タロと学園ラブコメするだけ 作:私利私欲
あの後、イベントの話を校長室まで持っていったところ――
『リーグ部主催のイベント? いいね! 詳細が決まったら教えてよー』
――といった感じで、実にあっさりと許可をもらうことができた。
そして3日後。
タロさんの助けを借りながら――アカマツはやかましいので遠ざけておいた――完成させた企画書をもって、リーグ部の首脳陣による会議を開くこととなった。
「なるほど、『仮面武闘会』ねえ……」
メンバーは、ぼく、タロさん、ネリネさん、カキツバタの4人だ。
横槍が入らないよう、部室ではなく会議室を借りて話し合うことにした。
「どうです? すごくいいイベントだと思いませんか!?」
「えらく前のめりだねぃ? ま、それにはオイラも同意するけどよ」
よくやったキョーダイ、とウィンクを飛ばしてくるカキツバタ。
そもそもこれは彼の依頼を達成するために考えたイベント。
少し不安だったけれど、お気に召してもらえたようで何よりだ。
あとはネリネさんの意見次第だが――
「ネリネも開催に賛成します」
「なら、早速詳細を詰めていくとすっか」
満場一致で賛成となったため、会議は次のフェーズへ移行する。
「イベントは陽が落ちてから、となると、学園施設は何時まで使えそうだネリネ?」
「原則として門限はない。しかし、これだけの人数を動員するのであれば……おそらく、22時程度」
たくさんの生徒が夜中までさわぐのは、学園の風紀に関わる。
あまり遅くならないよう通達される可能性は高い。
「なら……18時開始、22時解散。それからリーグ部員が片付けって感じでいいかい?」
特に異論が出ることもなく、次はイベントの内容について考えることに。
「仮面をつけたバトルがメインなのは確定として、時間が時間なので食事を用意するべきでしょうね」
「であれば、ビュッフェスタイルが無難」
「ほんなら食堂のおっちゃんおばちゃんズに頭下げて作ってもらうかい?」
「それができたとして、どれだけ用意してもらうべきかがわかりませんね……」
具体的に何人参加するかがわからないため、どれだけの料理が必要になるかを予測するのは難しい。
「食堂は21時まで利用可能。夕方のうちに作り置きをしてもらい、料理の残量を見ながら適宜追加してもらうべきかと」
「そうですね……でも、材料はどれだけ用意しておくべきなんでしょう?」
「そこはプロに任せりゃいいんじゃねえの?」
カキツバタの言うとおり、材料の発注は職員の方々に任せるべきだろう。
「あとで食堂の職員さんに訊いてみますね」
「頼むぜぃ」
こういったことは各方面に顔の利くタロさんが適任だろう。
それを理解しているからか、カキツバタも一任することとしたようだ。
イベントの方向性が決まったのはいいが、ここで別の問題が浮上する。
「あの、参加費はどうしましょう? バトルだけならまだしも、食事を用意するとなると無料ってわけにもいかないでしょうし」
このイベントはリーグ部の宣伝も兼ねているわけで、なるべく間口は広くとっておきたい。
個人的には無料にしたいところだけれど、それが現実的でないことぐらい世間知らずのぼくでもわかる。
「――んじゃ、諸経費は全部オイラが持つから参加費はタダで行こうぜぃ」
「えっ!?」
しかし、ここでカキツバタが男を見せた。
「どれだけ低く見積もっても、10万円から20万円はかかると思われますが」
「それはいくらなんでも……」
「ま、それでリーグ部のためになんなら安いもんさ」
それに、とカキツバタは続ける。
「オイラってここ数年負けてねえからよう、みんなが思ってる何倍もリッチなんだわ!」
ポケモンバトルでは、負けた方が賞金を支払うこととなっている。
つまり勝ち続けさえすれば、理論上ずっとお金を稼ぐことができるわけだ。
「……そういうことなら、あなたが今までに搾取してきたみなさんに還元してもらうとしましょうか」
「一応、年度末に部費の余剰分から捻出することも可能ですが」
とはいえ、十数万単位で部費が余ることはないだろう。
それがわかっているからか、カキツバタは首を横に振った。
「いらん! 100万までなら、オイラにゃはした金みてえなもんだしよ!」
「……みたいですよ」
「承知」
さすがはブルベリーグチャンピオン、太っ腹だ。
「んじゃ、当日の準備はみんなに任せるぜぃ!」
「そうまでして働きたくないんですか……?」
資金を提供してもらっているぼくたちに、カキツバタを否定する権利はない。
むしろ彼の方が損しているのをわかっているからか、タロさんもどこか複雑そうだ。
「あとは、大量の仮面をどうやって用意するかだねぃ」
「それもカキツバタのポケットマネーで買ったらいいんじゃないですか」
「キョーダイよう……なんかオイラの扱いが雑になってねえかい?」
「冗談です」
これに関しては、すでに策を用意している。
「実はあるポケモンを捕まえてきまして」
あらかじめ用意していたモンスターボールを手にとると、会議室の床に向かって繰り出す。
「きゅぅん?」
ぼくが連れてきたのは『ゾロア』。
進化すると集団幻覚を引き起こすことすらできてしまう、強力なポケモンだ。
「当日までにこの子を進化させて、その力を借りようかと」
「顔がわからなくなるような幻覚を作り出してもらえば、仮面を用意する必要もないってわけかい」
「そういうことです」
幻覚は生体にしか作用しないため、カメラで撮影すると本当の姿が写ってしまうという欠点はある。
とはいえ、撮影機器の持ちこみを禁止しさえすれば対処は可能だ。
「よし、よし」
「きゅぅん……!」
ネリネさんに頭を撫でられ、気持ちよさそうにしているゾロア。
「か、かわいいっ! とっても人懐っこい子ですね!」
「これが、かわいい……」
おふたりの方が可愛いですよ、と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。
「ゾロアもいいけど、お前さんたちのがかわいいぜぃ?」
あ、カキツバタが言った。
「……わたしは今、ゾロアの話をしてるんですけど?」
「不愉快。節度ある言動を求めます」
「ごめんなさい」
こうなっから気いつけろよぃ――とでも言いたげな目を向けてくるカキツバタ。
まさか自分を犠牲にしてまでデモンストレーションしてくれるなんて、どこまで頼れる先輩なんだ。
「かわいいの摂取を再開……おっと」
「――きゅんっ!」
突然、ゾロアがぼんっと音を立てて爆発する。
するとそこに現れたのは、もうひとりのぼくだった。
「ヴェーラくん!?」
「な、なんでぼくに変身するんだゾロア!?」
お尻に尻尾がついているため、それがぼくでないと判別することはできる。
……逆に言えば、それ以外はぼくにしか見えないわけであって。
「きゅーっ!」
甲高い鳴き声を上げながら、勢いよくタロさんに抱きつく
「ふぇっ!?」
「あっ、こ、こら! さっさと離れるんだゾロア!」
こいつ……ぼくだってタロさんとハグしたことないのに……!
「きゅぅん……?」
「あっ、ちょっ、どこ触ってるんですかヴェーラくん!?」
「ぼ、ぼくじゃないですから!」
知ってか知らずか、タロさんのお尻に手を回しはじめたゾロア。
ぼくは急いでモンスターボールに戻すと、リュックの中へ厳重に封印した。
「こんのバカゾロア……!!」
「あっはっは! ご主人に似てスケベなゾロアだねぃ!」
手を叩いて爆笑するカキツバタに対し、女性陣からの視線は冷ややかだ。
「変態」
「ヴェーラくんのエッチ」
ヴェーラくんのエッチ!?
ヴェーラはエッチ……
そうか、ぼくはエッチだったのか……
「エッチですみませんでした……」
「……あー、今日はもう解散すっか!」
「決められることは決めましたし、そうしましょう」
「同意」
この後、ぼくがどうやって部屋に帰ってきたのかはよく覚えていない。
***
その日の夜。
「ぼくはエッチだったのか……」
シャワーを浴びながら、独りごちる。
タロさんから言われたことを、ぼくは数時間経った今でも引きずっていた。
「そもそもエッチって何だ……?」
一般的にエッチとは、誰かを性的に見ている状態を指すのだろう。
たしかにタロさんと居るとドキドキするし、体が触れれば意識してしまう。
しかし、それはいけないことなのだろうか。
ぼくだって自分の意思でエッチになっているわけではないのに。
……タロさんのドリュウズでしか抜けないあの人は元気にしているだろうか。
「……」
ふと、鏡に映った身体を観察してみる。
我ながら未発達な体つきだ。
同級生の大半より背が低いし、筋肉も少ない。
性成熟も迎えていなければ、きっと精神的にもまだ幼いのだろう。
「……はあ」
これ以上、卑下したところで得られるものはない。
バスタオルで体を拭いて、部屋着に着替える。
「そういえば……」
デスクの上に置いたままのハンカチを手に取る。
これはぼくが鼻血を出したとき、タロさんが貸してくれたものだ。
血がついてしまったため、買って返そうとは思っているものの、忙しくてつい後回しにしてしまっていた。
「……」
ふと、ハンカチを鼻に当ててみる。
「タロさんのにおいがする」
すぐそこにタロさんの存在を感じて、心拍数が上がってくるのを感じる。
きっとぼくは、彼女のことが好きなのだろう。
タロさんは可愛いし、優しいし、ポケモンバトルだって強いし、みんなに頼られるしっかり者の完璧超人だ。
――では、そのどれかが欠けたとき、ぼくは彼女を好きでなくなってしまうのだろうか。
そもそも彼女でなければならない理由があるのか。
人は何をもってして相手を好きになるのか。
人間としての魅力か、ともに過ごしてきた時間か。
そのどちらも揃っていながら、どうしてぼくは
わからないことはまだまだ多い。
きっと死ぬまでわからないことだらけなのだろう。
でも、知りたい。
知らなければならない。
「……寝よう」
幸い、明日は休日だ。
いい機会だし、タロさんに返すハンカチを買いにいくとしよう。
***
ブルーベリー学園からヒウンシティまでは地下鉄で向かうことができる。
「何度見てもすごい街だよなあ」
まさにコンクリートジャングル。
イワンコも歩けば高層ビルに当たる、といった感じだ。
自分で言っておいてなんだが、よくわからない例えをしてしまった。
あまり上を向いて歩いていてはおのぼりさんだと思われてしまいかねない。
恥をさらす前に、さっさと目当ての店へ向かうこととする。
……が、結局店にたどり着くまで30分はかかることに。
「最寄駅から10分って、絶対嘘だろう……?」
単にぼくが道に迷ってしまっただけなのだが、それは置いておくとして。
「……ふう」
一度目をつぶり、深呼吸すると、意を決してアンティーク調のドアを開く。
「おや、いらっしゃい」
「あ……どうも」
カランコロンと鳴ったドアベルに動揺していると、奥から壮年の男性店員が顔を出した。
「あの、実はハンカチを探していまして」
「そうかい! ああ、きっとそうだろうと思ったよ」
そういえばここはハンカチ専門店だった。恥ずかしい。
「どんな商品をお探しで?」
「ええと、これ……」
スマホロトムを取り出すと、商品が表示された画面を見せる。
「この、ムンナの刺繡が入ったハンカチなんですけど……」
「ああ、これ! たしかにうちの商品だけど、まだあったかなあ」
店員さんの言葉に怯えつつ、目当てのハンカチが見つかることを信じて待つ。
それはどうやら、この街のジムリーダー、アーティさんがデザインしたものらしく、かなりの人気商品なのだとか。
発売されてから半年は経っているため、通販サイトではすべて売り切れとなっていた。
そのため、一縷の望みをかけて店舗までやってきたわけだが――
「――悪いね、在庫は全部捌けてしまったみたいだ」
「そう、ですか」
覚悟していたことではあるけれど、やはりショックだ。
「どうしてもそれがよかったのかい?」
「できれば、そうですね」
とはいえ、無いものは無いのだから仕方がない。
まさか中古品を渡すわけにもいかないし、転売品となると手が出ない金額になってしまう。
「……もしかして君、ブルーベリー学園の学生さんだったりする?」
「え、はい」
私服なのに言い当てられるとは思わなかった。
ぼくはパルデア地方出身だし、イッシュ地方の人からすれば、どこか違和感があったのかもしれないけれど。
「いや何、君と同じ学校にお得意様の子が居てね。ムンナのハンカチはいたく気に入ったみたいで、そのときは何枚か買ってくれたんだけど――」
カランコロン、と。
店員さんの言葉を遮るように、ドアベルの音がした。
「ああ、そう! 彼女だ!」
「え?」
振り向くと、そこには見覚えのありすぎる姿が。
「タロさん!?」
「ヴェーラくん!? どうしてここに……?」
どうやらお得意様とは、タロさんのことだったらしい。
「なんだ、知り合いだったのかい」
「ええ、まあ……」
「なら、彼女から譲ってもらうというのはどうだろう。新品が残っていればの話だけど」
タロさんへ返したいのに、タロさんから譲り受けてしまっては意味がない。
店員さんはぼくたちの関係を知らないため、仕方のないことではあるけれど。
「えっと……?」
「いや何、この子がムンナのハンカチを探していると言っていてね」
首をかしげるタロさんに対し、店員さんがいきさつを説明する。
「……ぷっ、あはは!」
その話がよほど面白かったのか、タロさんは思わず噴き出した。
「気を遣わせてしまったみたいですね、ヴェーラくん」
「……1枚7000円とかするし。血で汚したんだから、買って返さないわけにはいかないじゃないですか」
「大丈夫ですよ、同じハンカチをあと3枚は持っているので」
だったらいいか、という話にはならない。
損害を与えてしまったことには変わりないので、その分を補填する必要はあるだろう。
「――なら、今ここで他のハンカチをプレゼントするというのはどうだろう?」
ぼくたちの事情を察してか、店員さんがそんな提案をしてくれた。
タロさんは新しいハンカチを探してここに来たのだろうし、きっとそうした方が喜んでくれるはず。
少なくとも、ぼくだったらまだ持っていないものをもらった方が嬉しい。
「そうですね、そうしようと思います」
「えっ、でも……それはヴェーラくんに申し訳ないですよ」
「ムンナのは洗濯してぼくが使います。だから、ここは交換ということでどうですか?」
うーん、と唸りながら考えこむタロさん。
やがてぼくが折れそうにないことに気づいたのか、小さく息を吐いた。
「そういうことなら――お安くても構いませんので、わたしに一番似合うと思うハンカチを選んでください」
「今世紀最大の難問ですね」
ただ似合うだけならともかく、一番似合うものとなると途端に難易度が上がる。
「では、制限時間は2時間とします」
は、制限時間?
「わたしはお隣のカフェで待ってますから。絶対に来てくださいね!」
「あ……は、はい」
約束です! と言って店を出ていってしまうタロさん。
タロさんとふたりでカフェ――もしかして、これってデートなのでは!?
「彼女さんかい?」
「いえ、部活の先輩です」
「いいねえ、甘酸っぱいよ」
会話が成り立っているようで、あまり成り立っていないような気がする。
「よし……そういうことなら、表に出してない商品も出してくるよ」
まだまだたくさんあるからねえ、と言ってバックヤードへ消えていく店員さん。
「え?」
「一番似合うと思うハンカチ、見つけないといけないんだろう?」
選択肢が増えることを喜ぶべきか、嘆くべきか。
店員さんに感謝の意を伝えると、ぼくは急いで展示されている商品を吟味しはじめた。
***
ハンカチ探しは困難を極めた。
最初はデザインから探していたのだが、どれもタロさんに似合ってしまう気がしたため、早々に方法を変更。
店員さんの提案で、タロさんに似合うポケモンから考えることになったわけだが、これに1時間もかかってしまった。
やっと似合うポケモンを見つけたところで、残り時間は15分。
しかし該当するハンカチが中々見つからず、結果として遅刻することとなってしまった。
そう。
ぼくは今、制限時間を10分もオーバーしてしまっているのだ。
「やばい、遅刻だ……!」
店を出た瞬間、ぼくは弾かれたように走り出す。
といってもカフェは隣にあるため、走ろうが歩こうがそう変わらないのだが。これは気持ちの問題だ。
「すみません、人を待たせていて!」
店の中へ飛びこむと、タロさんのことはすぐに見つけることができた。
「むう」
怒って、る?
心なしか眉が吊りあがっているように見えるけれど……いや、何にせよまずは謝罪だ。
急いで向かいの席につくと、何よりも先に頭を下げた。
「大変申し訳ございません、思ったよりも捜索が難航してしまいまして……」
「……ふふっ」
何がおかしかったのやら、タロさんはくすくすと笑いはじめた。
「別に、怒っていませんよ。むしろちょっと嬉しいぐらいです」
「……というと?」
「だって、ギリギリになるまで悩んでくれていたってことでしょう?」
それは、そうなのだが。
「そもそも制限時間なんて、わたしが勝手に言い出したことなので。むしろ、こちらこそヴェーラくんの予定を決めてしまってごめんなさい」
「他に行くところもないですし、それはいいんですけど……」
釈然としないが、これ以上引き下がっても仕方ない。
店員さんにアップルジュースを注文すると、ぼくは紙袋から小さな箱を取りだした。
「どうぞお納めください」
「では、ありがたく……」
ギフト用のラッピングを解いて、タロさんはゆっくりと箱を開く。
ぼくが選んだのは――ペールパープルを基調とした、チョロネコの刺繍が入ったハンカチだ。
「わ、かわいい……! えっ、すごくいいですよ、これ!」
「お褒めにあずかり光栄です」
なんとか彼女のお眼鏡に適ったようで、ぼくはこっそり胸を撫でおろす。
「でも、どうしてチョロネコを?」
フェアリータイプを得意とするタロさんに対し、チョロネコはあくタイプのポケモン。
どちらかというと彼女のイメージからは外れたところに居るポケモンだと思う。
「前提として、タロさんって可愛いじゃないですか」
「えっ」
ぴしっと固まるタロさんは無視して、ぼくは続ける。
「それだけならエネコとかでもよかったんですけど、でも仕事のときはすごく格好いいし、ちょっと意地悪なときもあって……だから、タロさんはチョロネコかなって」
企画書の書き方について、懇切丁寧に教えてくれたタロさん。
お礼ならカフェオレを1杯奢ってくれればそれでいいと言ってくれたタロさん。
ひとつもらってもいいですか? と言いながらぼくのナゲットを5個も食べてしまったタロさん。
それを指摘すると、何のことですかとしか言わなくなってしまったタロさん。
瞬間、ぼくの脳内にあふれ出した
「そう、ですか」
失敗した、か?
内心怯えていると、彼女はハンカチを取り出し、両手でぎゅっと握りしめてから、もう一度胸元で抱きしめた。
「……ヴェーラくんには、わたしのことがそんな風に見えていたんですね」
薄く笑みを浮かべたタロさんは、すごく大人っぽくて、ひどく蠱惑的で。
それはまるでドリュウズのごとく、ぼくの心を深く穿っていった。
「——タロさんのエッチ」
「ちょ、ちょっとどういうことですかそれ!?」
まずい、思ったことが口に出てしまったようだ。
「い、いやその、どちらかというとエッチなのはぼくの方なんですけど、タロさんがあまりにも大人っぽい顔するから、そ、その、エッチだなあって」
「わたし全然エッチじゃないですから! 変な言いがかりはやめてください!」
周囲から視線を集めてしまったことに気づいたのか、小さく咳払いするタロさん。
「せっかく素敵なプレゼントだったのに、素直に喜べなくなったじゃないですか」
「……レパルダスだなあって」
「勝手に進化させないでください」
誤解なきように言っておくけれど、ぼくは決してレパルダスを性的に見たりはしていない。
ただ、そういう人が一定数居ることは最近学んだ。
「もう……仕方のない子なんですから」
そう言いながらポシェットを探ると、タロさんは小さなラッピングを取りだした。
「これ、今日のお礼です」
「お礼?」
「わざわざわたしのために時間を割いてくれたじゃないですか。だから、そのお礼です」
受け取ると、中にはゾロアを模したデザインの靴下が。
「墓場まで持っていこうと思います」
「いや、せっかくなら履いてくださいよ!」
だって、タロさんから初めてもらったプレゼントだ。もったいなくて使えるわけがない。
「……ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「ふふっ、よかった」
ああ、もう。
どうしてこの人の笑顔はこんなにも魅力的なのだろうか。
昨夜、あれだけ悩んでいたぼくが馬鹿みたいだ。
どれだけわだかまりを抱えていたとしても、こうして本人を前にすれば結局、ぼくは——
「好き、だ」
「え?」
……人は何故、同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか。
「あ、いや、あの! ええと、その……」
馬鹿! 馬鹿! ぼくの馬鹿!
「……」
「ヴェーラくん……?」
顔を上げることができない。
だって、これでタロさんが笑っていなかったら……失望されてしまったら、ぼくはおしまいだ。
この場を誤魔化すことはできるだろう。
けれど、その後がぎくしゃくするのは目に見えている。
ならばいっそ、ここで気持ちを伝えておいた方がいいのかもしれない。
「……好き、で、……居ても、いいですか……?」
無限のようにも感じられる時間。
世界中が無音になった気がして、思わず意識が遠のく。
いっそこのまま倒れてしまえば——そんな風に思っていると、
「お待たせしました、アップルジュースでございます」
「あ……はい、ありがとうございます……」
店員さん! どうしても今じゃなきゃダメでしたか!?
ああもう、いっそ消えてしまいたい。
「——いいですよ」
「へ?」
つい素っ頓狂な声が出てしまった。
「思うだけなら、自由ですから」
でも、と続けるタロさん。
「そこまで言ったんですから、わたしが思わず恋してしまうような、素敵な男の子になってくださいね」
そう言ってはにかむタロさんは、この世のどんな宝石よりも輝いて見えた。
いつもより可愛くて、大人っぽくて、でも、ちょっとだけずるくて。
――やっぱり、彼女はチョロネコだったわけだ。
***
ヴェーラくんと解散して、自分の部屋へ戻ってきた直後。
「ふふっ」
着の身着のままベッドへ腰かけると、思わず小さな笑みがこぼれた。
「ヴェーラくんってば、本当にかわいいんだから」
普段は澄ました顔をしているのに、中身は結構へなちょこで。
モテたいと言う割には、女の子に弱くて。
とりわけ今日は、狼狽える彼がたくさん見られて面白かった。
「……嬉しいな」
紙袋から小箱を取り出し、蓋を開く。
チョロネコの刺繍が入ったハンカチ——わたしには少し大人っぽい気がするけれど、すごく気に入っている。
――タロさんって可愛いじゃないですか。
――でも仕事のときはすごく格好いいし、ちょっと意地悪なときもあって。
「どうしてわたしの欲しい言葉がわかっちゃうかな」
きっと思ったことをそのまま言っただけなのだろうけれど、本当にずるい。
みんなは、わたしをアイドルか何かだと思っている節がある。
誰にでも優しくて、真面目で清廉潔白な、みんなのタロちゃん。
そう思われるように振る舞っているのはわたし自身だけれど、でも、それを窮屈に思ってしまうことだってある。
だから、わたしの
「でも、まさか告白されるとは思ってなかったなあ」
口をついて出てしまったようだし、彼だって今日告白するつもりはなかったのだろうけど。
「嬉しい……いや、嬉しくはない……うーん?」
正直、告白されることは珍しくない。
でも声をかけてくれるのは、あまり親しくない人ばかり。
基本的に女の子としか仲良くしていないので、当然といえば当然のことだ。
なら、男の子たちはわたしの何を見て好きになるのだろう。
普段関わりがなかったとしても、好きになってくれること自体は嬉しい。
けれどそれで告白まで踏み切ってしまうのは、一方的な気持ちをわたしにぶつけているだけであって。
だからわたしは、軽率に告白してくる人のことをあまりよく思っていない。
「……ヴェーラくん」
彼のことはよくわからない。
モテたいからと言ってリーグ部に入ってくれたような子だし。
ゼイユさんに抱きつかれて鼻血を出すし。
わたしのことをチラチラと横目で見てくるし。
急に告白してくるし。
恋愛対象としては、あまり評価できない。
けれど、本当のわたしを認めてくれた。
新入部員が少ないという話を覚えていて、進んで解決策を探してくれたのも嬉しかった。
ポケモンバトルの才能があるし、女の子みたいにかわいいし、大人びているのに子どもっぽくて、わたしなりに気に入っているところもある。
信じても、いいのだろうか。
年下の彼に対して、期待してしまってもいいのだろうか。
――わたしが思わず恋してしまうような、素敵な男の子になってくださいね。
「うぅ……恥ずかしいこと言っちゃった……!!」
あれは本当の気持ちだけれど、だからこそ悶えるほど恥ずかしい。
大体、素敵な男の子になってくださいねって何なのだろう。上から目線にもほどがある。
わたしだって恋愛したことがないというのに、ひとつ先輩というだけで何を偉そうに――
「うううううううう……!!」
わたしは、ただ、ベッドの上で”じたばた”するしかなかった。