11.わいわい宅録
ひとりが自分の足でケータに逢いに行った、その翌日のこと。
その日はSTARRYが休業日であることが前々から分かっていた。
その為ひとりは、楽器屋で新しいギターを買った日の帰り際にしていた虹夏との宅録の約束を、今日に定めていた。
ひとりが昼食を食べた後、虹夏がやって来るのをリビングで静かに待っていると、家のインターホンが鳴った。
「───おじゃましまーす!」
ひとりが玄関の様子をカメラで確認すると、そのカメラには虹夏の姿が映っていた。
「は、はい!すぐに出ます!」
ひとりは大急ぎで玄関へと向かうと、虹夏を家の中へと招き入れた。
────ひとりは虹夏を自室へと案内して、予め机の上に出していたパソコンと立て掛けておいたギターの傍に、虹夏を座らせた。
「ひとりちゃ〜ん、入るわよ〜」
「う、うん。わかった」
と、ちょうどその時ノックの音が響くと、お盆の上にひとりと虹夏のジュースを乗せた美智代が、部屋へと入ってきた。
「あ、ぼっちちゃんのお母さん!お邪魔してます!」
虹夏が元気良く美智代に挨拶をすると、美智代はひとりと虹夏の前にジュースを置きながら、笑顔で言った。
「虹夏ちゃんいらっしゃ〜い。今日はゆっくりしていってね〜。はいこれ、どうぞ〜」
虹夏は美智代に、嬉しそうにお礼を言った。
「ありがとうございますっ!」
美智代が虹夏に手を振りながら部屋を出ると、その様子を優しげながらもどこか羨ましそうな目で眺めていた虹夏が、立て掛けてあるギターの方を見てわくわくしながら口を開いた。
「お、ぼっちちゃんの新しいギター!やっぱりかっこいいね」
虹夏のそんな言葉を受けたひとりは、ぎこちなく礼を言った。
「あっ、ありがとうございます…」
虹夏はひとりの方を見遣りながら、思い出したように言った。
「そう言えばさ、あの二人にはまだギターヒーローのこと言ってないんだっけ」
虹夏のその質問を受けて、ひとりは気まずそうに返事を返した。
「あっはい。な、なんか、言うタイミングを逃しちゃってる、というか…」
ひとりの返事を聞いた虹夏は、茶化すように笑いながら言った。
「漫画なんかだと、こういう些細な秘密からバンド解散の危機に繋がっちゃったりするよね〜」
虹夏のその言葉を聞いたひとりは、焦ったように言った。
「ふ、不吉なこと言わないでください…!」
焦ったひとりを見て、虹夏は軽く謝り、ふと思いついたようにひとりに尋ねた。
「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。…ところでさ。ギターヒーローのことって、ケータくんにもまだ言ってないの?」
ひとりは虹夏の質問を受けると、表情を引き締め直しながら言った。
「…はい。それどころか、そもそもけいくんの前でギターを弾いたことすら、まだありません」
ひとりはそこで言葉を区切ると、一拍置いて、より真剣な顔つきになりながら、独り言のように言った。
「…でも。けいくんには、いつか絶対に、私の弾くギターを聴かせたい。私がギターヒーローであることなんて、あの子の前ではどうでもいい。ただ、あの子の目の前で、私はここにいる、君の傍にいる、ってことを、私の弾くギターの音色であの子に伝えられたら───それでいい」
「っ!」
ひとりのそんな真剣な表情と声音を受けて、虹夏は思わず、その気迫に息を呑んだ。
そして、しばらくすると、ひとりのケータに対する呼び方が変わっていることに気づいた。
「…あれ、ぼっちちゃん。今、ケータくんのこと…」
「……あっ!?」
そのことに気づかれたひとりは、見る見るうちに顔を赤くした。
「…おや?おやおやおやあ〜?」
その様子を見た虹夏の目線は、徐々にからかいと期待を含んだものに変わっていった。虹夏は嬉しそうにしながら、囃し立てるように言った。
「ぼっちちゃんったら、中々大胆なとこあるじゃな〜い。良いぞー。その調子でもっと、ガンガンケータくんに攻めて行っちゃいなさーい!」
ひとりは慌てて口を開いた。
「いっいえっ!違っ…くはないですけど…」
ひとりはそこでふうと息を吐いて言葉を区切ると、続けて言った。
「…私、決めたんです。ケータくんがいつ、どこにいて、何をしていても、ケータくんが私のことを頼りたいと思ったのなら、絶対に助けに行くって。
…ケータくんにそう言ったら、とても申し訳なさそうにしてたから、私はその代わりとして、ケータくんのことを、けいくんって呼ばせてもらうことにしたんです」
虹夏は、そう語るひとりの決意に満ちた瞳を見て、心底申し訳なさそうに言った。
「…そうだったんだ。ごめんね。変に茶化しちゃって」
ひとりは、そんな虹夏を見ると、慌てて話題を変えた。
「き、気にしないでください。
…あの、それよりもっ!そろそろ宅録、始めませんかっ!」
虹夏は思い出したように言った。
「ああ、そうだったそうだった!今日はその為にぼっちちゃんの家に来たんだからねっ!」
虹夏のその言葉を聞いたひとりは、改めて姿勢を正すと、立て掛けてあった新品のギターを持って、パソコンの前へと向かった───!
(それにしても…)
虹夏は、ギターを持つひとりの方へと視線を向けると、心の中で呟いた。
(ギターヒーローとしてのぼっちちゃんを見るのは、これが初めてだな。…私が憧れていた人とぼっちちゃんが同一人物だっていうのは、やっぱりちょっと不思議だ)
ひとりは、そう思考に耽る虹夏に声を掛けた。
「あ、あの。そこの三脚の組み立て、お願いします…」
突然声を掛けられた虹夏は、自分のかつての憧れの人への緊張も相まって、思わず敬語を使ってしまった。
「は、はいっ!わかりました!」
「えっなんで敬語…?」
虹夏の内にある緊張がどんどん強まっていき、その挙動はどんどん不審になっていった。
ひとりは、そんな虹夏の様子を不審に思いつつも、改めてギターを弾き始めた。
(ぼっちちゃん、やっぱりソロだと圧倒的だな…)
虹夏は、ひとりの方を見ながら、その圧倒的なギターのテクニックに、改めて目を奪われていた。
(このテクニックがいつでも発揮できるようになっちゃったら、いずれ私たちの方がお荷物になっちゃうかも…。あ、足を引っ張らないようにしなきゃ…!)
虹夏はそんなことを頭の中で考えながら、食い入るようにひとりが演奏する様を見つめた。ひとりはそんな虹夏の様子を見ながら、普段の自分を棚に上げてこんなことを思っていた。
(今日の虹夏ちゃん、なんかちょっと情緒が不安定だな…)
───ひとりがカバー動画を投稿し終えると、横で見ていた虹夏が言った。
「そういえば、ぼっちちゃんってトゥイッターとかイソスタとかはやらないの?オーチューブよりもっと手軽に色んな人に見てもらえると思うんだけど」
虹夏のその言葉を受けたひとりは、慌てたように目を逸らしながら言った。
「あ、あんまりそういうのに興味は…。そっそれに、ロックって孤独なものなので、他の人と同じことをやりたくないっていうか…」
ひとりのそのような言葉を受けた虹夏は、普段から散々流行りの曲のカバー動画ばっか投稿している癖にとジト目を向けつつ、SNSサイトが開かれたパソコンの画面を指さしながら口を開いた。
「ほら、こんな風に自分の買った楽器の写真をネットにあげてる人だっているんだよ!」
ひとりはその画面を見ると、楽器の写真だけで200以上ものいいねをもらっている人がいることに驚きつつも、見慣れない英語に首を傾げた。
「ま、まいにゅー…げあ?」
「マイニューギアだよぼっちちゃん。みんなこうやって、新しく買った楽器や機材をネットにあげてるんだ」
虹夏はそんなひとりの言葉を優しく訂正しつつ、画面の中で何が行われているかを説明した。
(が、楽器の写真だけでこんな簡単にいいねが…!?)
ひとりは、目の前のあまりにも衝撃的な光景に言葉を失い、その心は見る見るうちに承認欲求に支配され───なかった。
(…前までの私だったら、こんなの見ちゃったら、どこの誰とも知らない人からの承認を欲しがるあまり、もう演奏動画なんてコスパ悪いから辞めよう、なんて思ってたんだろうな)
今のひとりにとっては、どこの誰とも知らない、顔すらもわからないような人間に、努力もせずに与えられる承認など───もはや、どうでも良かった。
(…でも。けいくんはきっと、そんな私の姿を見ちゃったら、悲しむんだろうな)
そう思えるようになったのは、ひとりの心の中に、とある一人の少年の、輝くような笑顔が浮かんでいたからに他ならなかった。
(…ぼっちちゃん、この人が楽器の写真だけでこんなにいいねを貰ってるの見ても、何も言わなかったな。
…ぼっちちゃんにとっての大事なものが、最近どんどん変わってきてるような気がする。もしかすると、これもケータくんたちのおかげなのかもね)
虹夏は、あの承認欲求モンスターの後藤ひとりがこの画面についているいいねの数を見ても一言も反応を返さなかったことに内心ひどく驚きつつも、ひとりが反応を返さなかった理由をなんとなく察すると、少し微笑んだ。
そしてなんとなく、パソコンに映るトゥイッターの画面をスクロールしていくと、ふと、高価な楽器を速攻で売り買いしているアカウントが目に付いた。
(…ん?この人、せっかく買った高い楽器をすぐに手放して、また新しい楽器買ってる…。楽しみ方は人それぞれとは言え、ちょっと複雑だな…)
そんなことを思いながらそのアカウントの名前の欄を眺めた虹夏は、思わず頬を引きつらせた。
(…え?このアカウントってまさか…)
───その名前の欄には『世界のYAMADA』と書かれていた。
虹夏は、驚きのあまり大声で叫んでしまった。
「…山田!?」
その声を聞いたひとりは、驚いて虹夏の方を振り返った後、虹夏が視線を向けているパソコンの液晶画面に、そっと目を遣った。
「…リョウ先輩!?」
同じように大声を上げたひとりの方を見た虹夏は、パソコンの方へと視線を戻すと、呆れながら言った。
「…アイツがこんなに見栄っ張りだったとは…。身内のこういうの、ちょっと引くわ…。つかフォロワー三千人もいるじゃん…」
そう言いながら画面をスクロールしていると、ひとりは何かを見つけて、指を差しながら言った。
「でっでもリョウ先輩、お金がない時に作った雑草のご飯も載っけてるみたいです…」
「マジじゃん!アイツネット上のキャラ付けブレブレ過ぎだろ!」
虹夏はそう大声でツッコむと、今見た光景はなるべく早めに忘れるようにしようと、そっとパソコンを閉じた。
───そうして、ギターヒーローの宅録を終えて、虹夏が家に帰って行った後。
「…あ、そういえば」
ひとりはふと、自分の貯金箱に、広告収入で得た20万円が残っていたことに気がついた。
(…このお金、何に使おう。ギターは買ったばっかりだから、今欲しいものも特にないし…。
───あ、そうだ。今度このお金で、けいくんに何か買ってあげよう)
そう考えた時に、ひとりの頭に真っ先に思い浮かんだ20万円の使い道は、ケータに何かプレゼントを贈ることだった。
ケータとてフツーの小学生。人並みにゲームなどの娯楽は嗜んでいるだろうし、彼の部屋の本棚にはいくつかの漫画本が並んでいた。
ジバニャンがよく食べていたおやつも、恐らく彼が買ってあげていた物だ。となると、それだけお小遣いを使う機会が多いのだから、小学生の懐事情も考えると、欲しいのに手が届かない物は中々に多いだろう。
(…こ、今度会った時に、それとなく何が欲しいか聞いてみよう。そして、けいくんが忘れた頃に、サプライズでプレゼントしてあげるんだ…!)
ケータの喜ぶ顔を心に浮かばせたひとりは、浮かれたようにだらしなく緩みきった頬に手を当てながら、日が沈みかけた部屋の中で密かに身体をクネクネさせたのだった。
どっちだと思う?
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ぼケー
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ケーぼ