過熱する。
頭上で大声を出されるストレス。
左腕にまとわりつくゼイユさんの身体。
徐々に近づいてくるタロさんの芳香。
それらによって、ぼくの血圧は最高潮を迎え——
「……ストップ。ヴェーラが鼻出血している」
「「「えっ!?」」」
ネリネさんに言われて、急いで鼻に手をやる。
すると、指先にぬるねるとした赤い液体が。
「あ、あんた、鼻血出てるじゃない!?」
「大丈夫ですかヴェーラくん!?」
「え、あ、はい」
手近なイスにぼくを座らせると、ハンカチを鼻に当ててくれたタロさん。
もしかしてぼく、興奮しすぎて鼻血を出したのか……?
「はあ……あんたねえ、いくらあたしが美人だからって、ちょっと抱きつかれたぐらいで鼻血出してんじゃないわよ」
「ヴェーラ……?」
ごめんスグリ、わざとじゃないんだ。
だからそんな、ゴミを見るような目はやめてくれないだろうか。
お姉さんが
「ぼくはシェルダーになりたい」
「何を言っているんですか……ほら、下を向いてください」
ぼくにハンカチを渡すと、下を向いたまま鼻をつまんでいるよう、タロさんが教えてくれた。
「時間……そろそろ部活動が始まる」
「あら、もう?」
見ると、部室に居た生徒たちはすでに移動をはじめているようだ。
気持ちはわかるけれど、すれ違うときにぼくを見ていくのはやめてほしい。
男子はみんな舌打ちしてくるし、女子からの視線は冷ややかだし。
うおお……またひとつ
「ぼくは遅れて行くので、みなさんはお先にどうぞ」
「本当に大丈夫ですか……?」
「ただの鼻血ですから」
それに、今はひとりになりたい気分だ。
「そういうことなら、あとでコーストエリアに来てくださいね!」
「ヴェーラ、あんたはキャニオンエリアだから」
それだけ言い残すと、部室を出ていくタロさんたち。
他の部員たちも次々とテラリウムドームへ向かい、次第にその数を減らしていく。
「はあ……」
他に誰も居なくなった部室で、ぼくは大きくため息を吐いた。
あそこまで熱烈に歓迎してもらえるのは嬉しい。
けれど、他の部員からの好感度が下がってしまったのはすごく困る。
なるべく関わる人間を増やして、ぼくを好いてくれる生徒を探す算段だったのに……!
「——モテる男は辛いでやんすねぃ」
「のわあっ!?」
突然耳元で囁かれ、思わずのけぞってしまう。
振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべるカキツバタが。
先ほどまでたしかに誰も居なかったはずなのに、どこへ隠れていたのだろうか。テーブルの下?
「そいで?
「そんなのすごく良かったに決まっ――いえ、よく覚えていません」
危ない、思わず本音をぶちまけてしまうところだった。
8割ほどこぼれてしまった気がするけれど、気づかなかったことにしよう。
「まったく羨ましいねぃ……オイラなんて誰からもハグされたことなんかねえのによう」
……ふーん?
「カキツバタって、タロさんと付き合っているわけじゃなかったんですか?」
「おっ、なんでい! ヴェーラはタロのがお好みで?」
ぼくはただ、タロさんが彼のことを呼び捨てにしているのが気になっただけであって。
別に、タロさんに彼氏が居るのかとか、そういうことが気になっているわけではないのだが?
「いいから答えてください」
「チッチッチ、世の中タダより高いものはないって言うぜぃ」
情報料を支払え、ということか。
「ひとつ頼みがあってよう、それさえ飲んでくれりゃあ何でも答えてやるよぃ」
「話を続けてください」
よしきた、と言ってカキツバタはぼくの正面にかける。
「ざっくり言うと、お前さんにゃリーグ部の問題を解決してほしいわけよ」
「問題?」
新入部員に頼むことではない気もするけれど、ひとまず話を聞くことにする。
「サバンナエリアに監督生が居ねえことは知ってっかい?」
「一応」
「……オイラや四天王のみんなのこと、面白く思わねえ連中が集まってんのよ、あそこにゃあ」
なるほど、他の部員が居る前では話せないわけだ。
今になって思うと、カキツバタはぼくとふたりきりになる機会を待っていたのかもしれない。
「それ自体はいい。好き嫌いなんて誰にでもあるもんだしな。去年までは頼れる四天王くんが面倒見ててくれたし、あそこも平和なもんだった……ま、そいつは卒業しちまったわけだけどよ」
厄介な部員たちをまとめていた生徒が居なくなれば、どういった事態を引き起こすか。あまり考えたくはない。
「今んとこ問題は起こっちゃいねえが、空気が悪い。そんな状況じゃ四天王になりたがるやつも居ねえし、新入生もビビって入部してこねえし、もう悪いことずくめってわけ!」
「なら、カキツバタがサバンナエリアを担当すればいいのでは?」
「あそこじゃオイラが一番嫌われてっからねぃ」
あまり言いたくはないけれど、それはそうだろう。
なんせ新入部員のぼくたちに食べさしのスナック菓子をプレゼントしてくれるぐらいだ。
そんな調子では、他の部員から恨みを買っていてもおかしくない。
「はあ……それで、ぼくは何をすればいいんですか?」
他に策があるならすでに実行しているだろうし、きっとぼくに拒否権はないのだろう。
「先んじてサバンナエリアに潜入してくれた『アカマツ』ってやつが居てな? お前さんにゃそいつと合流してサバンナエリアを明る~くしてきてほしいわけよ!」
どうにも漠然とした依頼だ。
明るくしろと言われても、ぼくにできることがあるとは思えない。
「他の生徒では無理なんですか」
「ああ、ヴェーラにしかできねえ」
まっすぐに見つめられ、思わずたじろいでしまう。
いつも適当なのに、どうして今になってそんな顔をするんだ、この人は。
「……人間は、どうして自分より優れた人間を嫌いになっちまうと思う?」
唐突な話題転換。
しかしカキツバタにとっては真剣な話なのだろう。
彼にしては珍しく、ひとつも目が笑っていない。
「嫉妬というか、無力感を突きつけられるからでしょうね」
自分では手が届かない——どうにもならないと理解したとき、人は怒りを覚えるようにできている。
「……だな! オイラもそう思う」
明るく振る舞うカキツバタだが、その目はどこか悲しげに見えた。
もしかすると彼も、自分より優れた人間に目を灼かれたことがあるのかもしれない。
「だからよ、お前さんにはそういうやつらと一緒に頑張って、背中を押してやってほしいんだ。自分たちも意外にやれんだって思えりゃ、多少前向きにもなんだろぃ」
「それならカキツバタにだって……って、無理か」
「ああ、自分より強えやつの言うことなんか聞いてくれやしねえさ」
強くてはダメ、かといって伸びしろがなくてもダメ。
燻っている部員たちと一緒に努力し、成長できる人間が望ましい。
その上で使えると思った生徒が、ぼくとアカマツというわけか。
「スグリには声をかけないんですか?」
「ゼイユが怖いからねぃ」
身も蓋もないけれど、それには同意する。
「話はわかりました。必ず解決できるとは言えませんけど、一度考えてみます」
「ま、気楽にやってくれりゃあそれでいいからよ」
新入部員にやらせる仕事ではないけれど、カキツバタの信頼を得られるチャンスだ。
こんなのでも部長でチャンピオンだし、恩を売っておいて損はないだろう。
その上、タロさんの情報まで提供してもらえるというのだからありがたい。
「ああ、そうだ――オイラの知るかぎりじゃ、タロは誰とも付き合ったことがないみたいだぜぃ?」
前払いのつもり、だろうか。
別に? タロさんの恋愛事情に興味はないけれど、その情報はありがたく使わせてもらうこととする。
「そいじゃ、よろしくな
「ベストを尽くします」
ぼくたちは握手を交わすと、テラリウムドームへ向かうべく立ち上がる。
鼻からハンカチを離すと、すっかり鼻血は止まっていた。
「――ところで、タロのハンカチはどんな匂いがするので?」
「なんか、すごくいい匂いがします」
……しまった、つい本音がすべて漏れ出してしまった。