タロと学園ラブコメするだけ 作:私利私欲
ぼくたちが企画したイベント『仮面武闘会』の日程が決まった。
ちょうど夏休みがはじまる前日――前期最後の登校日に開催するよう、学園側から指示があったらしい。
それまではまだ1ヶ月ほどあるものの、ぼくたち生徒にできることはあまりない。
せいぜいイベントのチラシを作って告知することぐらいのものだ。
なので、暇になったぼくはまたサバンナエリアへ顔を出すことにした。
「お疲れ様、アカマ、ツ……?」
「はあ……」
彼にしては珍しく、アンニュイな顔でたそがれるアカマツ。
LEDブロックに腰かけ、ため息なんか吐いたりしている。
いつもみたくフライパンを振るってもいないようだし、何かあったのだろうか。
「具合悪い?」
「ん? あー、ヴェーラか……」
どうやら今日はとろ火モードらしい。
いつもは強火でやかましいのに、こうも大人しいと拍子抜けしてしまう。
「なあ……正直に答えてほしいんだけどさ」
まるでぼくにやましいことがあるような言い方だけれど、生憎心当たりはない。
「昨日、タロ先輩とデートしてなかった?」
訂正。心当たりがありすぎる。
「してなかったけど」
「嘘だ!」
「嘘じゃないけど」
こいつ、何か知っているな?
いくらアホのアカマツでも、何の根拠もなく嘘と断定できるとは思えない。
「だってオレ、ヴェーラとタロ先輩が一緒に歩いてるところ見たし!」
「どこで?」
「ヒウンシティの地下鉄で!」
くそ、面倒なことになった。
タロさんと出会っただけでも奇跡なのに、まさかアカマツともニアミスしていたとは。
「絶対に信じてもらえないと思うけど、本当に偶然出会っただけなんだ」
「絶対に信じられない!」
「本当に偶然ハンカチ屋さんで鉢合わせたから、カフェでお茶して一緒に帰っただけだよ」
「めちゃくちゃデートじゃんそれ!」
自分で言っておいてなんだが、たしかにデートだ。
しかもお互いにプレゼントを贈り合ったわけだし、これはもう付き合っていると言っても過言ではない。過言か。
「仮にデートだったとして、きみに不都合があるのかな」
「あるよ! だってオレ、タロ先輩のことす、好きだもん!」
……心中察する。
「なら、アカマツはアカマツで頑張って。ぼくは止めたりしないよ」
「な……なんでそんな余裕そうなんだー……!?」
アカマツには悪いけれど、彼が今、タロさんに告白したところで成功する未来が見えてこない。
誤解してほしくないのは、それはぼくも同じだということ。
タロさんからすると、ぼくたちは幼すぎると思うのだ。
なので、デートがどうとか騒いでいるうちはまだまだだろう。
本当にお付き合いしたいのであれば、まずは大人の余裕を身につけなければならない。
――わたしが思わず恋してしまうような、素敵な男の子になってくださいね。
そう、ぼくは大人になるときが来たのだ……!
「うぅ……じゃあ、オレと勝負してよヴェーラ!」
「勝負?」
ぼくたちが戦ったところで何になるというのか。
どちらが勝とうが負けようが、タロさんとの関係には一切影響しない。
しかし、アカマツが何を言い出すのかには興味がある。
「オレとヴェーラ、先に四天王になった方がタロさんに告白する!」
「いくらなんでもアカマツに有利すぎる」
一応、スマホロトムでランキングを確認する。
現在ブルベリーグにおいて、ぼくは圏外、スグリは186位、アカマツは35位だ。
アカマツは1年生のトップで、ぼくはリーグ戦すらしたことがない。
となれば、これは最初から成り立つような勝負ではないだろう。
「どう!? 受けてくれる!?」
「……」
メリットがないわけではない。
本来、誰がいつどこで告白しようがその人の自由だ。
やろうと思えば、今からでもアカマツは行動を起こすことができる。
それを自ら縛ってくれると言うのだから、勝負を受けておいて損することはない。
「まあ、いいけど」
「ホント!? 約束は絶対だかんね!!」
うおおお修行だー!! と叫びながら走り去っていくアカマツ。
見たところ、彼はサバンナエリアで修行するつもりらしく、先輩方に頭を下げているのが見える。
もしこれで彼らの士気が向上すれば、奇しくもカキツバタの思い描いたとおりになるわけだ。
意図していたわけではなかったけれど、結果として勝負を受けたのは正解だったかもしれない。
「ぼくは……どうしようか」
仮に負けたとしても、アカマツの告白が承諾されなければ問題はない。
けれど――
「頑張るしかない、よな」
実現は不可能に近い。
だからといって、何もしないまま終わりたくはない。
結局のところ、ぼくは努力せずにいられないのだろう。
ずっとそうやって生きてきたのだから、今さら変われはしない。
「……でも、ぼくはどこで修行すればいいんだ?」
アカマツと戦うこととなった以上、サバンナエリアで活動するわけにもいかない。
となると、他のエリアへ行くべきなのだろうが――
ポーラエリアはカキツバタしか居ないので論外。
コーストエリアはタロさんに努力しているところを見られたくないから却下。
キャニオンエリアはスグリと活動場所を分けようと言った手前、気まずい。
おかしいな、ぼくの行き場がないぞ……?
「そういえば、スグリは大丈夫かな」
仮面武闘会のことばかりで、スグリにはあまり目をかけられていなかった。
教室での様子を見るかぎり問題はないのだろうが、彼がどんな風に活動しているのかは気になる。
そう考えて、ぼくはキャニオンエリアへやってきたわけだが——
「——さっきの試合、まず初手から間違ってた。とりあえずいかくを入れればいいと思ってたけど、耐久型にいかくしても意味ないべ……? なら、ニャヒートは後出しにして——」
地面にノートを広げて、必死に何か書きこみながら考えごとをしているスグリ。
普段の彼とはあまりにもかけ離れた様子だったから、一瞬誰だかわからなかった。
「ヴェーラ」
「あ……お疲れ様ですネリネさん」
呆然としていると、近くに居たネリネさんが話しかけてくれた。
「あの、スグリは一体?」
「スグリは、ネリネに勝つことを目標としているようです」
四天王に勝とうだなんて、また随分と大きく出たものだ。
しかしスグリであれば遠くないうちにやり遂げるはず。
ぼくの知っている
「そうでなければ、ゼイユが安心して卒業できないから、と」
「泣けますね」
ゼイユさんはああ見えて結構ブラコン――いや、心配性だからな。
スグリもそれを察しているあたり、やはり彼らは姉弟だ。
「……あ、ヴェーラ!」
すると、スグリがこちらに気づいたようだ。
彼はノートを抱えて駆け寄ってくると、ぼくに向かってぐんと頭を下げる。
「ご、ごめんな、気づかなくて……おれ、集中してっと周りが見えなくなっちまうみたいで」
「いや、こちらこそ邪魔してごめん」
ぼくはただ、居場所を求めてさまよっているだけだ。
真面目に活動しているスグリから謝られる筋合いはない。
「あ、えと……」
スグリは何か言いたいことがあるらしい。
しばらく逡巡したのち、口を開いた。
「……ヴェーラは、一緒にチャンピオンさ目指そうって言ってくれたこと、忘れてねえよな?」
「もちろん」
ぼくたちがリーグ部へ勧誘を受けたときの話だろう。
入部したがらないスグリの背中を押すため、そんなことを言った覚えがある。
「おれは、本気でチャンピオン目指してる」
そう言うと、スグリはいつになく真剣な目でこちらを見つめる。
「——女子にうつつ抜かしてっと、ヴェーラんこと追いてっちまうべ?」
——怖い。
まるで心臓を直接握られてしまったかのようだ。
呼吸が浅くなっていくのを感じながら、ぼくはかろうじて声を絞り出す。
「……肝に、銘じておくよ」
「んならいいや!」
じゃ、また明日なあ――そう言うと、スグリはその場でしゃがみこんだ。
そして地面にノートを広げ、ふたたび思考の海へ潜っていく。
「ずっとこんな感じですか」
「はい。一部からは彼を異端視する声も上がっています」
それはそうだろう。いくらなんでも周囲の目を気にしなさすぎだ。
リーグ部を通じてスグリの交友関係が広がれば、なんて思っていたけれど、ここまでポケモンバトルにのめりこむとは想定外だった。
「咎めるべき、でしょうか」
「好きにさせておけばいいと思いますけど」
「ネリネは……スグリの身を案じています」
なんて優しい人なんだ。
てっきり変な人だとばかり思っていた自分が恥ずかしい。……いや、変な人ではあるか。
「見守っていてあげてください。きっと彼は勝手に強くなるでしょうから」
「……言われずとも」
どうやらギャロップの耳に念仏だったようだ。
スグリのことは心配だけれど、ネリネさんがついていれば問題ないだろう。
「それでは、ぼくはお暇します」
「足元には気をつけて」
ネリネさんに見送られつつ、キャニオンスクエアを後にする。
「さて、どうするかなあ」
向かうべきはコー
「……女子にうつつを抜かしてる場合じゃないしな」
きっとコーストエリアの方が楽しいはずだ。
けれど、今のぼくに必要なのはポーラエリアの厳しさだろう。
モテたいモテたいとは言ってきたけれど、その考え方は一度捨てることにする。
やるべきことができない人間を、きっとタロさんは好きになってくれないだろうから。
「――もしもし、カキツバタですか?」
ぼくはスマホロトムで電話をかけると、ポーラエリアに向かって歩き出した。
***
ポーラエリアにて、カキツバタに修行をつけてもらうようになってから2週間。
「38.6℃……」
ぼくは思いっきり風邪を引いていた。
いや、我ながらよく保った方だと思う。
あんな寒いところに長時間居て風邪を引かない方がおかしいのだ。
つい昨日まで期末試験があったし、夜遅くまで勉強していたのが祟ったのだろう。
今日は死に体になりながらも授業を受け、リーグ部にも顔を出したけれど、カキツバタから帰るよう言われてしまった。
「実家が恋しい……」
パルデア地方に居たときは母親が何でもしてくれていたが、ここではすべて自分で用意しなければならない。
食事、洗濯、掃除……健康なときならまだしも、具合が悪いときにこなすのはひどく億劫だ。
「……水だけ飲んでおけばいいか」
普段から料理をしないし、冷蔵庫の中には何も入っていない。
食堂へ行くのはパンデミックを起こしかねないので却下。
購買部へ行くほどの元気はないので、ひとまず寝ていることにしよう。
「寒い」
もぞもぞと掛け布団の中へ潜りこんだ途端、部屋のインターフォンが鳴った。
「誰……?」
重たい身体を強引に起こし、応答ボタンを押す。
「どちらさまで?」
『あの、タロです』
「たっ――!?」
どたーん!!
驚きのあまり、勢いよく尻もちをついてしまった。
『だ、大丈夫ですか!?』
「すみません、少し転んでしまって……あの、どうしてここに?」
『ヴェーラくんが風邪を引いたと聞いたので、色々と買ってきたんです』
どうして風邪のことを知っているのかはわからないが、救援物資はとてもありがたい。
「今、開けますね」
感染防止のためにマスクをつけると、部屋のドアを開く。
「どうぞ」
「し、失礼しまーす」
おそるおそるといった感じで入ってきたタロさん。
その手には大きなレジ袋が握られていて、本当に色々と買ってきてくれたのがよくわかる。
物が多すぎてミノムッチのような形に膨れ上がっているが、よくもまあここまで運んでこられたものだ。
「えへへ……スーパーマーケットに行くのが久しぶりで、ついたくさん買っちゃいました!」
そう言って袋を調理台の上に置くと、自重に耐えかねたのか中身がごろごろと台上へ転げ落ちた。
風邪薬やスポーツドリンクはともかく、肉や野菜まで入っているのは一体……?
「わざわざすみません、ぼくのために」
「いいんですよ、わたしは先輩ですからねっ!」
なんと頼もしい先輩だろうか。
叶うことなら、これだけの食材を使い切る方法は考えていてほしいところだ。
最悪、誰かに配ればなんとかなるだろうけれど。
「お昼は食べましたか?」
「朝から何も」
「そ、それは大変です!」
買ってきたばかりのエプロンを取り出すと、タロさんは羽織っていたカーディガンを脱ぎ、着替えはじめる。
なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、ぼくはとっさに目をそらした。
「……あの、もしかして作っていただけるんですか……?」
「はい!」
薄々察していたけれど、まさかタロさんの手料理が食べられるとは。
「何か食べたいものはありますか?」
「タロさんの作ってくれたものなら、何でも」
何でもが一番困るんですからねー、と言いながらレジ袋を漁るタロさん。
……なんか、今のやりとりは新婚さんっぽくていいな。
「――では、お腹にやさしくて簡単に作れそうなポテトポタージュにします!」
「おお! ……おぉ?」
そう言ってタロさんが取り出したのは、ジャガイモ。
ポテトポタージュを作ると言っているのだから、それ自体は正しい。
でも、それはおそらく簡単に作れるようなものではないと、料理初心者のぼくですらわかる。
スープくらいならインスタント食品で済ませた方が効率がいいと思うのだが……
「その、粉スープとかでもいいんですよ?」
「コナスープ、って何ですか?」
……なるほど?
タロさんがお嬢様というのは有名な話だけれど、まさか粉スープを知らないとは。
どうりでポテトポタージュを手作りしようと思い至るわけだ。
「何でもないです。そういうことならお任せします」
「はいっ!」
ぼくはベッドに入ると、遠目にタロさんのことを監視――もとい観察してみることに。
「えっと、包丁とまな板は……あった!」
一応、備えつけの調理器具があるため、食材さえあれば料理ができるようになっている。
「うーん、多分ジャガイモと牛乳……あと、バターがあればいいよね」
「……」
察してはいたけれど、タロさんもぼくと同じく料理初心者なのだろう。
勘で料理しようとしている彼女の代わりに、レシピをスマホロトムで検索しておく。
「……あー、タマネギとか入れたら美味しそうじゃないですか?」
「お、いいですね! そういえばタマネギも買ってあるんです!」
「あと、コンソメとか」
「コンソメ……?」
粉スープを知らなければ、コンソメのこともわからないときた。
ああ、すごく不安だ。
「うーん、最後にはとろとろになるから……全部ミキサーにかけちゃいましょうか」
そんなことは一切レシピに書かれていないけれど、致命的にはならなさそうのでひとまず静観する。
「うーん……えいっ!」
「待ってください」
静観するつもりであったが、これは駄目だ。
ぼくは急いで立ち上がると、ミキサーの中から
「皮は剥きましょう」
「あ、やっぱり?」
ジャガイモは土がついたままだし、タマネギの皮なんかミキサーにかけたらきっと口当たりが最悪だ。
「これ、ピーラーを使ってください」
「あ、ありがとうございます……って、ヴェーラくんは寝てないといけませんよ!」
そんなことを言われても、ぼくの夕食がかかっているのだから必死にもなる。
一応、ベッドに戻ろうとはするが——
「……こ、こうだよね?」
ぼくはタマネギをピーラーで剥こうとする人を初めて見た。
「ぼくと一緒に作りましょう」
「はい……」
この人は一体何の自信があって料理しにきてくれたんだ……?
***
あれから料理初心者同士で頑張ってみたものの、ポテトポタージュを作るのに1時間半もかかってしまった。
「——なんか違う!」
「まず……んんっ、素朴な味がしますね」
水っぽくて、粉っぽくて、旨みがなくて、焦げくさい。
タロさんの居る手前ぼかしてはいるが、はっきり言って美味しくない。
「ママが作ってくれるのはすっごく美味しいのに、どうして……?」
コンソメと生クリームがないし、濾さなかったし、あと軽く焦がしたからでしょうね――という言葉はポタージュと一緒に飲みこんでおく。
「ごめんなさい、看病しにきたつもりが逆に気を遣わせてしまいました」
「それはそうですね」
結局、最初から最後までぼくが付きっきりだったわけで、これでは自分で料理するのと変わらない。
「でも楽しかったです。タロさんのかわいい一面も見られましたし」
「せ、先輩をからかわないでください! そういうの、よくないと思います!」
そう言って両腕でばってんマークを作るタロさん。かわいい。
しかし途中で自信をなくしたのか、しおしおと萎びていってしまう。
「……やっぱり料理ができない女の子って、ポイント低いですよね」
「そんなことはないと思いますけど」
ぼくは無心でポタージュを口に運びながら、そう答える。
「料理ができる学生なんかほとんど居ません。できるに越したことはないでしょうけれど、できなくて恥じることはないと思います」
「そう、ですか?」
「まあ、ぼくは今度練習しないとって思ってますけど」
タロさんよりはましだったけれど、それだけだ。
レシピを見ながらおっかなびっくりで調理するぼくの姿は、さぞみっともなかったことだろう。
「料理ぐらいできないと『素敵な男の子』とは言えませんからね」
「なっ」
自分の発言を掘り返されて恥ずかしかったのか、面食らった様子のタロさん。
「覚えていたんですか……?」
「忘れるわけないでしょう」
「忘れてください!」
「無理な相談ですね」
あのとき――タロさんが告白を断らないでいてくれたから、ぼくはこうして頑張れているのだ。忘れられるわけがない。
「……もしかして、カキツバタにバトルを教えてもらってるのも、わたしの言葉がきっかけなんですか?」
すると、突然そんなことを問いかけてきた。
「何のことですか?」
「隠しても無駄です! カキツバタ本人から聞き出しましたので」
あの歯磨き粉頭め……
遅かれ早かれバレるとは思っていた。
でも、できることならタロさんには知られないままでいたかった。
だって、泥臭く努力するぼくなんか、すごく格好悪いから。
そんな姿、好きな人には見せられないに決まっている。
……風邪っ引きの部屋着姿で言っても、説得力はないけれど。
「……せめて四天王ぐらいにはなっておかないと、周りに示しがつかないでしょう」
「周りに示しが、って――!?」
当然、タロさんと付き合いはじめたときの話だ。
ぼくが弱いせいで、彼女が笑われてしまうのは耐えられない。
「タロさんが思っている以上に、ぼくは本気ですよ」
彼女を作るためにリーグ部へ入ればいいと言ったのはタロさんだ。
ぼくはただ、そのために全力を出しているだけ。
好きな人に相応しい人間となるためなら、どんな努力だって惜しまない。
だって、ぼくにできるのはそれだけだから。
「……そういうの、本当によくないと思います」
オクタンのように顔を赤くしてぷるぷると震えるタロさん。
そんな彼女のことを、ぼくは心の底からかわいいと感じていた。
***
「はあ……」
ヴェーラくんの部屋を出ると、つい大きなため息が漏れた。
「しばらく見てないと思ったら、何なんですか」
違和感を覚えたのはつい先日のこと。
そういえばヴェーラくんと会っていないな、なんて思って。
スグリくんに聞いたところ、どうやら彼はカキツバタにバトルを教えてもらっているようだった。
わたしを頼ってくれなかったことには幾分かの不満があったけれど、ひとまず置いておくとして。
そして今日、ふと心配になって、カキツバタを問い詰めてみたところ、
――キョーダイなら、今日は熱があるみてえだったし帰らせたぜぃ?
なんて言うものだから、つい気になってしまって。
だってヴェーラくんは、わたしにとってちょっと特別な人だ。
好きだなんて思っていないけれど、でも、知りたいと感じたから、お見舞いという名目で会いに行ってみることにした。
弱っている今なら、もしかしたら本性を見せるかもしれない――そんな打算があったのはここだけの秘密。
「……頼もしくなっちゃって」
風邪を引いていても、ヴェーラくんはヴェーラくんのままだった。
熱があって辛いはずなのに、わたしのことを助けてくれた。
——まあ、野菜の皮にも栄養はありますから。
——強火もいいですけど、今日は弱火の方が素敵ですよ。
——1本500円の牛乳……きっと高級店の味になってしまいますね。
——コンソメがなくても、ぼくたちの想いが詰まってますから。
——あえて焦がすことによって、スープが香ばしくなる可能性もありますよ。
怒りたくなることもあっただろうに、つとめてポジティブな言い方をしてくれたのも嬉しかった。
だから、むしろ、今日の彼はいつもよりかっこよかったように思う。
部屋着だし、髪もボサボサで、相変わらず女の子みたいな顔立ちなのに。
「……わたしも、熱があるのかな」
いまだ火照りのおさまらないほっぺたに手を当てて、そうつぶやいてみる。
――タロさんが思っている以上に、ぼくは本気ですよ。
「そ、そういうのは、本当に……もうっ、ばかっ」
一度告白したくらいで、ヴェーラくんは調子に乗りすぎだと思う。
わたしは別に、その告白を受け入れたわけでもないのに――
「だーれが馬鹿だって?」
「きゃっ!?」
突然、背後から話しかけられたせいで声が出てしまった。
振り返ると、そこには嫌になるほど見てきた顔が。
「か、カキツバタ! 急に声をかけないでください!」
「何回か呼んだんだけどねぃ」
そう言って肩をすくめるカキツバタ。
手にはビニール袋が握られていて――きっと彼もヴェーラくんのお見舞いに来たのでしょう。
あるいは、
「タロも見舞いに来たので?」
「そんなところです」
「へへっ、お優しいことで」
「そうするようにあなたが仕向けたんでしょう?」
「心当たりがないねぃ」
きっと今ごろ、キョーダイはひとり寂しくベッドで震えてんだろうよぃ——などと言って、わたしの良心を刺激してきたのはカキツバタだ。
彼に言われなくたって、お見舞いには来ていただろうけれど。
「……それではまた明日」
これ以上、カキツバタと話すことはない。
わたしは踵を返すと、テラリウムドームへ向かって歩きはじめる。
「――キョーダイのやつ、随分張り切ってるみたいだぜぃ」
数歩進めたところで、歩みが止まる。
「なんでもアカマツと勝負すんだと」
「勝負?」
「先に四天王になった方が、タロに告白するんだってよ」
は、と声が漏れる。
「男の子って、本当に……」
「バカだよなあ」
ケラケラと笑うと、カキツバタは一転、真剣な表情を浮かべる。
「でも、あいつら本気だ」
「……」
「ヴェーラもアカマツも、命削りながら戦ってる」
それは、そうなのだろう。
ブルベリーグのランク推移を見ていれば、ふたりがどれだけ頑張っているかはよくわかる。
現在、ヴェーラくんが32位で、アカマツくんが17位。
特にヴェーラくんはランク圏外から短期間で上り詰めたというのもあって、リーグ部内では大きな話題となっていた。
一体どれだけの努力をすればこうなるのか、わたしには想像もつかない。
「あいつらが勝手にやってることだけどよう、タロも……叶うことなら、きちんと答えを出しといてやってくれぃ」
「そうですね」
わたしが何かしたわけではないけれど、わたしが原因でふたりが頑張っているのなら、その結末ぐらいは見届けるべきだろう。
もし、ヴェーラくんから告白されたら。
もし、アカマツくんから告白されたら。
——その答えは、すでに決まっている。